日の当たる街で
【王国騎士団】
王国や周辺地域の治安と秩序を守る誇り高き騎士団。青と白を基調とした装備を身に纏い、団員には王国の象徴として清廉潔白な立ち振る舞いが求められる。
職務は赤目及び敵性勢力への対応、入国管理、王国内の警邏活動、辺境施設の警備など多岐に渡る。
彼らを束ねる者として騎士団長、上位組織として天使が存在する。
お守りを取り戻したその翌日、レイは劣悪な通路をせっせと歩いていた。前方にはクリムが、ひょいひょいと濁った水たまりを飛び越えて進んでいるのが見える。ここはラタリアからアクシディアへと続く、いくつかの連絡通路の一つだ。
通路は存在しているものの、そもそも使用者が少ないので当然整備などされておらず、歩きづらいのは先日ラタリアに降りる時に体験した通りだ。
朝食を摂った後、サキは用事があると言って孤児院を出ていった。夜までには戻るという。ヴァン曰く、以前より何度かサキはこのように単独で仕事を請け負う事もあるようだ。仕事内容については、詳しくは教えてくれない。
なのでレイはサキが来るまでの間、アクシディアを見て回る事になった。クリムがアクシディアに用事があるので、ついて来いと提案したのだ。
「ラタリアはどこもこんな感じだしね。折角だしアクシディアも見て行くといいよ! 」
レイはアクシディアの人達がどのように暮らしているか興味があったので、断る道理はなかった。留守はヴァンに任せて、今日はクリムについて回って色々な物を見るつもりだ。
しばらく悪路を往くと、来た時と同じ長い梯子、そしてその先の重たい蓋に突き当たった。レイが力を込めて蓋を押し上げると、まばゆい光がレイの目に飛び込んで来た。
「う、わっ」
「ちょいちょい、手離しちゃ危ないだろ? 」
暗いラタリアに目が慣れていたせいか、日光の直接当たるアクシディアは入国した時以上に眩しく見える。思わずレイは手で目を庇い、クリムに尻を支えられる羽目になった。
「ありがとう、助かりました」
「わたしもたまになるよ。さっ、行こうか」
裏路地から表通りに出ると、入国した時のように人が大勢歩いている。ラタリアとは違い、行き倒れなどはまずいない。にこやかに談笑したり、店先で品物を手に取っていたり、平和をそのまま形にしたような街だった。
通りには所々に軽装の騎士が立ち、目を光らせている。観光者に道を教えたり、馴染みの顔に挨拶をしたり、物々しい雰囲気は無かった。
「まずはここの二つ向こうの島に用があるんだ。付いて来て! 」
レイはクリムの背中を追いながらも、辺りをキョロキョロと見回した。周りの人間から見れば、レイはさぞ田舎から出て来たお上りさんに見えただろう。実際田舎者なのだから、仕方のない事なのだが。
まず、この街には重苦しいアルマが漂っていない。ラタリアに数日居たせいで慣れてしまったが、この街に出て来て重たいアルマをまだ感じていない。それだけここの人々が気持ちのいい生活を送っているという事か。
そして人々の様子も、入国初日に見た通りなのだが至って"普通"だ。何をもって普通とするかを論理的には説明出来ない。が、ホムル村や孤児院で暮らす人々と、この街の人々の人柄はそう大差ないように見える。とてもラタリアの人々を差別している人達とは思えない。
「君、アクシディアの人じゃ無いね? 」
島を繋ぐ通路を通り掛かろうとした所で、レイは騎士に呼び止められた。
「あ、はい」
「珍しい格好だったからね。名前と、何か身分証みたいなのある? 」
「名前はレイです。 身分証……」
サキやヴァンは、赤い石のアクセサリーを身につけていた。聖域や王国でのやりとりを見るに、あれが赤い牙の証なのだろうか。だとしたらレイはまだそれを持っていない。
「おはよう! この子はわたしの連れだよ! とってもいい子さ」
ずんずんと歩いていたクリムが急ターンして戻って来た。騎士に親しげに声を掛けると、騎士の訝しげな顔が幾らかやわらいだ。
「なんだクリム、君の知り合いか。レイ君といったね、呼び止めてしまってすまない。なにぶん、あんな事件があった直後なのでね」
「事件、ですか? 」
「知らないのか? 気の触れた男が一人、未明ごろ騎士団に捕らえられた。暴れ回って取り調べにもならないような状況だったらしいが、どうやらラタリアの人間らしい。全く、これだからラタリア民は困る」
そういって騎士は苦虫を噛み潰すような顔をした。そして似たような顔をクリムがしている事に気付き、バツの悪い顔に変わった。
「なんでそんなに、ラタリアの人が嫌いなんですか? 」
レイは率直に尋ねた。嫌味ではない。実直そうな"普通"の青年らしきこの騎士にこそ、聞いてみるべきだと思ったからだ。
「何故って……。ラタリアの住民は危険な奴が多いから、近付かない方がいいと。親や学校にもそう言われて育ってきた。アクシディアでは常識だ」
「でも、その人達一人一人の事はよく知らないんじゃあ……きっと悪い人ばっかりじゃないはずです! 」
「それはそうかもしれないが。そこのクリムが面倒を見ている子供達なんかは、可哀想だと思うよ。好きでラタリアにいる訳じゃない人ももちろんいるだろう。でもそれとこれとは別さ。アクシディアに這い出て来て、罪を犯す者もたくさん見て来た。どうしても俺には……っと、お喋りが過ぎたかな」
「そう……ですか。僕は、それでも僕は……」
ああ、もどかしい。言いたい事はあるのに、言葉が上手く出てこない。もちろんラタリアには盗みや暴力を働く人も居るんだろう。それでも、それだけで全員が差別されるのは……。レイは言葉を整理しようとしたが、上手く纏める事が出来ず、ただ頭を下げた。
「お話……ありがとうございます。よく考えてみます……」
「……? そうか。呼び止めてすまなかった。それでは」
去って行くレイとクリムに、騎士はそういって手を振った。
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「うーーーん、なんて言えば良いんですかねえ」
「何がー? 」
「さっきの人と話してて思った事というか」
レイは歩きながらクリムに話しかけた。ラタリアの人々は本当は差別される人達なんかではないと、レイは思っていた。
「もちろん、ラタリアは治安が良いとは言えないみたいだし、ここに比べて貧しい人達が多いみたいです。貧しいなりに、犯罪に手を染めてしまう人もいる……。それは僕も実際に見て分かりました。でも、それを作っているのはアクシディアからの差別なんじゃないかって」
「差別が先か、貧困が先か、ねえ。難しいなあ。わたしが赤ん坊の頃とか生まれる前くらいまでは、この国の隔たりももう少し緩かったらしいんだけどね」
「それと、あの人……。嫌な人じゃないというか、差別する人達はどんな人なんだろうと思っていたら、なんか、普通というか……無関心? 」
そう。先ほどの騎士は至って自然にラタリアを忌み嫌っていた。悪意の類は表情からも、アルマからも感じ取れなかった。それが普通だから、みんながそう言うから。そういった事でラタリアに対する考え方を凝り固まらせているような気がした。レイは拙い言葉で、クリムに自身の感じた事を伝えた。
「無関心かあ、確かにそうかも! でもあたしのとこのチビ達は心配して貰えてたよね? 」
「あ、そうですね」
「それって、関心があるからかな! 」
「ああ、なるほど! じゃあ、ラタリアに関連する人と身内や友達になっていけば、みんなが関心を持つようになって、そしたら仲良くなれますかね! 」
「なれるかも、しれないね! 」
レイは中々にクリムと波長が合う。ちょっとずつ仲良くなっていけば、関心を持ってもらえれば他の人達の事もよく知ってもらえるかも知れない。そしてそれは、ラタリアだけでなくステラ使いも……。
レイの脳裏にチラッと、聖域での出来事が浮かんだ。ここ数日、事あるごとに思い出す。真っ向から自分と仲間を否定されたのは、生まれて来て初めてだったからだろうか。しかし、彼を嫌いだとか憎いだとかは思わない。ちゃんと分かってもらいたいという気持ちが強かった。クリムとの会話で、なんとなくその方法が見えて来たような気がした。
「ああー! クリムちゃん! こっちこっち! 」
「おばちゃん! ただいまぁ〜! 」
大きな声を受けて、クリムが走り出した。レイが慌てて後を追うと、白基調の建物群の中に、パステルカラーをふんだんに使った個性的な看板の建物が目の前に現れた。ガラス越しに、洒落た服が人形に着せられ飾られているのが見える。
「服屋……? 」
「そう! わたしの働いてたお店だよ! 入って入って! 」
店内には服が何着も飾られており、男性向けのゴツゴツした物から女性用のふんわり可愛らしいものまで揃えられていて目移りしてしまう。いくつかの棚は空になっているところを見ると、それなりに繁盛しているようだ。天井からはデカデカと「オーダーメイド承ります」と個性的な字の広告が吊り下がっている。
「可愛い子だねえ。クリムちゃん、あんた鞍替えしたの? 前はもっと、ボーッとした感じのイケメンが一緒だったわよねえ? 」
先ほど大声でクリムを呼んだ女性が彼女をつついた。恰幅のいい中年の女性だ。クリムと似て声が大きい。ヒソヒソしているつもりらしいが、その声はレイの耳に全部届いている。
「おばちゃん! 違うって! この子は、うーん。妹の友達っていうかそんな感じの子! それに、あいつも別にそんなんじゃないし! 」
クリムもヒソヒソしたが、当然レイの耳には届いた。
「あらそ。もっとそういうネタ提供しなさいよお。まあいいわ、こんにちは、ぼく。私はバーバラ! 私の店、ここら辺ではそれなりに売れてるのよん 」
「こんにちは、レイです。クリムさんに何日かお世話になってます」
「あらっ、そうなの。ラタリア暮らし、大変じゃなあい? 」
「いえ、クリムさんやみんなのおかげで、楽しいです」
「そう、なら良かったわあ。クリムちゃん、ちょっと待ってて。これだけ仕上げちゃうから」
そういってバーバラは、奥の机に向かった。机の上には、何やら機械が備え付けられている。針で留められた仕立て中の服がセットされているところを見るに、裁縫用の機械だろうか。
ペダルとつまみを操作すると、ガシャガシャと音を立てて機械が作動し始めた。
「あれ、この機械自体はアルマ石で動いて……ますよね? アルマを込めないで動くアルマ石? 」
「ああ、そうね。レイちゃんは知らないものね。昔は自分でアルマを込めて動かしていたけど、今この王国で使われている主流なアルマ石に込められるアルマは、大体ぜーんぶあの塔から送られて来るのよ。天使の祝福って凄いのよね。張り巡らされているパイプ、いくつか見たんじゃないかしら」
そういえば、ラタリアから見上げた空の壁に、幾つか入り組んでいるものがあったのを思い出した。あれはパイプで、塔から繋がっているのか。
「ほらぁ、なんだかんだアルマを意識して込めるのって疲れるじゃなあい? 調子に左右される事もあるし。ホント大助かりだわぁ。でも、すごいのはここからよお」
バーバラは服の位置を微調整しながら、逆の手で後ろに置かれている白い円盤を振り向かずに取った。手のひら大の円盤は、彼女の大きな手によって機械の窪みにガッチリとはめ込まれた。
「それ、なんですか? 確かどこかで見た気が……」
「ああ、これはワンドっていってね」
バーバラは手を動かしながら説明を始めた。
「アルマ石は色や形によって込める想いも、起こることも違うでしょう?ワンドは使う人の本質によって起こることが変わるのよ」
「王国でだけ使われてるらしいよ」
「そうなんですか」
バーバラの手がワンドに触れると、ワンドの縁から細い細い糸がスルスルと出て来た。バーバラはそれを器用に手に取り、針に括り付け、機械を動かし始めた。ペダルを踏んだだけで、針が上下し服が縫われていく。
「ワンドねぇ、高いし……騎士さん達はみんな持ってるけど、一般家庭ではあんまり使ってる人は居ないのよ。でもね……」
見事な手際で服が縫われていく。スピードは速いが、一針一針丁寧に仕上げられていく様は手作りならではという感じだ。
「普通の糸だとやっぱ痛むのも早いのよお! 私んとこはいい物を売るのがモットーだからね、想いを込めたアルマの糸じゃないとダメなのよね。だから高くてもワンド使わなきゃいけないのよぉ〜、んもぉ、赤字上等だわ! 」
繊細な裁縫の腕前と対照的に、豪快に笑うバーバラ。なるほど、クリムがここで働いていたというのも頷ける。
「さ、クリムちゃんお待たせ。じゃ、今回のは……あらぁ〜綺麗じゃない! 木彫りのブレスレットと……こっちはなぁに? 」
「金属系の廃材を磨いてツヤを出したの。イメージは星! 」
クリムは懐から小包を取り出し、開いた。中にはアクセサリーが二種類、十個ずつ入っていた。木を丁寧に彫り込んで作られたブレスレットと、鈍くも確かに光るネックレス。素朴だが、丹精込めて作られた事が分かる。そういえば、趣味でアクセサリーを作っていると言っていたか。
「まぁ、素敵! じゃあ、ウチで取り扱わせて貰うわね。これ、少ないけど……」
そういってバーバラは机の奥から小さな布の袋を取り出し、クリムに握らせた。その後、もう一袋取り出してクリムのポケットに押し込んだ。チャリンという音で、レイにはその袋の中身が貨幣である事が分かった。
「おばちゃん⁉︎ そんな、悪いよ」
「いいのよお! それで子供達に食わせてやるのがあなたの仕事でしょ! 」
子供という言葉が出ると、クリムは何も言い返せなくなり、ただただ頭を下げるだけだった。子供達の面倒を数日間見て、クリムに世話になったレイもまた、バーバラの人情に心打たれ頭を下げた。
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「いい人、なんですね」
レイとクリムは大通りから少し離れて、国の中心部へと向かっていた。折角なので塔を間近で見ておこうという話になったのだ。
「そうだね、とっても感謝してる! わたしが飛び出すようにお店辞めたってのに、未だに良くしてくれるし。やっぱ人の繋がりっていいなー! 」
いつにも増して声が大きいので、道行く人が何人か振り向いたが、クリムは一向に気に留めない。
「サキちゃんがね、お仕事で手に入れたお金をうちに寄付してくれてるのよね。しかもかなりの額。でも、それに甘えるだけじゃダメだし、わたしも何かしらしないとね、って」
「サキが……それでアクセサリーを売ってるんですね」
「ほんのちょっとの足しにしかならないけどね。ラタリアではあんなの売れないし」
ワッハッハと笑うクリム。重くなりそうな話題笑い飛ばす事の出来るクリムは、サキとはまた違った意味で強い女性なのだなと、レイは思った。
しばらく歩いていると、巨大な白い塔が目前まで望める場所まで来た。塔に渡る道は無く、そこで道は途切れている。円形にくり抜かれたように塔の周りは柵で仕切られており、塔と柵の間は底が見えない奈落になっている。ラタリアはこの下にあるのだろう。
「大きい……」
「めーっちゃ月並み! でも本当大きいよねー、どうやって作ったんだろ」
そう言いながらクリムは塔の遥か上方を指差した。
「上の方にはレガリアっていう天使の領域があるっていうの。一般人は立ち入る事も出来ないってね。選ばれた人だけが住むことが出来るっていうけど……本当かな? 」
「天使の領域、レガリア……」
「そんで噂では、今の正面から、ちょい下らへん? 」
次はクリムが柵から身を乗り出し、やや下を指さした。
「あそこら辺には監獄があるって噂があってね。悪い事したら塔の牢屋かラタリアに連れてかれちゃうよ! なーんて、アクシディアではよくある子供への脅し文句だったりするの」
「あんなところに……行く方法が? 」
「ないんだよねーそれが。だから出られないらしいっていう」
「怖いなあ」
「見せしめって感じかな? 実際に見た事ないし……噂だよ噂。さて、じゃあ次は買い物でもしようかな。荷物を持つの、手伝ってくれる? 」
「もちろんですよ」
二人は塔に背を向け、商店へと向かう。アクシディアの様々な面を知る事が出来たのは、レイにとって収穫だった。この後行く場所でもきっと新たな発見があるだろう。孤児院に帰ったら、ヴァンとサキに話をしよう。ラタリアとアクシディアが分かり合える方法を相談したい。
それからは、クリムと色々な商店を巡った。生活必需品と、食料。それから、安い布をいくらか。これで子供達の服が作れるとクリムは喜んでいた。クリム自身の服も一着、地味なシャツと丈夫なボトムスを購入した。生活がもう少し楽になったら、ちょっとだけお洒落するのがクリムのちょっとした願望だそうだ。
必要な物を買い終え、買いもしない店を冷やかしているうちにあっという間に日暮れ時になった。レイは相当に満足したが、これでも八区画あるアクシディアの、ほんの一区画だというから驚きだ。
「遅くなっちったね!そろそろ帰ろうか」
「そうですね」
二人がラタリアへと戻ろうと歩みを早めたその時、橙色に染まり切ったアクシディアに咆哮が響いた。
レイが顔をしかめて振り返ると、塔の中腹にヒビが入り、大穴が空いているのが見えた。そこから何本もの黒い蔓が伸びていく。黒く蠢くそれは、瞬く間にアクシディアの建物に絡みついた。
そしてその中心には、遠方からでもはっきり見て取れる、ギラギラと虚空を睨む赤い目があった。




