願いのカタチ2
サキを連れ村を歩くレイ。村長の家に向かう途中、村人がレイの前を通りかかった。
「おうレイ! ん? その娘は……? 」
「ああ、おじさん。……えっと、この子は……、そう! 迷っちゃったらしくて! 」
シャツの裾を引っ張るサキの意思を汲んだレイは、とっさの言い訳をした。正直者のレイは目が泳いでしまう。
「ああ、そうか。大変だったな嬢ちゃん。ま、なんもないけど今日くらいゆっくりしてけや! 」
そういって村人は去っていく。どうやら墜落を見たのはレイだけのようだ。レイは少しの罪悪感を覚えながら、サキの方へ振り向いた。
「なんで隠すの? 」
「落ちてきたなんて言ってもややこしくなるでしょ」
「僕には後で詳しく話してもらうよ」
そうして、村を上へ上へと進んでいくと、村長の家が見えてきた。簡素な造りの建物が多い中で、その中では一番大きく、手の込んだ造りをしている。
「よそ者に優しいのね、あんたも他の人も」
「当たり前じゃないか、みんな仲良しが一番だよ」
「差別とか、ないの? こいつは他と違う、みたいに」
「そんな事するわけないよ。他の村では、そういうのあるの? 」
サキは答えなかった。ふぅ、と短く息を吐き、複雑な顔で空を見上げる。何を思っているかは、レイには分からなかった。
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「と、いうわけなんだおじいちゃん。泊めてあげてもいい? 」
レイは村長の家、すなわち自分の家に居た。小綺麗な敷物が敷いてあり、大きな時計がある。食卓は3人で使うには大きく、突然の来客をものともしない。
居心地の良い居間と、隣に台所があり、居間の奥には少しばかり装飾のついた小洒落た扉がある。村長の家には様々な来客がある。今日も一人来たというだけだ。
「よいよい、早く入れてあげなさい」
「わかった。サキ、いいよ」
扉を開けてサキが入ってくる。
「こんにちは、村長。サキといいます! 」
「ああ、こんにちは。元気があって結構結構。さあ、何もないがくつろいでくだされ」
サキは先ほどの爆発で手持ちの荷物を全て失ったので、下ろす物もなく、また汚れていたので腰を下ろすこともせずに辺りを見回した。
「これ、レイ。風呂を沸かしなさい」
「わかった、こっち来て」
そう言ってレイは居間の奥の扉を開け歩いていく。サキも後に続いた。
「アンタのじいさんは村長なんだね」
「ううん、血は繋がってない。でも、家族みたいに育ててくれたんだ。僕、親が居なくてさ」
「ふーん……」
母はレイが生まれてから間もなく病に倒れ、父は薬を求めて村を出、ついに帰ってこなかったという。少なくともレイはそう聞いている。物心つく以前の出来事なので、レイは両親の顔も覚えていない。
「親の顔も知らない、か…」
「そんな、大げさだよ。ちょっと悲しいけど気にしてないよ。じゃあ待っててね、沸かすから」
浴室に着いたレイは袖をまくった。浴槽と簡素なシャワーのある部屋の1点に、丁度卵の黄身程であろうか。赤い石が埋め込まれている。
「お、アルマ石」
「うん、といってもここでは薪を燃やす方がまだ主流だけどね」
そう言ってレイは手を石に当て、じっと見つめた。石の赤がレイの瞳に映り込み、同様にレイの瞳も石へと映り込む。そのまま念じると、アルマ石はほのかに輝きはじめた。
「上手いのね、アルマの扱い」
「ちょっとだけね」
アルマとは、自分の内から外に出て、物理的な干渉力を持つようになった感情、またそれを行う能力の事だ。
能力というと少し語弊が生じる。アルマは五感のようなものである。声が聞こえる、遠くのものが見えるというものと同様に、怒ったら服の端が少し焦げたり、気分のいい時はなんだか追い風が吹いたりする。
そしてこの石はアルマに反応する性質を持っており、発された微弱なアルマを拾い、より強く、より安定させる。人々はこの石を上手に使い、日々の生活に役立てている。といってもこの村のような田舎ではまだ貴重品で、普及しきってはいない。
「よし、そろそろかな。そこ捻るとお湯が出るよ、熱かったら言ってね」
「ありがとう。……脱げないからあっち行って」
「ごめんごめん! 」
「熱くない? 」
「大丈夫ー」
そこでふとレイは、脱ぎ捨てられているサキの服が煤で汚れていた事を思い出し、サキの服を掴んで手洗いし、廊下に干した。明日にはまず乾くだろう。
そして空き部屋に行き、棚から替えの服を適当に見繕って置いた。
「よし、今日はいつもより多く人助けをしたなあ」
レイは人のために行動できる人物であった。困った人のためなら、なおさらだ。
「一回確認なりしてよね! 」
「ごめんなさい……」
彼の頬には鮮やかなモミジが色をつけている。家事手伝いをしに行く事もある彼はもちろん洗濯も得意である。しかし初対面の女性の服、特に下着をむやみに洗ってはいけないと、レイは深く反省することになった。