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野に咲く花

【舞い降りた天使】

 王国の建国以前から存在するとされる書物。創世、神話の時代について語られており、全十二章からなる。著者は不明、原本の所在は歴史から消えており、現存する物は全て写本とされている。表紙、挿絵はとある画家の一族によって描かれ、今にも動き出しそうだと評される。

 翌日、レイ達は簡単な朝食を済ませバーを出た。来客用の部屋のおかげで、ぐっすりと眠る事が出来た。


「お守りはどうなったの? 」

「彼、三日待って欲しいって。だから頑張って待つよ」


 手がかりが見つかるアテが出来ただけでも前進だ。今はプロを信じよう。


「きっと大丈夫っすよ! あいつの情報、どこから仕入れてくるのか分かんないっすけど、いっつも正確ですもんね」


 そう言ってヴァンが含み笑いをする。


「ほらアレ、前一度人攫いのグループを姉さんが壊滅させた時あったじゃないっすか」

「ああ、あったわね」

「えっ」


 レイは目を丸くした。


「三日後、誰かが五番通りの片隅の路上で暮らしている兄妹を攫う、なんてネロが言ってきて。姉さんがそのお兄ちゃんと入れ替わっておいたんすよ。そしたら本当に攫われちゃって」

「そ、それで? 」

「アジトまで連れていかれたから、そこで縄を引きちぎったわ。そのまま全員ボコボコにしてやったってわけ」


 引きちぎった、の部分でヴァンが堪えきれず腹を抱えて体を震わせる。下がってきた頭に、サキは背伸びしてチョップを入れた。


「何笑ってんのよ。……あたし、弱いものいじめとか許せないし。そんな奴は人でも赤目でも手加減しないの」


 ああ、そうか。これが彼女の戦う理由なのかな。力強い眼差しを見て、レイはふと思った。それなら、僕のあの時の気持ちだって、きっと……。


「さあて、じゃあ行くわよ」

「ういーす」

「行くって、どこへ? 」


 --------------------


 わらわらと。この形容詞がこれほど似合う光景は中々あるまい。レイの眼前には子供、子供、子供。何人もの子供達が居た。


「わーっ、サキお姉ちゃんだ! 」

「サキお姉ちゃん! 見て見て! 」

「ヴァンお兄ちゃん! あれやってあれ! 強いやつ! 」

「すっげー! たけー! はえー! 」

「知らない人だ! 」

「誰だ! 」


 慣れた様子で子供達を抱きしめるサキ。ヴァンは大きな身体によじ登ってくる男の子を肩車し、腕にもう二人ぶら下げて走り始めた。レイは急な歓迎に呆気に取られてしまった。


 バーの上にある廃墟、その隣の建物をレイ達は訪ねていた。雑草はなく、明るい黄色の花が敷地を覆っていた。

 地味だが綺麗に手入れされた扉をノックし開けた直後、こうして手厚い歓迎を受けているというわけだ。



「アッハッハッ!!! みんなー! まずはご挨拶だろー! 」


 その子供達の奥から大きな声が聞こえた。少し間を置いて、一人の女性が歩いてくる。おそらく二十代。外ハネしたセミロングの髪、素朴で飾り気のない顔立ちだが、歯を見せて笑う姿が好印象だった。


 おはようございます! 大きな声で挨拶をする子供達に手を振り、サキは女性に駆け寄った。


「クリム! 元気にしてた? 」

「サキ! 会いたかったよ! 怪我とかしてない? あなたったら、危なっかしいんだから! 」

「してないわよぉ」


 クリムはサキを抱き止め、頭をグシャグシャと撫で回した。レイはサキのホムル村での怪我を思い出して、複雑な気持ちになった。


「ヴァン! また背ぇでっかくなったんじゃない !? この育ち盛りめ! 」

「クリムさんも相変わらずデカイっすね、声! 」

『わはははは!!!』


 クリムとヴァンは互いに大笑いして拳をぶつけた。


「クリムお姉ちゃん! 知らない人がいる! 」

「お姉ちゃん、この人誰? 」


 歯を見せて笑っているクリムのエプロンを子供達が引っ張った。花の中で笑う女性が手描きで描かれたエプロンだ。決して上手くはないが、それに込められた想いは暖かさとなってレイまで届いた。


「おっ、これはごめんなさい! 初めまして! わたしはこの孤児院でこの子達の面倒を見ている、クリム! 」


 ビシッという音が聞こえる程勢いよく、彼女はレイに手を差し伸べた。


「僕は、レイです。新しく、サキ達の仲間になりました……!」


 何故だか自然と声が大きくなってしまう。ゆっくりと差し出した手をクリムは両手で握りブンブンと振った。


「そうかそうか! よろしく、レイ! サキは危なっかしいところがあるから、ちゃんと守ってあげてね! 」

「逆よクリム、こいつの方がよっぽど危なっかしいわ」

「そうなの? じゃあ二人揃って気をつけなきゃダメだからね! 」

「俺には!?」

「ヴァンは意外と真面目だからストッパー! 」

「意外とってなんすか! 」


 再び大きな笑いが起こる。子供達も笑っている。賑やかな場所だ。空は陽の光を遮られて暗いはずなのに、ここは明るい。


「立ち話もなんだから、奥でお茶でも淹れようか! さ、おいで〜」


 --------------------


「俺アイエルね! ヴァンにいちゃんは悪い赤目! 」

「いいぞ〜、今度の赤目はスピードタイプだ! 」


 ノリと面倒見のいいヴァンは子供に引っ張りだこだ。広い室内を暴れまわる子供達をヒョイと持ち上げ、くすぐる。


「ひきょうものめー! 」

「がははは! ガオー! グオー! 」


 その隣の部屋で、レイ、サキ、そしてクリムは、薄い味の茶を啜りながら卓を囲んでいた。


「じゃあサキはここで育ったんだね」

「うん、路上で生活してたあたしを拾ってくれたのがこの孤児院なの」

「クリムさんとはその時から? 」

「いやー、ちょうどわたしがここに来てちょっとした時にサキは赤い牙に行っちゃってね。でも仲良しよねー」


 ねー、と顔を見合わせて無邪気に笑うサキとクリム。戦う強いサキをここ数日見て来たレイにとっては、なんとも新鮮な表情だった。


「クリムが来る前は気のいいおばちゃんがみんなの面倒を見てたんだけどね。亡くなっちゃったから」

「そう、わたしその時ちょうどラタリアに来てたの、そんなに酷いところなのか、一回来てみたくて! 噂で聞くより酷いところだった! でもこの子達に会って顔を見てお話したら、ああ、わたしも何かしなくちゃ! って思ったの! 」


 大きな手振りを交えて話すクリム。何回かティーカップに手が当たりそうになり、レイをヒヤヒヤさせた。


「え、ちょっと待って。クリムさんはラタリア出身じゃないの? 」

「そうよ! わたしはアクシディア生まれアクシディア育ち! ここに来る前は服屋で働いてたわ! 」

「クリムも相当なお人好しよね」


 アクシディアとラタリアは大きく生活水準が異なる。ラタリアでは衣食住はおろか、時には生きていく事すらままならない人もいる。アクシディアの人々を見る限り、定職についていれば衣食住に困る事は無さそうに見えた。なぜわざわざ、その生活を捨ててラタリアへ来たのだろう。レイはその疑問を率直に伝えた。


「さっきも言ったけど、何かしなくちゃって思っちゃったからよ! 思っちゃったのに行動しなかったら、嘘になっちゃうじゃない? その日のうちに仕事を辞めてラタリアに来たわ! 」


 なんて眩しい笑顔なのだろうか。彼女の言葉に嘘は感じられない。本心からそう思っているのだろう。迷わずに自分の気持ちに自信を持てていなければ、こうは言い切れない。


 レイには一つ、自信が持てない事があった。いや、最近生まれたと言った方が正しい。レイは思い切って、クリムに聞いてみた。


「クリムさんは、差別とか、偏見とかって……どう思いますか? 」

「レイ……」


 サキが何か言いたげにレイの顔を見つめた。


「えっ、差別に偏見? うーん。あると思うよ! わたしもここに来るまでラタリアは酷いところだと思ってたし、悪い人ばかりいると思ってた! 」


 クリムは続ける。


「でも、知らないだけだったんだなって! 悪い人も居るけどいい人もいるし、この子達みんな可愛いもん! みんなニコニコしてて欲しいって思うのは、アクシディアでもラタリアでも一緒だな、わたしは! 」


 あっはっはと笑うクリムにつられ、レイも笑った。


「ありがとうございます、そうですよね」


 そうだ、僕の考えは間違っていないはずだ。クリムの話を聞き、そして子供達を見てレイは確信した。

 格差や差別が生まれるのは仕方のない事かもしれない。昨日のシグの話も一理ないとは言い切れない。しかし、それでも、偏見なく人と接する人間は居る。こういう考えが増えていけば、きっとこの街の状況も変わる。みんなが仲良くしている方がいい、という考えは間違っていないはずだ。そう信じたい。


「僕も、なんだか自信が持てました。クリムさんの話を聞いて、いつかこの街も僕のいた村みたいに、みんな仲の良い場所にしたいなって、今思いました」


 一瞬クリムはキョトンとして、そのあと大笑いした。サキもふふっと笑う。


「クリムもだけど、あんたもかなりお人好しよね、レイ」

「な、なんだよお」

「いやいやいや、レイ! ありがとうね! わたしも頑張るから、頑張ろうね! んー、なんて出来た子だ! 」


 立ち上がったクリムに抱き締められ頭を撫でられ、満更でもないレイ。

 お人好しだっていい。僕もクリムさんみたいに、自分が思った事に嘘はつきたくない。レイの中に、新たな信念が生まれた瞬間だった。

いつも読んでいただきありがとうございます。前書きをなんとか活用しようとミニコーナーを設けました。世界観の補完にお使い頂ければ幸いです。

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