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ゴミ溜めの中の隠れ家

 長い長い梯子を下り、湿った階段を壁伝いに下り、嫌な臭いのする水たまりを越え、レイ達は歩いていた。

 明かりはなんとか足元が見える程度に点いていて、レイは転ばないように、一歩一歩慎重に足を踏み出す。お世辞にも歩きやすいとは言えない道だった。


 三回目の梯子を下りるとそこは、くたびれた廃屋のようになっていた。埃っぽい空気に咳き込みながら見ると、正面には蝶番の半分外れた扉が半開きになっているのが分かる。

 サキはツカツカと扉へ歩み寄り、やや強引に開けた。ギギギと嫌な音を立て、扉が開く。


「ここが……」

「ラタリアっす。ひどいもんでしょう? 」


 扉の先には町が広がっていた。しかしその有様は、中層アクシディアと同じ国のものとは思えなかった。

 まず、暗い。上を見上げると、無数の建物が遥か上まで伸びているのが分かる。太陽の光はわずかに建物の隙間から射し込むのみであった。日没にはまだ早いというのに、町全体がどんよりと薄暗い。


「あの橋の隙間か……」


 無数に伸びる建物に窓は無く、居住機能があるのかも分からない。そもそも入口が見当たらない。

 その代わりにあちらこちらに木製の小さな小屋がある。屋根があるならまだマシな方で、仕切りを作って自分の土地を主張するだけになっているものも少なくない。


 レイ達が歩いていると、道端に寝転んでいる人もちらほらと目について来た。寝返りを打つ者、ピクリとも動かない者、がっくりと項垂れた者。皆見すぼらしく、痛ましい姿だった。

 そのうちの一人の男性が、レイの足をむんずと掴んだ。痩せこけた顔を上げ、震えながら口を開く。しかししゃがれた声は意味の無い音にしかならなかった。


「わりぃおじちゃん、今はこれしか持ってない」


 驚いて声を出せないでいるレイの前で、ヴァンがしゃがみ込んだ。リュックに手を突っ込み、携帯食料を一袋取り出す。包装を破って手渡すと男性は、礼も言わずにボソボソと齧り始めた。周りの人物はそれを奪いにくる事はしなかった。ここまで動いてくる体力がないか、それとも既に亡くなっているのか。


「ここの人全員がこうってわけじゃないわよ」


 レイの視線を察したサキが口を開く。ホムル村での生活は質素なものだったが、みな幸せだったように見えた。ラフィグローブでもそうだ。しかしこの町は酷い。


「なんでこんなに……上はあんなに栄えてるのに」

「かなり前からこうらしいっす。正直、ここにいる時はアクシディアとか他の所なんて知らなくって、生きてくだけで精一杯だったし……」


 ヴァンはレイの隣に立った。


「なんでとか酷いとか、考えてる暇無かったっすね! っと、はぐれないでくださいね」


 レイがヴァンの視線を追うと、物陰に何人か人相の悪い男がいるのが見えた。こちらをジロリと睨みつけている。その中には、子供も混ざっていた。


「危ないですから」

「……」


 レイはなにも言えなかった。こんな所で子供時代を過ごしてかわいそうだ、というのはあまりに傲慢な気がした。


 しばらく歩くと、段々と家の体裁が整ったものが増え始めた。行き倒れた人もあまり見かけなくなり、景色はようやく町並みと呼べるものになって来た。クリアな色合いのアクシディアとは違い、くすんだ色の町並みだった。


「この辺は割とマシな方」

「そう……」


 しばらくしてサキが立ち止まったのは、ボロボロの一軒家の前だった。塀は崩れ、庭には雑草が伸び放題。扉や窓は埃をかぶっていた。隣の敷地に建っている屋敷は質素ながらも手が行き届いており、並び立つとより一層この家が見すぼらしく見える。

 本当にこんなところに、情報屋がいるのだろうか。果たしてバンダナの人は王国の人なのか? そもそもバンダナの人が持っていたものが僕のお守りという確証は……。


「……ちょっと、聞いてる? 」

「えっ、あっごめん。何? 」

「裏庭に回るわよって言ったの」

「こっちっす」


 いけない、とレイは顔を振るった。どうにも気が滅入ってしまい、ネガティブになってしまう。手掛かりがある以上、それに賭けると決めたのだ。あのお守りは村長や村の皆から貰った、大切なものなのだから。


 建物の裏手に回ると、表以上に雑草が伸び、ゴミもいくつも転がっている。他には飾りというにはあまりにお粗末な大石が、いくつか雑に配置されているだけだ。そして何より、入り口らしいものがない。ボロ家屋の壁がズンとそびえているのみで、その壁も崩れかけている。

 戸惑うレイをよそに、ヴァンは石のうちの一つをひっくり返した。するとその下の地面が丸々石にくっついて捲れあがり、中から階段が姿を現した。


「うわっ……? 」

「さ、入るわ」


 階段を降りたところにあったのは、小粋なバーであった。カウンターには曇り一つなく磨き上げられたグラスがいくつもぶら下がっており、棚には見たこともないような瓶がいくつも陳列されていた。店内にはどこからともなく軽妙な音楽が流れている。ホムル村にバーはなかったが、どのようなものかはレイも本で知っていた。ラフィグローブでもお酒を出している店はあったが、ここはより静かで洒落ていた。


「や、やあ。いらっしゃい」


 カウンターの方で声がした。遅れてひょっこりと少年が顔を出す。緩くウェーブのかかった髪の、背の低い少年だった。白いシャツに黒いベスト、赤い蝶ネクタイを身につけた所謂バーテンダーの格好をしている。


「サキちゃん、ヴァンくん、お、思ったより早かったね」

「色々あってね」

「おひさーっす」

「それと……」


 少年の泳ぐ視線がレイを捉えた。


「僕はレイ。赤い牙の新入り。君は……」

「僕は……そう、ネロ。このバー"隠れ家"のオーナーだ」


 そう言ってネロはくるりと振り返った。琥珀色の液体をグラスに注ぎ、氷を入れかき混ぜるとテーブルへと向かう。店内には二人の客がいた。一人は初老の男性で、もう一人は青年だった。ネロは初老の男性の前にグラスを置き、また戻ってきた。


「さあ、どうぞごゆっくり」

「あ、待って! もしかして君が、情報屋なの? 」


 レイが尋ねるとネロはピクリと止まり、襟を正した。


「知っているなら、うん。そうだよ」

「お願い、教えて欲しいんだ! この国にオレンジのバンダナをつけた人達っている!? その人達を探しているんだ! 」


 ネロは大きく目を見開きレイを制止した。初老の男性が一瞬グラスを傾けるのをやめた事には、誰も気がつかなかった。


「ま、待って、待って。情報には価値がある。僕がいう事、君がいう事、全部に対価が発生する。だから、僕が情報を売り買いする時は、必ず別室で一対一。だから、ちょっと待って」


 必死で手をかざし制止するネロに押され、レイは口をつぐんだ。


「ご、ごめん。でも僕お金はあんまり……」

「それは赤い牙が出すわよ」


 サキがレイに代わって前に出る。


「あ、えと、サキちゃんは前言ってた奴だね。それはすぐ伝えられる。先にこっちから、終わらせてしまおう」

「そうね、あとでレイのも頼めるかしら。大事な探し物らしいから」

「分かった、約束するよ」


 そういってサキは、ネロの横をすり抜け奥の別室へと向かった。ネロはレイとヴァンの席を用意し、アルコールの入っていないカクテルを用意して奥の部屋へと消えていった。


「まあまあレイくん、ちょうど疲れてるでしょうし、休憩してからでも遅くないっすよ」

「それも、そうだね……」


 やっと辿り着いた手掛かりのかけら。それが目の前にあるのに順番待ちとは、なんとも歯がゆい。しかし疲れていたのもまた事実なので、とにかく今は待つ事にした。

 ネロに渡されたドリンクは淡い黄色だった。爽やかな香りがして、なんだか癒される。

 そういえば、ここに入ってから少し体が軽い気がする。外を歩いている時はあんなに重苦しく、ネガティブな考えになってしまったのに。

 きっとアルマのせいだ。ラタリアには、きっと良くない感情が渦巻いている。それがレイの調子も狂わせたのだろう。

 ふうと息をつき、グラスの黄色い液体を一口含む。香りに違わず爽やかな味わいだ。フルーツの中に……薬草系だろうか。鼻に抜ける風味が、疲れたレイを励ますようだ。


「美味しい…」

「そうだろうそうだろう」


 声は向こうのテーブルから聞こえてきた。見ると白髪を後ろで束ねた初老の男性がこちらを向いて笑っている。


「隣いいか? 」

「あっどーぞどーぞ」

「えっと、はい」


 グラスを持ってレイ達のテーブルに移ってきた初老の男性。座るやいなや同席していた青年を手招きする。


「おーいシュラウル、お前もこっち来いや」

「……」

「シュラウル、みんなで飲もうや! 」

「…………へ? 」

「こっちへ! 来い! よ! 」

「あ……? ああ……」


 青年は三度目の呼び掛けでようやくこちらに動いてきた。ボサボサの髪にくたびれた服、ぼんやりとした男という印象だった。


「よろしくな二人とも。赤い牙なんだって? アーレスと俺は飲み友達なんだぜ」

「マジっすか! いつもオヤジが世話になってます! 俺はヴァンっていいます」

「僕はレイです。入ってからまだ数日なんですけど……」

「若いのは元気があっていいな。俺はシグ。この町のしがない、ごみ掃除のおじさんさ。んでこっちが……おいシュラウル。話聞いてなかったろ」


 シグが青年の頬を指でつついた。


「いや、ちゃんと見てた」


 そういったきりシュラウルは懐から本を取り出し、グラスを傾けながら読み始めた。


「はぁ〜。こいつはシュラウル。ちょっと無愛想に見えるが、大抵考え事してるかぼーっとしてるだけだ。慣れてくると話せば面白い奴だって分かるよ」

「は、はぁ……」

「まあ、とりあえず今日一日お疲れさん。乾杯」


 軽快な音を立てて四つのグラスが揺れた。

 それからしばらく四人は、雑談をして盛り上がった。もともとヴァンは話好きであるし、シグも酒が入っている。レイは村の外の知らない話に興味津々で、シュラウルも聞いていないようで時折皆の顔を見てクスリと笑っている。なんだか気分が楽になったとレイは感じた。お守りを見つけなければという焦りがなくなったわけではないが、心の余裕ができたような気がした。

 話の合間にレイがぐっと伸びをした時、足元に置いていたレイのリュックが倒れた。口が半開きになっていて、中からいくつか物が溢れる。携帯食料、水筒、そして古びた一冊の本。王国へ向かう途中、デンゾウから貰ったものだ。


「あ……」


 レイの向かいに座っていたシュラウルが、それを拾い上げ入れ直した。そして古びた本を取り上げ、じっと見つめる。


「あの……ありがとう」

「舞い降りた天使」

「えっ? 」


 急に口を開いたシュラウルに、レイは面食らった。本を手に、ジッとこちらを見つめてくる


「どこで、これを? 」

「貰い物だけど……もしかして、この文字が読めるの? 」

「……まあ」


 なんだなんだとヴァンとシグも顔を寄せる。


「天使かあ、俺もよく知らないんで知りたいっす! 」

「読め読めシュラウル、いい酒の肴だ」

「シュラウル君、僕も少し気になる」


 三人に迫られてシュラウルは大きくため息をついた。


「……すーっ……はあ。呼び捨てでいい。もしくは、シューで」


 シュラウルは本を机に置き、一ページ目を開いて読み上げ始めた。

読んでいただきありがとうございます。

ご意見ご感想是非お待ちしております。

これからもレイ達とクライ・セイヴァーをよろしくお願いいたします。

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