王国
幸い道中特に障害は無く、昼食時をしばらく過ぎた頃にレイ達は王国の側へと辿り着く事が出来た。日が傾き夕暮れになるには、まだしばらく時間がある。
巨大な壁へと近づいて行くにつれて、漠然としか認識出来なかった様子が見え始めた。
純白の壁は巨大な円を描いているようで、一周したらどれほどかかるか検討もつかない。石を積み上げたような繋ぎ目は見当たらず、非常に高度な技術を用いて作られた物であることが分かる。高さも相当に高く、上を見上げたら首が痛くなってくる。
大抵この類の壁には巨大な門がつきものであるが、王国にはそれがない。川が流れ込む部分は穴が空いているものの、まさかあそこから入国するという事は無いだろう。
サキが手綱を大きく引き、ニカツギを右へ誘導した。上ばかり見ていて気づかなかったが、壁の根元の一角に飛び出した施設がある。あそこが玄関口だろうか。ニカツギはガシャリガシャリと歩を進めていった。
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入国手続きは、レイの予想に反して何ともあっさりしたものだった。
「ああ、赤い牙さんですね。はい。お疲れ様です。ニカツギはこちらでお預かりしておきます。滞在期間は? 」
「とりあえず一週間」
「分かりました、延長の際はご一報ください。昇降機が来るまでの間はこちらでお待ちください」
王国の騎士と思われる男はそういったきり、ぷいと別の作業を始めてしまった。
この施設もまた白を基調とした外観で、内装も小洒落た白と青で統一されていた。騎士の鎧やマントのデザインと何処か似ている。
特筆すべきはその大きさだ。ホムル村のレイの家、即ち村で一番大きな村長の家がいくつぶんすっぽりと入ってしまうだろうか。脇にはズラリと受付の窓口が並んでいて、中央には大量の座り心地の良いソファが備え付けられており、待合室のように使われているらしい。部屋の奥には大きな両開きの扉が見える。
今日この時間帯は幸い入国者は少なく、商人風の男が何人か座っているだけであった。
「こんなにすんなり入れるんだ……僕はてっきりあの時みたいに……」
レイの脳裏に聖域での騒動がよぎった。騎士団は皆彼のようにステラ使いを差別するものと思っていた。
「聖域のあいつみたいなのばっかりじゃないわよ。むしろあんまり面倒事を起こしたくないって人の方が多いんじゃないかしら」
「おかげで俺たち鼻つまみ者は逆に顔パスってわけっすよ。お、来た来た」
そう言ってヴァンは立ち上がった。周りの男達もゾロゾロと部屋の奥へ向かう。
レイもそれに倣い付いて行く。その途中、通りかかった一人の騎士に尋ねた。
「あの、すみません。ここ数日で、バンダナ……オレンジ色のバンダナを着けた男の人は入国しましたか? 」
「私も常にここにいるわけではない為、分かりかねます。少なくとも記憶にはありません」
「そうですか…。ありがとうございます」
騎士は事務的に返した。レイは丁寧に一礼すると、ヴァンとサキの後を駆け足で追った。
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「凄い、こんな景色初めて見た」
レイ達は円筒状の部屋に入ったはずだった。しかしその床はみるみるうちに宙に浮き、天へと上り始めたのだ。
待合室が、平原が、みるみる遠ざかって行く。気分はさながら鳥か綿毛のようだ。床は城壁の上に向かっているらしい。
「落ちる心配はないすよ。見えない壁があって」
「へえ、凄いな本当に。そうだ、あの人達にも……」
少し離れたところでは、商人風の男が固まって雑談をしている。レイは景色を楽しんだ後その輪に混ざってバンダナの男について尋ねたが、いずれも有力な情報は得られなかった。
「だめかあ」
「手当たり次第に聞くよりも、いいアテがあるわ」
「あっ、そういえば……誰かのところに行くって言ってたね」
「ネロ。情報屋よ」
情報屋、聞いたことのない職業だ。情報を売ってくれるんだろうか。プロならば何かしら知っているかもしれない。
そうこうしているうちに、床は動きを止めた。ついに壁の縁までたどり着いたのだ。
ゾロゾロと床から降り、縁を歩く一行。騎士に促され装飾が施された門をくぐると、美しい白い装いの街並みと、天まで伸びる一本の塔が彼らを出迎えた。門番と思しき騎士が足を揃え敬礼する。
『ようこそ、ソル・スティアール王国へ』
「わあ……」
「さあ、行きましょう」
商人達は既に散り、門にはレイ達だけが残されていた。キョロキョロと街を見回すレイを、サキが先導する。
緑溢れるホムル村とも、赤茶けた風景のラフィグローブとも違う。王国の街並みは白かった。建物も白、地面も白、所々に散りばめられた爽やかな青色が美しい。高潔、洗練、そんな言葉の相応しい街並みだった。
特徴的なのは、いくつかのブロックを橋で繋ぐような構造になっている事だ。先ほど左右に道があったが、その先にはいずれも橋が架かっていた。チラッと覗いたが、橋の下は暗く底が見えない。建物の塊の島がいくつもあり、それぞれが繋がっているという独特の構造をしているようだ。
道行く人々も随分垢抜けた雰囲気をしている。有り体に言えば、お洒落だった。ホムル村の衣装はなんだか田舎っぽく、浮いているような気がした。
「凄いな」
「さっきから凄いしか言ってないすよ」
「だってさぁ」
その時左手でわぁっと歓声が起こった。ひとつ向こうの通りで何かが起きたようだ。
「何があったの? 」
「さあ。どうせあっちいくつもりだし、見ていく? 」
「うん」
歓声を聞きつけ生まれた人の波に乗り、レイ達は隣の通りに移った。
「王よ! おお、王よ! 」
「キャー!!! クライス様よ! 本物だわ! 本物! 」
「パトリシア様ー! おいおいおいお前見たかよ今こっち向いてくださったぞ! 」
歓声と悲鳴の入り混じる通りに出たレイ達。沿道には人が殺到している。何事かと視線の先を追うと、何人もの騎士が隊列を組んで歩いている。しかし、王国騎士の事情を知らないレイにも分かった。中央にいる三人の人物は、他とは違う雰囲気を放っている。
二人の騎士が引く車には、二人の人物が座っている。
一人はマントを羽織った男性と思われる。思われるというのは、その人物が仮面を被っていたからである。鉢を被ったように頭をすっぽりと覆うマスクからは、表情を窺い知る事は出来ない。しかし、民衆に手を振るその姿は穏やかであった。
もう一人は可憐な少女であった。所々に金の意匠が散りばめられた、まるでドレスのようにアレンジされた美しい騎士の装束を身に纏っている。彼女の長いブロンドの髪と合わさり、一目で高貴な女性なのだと分かる。済まし顔とは程遠い、屈託のない笑顔を振りまく様は、老若男女問わず虜にする魅力があった。
その車の後ろに控えている男もまた、集団の中で異彩を放っていた。長い黒髪をなびかせた美男子で、眉目秀麗という言葉はこの男の為にあるのかもしれない。騎士装束を鮮やかに着こなし、左の腰には装飾された美しい剣を携えている。黄色い声を一身に受ける彼だったが、前の二人と違いニコリともせず淡々と歩を進める。
「あれは誰? 」
ガヤガヤとやかましい人混みの中で、レイはサキに尋ねた。
「仮面の奴がこの国の王、ヘリオス。隣が王の妹で騎士長のパトリシア。後ろのロン毛が天使クライスよ」
サキは感情が顔に出やすい。この顔はあまりいい気分では無さそうだ。騎士達が通り過ぎるのを待って、三人は通りを横切った。
「王様は仮面を被ってるんだね」
「事故で大きな傷が出来たらしいわ。それ以来ずっとあれ」
「ふうん。天使っていうのはなに? 」
「俺らもぶっちゃけよく知らないんすけど、選ばれた人がなるらしいっす。あ、そうそう。この国は三つの層に分かれてて、一番上の、あれ」
そう言ってヴァンは、国の何処からも見える塔を指差した。
「あそこの一部が上層、レガリア。王族や選ばれた人は天使と呼ばれて、あそこですげーいい暮らしをしてるらしいっす。行ったことないんでわかんないすけど」
「へえ。おじいちゃんが村を見渡せるように高いところに住んでたのと一緒かな」
レイは素直に感想を述べた。凄い良い暮らしが一体どんなものなのか、どうしても想像してしまう。サキがくるりと振り向き、説明を引き継いだ。
「今いるここが、中層のアクシディア。王国民の半数以上はここで暮らしてるわ。綺麗でいいわよね」
サキの先導で一行は人混みを離れ裏路地へと辿り着いていた。人気はなく、しかも行き止まり。レイが首を傾げると、ヴァンは地面の蓋のようなものをひっぱった。それは重たい音を立てて外れ、ぽっかりと穴が姿を現した。簡易的な梯子が下へ伸びているのが見える。底は見えない。
「そんで今から行くのが、下層のラタリア。アタシ達が育ったところよ」




