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土竜

 アルマ石の効果は、物により、場所により、使用者により千差万別だ。

 窓一つないこの部屋には、いくつも照明用のアルマ石が散りばめられている。しかしそのどれもが、仄暗い明かりを放っていた。風に吹かれる蝋燭の火のように、儚く、どこか不気味に揺れる。中央の大きな円卓の周りには、これまた大きな椅子が置かれていた。赤いクッションに、装飾の施された肘掛、座り心地は良さそうだ。数は十二脚。


 そのうちの一つに、一人の男が座っていた。深々と腰掛け、足を組んで卓上に投げ出している。歳は二十代半ばほど。フードから僅かに覗く顔には、大きな火傷がある。


「いつまで待たせんだよ、ボケが。さっさと始めようぜ」

「いいえ、ドラゴン。定刻まであと二分と七秒あります」


 返事をしたのは、男の右隣に座っている女性。こちらもフードで顔は隠れている。男とは対照的に、居住まいは正しくキビキビと喋る。

 男は周りに聞こえるように舌打ちをし、足を組み替えた。


「ちげえ、俺にはバルザックっつー立派な名前があんだよ」

「お互いの素性も名前も知る必要はありません。コードネームを用いる事には正当な理由があります」

「……確かウサギは、年中盛ってるんだったか。俺が今すぐブチ犯してやろうか」

「私を挑発しても無駄な事です」


 事務的な声に、男は再び舌打ちを返した。小刻みに指で叩かれている肘掛けは、日頃から叩かれているのかあちこちが焦げついている。


「お茶が入りました。おや失礼、お取り込み中でしたかな」


 そこにどこからともなく現れた人物。やはり顔はフードで隠れている。が、しゃがれ声と白い髭から老人である事は伺える。小柄ではあるが背筋は曲がっていない。手にした盆には湯気を立てるカップが六つ乗っている。


「あ? 茶化してっとてめえから殺すぞ、じじい」

「これは失敬、ドラゴン」


 老人は青年の前にカップを置き、続けてその隣の女性の前にも置いた。


「ありがとうございます、ドッグ。定刻まで五十四秒です。速やかな着席を推奨します」


 老人を促し、ティーカップに口をつける女性。ぽってりと厚い唇がちらりとフードの陰から覗く。

 老人は残りのカップを椅子の前に置いていき、青年の向かい側から少しずれた席へと座った。


「おお、そう言えば、彼は今日来るのですかな? 」


思い出したように老人が尋ねた。


「いいえ、来ません。何度か訪ねましたが、協力する気は無いようです」

「けっ。羊の癖に一匹狼気取りかよ。さあやんぞ、いねえ奴は知らねえ」

「定刻まであと六秒です。三、二……」


 カウントダウンする女性の声を押しのけるように、地面から影が隆起する。瞬く間にそれは二人の人の形を成し、背の高い方は席へと着いた。背の低い方は、変な姿勢で無理やり席へと押し込まれた。


「セーフだよね」

「ぐえー」


 何事もなかったのように手元のカップを啜る背の高い人物。例の如く顔は見えない。若い女性の声だ。


「問題ありません、サーペント。モンキー。……オックスは来ないようですね。先日の騒動の処理がまだ済んでいないのでしょう。それでは集会を始めます」

「前回から今日までの間、なんかあったら言え。ねーなら終わりだ」


 一瞬の沈黙の後、老人が口を開いた。


「森の民に目立った動きはありません」

「把握しました、ありがとうございます。サーペント、そちらは何かありましたか? 」


 後から来た若い女性に話を振る女性。サーペントと呼ばれた女性はかぶりを振った。


「ねーねーなんでだんまり? きのうのことは? 」


 小さい少年の声が呼び掛けた。首元には首輪がついているのが見える。口はにこにこと笑っていた。


「昨日とは? 」

「あー…、うん。旅人が夜の平原に紛れ込んだってだけ。あっさりとアニマに食われちまったよ、ラビット」

「……そうですか。引き続きよろしくお願いします」


 サーペントは微動だにせず答え、ラビットと呼ばれた女性もまた同じように返答をした。


「私の管轄区域も首尾は上々です、このままなら予定通り計画は進むでしょう。目下最大の障害をなんとか出来れば、ですが」

「叩き潰しゃいいだろうが」

「力関係はあなたも熟知しているはずです、ドラゴン。仮にあなたが勝てたとしても、大局的には私達の負けです。合理的ではありません」

「いちいちうぜーな、お前よ」


 火傷の男は目の前の茶を一気に飲み干し立ち上がった。その目は怒りに燃えていた。些細な苛立ちとは違う、遥か先を見据えたような覚悟の目だ。


「今は準備の時間だ。が、必ずチャンスは来る。それまでに準備を怠るな。怒りを燃やせ、憎しみを育てろ。殺して潰してぶっ壊して、俺達は必ず成し遂げる。いいな」


 全員が立ち上がる。小さな人物も引っ張られて立ち上がった。


『我らに闇の加護があらん事を』


 --------------------


 レイ達を乗せたニカツギは、軽快に草原を駆け抜けていた。多少地面はぬかるんでいたが、殻を纏った強靭な脚はしっかりと地面を捉えて進んで行く。空は昨晩の雨が嘘のように晴れ渡っている。


「なんか機嫌いいね」

「そりゃそうっすよ。俺はジメジメ〜とかヌメヌメ〜みたいなのが大っ嫌いで。さ、もっかいやってみましょう」


 ニカツギの手綱を握るサキはともかく、男二人は手持ち無沙汰で、一面の緑を眺めるのも動物の形に似た雲を探すのにも飽きていた。なので先ほどから、昨日レイが発現させたステラを再現しようとやいのやいのと騒いでいるのだ。


「あんた達〜、頑張るのは結構だけど、荷台やこの子に危害が出ないようにしてよねー」

「大丈夫っすよ姉さん、俺がちゃんと監督してるんで」

「だから言ってんのよ」


 昨日の死闘が嘘のようだ。二人とも今までと全く変わらない調子で冗談を飛ばしている。これが修羅場をくぐって来た人の余裕なのか。

 レイはまだ割り切ることは出来ていなかった。強大な力を持つ赤目のアニマ。あんなのともう一度対峙した時、僕は戦えるのだろうか。


「レイくん、集中っすよ! ほら、戦おうとした時の事思い出して! こんな風に……おらぁ! 」


 ヴァンが手のひらで小さな爆発を起こす。僕が戦おうとした理由、それは……。


『みんなの為に僕ができる事があるのなら、やらなくちゃいけない』


『もし本当に僕に力があるのなら、みんなの為に使いたいんだ』


 レイの右手がぽうっと光った。暖かな光が溢れてくるのを感じる。そうだ、この感覚だ。


「出来た……? 」

「おっけー! いいっすよいいっすよ! めっちゃセンスあります。姉さん! 」

「いいじゃない、でも実戦はまだ早いわね。ホント、よく生きてたわ」


 横目でチラリとこちらを見たサキは、ふふっと笑ってまた前方へ向き直った。


「めっちゃ心配してたくせにー、随分クールっぽくないっすか? 」

「あたしが引っ張ってきたようなもんだし、責任くらい感じるわよ」

「ごめんね、心配をかけて」

「ほら、気ぃ抜くと」


 レイが手元を見ると、光は消えており、ただの右手だけがあった。スプーンだったり、金槌だったり、ノコギリだったり、本だったり。村では様々な物をこの手で使ってきたが、まさかこの手が光を発して、剣を振る日が来ようとは思いもしなかった。


「レイくんのも手から出るんすね、ステラ」

「みんなもそうなんだ? 」

「大体そうっすねー、なんででしょう? ま、尻とかから出ても困りますしね! 」


 大声で笑うヴァン。それを見て、レイもいくらか気が楽になった。と同時に、ヴァンやサキのように自在にステラを操れるようになりたいとも思った。

 一日でも早くこの力を自分のものにしたい。そして村へ帰る。その為にもまずはお守りを見つけなくてはいけない。バンダナの人はどこにいるのだろう。


「王国に着いたら、まずはネロのところに行くわ。奴ならそのバンダナってのも知ってるかもしれない」

「僕の考えてる事、分かったの? 」


 突然話しかけてきたサキに、レイは目を丸くした。ずっと前を見ていて、目にも入っていないはずなのに。


「分かるわけないじゃない。でもなんかそんな気がしたから言っただけ」

「そう……凄いねサキは」


 レイは素直に感心した。どんな野生動物よりも野生の勘が強いんすよ、とレイに耳打ちしたヴァンは、サキに思い切り携帯食糧を投げつけられた。見事額に命中し、ヴァンはひっくり返った。


「ったく……ほら、見えてきたよ。王国」


 サキが指差す方を見ると、遠方に何かが見える。身を乗り出して目を凝らすと、それは天まで届かんとする純白の塔だった。先ほどから目に入っていたのかもしれないが、雲か何かと思って気にも留めていなかった。

 これまた純白の壁が、塔を囲うように建っているのが確認出来た。


「ソル・スティアール王国……あれが……。んん……? 」


 本の挿絵でのみ見た事のある大国。しかし実際に目の当たりにしたその巨大さは、レイの想像を遥かに超えていた。挿絵を描いた人物はきっと、王国の伝え聞いた姿や自らの想像を元にしたに違いない。レイは国境の壁に辿り着くまでの間、その荘厳な佇まいから目を離すことが出来なかった。

皆様こんにちは、ポテトです。ご愛読ありがとうございます。

さあまた出て来ました謎のキャラクター達。そして着きました王国。いやあ長かった。大切なお守りを見つけて、早く修行がしたい!私もレイと同じ気持ちです。

ご意見ご感想お待ちしております。レイ達とクライ・セイヴァーをこれからもよろしくお願い致します。

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