夜明け
平原には、未だ雨が降り続けていた。二人の戦いは、続いていた。
「やあああっ!!!」
サキは攻撃の手を休める事は無かった。赤目の群れに飛び込んで右拳の一撃。後ろの赤目に振り向きざまに上段蹴り、続けて胴回し回転蹴り。スピードは破壊力を生み、強靭な精神力は強大なステラを生む。稲妻を纏う四肢は、怪物達を木の葉でも散らす様になぎ倒していった。
「ザコばっかの癖に、キリがないじゃない! ああ、もう! 」
大きな蜥蜴にも見える平たい体の赤目。横から飛びかかるそれの首を鷲掴みにすると、それはサキのステラに耐えかねたかのように霧散した。
「アタシ達はレイを探すの! 邪魔! 」
腰の入った左フックは、迫り来る三体の赤目を一度に葬り去る。何体目かなど元より数えるつもりはない。立ち塞がる敵は全て倒す、それが彼女のやり方だ。
目的も、由来も分からぬ赤目のアニマ。分かっている事は、人を襲うということ。そんな理不尽を、許すわけがない。
「ヴァアーーン!!! そっちはー!!?? 」
サキが包囲網の裂け目を殴り抜け、チラリと振り返ると、少し離れた場所でヴァンもまた終わりの見えぬ戦いを続けていた。
巨大な剣を振り下ろし、地面ごと巻き上げ振り上げる。赤目が一体、二体と吹き飛んだ。懐に飛び込んできた個体を、柄で突き爆破する。
しかしその規模は小さく、周りの赤目を追い返すには至らない。すぐにまた次のが襲いくる。ヴァンの息は、荒い。
一時間近く戦い続けていれば至極当然とはいえ、開戦時より明らかに剣を振る速度が遅い。このままでは対処しきれずに、やられる。
「やっ……ば!」
しつこく縋る赤目を一蹴し、サキは反転してヴァンを取り巻く群れに飛び込んだ。地を這う稲妻が駆け、手の指では数えられない程の赤目が塵となって消えた。
「っ、姉さん! 」
「アホ! なーにこんなのに手こずってんのよ! 」
「うわちょっと! 死ぬって! 」
いつもの調子で肩をどつこうとしたサキは、自らの手がバチバチと雷を纏っている事に気付き、その手をそのまま後ろから飛びかかってきた赤目目掛けて振り返した。黒い頭が消し飛び、首を失った体がドサリと落ちる。
二人は背中合わせになった。頬の傷から滴る血を拳で拭い、剣を地面に突き立てるヴァン。大きな肩を上下させ、膝に手を着いた。疲労の色は、目に見えて濃い。
「これ、キリないっすよ、マジで」
「あんた、そんな弱気だからすぐバテんのよ。けど……」
サキは左手を突き出し構えた。見据えた先の赤目は一向に減る気配を見せない。通常であればこのように赤目が湧き続けるという事はまずないのだが、夜の平原という状況がそうさせるのか、どれだけ倒しても終わりが見えてこない。
ヴァンはもうじき限界が来るだろう。彼のステラは燃費が悪く、体力の消耗が激しい。雨の中なら尚更だ。サキ自身としても、終わりの見えない戦いを続ける事は辛い。
心が折れたら、ステラは使えない。ステラに振り回されず戦うには、相応の技術が要る。体力が無くなっては、体は動かない。心技体全て揃って初めて、異形の怪物と戦う事が出来るのだ。
このままでは、体力が尽きるよりも先に心が折られる。
その時、サキの背後で何かが光った。音は聞こえなかったので、雷ではないだろう。ヴァンがうっ、と短く唸る声が聞こえた。
しかしサキは振り向かなかった。戦場でよそ見をするという事は、死ぬという事だからだ。次はこちらから仕掛ける、サキが腰を落として拳を握った直後、赤目に動きがあった。
赤い目をぎらつかせながらも、ゆらゆらと揺らぎながら、後ずさりしていく。揺らぎはだんだんと大きくなっていき、赤目の大群は暗闇に溶けるようにして消えていった。
「えっ? 」
「引いてく……? 終わったか……? 」
サキは辺りを一度二度と見回し、ふうと息をついた。敵影はない。敵の"波"はひとまず終わったようだ。
「お、終わったぁ〜。死ぬかと思ったっすよあいてっ」
「ったく、情けない声出さないの! あんたもっとスタミナつけないとマジで死ぬわよ! 」
どさりと腰をついたヴァンの頭にチョップを入れるサキ。拳の雷は直前に振り払っている。ヴァンは頭を押さえながら地面に刺さっている剣に触れた。ボッと小さく燃えながら巨大な剣は手に吸い込まれるようにして消えていった。
「そりゃあそうっすけど……姉さんの体力がイカレてるんすよ」
「あんた帰ったらみっちりシゴきメニューね。それよりも……」
サキは振り返った。視線の先には雨宿りをした施設。先ほど、謎の光と共にレイが姿を消した廃墟。何か分かるかもしれない。ヴァンの襟首をつかんで引き起こし、サキは廃墟へと向かって歩き始めた。
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「う……? 」
暖かな日光を顔に受けて、レイは目を覚ました。前にも似たような感覚を味わった事があるような気がする。体を起こそうとすると、全身の筋肉が悲鳴をあげた。
「ぐ、僕は……」
「おはよう。よかったわ、ちゃんと起きて」
声のする右側を向くと、サキが座っているのが見えた。上着は着ておらず、傷一つない二の腕が露わになっている。レイはようやく、自分の胸にかけられている布がサキの上着である事に気付き、慌てて体を起こしてサキの元に這い寄る。
「ごめん、ありがとう、これ」
「ん」
上着を受け取ったサキはそれを肩に羽織ると、木の水筒を突き出した。そういえば喉がカラカラに乾いている。
レイは礼もそこそこにそれを一口含んで、流し込んだ。美味しい。食道を冷たい水が流れていく感覚に、生きている事を強く実感する。
冴え始めてきた頭が、自身に何が起きたかを少しずつ整理し始めた。
「僕は……生きているんだな。みんなは? 」
「ヴァンは、ほら」
ヴァンは少し離れた場所で、大の字になっていびきをかいていた。起きた直後は全く気が付かなかった。そしてヴァンの先にある机が、いくつか吹き飛んで、あるいはぺしゃんこになっている事にも気がついた。
レイが、アルヴィンは? と尋ねようとしたところで、壁に文字が書いてあるのが見えた。赤黒い文字は下手くそで歪んでいたが、『ばいばい、またあそぼうね』と読める。
「変なのが光ってあんたがいなくなったあと、アタシ達は赤目と戦ってたの。しばらくして戻ってきたらあの子は居なくて、これだけが残ってたわ」
「そうなのか……どこへ行っちゃったんだろう。大丈夫かな……」
「どうだか」
レイの視線に気がついたサキが答える。答えた彼女はぽんと立ち上がると、ヴァンの元へ歩いていき、一度揺すった。目を覚まさないのを一瞬だけ確認して、頭をひっぱたく。
「朝! 」
「いてっ! おあっす! 」
寝ぼけ眼で飛び起きたヴァンはレイを見つけると、よかっただの大丈夫かだのと慌てて近寄ってきた。レイはそれぞれに答えた後、水筒を手渡した。ヴァンはそれをグイと飲むと、落ち着いて再び座った。
「じゃ、聞かせて。あんたがどうしてたか」
そこからレイは、上手く言葉を選んで二人に昨日の経緯を説明した。何しろ自分でも何が起きたかよく理解していない。謎の機械が光った後、自分は見知らぬ空間にいた事。そこで人の形をした赤目のアニマと戦った事。自分のステラのようなものが発現した事。肩口を斬られ、反撃するも意識を失った事……。
「……という感じなんだ」
「滅茶苦茶じゃないすか。まず、光ったら何処か別の場所に行くなんて、そんな事あるはずが……」
「でも、レイは居なくなって帰ってきたわ」
「そうっすけど……。肩の傷は俺も分かりますよ。こりゃステラっすね」
レイの服は肩の部分がぱっくりと裂け、血がこびりついていた。しかしその中にある筈の傷は無く、跡すらも残っていなかった。
「ステラ……僕の? 」
「意識を失って使えるステラなんて……いや、聞いた事ないってのはもう意味ないっすね。傷を癒すってんなら、水系でしょうね。レイくんの力か、不思議な光がそうさせたか、俺ら以外のステラ使いが治したか……」
「なんにしても、ありがとうだ。もしあのままだったら、僕は死んでいたかもしれない」
そう言ってレイは、傷跡も付いていない肩を撫でた。今思い返すと、酷く恐ろしい事をしていたものだ。いつの間にか、生死を争う世界に身を置いてしまったのか。これも村を守れるくらい強くなるには、必要な事なのだろうか。
「人型の赤目も初耳ね。ほんっと、わけわかんないわ。ま、とにかく出ましょ。話は動きながらしてさ。いい子見つけたの」
そう言ってサキはテキパキと身支度を始めた。彼女は行動が早い。決断、即行動する様は少し見習わないといけないとレイは感じた。
戦闘のダメージだろうか、出口がひしゃげて広がっている。そこをくぐると、建造物のすぐ横に小さな山のようなものが鎮座していた。レイ達が出てきたのを見ると、ガシャガシャと音を立ててその山は動いた。
「わっ!? 」
「ニカツギよ! さっきあんた達が起きる前にこの辺りウロウロしてたのを見つけたの。この子に乗って王国まで行きましょ」
三人は渡りに船とばかりにニカツギに乗り込むのだった。朝の陽射しが平原を往く彼らを、草原に広がる残骸を照らしていく。
サキが手綱を握ると、ニカツギは素直に歩き始めた。目指すは、王国。
「さ、話の続きをしましょ。色々と訳わかんないしさ」
「腹減ったっすよ、飯食いながらでいいっすね。ほら、レイくんこれ」
「ありがとう。僕はどうしてもアルヴィンが気になる。もし僕のような目に合ってたら……」
「書き置きがあるくらいだし、大丈夫じゃないの? 迎えがひっそりと来てたとか」
「勘すか」
「カンよ」
「うーん……」
彼らは知るはずもなかった。すぐ近くの建造物の中に、ぐちゃぐちゃに潰されたならず者の男達"だったもの"が転がっている事を。
「派手にやられている」
その肉塊の側には、一人の影があった。クロだ。
「ここには彼への想いが感じられない……」
クロはグシャリと肉塊へ足を踏み入れて手を突っ込み、はみ出している布切れを引っ張り出した。僅かに血に染まっていない部分は、派手な橙色をしていた。その左側には、これまた橙色の布を巻かれた腕が落ちている。クロの足元にももう一枚。
見つかった橙色の布は五枚だった。乗って来たのはあのニカツギだろうか。散乱している荷物の量から考えて、一行は全員で十人近く居ただろうと思われる。
「あれの持ち主は、逃げ延びたか……僕は、何故こんな事をして……」
左腕に巻かれた布切れをさすり、彼は陽の当たらない暗闇へと消えた。
閲覧ありがとうございます。ポテトです。
いよいよ王国へやっと、やっとたどり着きますよ。お待たせいたしました。
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