剣
勢いよく外へと飛び出したヴァン。雨は未だ強く、乾きつつあった服は即座にずぶ濡れになった。顔にまとわりつく雨粒を払いのけ、辺りを見回す。乱立する建造物の隙間から、前方、そして左右から、一、二、いや、数えるだけ無駄だろう。無数の赤い目が迫って来ているのが見えた。蜥蜴のような形の赤目だ。平べったく、黒く、大きな口を開けている。ここに到達するまで、恐らくあと十五秒程。
サキはというと、赤目のアニマの大群を前に、腕を組み仁王立ちしていた。数ある建造物のうちの一つ、その上で迫り来る敵を睨みつけている。
バチバチと音が聞こえ、赤い稲妻が彼女の周りを走り始める。
「姉さん! どーするんすか! 」
到達まで、あと十秒。彼女は振り返って言い放った。
「細かいのは性に合わないの、正面から行くわ」
到達まで、あと七秒。直後、稲光が走った。
ズァァァン! 轟音をあげて地面が抉れ、赤目が幾匹も吹き飛ぶ。赤目の群れの中に落ちたのは、サキだった。彼女のステラを纏った蹴りは、雷と見紛うには十分すぎるほどの威力がある。
「せやぁぁぁぁっ!!! 」
彼女は群れの真ん中に落ちると、一直線に駆け出した。進路にいる赤目は、スピードの乗った拳を受けて霧散していく。建造物目掛けて突っ込んで来た赤目は陣形を乱し、後方の個体はサキに食らいつこうとした。半数がヴァンから遠ざかって行く。
「姉さんはいつもこうだ……ま、今はそれがベストっすね」
ヴァンは駆け出した。アルヴィンのいる建造物から少し離れる。
サキに構わず猛スピードで這い寄る赤目達。ヴァンは腕まくりをした右手を掲げる。到達まで三秒、二秒、一秒。
「うぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ヴァンの振り下ろした拳が爆発する。爆炎と衝撃波で、ヴァンに食らいつこうとした赤目はまとめて吹き飛んだ。雨の中でも燃え盛る大地。膝をついたヴァンはゆっくりと立ち上がった。彼のその右手には、赤熱する巨大な鉄塊が握られていた。
形としては反りのない直剣そのものだ。が、大きい。大きすぎる。大柄な彼の身の丈を優に超える特大剣。太く分厚い刀身は、刃というよりも、もはや鈍器と言った方が正しい。
「かかってこい!! まとめて面倒見るっすよ!!!」
ヴァンは巨大な剣を両手で担ぎ上げ、そして一気に振り下ろす。レイの無事を案じながらーーーー。
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「うっ……いてて……はっ!」
固く冷たい床の上で、レイは目を覚ました。気を失っていたようだ。どれほど長い時間こうしていたのだろう。そして、一体何が起きたのか。確か石を試しに動かそうとして、それで……!
「……アルヴィン? サキ? ヴァン? 」
返事はない。辺りを見回しても、誰もいない。忽然と皆が消えてしまった。状況の飲み込めないレイだったが、独りという事実は彼に不安を与えるのに十分すぎる要素だった。
雨は当たらない。あたりは薄暗く、先ほどまで居た建造物の中と似た作りをしていた。石のある窪みもレイの後ろ、壁際にちゃんとある。床や壁の材質もよく似ている。しかしよく見ると室内は円形で、つまみのついた机も見当たらない。代わりに何かの像が壁面に鎮座している。元いた場所ではない所に、レイは居る、という事になる。
「なんなんだ……」
あの日から色々なことが起こり過ぎている。頭の整理が追いつかない。聞いたこともないアルマ石に、ステラ、そして赤目のアニマ……。おまけに自分は今どこにいるかも分からない。仲間ともはぐれてしまった。大事なお守りも見つかるか分からない。
珍しくレイは溜息をついた。天井を叩く雨音も、今は自分をせっつくように聞こえて、余計に体が重くなる。
だが、状況はレイに落ち込む暇を与えなかった。背筋がゾッとする感覚を覚え、レイは跳び上がる。慌ててキョロキョロと回りを警戒すると、一箇所、暗闇の中に更に影が落ちているような部分がある事に気がついた。影はみるみるうちに大きくなり、ゆっくりと二本の足で立ち上がった。はっきりとカタチは定まっていない。しかし、二本の足、二本の腕、頭。
「……人? 」
顔の部分に一つの目が開く。赤い。
「来るっ……!!」
恐怖を感じた瞬間、レイは右に跳んだ。その一瞬後、レイの立っていた床に一本の深い亀裂が走る。あと少し遅れていたら今頃右半身と左半身が綺麗に分かれていただろう。ご丁寧にも、石の埋め込まれた装置まで壊された。
「…………」
ゆっくりこちらに振り向いた赤目の手には、黒い棒が握られていた。あれを振るったのだろうか。攻撃を受けたらひとたまりもない。
レイはじりじりと後ずさりしながら、赤目を視野に収めつつ室内を見渡す。室内というにはかなり広い。跳んでも跳ねても支障はないだろう、が、出口は見つからない。
その間に赤目はゆっくりとこちらに向かってくる。足を揃えたまま、滑るようにゆっくりと、真っ赤な目はレイを真っ直ぐに見つめ、にじり寄る。
逃げられるか、いや無理だ。出口を探す為に背中を向けたらやられる。石も期待できない。サキもヴァンも居ない、助けに来ない。
やるしか、ない。
レイはふぅと息を吐いた。集中して、思い出す、あの時の感覚を。このままこいつを放っておいてはいけないという想い……ホムル村で不思議な力を発揮したあの時の感覚……感情……!
「…………」
来た! 飛びかかる赤目の棒を、レイは咄嗟に受け止めようとした。思わず目を瞑ったレイが目を開けると、目の前には一振りの剣があった。鍔もなく、鞘もなく、柄と刃の区別もつかない、揺らぐ光の棒。しかし、これは剣だとレイには分かった。暖かい光を放つその剣はレイの手中に現れ、彼は反射的にそれで赤目の攻撃を防いだのだ。
「てぇ……い! 」
ぐっと力任せに赤目の棒を押し返す。意外にもあっさりと引いた赤目は、距離を取りこちらを窺っているようにも見える。
「はあっ……はあっ……」
怖い、が手の温もりがそれをいくらか忘れさせてくれる。人を襲う悪いアニマなら、僕がなんとか出来るなら、放っておく事は出来ないという想いが、彼の足を、腕を支えていた。
一度、二度、三度、光と影が交錯する。剣を振るって戦うなど、レイにとってはおとぎ話の中でしか起き得ない出来事だった。しかし、人間必要に迫られると体は動くもので、レイも不慣れながらなんとか赤目の攻撃をいなしていた。
「つ……強い……」
しかし、まるで反撃する事は叶わない。明らかにホムル村でレイが斬った小型の物とは格が違う。
「…………」
再び正面からの一撃、今度は胸への突き。目一杯剣を横に振り軌道を逸らしたレイ。影の棒との鍔迫り合いになる。ぐっと押し返そうとするも、今度は赤目も引かず、競り合ったままの睨み合いとなった。
「…………」
「ぐ……ぬぬ……」
重い影に圧倒され、次第にレイは押し込まれていく。足を踏ん張るも、じりじりと壁際に追いやられてしまう。
「くそ……負けない……!」
レイはどうにかしてこの状況を抜け出そうと、右足を一直線に突き出し赤目の足を蹴飛ばした。揺らぐ体ながらしっかりと手応えはあり、一瞬力が弱まった。
その隙に影の棒を弾き、もう一撃振りかぶり斬りつけようとする。しかし赤目の反応も速いもので、再び受け止められ鍔迫り合いに。
「……ル……マモル……ミンナヲ……」
「えっ……」
一瞬、たった一瞬集中が途切れたレイの剣は、フッとかき消えた。
鮮血が、暗闇に飛び散った。




