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はぐれもの

「離して、ヴァン」


 聖域の灯りも彼方へと遠ざかったころ、サキが口を開いた。快活な彼女の顔は、未だ俯いたままだ。


「落ち着いたっすか」

「ああ、むしろ、落ち込んだかな……」


 得体の知れない力を持ったバケモノ。そう言われて、落ち込まない人間の方が稀だろう。どんよりと体は重く、まるで自分のものでないようだ。


「レイ君も気にしないで……あっ」

「こんな、の……悲し、すぎるよ……」


 レイは、肩を震わせて泣いていた。悲しくて悲しくて仕方がなかった。自分自身が罵られた事はどうでも良いのだ。出会って日は浅いが、それでも二人はレイにとって友人だった。バケモノと言われ、挙句傷つけ合うところなど見たくはなかった。ヴィーゲンの悪意を受け、リックスの敵意を受け、サキとヴァンの怒りを受け、感情の奔流に揉まれたレイの涙は止めどなく流れた。

 足元の草にレイの涙が一粒、二粒と伝う。その粒は幾つにも増え、大地を濡らした。雨だ。レイだけでなく、空もまた泣いていた。


「あー、ほら、気ぃ取り直しましょう。何もあんな奴ばっかりじゃないっすよ」


 レイの背中をバシバシ叩き、ヴァンは乾いた笑い声を上げてみせた。ヴァンの逆立った髪を雨が濡らしていく。


「ヴァン、アンタ……昔からしたら、すっかり良い子ちゃんになったわね」

「いやいや、俺だって本当は怒ってんすよ? んでも俺まで一緒にキレてたら、今頃俺達どうなっちゃうんすか」

「それもそうだ。……ゴメンね、ヴァン」

「じゃあ……今度出る、歌巫女の新曲盤買ってくれたら良いっすよ、許します」


 レイの目には未だ涙が浮かんでいたが、二人のわちゃわちゃとしたやりとりを見て前を向く事が出来た。二人なりに気を使ってくれたのだろう。そのおかげで、レイもなんとか気持ちに整理をつけられた。


「……ごめん。僕は、何も言い返せなかった」

「なんすか。レイ君はなんも悪くないっす。もちろん俺も姉さんも悪くないっすよ」

「さ、切り替えよ、切り替え。とりあえずここに居ても仕方ないわ……廃墟地帯が近くにあったわよね? 」


 雨脚は更に強まり、容赦無く叩きつける雨粒は三人の体温を奪っていく。灯りのない夜の平原を、レイ達は進んでいった。



 --------------------


 聖域は、覆い被さる巨人の体で雨が降ることはない。両腕の中、大きな広場にはいくつものテントが張られ、中央には大きな火が焚かれている。火は高々と燃え上がり、両腕の中を隅まで照らしていた。

 その中に、一際大きなテントがあった。白い生地に金の縁取り、入り口には翼を象ったエンブレム。誰が見ても一目でわかる、騎士団のテントだ。


「酷い目に合いましたね、お怪我はありませんか」

「あ、ああ、大丈夫だ」


 テントの中に二人、騎士が居た。リックスとヴィーゲンだ。

 汗を拭いながら、どかっと簡易ソファへ沈み込むヴィーゲン。丸々としたその顔はどこかやつれていた。

 リックスは入り口で足の泥を丁寧に落としてから、アルマ石の埋め込まれたポットを手に取り、茶を淹れた。二つのカップに注ぎ、一つを手渡す。


「どうぞ」

「ああ」

「ステラ……実際に見るのは初めてだ……なんと恐ろしい」


 俯き手を合わせ独白するリックスの顔は以前こわばったままだ。机に置かれたアルマ石の光に照らされてなお、顔色は優れなかった。


「やはり隊長の言う通りです。ステラ使いは危険で野蛮な化け物だ……。奴らを野放しにはしておけません、即刻アジトに踏み込んで拿捕すべきです! 」

「おいおい、落ち着け。奴らのアジトはラフィグローブにあると聞いている。王国とあの国がいかに友好関係にあるといっても、いや、だからこそ、いきなり乗り込んでドンパチは出来ないだろう」


 リックスの強い語気にギョッとしながらも、ヴィーゲンは平静を装いなだめに回った。


「なぜあの国は、あのような危険分子を国に置いておくのですか」

「国周辺の赤目退治に一役買ってるからじゃないか。戦闘以外にも色々手伝いをしてるらしい」

「情に訴えて国の人々を欺くつもりか……! なんと姑息な! 自分が出世した暁には必ず奴らも排さねば……」


 憤るリックスを横目に、ヴィーゲンは爪を噛んだ。


(なんて生真面目で思い込みの激しい奴だ……以前俺が言った愚痴を真に受けやがって。ステラ使いは俺も嫌いだが、わざわざ藪をつついて蛇を出す事はないだろうに)


「隊長は以前の大戦で赤目を退け、ステラ使いとも刃を交えたと伺いました。尊敬します。自分は騎士長クライス様のように、民を守り悪を退ける剣となりたく騎士になりました。今回の聖域への異動で隊長のお話を聞けて、その夢にも現実味が持てました。赤目もステラ使いも、民に危害を及ぼす悪。そんなものに屈さぬよう、日々鍛錬に励まねば! 騎士の誇りにかけて! 」


 リックスは一気に言い切ると、メガネを直し、カップの茶を飲み干してテントから出て言った。残されたヴィーゲンは深くため息をついた。


「疲れるなぁ、こいつ……」


 ヴィーゲンが新米の頃、大戦を経験したのは事実だ。しかしろくに出来る事もなく、闇の者の戦いぶりは遠巻きに見ているだけ。戦果は小さな赤目を二匹潰しただけであった。平和が訪れたのち、実戦の機会は急激に減り、強力な赤目もそうは現れなくなっていた。


 そんな中若い頃の話を少し誇張して伝えただけで、あの真面目な青年は感化されていた。今更訂正するのもまた面倒であるので、今はただ適当にあしらいながら、聖域駐屯の任期が終わるのを待つ日々となっている。

 その聖域の任務も雑務と旅人の審査、管理が主で、赤目との戦闘は殆ど起こっていない。聖域の加護に形だけの感謝の念を送りつつ、怠惰な毎日を過ごしていた。


「さっきは奴に流されちまったが、報復とかされないだろうな……形だけでも入れといた方が良かっただろうに」


 彼にとっては、保身こそが全てである。ステラ使いは勿論好かないが、危険を冒してまで彼らと事を起こすつもりなど毛頭ない。

 上手く手を抜いて今までやって来た彼にとって、リックスの生真面目さは些か窮屈であった。


「誇りなんて、何の役にも立たねえよ」


 ぬるくなった茶をグイと飲み込み、彼はそうひとりごちた。


 --------------------


「俺も自分がステラ使えるなんて知った時はビビったもんすよ。うぇ、きもちわりぃなぁ……」

「僕もさ。しかもこんなに嫌われてるなんて」


 レイ達三人は、寝床を求めて雨降りしきる平原を彷徨っていた。辺りにはいくつもの人工物が散らばっており、昼間見ていた平原と地続きの場所とはとても思えない。湿気は大嫌いなんすよと、ヴァンは悪態をつきながら足元に埋まっている人工物を踏み越えた。

 どれほど歩いただろうか。手は既に指の先まで冷たい。靴には一歩踏み出す事にぐちゃぐちゃと泥水が地面から入り込む始末だ。気持ちが悪い。腹も減って来た。雨を避けて自然と顔は下を向く。

 おまけに夜の平原という危険な状況は、レイに多大なストレスを与えていた。自然と思考もネガティヴ寄りになっていく。


「関わりたくないって人の方が多いと思うけどね。あんなに言ってくるヤツはあんま居ないと思うわ」

「……戦争で、ステラのせいで死んだ人も沢山居たんだよねきっと」

「アタシ達がやった事じゃないもの、知ったこっちゃないわ。……デカいのが増え始めたわね、そろそろイイのがあるかしら」


 濡れて張り付く前髪をかき上げ、サキが前を指差した。レイが顔を上げると、容赦無く雨が顔を打つ。手をかざすと眼前には、そびえ立つ物があった。斜めに地面に突き刺さったそれは、レイが見上げる程大きい。丁度ウイスピの木くらい大きいか。その右奥には腰掛けられる程の小さな人工物。その奥にはもっと大きなもの。

 レイが近づいて触ると、人工物はべったりと苔むしている事が分かった。苔の奥はツルツルしていて、何かの金属で出来ていると思われる。


「へーっ、始めた来たっすけど凄いっすねこりゃ。金属?全く錆びてない」


 ヴァンも近くに寄ってコンコンと叩く。苔の隙間から覗く表面には、僅かながら光の筋が走っている

 。


「なに?街の……名残?」

「いやーわかんねっす。だいぶ前からあるらしいっすけど」

「雨が凌げりゃなんでもいいわ。手分け……はやめましょ。入れるとこ、あるかなぁ」


 そう言って歩き始めた三人。程なくして、一帯で一際大きな人工物が目についた。近づいてみると、丁度一つの面に千切れたような穴が空いているのが見えた。


「ここは……」

「ビンゴ! 」

「デカいと見つけやすくていいわね」


 躊躇なく入り口を踏み越え入っていくヴァンとサキ。レイも後に続く。

 中は空洞になっていた。一切光が入って来ず真っ暗で、奥がどうなっているかは確認出来ない。しかし奥まで見えないということは、見た目よりもかなり広いと言える。地面も金属で出来ており、水が浸み出す心配もない。

 風雨も凌げ、野宿としては上等な隠れ家と言えるだろう。


「ああ、やっと落ち着けるんすね」

「僕、お腹空いちゃったよ」


 その瞬間、サキが身構えた。遅れてヴァンもハッと構える。二人が何を感じたか、すぐにレイにも分かった。


 何かいる。


「先客さん、かしら」


 返事はない。


 あの暗がりの向こうだ。サキとヴァンは素早く目配せをした。恐ろしく寒気がする。ただならぬ気配を感じ取ったのか、ずいとヴァンがレイの前に出た。


「レイくん、ちょっと下がってて」

「う、うん」

「出て来てちょうだい。言葉が通じるならね」


 返事はない。が、動きはあった。何かが動く気配を感じる。近づいている。


 赤い目が二つ、暗闇に浮かび上がった。


「赤ッ……!」

(来る……⁉︎)


「こんばんは、おにいさん、おねえさん」


 暗がりから歩き出て来たのは、赤い目をしたあどけない少年であった。

みなさんこんにちは。閲覧頂きありがとうございます。ポテトです。


廃墟で出会った少年、彼は一体何者なのでしょうか。ご期待ください。

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