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暗雲

「あれが、聖域……」

「そうさあ、あそこがこの平原の安全地帯、旅路の中継地点ってワケよ」


 だだ広い平原、見渡す限りの地平線だった景色の中に現れたのは、大きな"人"だった。

 一見小さな岩山のように見えるが、目を凝らしてよく見るとその姿は、人の上半身を模しているように見えた。

 いくつもの灯火へと覆いかぶさる、逞しい上半身から伸びた太い両腕が、何かから護るようにして囲いを作っている。少なくともレイにはそのように映った。あの灯りは集落……あれが、聖域……。


「あれ……人……?」

「ああ、巨人の守護神って話、知らねえか?」


 デンデンを駆る初老の男性、デンゾウの言葉にレイは首を横に振った。


「昔々な、王家のご先祖様を命懸けで守り抜いた巨人が居たんだってよ。力を使い果たした巨人は、石になってしまったとさ。守護神とか、王の盾とかいって王国の奴らは崇めてら」

「それが、あれですか? 」

「らしいぜ。その遺志は今も生きていて、あの腕の中は赤目のアニマが寄り付かない聖域、って事になってる。実際俺は今まであそこに赤目が来たのは見たことねえ」

「どうせ王国の騎士団に都合のいい伝説よ。別に、岩山を削って人型にする事だって出来たわけだし」


 サキが口を挟んでくる。暗くなってきて分かりづらいが、少しむくれているか。彼女の口調に棘を感じたレイは、やんわりと聞き返してみた。


「どうしたの?急に」

「伝説だの神様だの信じてないのよ、アタシ。神様だったらみーんな守ってくれればいいじゃない」

「まあまあそうむくれんなや嬢ちゃん。少なくとも今晩は"神様"ってのが守ってくれらぁな、ははは」


 サキはムスッとしたが、気を取り直したようで大きく伸びをした。彼女は顔に直ぐに出る。アルマなんて見なくても、顔を見ればサキの考えている事は大体分かってしまいそうだ。きっと嘘はつけないんだろうなぁと、風になびく横髪を眺めながらレイは思った。


 そうこうしているうちに、一行は聖域へと辿り着いた。近くで見ると岩山はますます人のように見える。頭は無いが、その双腕は力強く隆起し、篝火に照らされている事も相まって未だ生きているかのような躍動感を保っていた。伝説が真実にしろ虚構にしろ、それを信奉するに足るだけの迫力が、この像にはある。


 巨人の両手の間を潜って進んで行くと、二人の人物が近づいて来た。

 両名とも白と青を基調とし、金の刺繍をあしらった制服を身につけ、金属の胸当てを着用している。日暮れとともに強まってきた風に靡くマントもまた、制服と同じ青に染まっている。左腰には白く丸い、手の平大の円盤の様なものが装着されていた。


「遠路はるばるご苦労様であります! 」


 レイ達の前で止まった二人のうち、一人が敬礼をした。眼鏡をかけた若い男性だ。

 きっちりと品良く切り揃えられた栗色の短髪で、背はレイより少し高いか。敬礼一つとってもキビキビとした所作で、真面目が服を着て歩いているような風体であった。


「 本日はソル・スティアール王国騎士団聖域駐屯部隊を代表して、自分、リックスとこちら、駐屯部隊長のヴィーゲンが審査と手続きを担当致します。何卒……」

「リックス、長いぞ。流せばいいんだ、こんなもんは」

「はっ! 隊長殿、失礼いたしました! 」


 長台詞を一息でまくしたてた青年リックスはもう一人の騎士、ヴィーゲンに遮られ深々と頭を下げた。

 ヴィーゲンは背の低い中年の男性で、胸当ての下から窮屈そうに腹がせり出している。無精髭を生やした、恰幅の良い人物であった。


 一行はデンデンから降り、すぐに審査が始まった。と言っても、名前と所属、目的と滞在期間を聞くだけの簡単なものとリックスから説明があったのでレイは安心した。


「はい、行商人のデンゾウさんですね。物資運搬ご苦労様です。はい、取引は後ほど。ああはい、それにデンデンが一匹、はぁ、デン子ちゃんですね。かしこまりました。ではお三方」


 デンゾウの手続きを終えたリックスがレイ達へと向き直る。取り調べをしている間、ヴィーゲンは落ち着かない素振りで辺りをキョロキョロと見回していた。特に聖域の方をよく見ている。早く帰りたいのだろうか。


「赤い牙所属、サキ、ヴァン、レイ。いつも通り、王国へ仕事の依頼を取りに来たわ。滞在は今晩だけよ」


 そう言ってサキは胸元から、そしていつの間にか復活していたヴァンは少し横を向いて、赤い牙の形をした石を見せた。これが赤い牙の証なのだろう。レイはまだ持っていないので、バツが悪そうに俯くだけであった。


「はぁ〜、赤い牙ね」

「赤い牙……?はて。あなた方も商人の方ですか?随分お若く見えますが……」

「いんや、違えよリックス。こいつらは傭兵だ。俺たち騎士団の管轄までチョロチョロと出しゃばってくる、図々しい奴らだよ」


 ヴィーゲンが横から口を挟んだ。その目からは、いや、全身から嫌悪を感じる。微弱だが確かにアルマ反応を受け、レイは少し気分が悪くなった。


(レイ君、気にしないで下さい、たまにこうやっていびってくる奴、いるんすよ)


 ヴァンがレイにコッソリと耳打ちした。面と向かって感情をぶつけられ、動揺した事がヴァンにも伝わったようだ。

 動揺しているのはリックスもまた同じようだ。


「傭兵……?この子達が……」

「そんだけじゃねえ。リックス知ってるか? こいつらは、あの"ステラ"使いなんだぜ。得体の知れない力を持った、バケモノ達さ」

「っ!それは、本当ですか」


 リックスの目の色が変わった。レイには分かった。アルマ反応か、リックスに睨みつけられた胸が確かに痛む。眼鏡の青年はゆっくりと三人に向き直る。


「何よ。今日は特に嫌味が多いわね。早くしないと夜になるわ。赤目が出る前に、さっさと入れて」


 サキもまた言い返す。ネチネチとしたヴィーゲンの物言いに、見るからにサキは不愉快そうだ。風が更に強まって来た。

 ヴィーゲンは夜になるという言葉を聞いて辺りを見回し、分かりやすく舌打ちをした。


「いいか、こん中で悪さすんなよ、もし何か「本気ですか⁉︎」


 リックスが割って入る。先ほどまでの温和さは無い。


「は?」

「ヴィーゲン隊長、ステラ使いをこの神聖な聖域へと入れるおつもりですか! 先日も、赤目とステラ使いは騎士団の敵だと仰っていたではありませんか! 」

「あ、いや、そうだが……」

「危険分子は排除しなければなりません! 」


 どうしてしまったというのか。このリックスという男、ステラと聞いた途端攻撃的になった。痛い。アルマの棘がレイの心をぷすりぷすりと刺す。もちろんこう言われては黙っていない人物がいる。


「黙ってれば好き勝手言ってくれるじゃないの。ええ?アタシらがなんだって!? 」

「ちょ、姉さん! 」

「騎士さんよ、こいつらは悪さなんかするもんか。素直な子達だよ」


 サキが啖呵をきる、デンゾウもレイ達を擁護した。日は完全に沈み、聖域の周りはすっかり夜になっていた。風は依然強く、気づけば雲が空を覆っていた。


「いいえデンゾウさん。あなたはステラの恐ろしさを知らないだけです! かつて王国を危機に陥れた"闇の者"と同じ力が未だに存在するだなんて、考えただけでも恐ろしい! ヴィーゲンさんも、以前そう仰っていましたよね! 」

「あ、ああ……」


 リックスの気迫に気圧されながら、ヴィーゲンは頷く。レイは両陣営の激情に当てられ、オロオロと騎士達とサキ、ヴァンの顔を見比べる事しか出来なかった。先程から微かにバチバチと音が聞こえる。冬の寒い日、勢いよく服を脱いだ時のようなそれは、サキの方から聞こえているようだ。


「そういう事だ。出て行きたまえ! 神聖な聖域の中にステラ使いを入れるなど言語道断! ありえない事だ! 」

「なっ……んだとぉ! もう夜だぞ! アタシらに死ねってのか! 」

「力を使えばいいだろう? バケモノはバケモノ同士、潰し合うのがお似合いだ! 」

「てんめぇ……!!」


 ひどい。バケモノ? 僕たちが?


 音が大きくなった。意識せずともハッキリと聞こえる。ヴァンの耳にも届いたようだ。


「姉さんダメっす、ここは……」

「ふざけんな、これだけ言われて黙ってられるか! てめえいい加減にしろよ! おい! 」

「な、なんと粗野で粗暴な言動!やはりステラ使いは危険分子。親の顔が見てみたいものだ……」


 ガァン!!!!!!!爆音とともに視界が白く染まった。一秒だろうか、十秒だろうか、それとももっと長い間だろうか。レイは痺れたように固まってしまっていた。指先を動かす事すら出来なかった。永遠とも思える静止した時間の中で、やっとレイは雷が落ちたという事実を理解した。

 恐る恐るレイが目を開けた時、目の前にはバチバチと唸りを上げる拳を突き出したサキと、それを両腕で受け止めるヴァンの姿があった。


「なっ……! 」

「ひ、ひいっ……」


 騎士二人は言葉を失っていた。リックスはレイと同じように立ちすくみ、ヴィーゲンはどさりと力なく腰をついてへたり込んでいる。


「姉さん!! 」

「親父とロディは関係ない!!取り消せ!!!」


 ヴァンが叫び、サキが吠えた。レイは、なおも動けなかった。


「離せヴァン! アンタからぶっ飛ばされたいの!? 」

「落ち着けよ姉さん!!! 後先考えろ!! 行商のおっさんとか、うちのチビ達の!!! 」

「ぐ……!」


 握った拳の力が一瞬緩んだ隙に、ヴァンはサキを突き飛ばして騎士から遠ざけた。

 歯を食いしばり、力一杯拳を握り締めて、ヴァンは大きな体を騎士へと向け直す。


「いや、ウチの姉が粗相をして、ホントすんませんした。お勤めご苦労様っす。マジで俺ら暴れるとかそういう気はないんで、そこんとこだけホントよろしくっす。あと……親もマジで良い人っすから。おっさん! デン子! ここまでありがとう! ……そんじゃ」


 騎士と行商人に軽く一礼してヴァンは身を翻し、レイの背中を押し、サキの肩を無理やり抱いて歩き出した。ジャケットの袖は焦げ、大きな両手からは血が滲んでいた。

みなさんこんにちは、ポテトです。閲覧頂きありがとうございます。

偏見というものはそう簡単にはなくならないと思っております。

書いていて辛い…でも筆が進む…ウッ。

感想等お待ちしております。これからもよろしくお願い致します。

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