闇に紛れて
夜のラフィグローブ。平時は常に煙を吐き出し続ける煙突は、今日に限り沈黙していた。
そして今夜は、その煙突に腰掛ける人物がいた。
艶やかな黒髪、きっちりと締めたネクタイと夜に溶け込むブレザーを華奢な体に纏った少年、クロだ。
明かりや喧騒もまちまちになって来た街並みを横目に見下ろし、息を吐いて今度は空を見上げる。
「……」
左腕、上着の袖の中には血に染まった布切れが巻かれている。幸い素早い処置のおかげで出血は止まり、痛みはあるが問題なく動く。
「なんだっていうんだ……さっきの……彼」
左腕の痛みと共に、夕刻の出来事がクロの脳裏に想起される。
『関係ないなんて、あるもんか!目の前に傷ついてる人がいて、関係ないわけがないよ! 』
「関係ないわけがない、か……」
右手には、まだカップの温かさが残っている。少年は右手を握りしめ立ち上がった。雲が横切り、月明かりを一瞬覆い隠す。雲が晴れた時、クロの姿は無かった。
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夜中、国民達は寝静まり、もしくは飲み明かしている頃、国境の門の近くで蠢く男達が居た。
「オラッさっさとしろ!! 」
「分かってるよ! 」
「見つからないうちに早くズラかるんだよ! 」
「待て、門番はどうするんだよ」
「大丈夫、見ておけ! 」
男達の側には、身の丈を優に超える巨大な甲殻類が鎮座している。背中には大きな荷台が括り付けられており、男達は急いでそこへ積み荷を放り込んだ。その後殻に足を掛けて自分達も荷台に乗り込む。この生物はニカツギと呼ばれ、重量のあるものを好んで背負う習性から輸送、移動手段として広く運用されている。
門番は二人居たが、いずれも眠りこけていて起きる気配はない。門を抜け、ガシャガシャとしばらく駆け抜けたあたりで男の一人が身を乗り出し後ろを確認する。
「追っ手は! 」
「……バレてないみたいだ! 」
一拍置いて、歓声が上がる。男達は手を叩き、お互いの肩を叩いて喜び合った。男達は全部で八人。その腕には、一様にバンダナが巻いてあった。色は派手な橙色だ。
「やってみれば、ちょろいもんだな! こいつあよ! 」
「門番には薬を仕込んだ酒を差し入れておいたが、まさかこんなに上手くいくとはな! 」
「国境の警備は流石に厳しかったが、国の中はザルだったな。年に一度の祭りを狙うのは正解だったってわけだ」
男達の視線は、荷台後部の大きな布の袋に向けられた。袋は三つあり、それぞれがパンパンに膨れていた。
「坑道近くの倉庫だけでもこんなにあるんだろ、しかもまだたっぷり残ってたじゃねえか。ちょっとくらい持っていったって問題ねえよなあ? 」
「ああ、あんな辺鄙なとこに住んでるくせして、国は豊かで馬鹿みたいに騒いでやがる。何も考えてねえ能天気な奴らだ。心底ムカつくぜ」
「だけどよ、そんな馬鹿どもから"頂いた"これを売っ払って、俺たちはボロ儲けだ。愉快じゃねえか! 」
一同は下品な笑い声を上げる。すぐにラフィグローブの灯りは見えなくなり、あたりは月明かりが照らす草原が見えるのみとなった。見渡す限りの緑の大地を、六つの脚がガシャガシャと駆けていく。
その時ニカツギの脚が何か飛び出た岩にでも当たったようで、荷台が大きく揺れた。置いてある袋のうち一つが倒れ、口から中身が溢れる。鈍い光を放つその塊達は、まさしくアルマ石であった。
研磨されたアルマ石からゴツゴツとまだ岩がついたままのアルマ石の原石まで、大小様々なアルマ石が乱雑に布袋の中に詰め込まれていた。
男達は、祭りに乗じて観光客を装い入国し、ラフィグローブの特産品であるアルマ石を盗み出したのだ。目論見は成功し、こうして夜悠々と国を抜け、山の裾から広がる平原を走っているのであった。
「にしても色んな種類があるんすねえ! 」
「そりゃあそうよ。これはほら、磨くと赤く光る奴だ。お前がいつもパン焼いてるあれには、これと同じやつがついてんだ」
アルマ石にはそれぞれ特性がある。熱を発するのに適したもの、光を放つ事に向いているもの、水や氷に関して得意なもの……。感情の調節によってある程度の融通は利くものの、手間がかかる上に効果はグッと落ちる。その為、基本的に用途に適した種類の物を選定して使用するのだ。
「俺は金よりよぉ、オマケの"アレ"の方が早く欲しいぜ。"アレ"がないと生きてる意味がねえ」
「分かるぜ。金は必要だが、"アレ"が一番だ」
そういって男達は、恍惚の表情を浮かべた。
「そういえばお前、それどうしたんだよ」
男の一人が別の男に尋ねる。その男の首には、銀色に光る羽根の首飾りがあった。手の込んだ一品だ。
「ああこれか。あんまりにもあいつらが楽しそうでイライラしててよ、ムシャクシャしてたら乱闘が始まって。そしたらマヌケそうなガキが小洒落たアクセ付けてたからよ。どさくさに紛れて奪ってやったのさ。どう、似合う〜? 」
そういって男は笑いながらポーズを決める。男達は手や膝を叩いて笑い転げた。
「結構いい奴っぽいし、頃合いを見て売っ払っちまえ」
「それがいいや。お前には似合わねえ」
「どういう意味だそりゃあ」
男達がふざけているとガタンとまた荷台が揺れ、袋の中身の石が数個、溢れて荷台の外に落ちてしまった。
「おい!ああー、揺れすぎだろ……」
ぼやく男は、名残惜しそうに平原を見つめた。落ちたのは赤い石だっただろうか。一つ、二つ、遠くここからでも光って見える。いや、五つだったか、六つ?
「あれ、あんなに落としたっけ……? 」
ぼやく男の声は耳をつんざく悲鳴に掻き消された。人のものではないとはっきり分かるおぞましさだ。
飛び上がった男達が身を乗り出して後方を見ると、赤い目の揺れる影達が猛スピードでこちらを追って来ているのが分かった。体をくねらせるようにして短い手足を動かし、大きな口を開けてこちらに向かって来る。平たく長く黒い体が蠢く様には、形容しがたい恐怖を覚えた。先ほどまで緑一色だった景色は、いつの間にか赤と黒で塗りつぶされていた。
「おいおいなんだありゃあ! 」
「ここらは夜は赤目が出るんだよ! 見境いなしだ! でも、この数は流石に……! 」
「このままじゃ追いつかれる! 」
「情けない声を出すな! 」
動揺する若い男を押しのけ、リーダー格の男は袋を漁り始めた。目当てのものが見つからずいくつも無造作に掴んでは後ろに放る。震える手でようやく見つけたのは、灰色をした親指の爪ほどの小さなアルマ石だった。
「これだよ、これ……!」
男が石を睨みつけアルマを込めると、段々と辺りに霧が立ち込めていった。霧はみるみる濃くなっていき、すぐに男達はお互いの表情すら認識出来なくなった。
「そらっ! 」
頃合いと見たリーダー格の男は、握ったアルマ石を外の地面に向けて叩きつけた。濃霧は一瞬にして視界を覆い尽くし、四方八方が鈍色の世界になった。もはや赤目の姿も声も、確認することは出来ない。醜い欲望を載せたニカツギは霧に紛れ、恐怖の中ただひたすらに駆けた。
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右も左も分からないまま走り続けた男達は、ついに足を止めた。ようやく霧が晴れたので周囲の確認が取れ、ひとまず赤目を撒く事が出来たと認識出来たからだ。
「やばかったなあ、おい……」
「あんなにたくさん出てくるもんなのか? 」
「まさか。毎晩あれだけ出てこられたら、この平原はとっくに血の海になってら」
男達が立っているのは、だだ広い平原の直中であった。しかしあたりを見回しても地平線は見えない。というのも、緑溢れる草原地帯の上には到底不釣り合いな、人工物があちらこちらに点在していたからである。
建物のようにも見える巨大な物体から、身の丈ほどのものまで、大小様々な建造物が朽ちかけ、あるいは苔生して立ち並んでいる。それはまるで、忘れ去られた街の亡骸のようであった。
「よし、今夜はここで寝よう。"聖域"も近いはずだ、奴らもそうそう湧いて来ないだろう」
リーダー格の男はそういって、荷台から荷を下ろし始めた。自分達の荷物と、盗み出した石を入れた袋を運び出す。無論仲間達もそれに続く。
「こことか、いいんじゃないか」
「お、そこそこ広いな」
男達が見つけたのは、中でも比較的大きく、劣化の度合いの少ない廃墟であった。一つの面がちぎり取られたように穴が空いており、中に入れそうだ。ここならば風雨を凌ぐ事に関して不足はないだろう。
下っ端に袋を担がせ、男達は廃墟へと踏み入って行く。外から見た以上に中は広く、暗くて奥までは見渡せないものの、下手な宿を取るより余程快適に過ごせそうだ。
「良いじゃねえか」
「聖域ってどうせ窮屈でうるせー騎士もいるんだろ? こっちの方が良いわ」
「聖域入った事ねーだろ。俺もないけど」
男達はキャンプの準備をし始めた。アルマ石で火を起こし、寝袋を広げ、干し肉などの保存食を用意する。一仕事終えた後のささやかな晩餐会だ。
しかし突然、火が消えた。恐ろしい寒気に襲われた男達は辺りを見渡す。すると赤い目が部屋の暗がりからこちらを見ていることに、男達は気がついた。あるものはナイフを構え、あるものはアルマ石を掴み、あるものは隠れようとした。
「な! 赤目⁉︎」
赤い目は動かない。足が震える。一瞬にして廃墟を静寂が支配した。
「おい、出てこい! なんだよ! 」
更なる静寂の後……
「……こんにちは、おじさん達」
廃屋に不釣り合いな、無邪気な声が響く。誰もいないはずの廃墟の暗がりから出てきたのは一人の少年だった。赤い目、赤髪で、首輪と腕輪を身につけた少年は、ガラクタをひょいひょいと越えて歩いて来る。
「は? なんだ脅かすなよ……」
「なんでこんなところに子供が……」
「ねえねえ、おじさん達は何してるの」
少年は更に近づいてきた。まるでおもちゃを見つけた子供のように、ニコニコしながら男達の元へ歩いていく。
「何しに来たの。どこ行くの? ぼくと仲良くなろう?ねえいいでしょ? 」
「うるせえ! 」
男の一人が少年を思い切り殴りつけた。少年は軽々と吹き飛び、ぐったりと動かなくなった。
「うわ、えぐ……」
「どうせ見られたんだ、生かしておくつもりはなかったさ。適当に縛って転がしておけ」
男達は再び寝床作りを始めた。そのうちの一人がロープを持って少年に近づくと、少年はむくりと起き上がった。口からは血が垂れて、頰は腫れている。
「やった。仲良し、してくれるんだね」
嬉しげに言った少年は、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
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「ええー⁉︎一台も空いてないの⁉︎」
翌朝のラフィグローブにて、レイ達は国境近くの厩舎に居た。朝早くに行って、馬を借り王国へと旅立つ算段だったのだが……。
「馬じゃなくていいのよ、ニカツギくらい出せないの? 」
「無茶言うなよ!祭りの前後はただでさえよく出るんだ。今年は予約でいっぱいだよ。それに一頭ニカツギが逃げちゃったみたいで、予約の穴埋めで手一杯なんだ?すまないけど君達に回せるのはないよ」
見通しが甘かったようだ。今年は例年よりも来客が多く、商人の使用も多かった為に、乗り物の空きがないらしい。普段は当日でも空きがあるのだが、今日に限ってはそう上手く行かなかった。
「何よ、融通利かないんだから」
「いやむちゃくちゃっすよ姉さん。レイくんも、四日後に馬の予約入れてるんで、それ待ちましょう」
「そんな……」
レイは呆然とした。折角見つけた手掛かりが遠のいて行くような感覚に、指先が冷たくなる。今行かないと、ずっと見つからないかもしれない。根拠のない不安に、レイは襲われた。
「おーおー、忙しそうだなあ」
通りかかった初老の男性が声をかけてきた。継ぎ接ぎの帽子をかぶり、口ひげを蓄えている。厩舎の男と挨拶を交わした初老の男性は、ふと振り返った。
「あ、もしかしておじさんは……」
ハッとするサキ。初老の男性はやりとりを聞いていたようで、唐突に切り出した。
「なんだ、急ぎか? どこ行くんだよ」
「お、王国です! 」
レイはすかさず返した。男性は三人を値踏みするように見回し、髭を弄りながら答えた。
「あんたらアーレスんとこの奴らか。奴には色々と世話になってる、途中までならデンデンに乗っけてってやるよ。積み荷と一緒でよければな」
こんにちは、ポテトです。読んで頂き、ありがとうございます。今回のクライ・セイヴァーいかがだったでしょうか。
今年の更新は今日で最後です。次回の更新は1月6日を予定しております。それでは皆さま、メリークリスマス、良いお年を。




