表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/57

夕焼けと夜2

今回は少し長めでお届けします。

 ラフィグローブはすっかり夜になり、道を行き交う人々の影も次第とまばらになり始めた。

 そんな中、クロとの別れは突然訪れた。


「あ……あれ? 」


 レイは辺りを見渡すが、クロはいない。植え込みの裏にも、ベンチの下にも、すぐ近くの路地の先にも、先ほどまで話していた少年は居なかった。


「いや……さっきまで、男の子がここに居たんだよ! 黒い服の」

「猫かアニマじゃあるまいし、人がそんな急に居なくなるもんですか」


 背の高い少年は合わせてキョロキョロと大きな動きで辺りを見回すも、やはりそれらしき人物は見当たらない。


「おかしいなあー」

「疲れて居眠りでもしてたとか? 」

「ちゃんとスープだって飲んだんだよ」


 そんなやりとりをしばらくして、二人は座り込んでまた話し始めた。


「へえーっ、不思議なこともあるもんですね。なんだか昔話みたい。恩返し? 」

「なんだよ、それ」


 お互いに近いものを感じたのか、二人が親しくなるのに時間はかからなかった。じっくりと近くで見ると、やはり少々あどけなさの残る顔つきで、レイよりも少し歳下に見える。そして、話しながら視線を動かしたレイは、服の袖が焦げて焼き切れていることに気がついた。先から感じた焦げ臭さはこれだろうか。そして耳にはピアスをつけており、赤い石がぶら下がっている。あれ、この形は……。


「そういや、お名前を聞いてませんでした」

「ああ、僕はレイ」

「レイ君、呼びやすくていいっすね。俺の名前はーー」

「あ、ヴァーーーン!!! まーたフラフラとほっつき歩いて!!!」


 広場に再び大声が響いた。


「げ、姉さん⁉︎ 」

「え、姉さん? 」


 大股でずんずんと広場を突っ切って歩いてくる小柄な少女は、サキだった。

 サキはヴァンの元にたどり着くなり肩を肘でどつく。


「今日はあんたが洗濯当番でしょー⁉︎ 宴のあとは帰るって言ってたじゃないもー! 」

「いや、違うんだって、ホント、今帰ろうとしてた! ホントに! 」


 ふんすと腕を組んだサキは、ヴァンの横にいるのがレイだと気がついた。あっ、とサキが声をあげる前に、ヴァンが立ち上がってサキの隣に立った。


「あ、紹介しますよ、この人はサキ。俺の姉さんみたいな人」

「あ、えっと……」


 レイが言葉を探す間に、ヴァンと呼ばれた少年はクルリとレイの隣に座りなおした。ヴァンは軽妙に話し続ける。


「んでサキ姉、この人はレイ君。身軽で凄いんすよ! 」


 サキは首を傾げ、一呼吸置いて一言だけ発した。奇しくもタイミングはレイと丁度同じだった。


『知ってるよ』

「……え?」


 --------------------


「なーんだ、そーいうことっすか! びっくりしたなあー」

「こっちのセリフよ。いつの間に知り合ったの、あんたたち」


 三人は並んで、夜の街並みの中を歩いていた。しばらく歩を進める時間は、事の大まかな経緯を共有するのに充てられた。


「乱闘の時にちょいと。それにしても、世間は狭いっすね! レイ君が、サキ姉がスカウトしてきた人だったなんて」

「よろしくね、ヴァン」

「こちらこそっす」

「ほらレイ、こっち」


 サキの先導で、三人は進む。彼女が遠慮なく近道を使うので、暗さも相まってレイは何度かつまずきかけた。


「ヴァンはサキの弟、なんだよね」

「あーいや、正確には弟分っすね。血の繋がりは無いんすよ」

「そうなの」


 レイは特に驚きはしなかった。レイ自身、村長と血の繋がりは無いにもかかわらず、家族同然に過ごしている。似たようなものだろうな、と一人で納得した。


「赤い牙はステラを持つ者だけで構成されてるの。アタシ達は孤児ばっかでね。仲間は実質家族みたいなもんなのよ。」


 サキがクルリと振り向いて、後ろ向きに歩きながら話に入ってきた。


「……サキも? 」

「うん」


 サキはあっけらかんと言い放った。


「あんたも、これからそこに入るの」

「うわー!レイ君は実質兄さんっすね、歳の近い兄さん」

「なんだかくすぐったいな」


 そうこう話しているうちに、民家は少なくなり工場のような施設が目立ち始めた。そして工場一帯を通り抜けると、いつの間にか崖の麓まで来ていた。あれだけ大きな崖だが、暗くて気づかなかったようだ。今朝はあの崖の上のどこかからこの国を見下ろしたのだ。


「ねえ、サキ。王国って、どっちに行けば……」

「ダメよ」


 レイの言葉はすぐに遮られた。


「さっきも言ったでしょ。今日はみんな疲れてるし、夜移動するのはちょいとマズいわ。行くならせめて明日の朝にしましょ」

「でも……」


 クロやヴァンとの出会いからくる驚きや、お守りの手掛かりを見つけた喜びから先ほどは薄れていたが、やはり大切なものを失うかもしれない焦りはレイの中に渦巻いたままだった。ヴァンの談笑への相槌は適当ではなかっただろうかと、要らぬ心配もつい抱いてしまう。


「夜に平原を突っ切るのは自殺行為よ。それに、丁度アタシ達は行く予定があったからいいけど、本来ならその手がかりだけで探すのはかなりキツイわ。さ、入って入って」

「むう……」

「足元気ぃつけてくださいね」


 崖の麓は野営地のようになっており、テントや何かの道具があちこちにあった。最低限の灯りだけがついており、人の気配はない。

 レイは乱雑に転がった木箱を一つ一つ避けながら、サキとヴァンの後について行く。


「ここは鉱山で、坑道が沢山あるんすよ。ここで働いてる人、結構多くて」


 ヴァンとサキは手慣れた様子でひょいひょいとテントの間を縫って進んで行く。確かに崖を見上げると、ところどころが足場になっている。そしてそこには、数人が悠々と出入り出来るほどの大きさの穴がいくつも空いていた。


「今日は誰も居なそうだし、こっちからで良いっすね」

「そうね」


 野営地から少し離れた、奥まった場所で三人は止まった。ゴツゴツとした岩肌の崖は、近くで見ると一層迫力がある。ヴァンが岩壁に近づいていく後ろで、サキがレイの方を振り返った。


「……レイ、ラフィグローブの中は、他のみんなに探すの手伝ってもらうから。それに向こうにもアテはある。きっと見つかるわよ、だから今日は休む。良いわね?」

「分かったよう」

「えーっとどこだっけなー、あ、あったあった」


 その岩肌に近づいてキョロキョロしていたヴァンが何かを見つけた。岩肌に手をかざす。


「これは……アルマ石? 」

「ご名答っす」


 ヴァンが手をかざして数秒後何かの駆動音が聞こえ始めた。ガチャガチャとやかましい音の後、何かの蒸気が噴き出すような音を立てて音は止んだ。すると、岩壁の一部がゴゴゴと奥へと引き込まれ、ゆっくりとしてスライドした。


「な、なんだ」

「これが入り口なの。さ、入って入って」


 三人が入ると、すぐに岩の戸は音を立てて閉じた。

 見渡してみると、中は洞窟になっており、少し広めの部屋のようになっていた。奥にはトロッコがあり、レールはその奥の狭い洞窟へと続いている。入った時は暗かったが、戸が閉まり始めた時に、吊るされた暖色のランプがいくつかついて、辺りを照らした。


「早くシャワーを浴びたいっすよ」

「あんたは洗濯してからよ」

「ええー」


 わちゃわちゃと二人はトロッコへと乗り込んでいく。意外に大きく、三人程度ならかなり余裕を持って乗れそうだ。


「レイー、こっちこっち」


 色々なものが気になって辺りを見回すレイをサキが急かす。レイは慌ててトロッコへ乗り込んだ。


「さ、行きますよ! 」


 レイが乗り込んですぐにトロッコは大きな音を立てた。ガシャン!キリキリキリ、と車輪の回転する音がし始める。

 ヴァンを見ると、備え付けられている大きなアルマ石を握っているのが見えた。琥珀色の石をじっと睨み、念を送り込んでいるのがよくわかる。しかし……少々アルマが強すぎではないか?


「しっかりつかまってくださいねぇ! 」

「事故んないでよね」

「え、ちょっとうわぁぁぁぁぁぁ」

「イヤッホォォォォォォォ」


 トロッコは轟音を立てて急発進していった。三人を乗せた鉄の箱は目的地に到着するまで、減速することはなかった。


 --------------------


「到着っすー。お疲れ様っしたー」

「あんたいつも荒くない? 壊したらノノに怒られるわよ」

「し、死ぬかと思った……」


 殺人的な速さで走り続けたトロッコは、数分間の間、上昇や下降、急旋回を繰り返した後に大きな音を立てて停止した。

 あれほどの速度を出しておきながら、奇跡的に脱輪することはなく、目を回しているレイをよそに二人は涼しい顔で車体から降り歩いていく。

 線路から脇道に逸れ、岩盤に覆われた洞窟を進んでいくと、物々しい金属の扉が待ち構えていた。無機質な扉には取っ手がなく、押すのか引くのか、横に滑らせるのかもわからない。

 サキがスタスタと歩いて行き、扉の横についている蓋を開けた。中には大きな琥珀色のアルマ石が据えられていた。

 サキが石に手を触れじっと見つめると、ガシン!プシューガシャンガシャン!などとけたたましい音が壁や天井の中から聞こえてきて、銀色の扉は上に引き込まれていった。


「すごい……こんなの見たことない……」

「最初は仕組みが全く分からなくて、色々仕込んでやっと動くようになったのよ。大体ノノ……仲間の一人がやったんだけどね」

「凄いなあ……仲間って、何人いるの? 」

「あんたを入れて十一……いや、十二人よ。さ、入って」


 扉の中に踏み入ると、そこは地下とは思えないほど広々とした空間になっていた。柔らかな明かりを放つアルマ石が天井に埋め込まれ、正面には大きなソファがいくつかテーブルを囲むように置かれていた。地面には彩り豊かな絨毯が敷き詰められ、近くには本棚やおもちゃがいくつかある。ここはリビングだろうか。

 左の奥には巨大なダイニングテーブルが置いてあり、シンプルなテーブルクロスが掛けられている。今日は使われていない様子だ。奥には台所があるように見える。無機質な金属の扉の向こう側には、なんとも生活感の溢れる"家"が存在していた。


「ただいまー」

「さあレイ君。ようこそ、俺たち赤い牙の"家"へ」

「お邪魔します……」


 レイが物珍しそうに部屋を見回していると、奥の方からバタバタと音が聞こえてきた。何かが階段を駆け上がってくる音だ。

 空気の抜けるような音を立てて部屋の奥の扉がスライドし、十歳程の子供が飛び出してきた。キリッとした太い眉をしている。正確には、普段はキリッとしているだろう、か。今は満面の笑みで眉尻が下がっている。


「ヴァンにいちゃん! サキねえちゃん、おかえり! ……ッ⁉︎ 」


 笑顔で飛び出して来て、ヴァンとサキを迎えようとした少年は、レイを見て顔色を変え急停止した。


「や、やあ。はじめま「来るなよ! 」


 レイが手を上げて一歩踏み出した瞬間に少年は怒鳴り声をあげた。驚いてレイは足を止める。


「誰だよ、おまえ! 」

「……っ! 」

「こら、コーディ失礼だろう。この人はレイ君っていって……」


 ヴァンが少年コーディを嗜めるが、コーディは首をブンブンと横に振ってレイを睨みつけた。


「いらないよ! よそ者なんかいらない! 」

「何よコーディ、何か……」

「お前も、おれたちのこと変だと思ってるんだろ! 」


 コーディは拳を握りしめ、精一杯吠えた。

 アルマ石の明かりが徐々に薄らいでいく。レイの背筋に、まるで風邪をひいた時のような、ぞくりという悪寒が走った。


「こんな穴の中にかくれて、みんなと違うっていじめるんだろ! そうなんだよ! 出てけ! 変な力使って気持ち悪いって、言えよ! どうせ、おれたちは……!」

「そんなこと言うな! 」


 泣きそうな顔で叫ぶコーディをレイが遮った。まっすぐに歩み寄り、片膝をついて目線を合わせる。


「僕はそんな事、言わない。それに、自分を悪く言っちゃダメだよ。君の事を想ってくれてる人が居るだろ?そんな事言ったら……悲しいじゃないか。大丈夫、いじめたりしないよ」


 レイは鼻をすすりながらも、懸命に目を見て話した。コーディが目を逸らしても、絶対に目線を外さない。


「それに、"変な力"なら僕も持ってる。……何か言われたのかな。きっと、いつか分かってくれるよ……その人も」

「……本当に? 絶対気持ち悪いって言わない? 」

「言わないよ。約束さ」


 コーディはついに耐えきれなくなって、声をあげ泣き出した。サキが駆け寄って抱きしめ、頭を撫でる。レイは、ヴァンに連れられその場を離れた。


 サキに後から聞いた話によると、街で遊んでいた時に喧嘩になって、アルマが暴発してしまったらしい。吹っかけて来たのは向こうだったらしいが、友達にも手を出され我慢ならなかったと。喧嘩には勝ったものの、相手や友達にも怪我をさせてしまい、助けたはずの友達からも気持ち悪いと言われてしまったようだ。

 ステラを扱える者はアルマの質も量も常人より優れている事が多いらしい。未熟さから来る事故だった。


「人間、得体の知れないものは怖いものよね。それが赤目のアニマであっても……人間であっても」


 そう言って呟くサキの顔は、普段の快活さからは想像出来ないほど悲しげであった。


 --------------------


 レイとヴァンは、洗い場に立っていた。目の前には脱ぎ捨てられた服が積まれている。小さな物から大きなものまで、十人分ほどであろうか。ヴァンは断ったが、レイは手伝うと言って聞かなかった。


「すんませんホント……休んでてくれていいんすよ? 」

「二人でやった方が早いから」

「……じゃあ今日だけ、お願いします。次からはちゃんと分担制で。仕事とか役割をこなしてこそ食べていけるんだぞって。そうやってチビたちに言ってる手前、示しがつかないっすから」

「わかった。それで、洗い桶はどこ? 僕結構得意なんだ、手際がいいって村では有名なんだよ」


 ヴァンはキョトンとした後、首を捻って尋ねた。


「えっ、もしかして、手洗いっすか? 」

「ん? 何かおかしいこと言ったかな? 」

「いやいや! この量を毎日はきついっすよ! 」


 そう言ってヴァンはむんずと衣服を掴み、壁に空いた穴の中に無造作に放り込んだ。棚から緑色の握り拳大の木の実を一つ取り出し、穴の縁に叩きつけヒビを入れる。穴の中で割ると、爽やかな香りを放つドロリとした中身が出てきた。割れた殻を後ろにあるくずかごへ投げ入れながら、手慣れた手つきで蓋を閉める。


「へえ! これで洗うんだ、凄いなあ」

「いやいや手洗いの方が絶対凄いっすよ」

「そうかなあ……。さっきのはフラン? ではないかな、ちょっと香りが違うね」

「若いボルドの実っすよ、洗濯に良いらしいんす。俺は汚れが落ちればなんでも良いんすけどね」

「こっちのも良さそうだね」


 レイはもう一つの服の山を、同じように隣の穴へ放り込んだ。その時中にサキのものらしき下着を見つけ一旦硬直し、頬をさすりながら蓋を閉めた。


「の、ノーカウント」

「何がすか」

「いや、なんでも」


 ヴァンはしゃがみこみ、埋め込まれたアルマ石に手を伸ばした。滑らかにカットされた大きな青いアルマ石だ。しかし、何も起きない。レイは石とヴァンを見て状況を理解し、ヴァンの横に歩み出た。


「僕がやるよ」


 レイが手を添えじっとアルマを送ると、穴の中で水の流れる音がし始め、ゴウンゴウンと回り始めた。


「すんません、ちょっと……」

「そういう時もあるよ」


 水のアルマが有効に扱えるのは、心が穏やかで落ち着いている時だ。安らぎや慈愛の感情に応えて、水は生まれる。言い換えると、高ぶった心では水のアルマは上手く扱えない。


「……やっぱ、チビたちにはそういう思いをして欲しくないなって思って。昔を思い出して、ちょっとカッカしちゃって」

「昔? 」

「俺にも似たような事があったんすよ、何回も何回も。そのせいで親も友達も俺を捨てて、あの時はもう全部ブチ壊してやろうと思ってました。そんなどうしようもなかった俺を拾ってくれたのが、ここなんすよ」

「そうなんだ……酷い、同じ人間なのに」


 レイの悲しげな顔に、ヴァンは首を横に振った。


「みんながレイ君みたいに思えるわけじゃないっす。それに、あんな戦争があったら、そりゃあそう思っちゃうかもなーってなる時があるんすよ、たまに」

「戦争……って? 」

「知らないんすか⁉︎ ……いや、きっと巻き込まれなかった場所だったんすね。俺たちの生まれる前の話なんすけどね」


 洗濯物が水で洗われ回る音の中、ヴァンはどかっと座り込んだ。レイもそれに倣い腰を下ろす。


「昔は今より赤目が居たんすよ、そりゃあもう雨が降るとかそういう頻度で襲って来るとこもあって。そんで、王国……ソル・スティアール王国と対立している国があったのは知ってますか? 」

「い、いや……王国に刃向かう国なんてあるの? 」


 レイの知る限り、王国に正面から立ち向かえる国は存在しない。国力、こと武力に関してはこの一帯では王国の右に出るものはいないはずだ。


「闇の者達と呼ばれる集団が居たんす。ずっと昔、王国や近隣の国に攻撃を仕掛けた後、奴らは国を作りました。彼らは圧倒的少数ながら、一人一人が兵士百人にも匹敵する強さでした。暗い炎や影の刃、黒い水をどこからともなく発現させて、自在に操り人々を苦しめていたんす」

「それって……」

「そう、ステラっす。彼らは全員がステラの使い手でした。神出鬼没に現れては破壊と殺戮を繰り返し消えていく。赤目のアニマの脅威と合わせて暗い時代が十数年続きました。王国は幾度となく兵を出しましたが、奴らの本拠地を見つけることはついに叶いませんでした」


 レイは真剣に耳を傾けていた。洗濯物の回る音が止まったので、ヴァンは後ろ手に石を触り、すすぎ始める。今度はちゃんとアルマが反応し、再び水が出始めた。


「そんな中立ち上がった人達が居たんす。勇者アイエル、これは知ってますか? 」

「いや……」

「マジっすか。絵本にもなってるんすけどねえ。アイエルは、ステラを持ってる事以外はごく普通の少年だったんすけど、旅をして力をつけ仲間を増やして、闇の王を倒したんです。これが俺たちの生まれるちょっと前の話」

「うん 」

「世界は平和になりました。赤目も減ってきて、みんな幸せになったんす。でも、ステラ使いの残した爪痕は大きかった。人々はステラ使いを恐れ、忌み嫌い、憎んだんすよ。闇の者と関係のないステラ使いもまとめて嫌われました。……それが今っす。はい、ちゃんちゃん。おしまいっす」


 ヴァンはレイの顔を見て、固い表情をわざとらしく崩しおどけてみせた。しかしレイの顔は暗いままだ。


「そんなことがあったのか……。勇者達はどうなったの? 闇の人たちは? 」

「王を討たれた闇の者の生き残りは散り散りになったと聞いてます。どこにいるのかは……。勇者は闇の王と相討ちになったと親父……俺たちのリーダーは言っていました」

「親父? 」

「実質俺たちの父さんっすよ、この赤い牙のリーダー、アーレスです。親父は昔アイエルと共に闇に立ち向かった英雄なんすよ」

「英雄アーレス……」

「生き残り、世界を救った英雄になった親父が今はこうして、俺たちステラを持った孤児を育ててる。経緯は詳しく知らないんすけど……ありがたい話っす。俺、ここがなかったらどうなっていたか」

「ありがとう、知らないことばかりだった……でも、ヴァン達は何も悪くないじゃないか。昔悪い人達がいたからって、そんなのあんまりだよ……」


 ヴァンは笑って、すすぎ終わった洗濯物をカゴに入れながら言った。


「ここには仲間がいますし、ラフィグローブでは俺たちも随分まともな扱いになってきました。きっといつか、なんとかなるっすよ」


 その後は他愛のない話をして、シャワーを浴びてベッドに入った。レイには空いている個室があてがわれた。寝坊をするとサキに怒られるとヴァンが急かすので、レイが落ち着いて考え込めたのは布団を被ってからだった。ホムル村では皆が仲良く暮らしていた。沢山の人がいると、皆が仲良くするのは難しいのだろうか。皆で仲良くできたらいいのに……。頭の中を疑問や悩みが渦巻いていたが、ドッと疲れが出てきて、程なくしてレイは睡魔に敗れた。

読んでいただきありがとうございます。

今回は少し長めの話となりました。力を持っているというのはいい事ばかりではないのですね。

活動報告とツイッターもこの後更新させていただきます。

レイ達とクライ・セイヴァーをこれからもよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ