夕焼けと夜1
「無い……どこにいっちゃったんだ……」
ポツリポツリと灯りがともり始めた街をレイは歩き回っていた。足元を見ながら、ウロウロとあちこちを行ったり来たりして、広場に戻りまた探し回る。
村長や村の皆が渡してくれたお守りはレイの大切な思い出の品だ。異国の地、いつ村に戻れるか分からないここでは、あのお守りにはただのお守り以上の意味がある。
レイは昼間に力試しが行われた広場に戻ってまた探し始めた。ここを探すのはもう三度目になる。サキとゴードンにも手分けして探してもらっているが、今のところ収穫はなさそうだ。見つけたら真っ先に教えてくれるだろう。
「レイ! ちょっと! 」
サキの声がした。お守りが見つかったのだろうか。パッと顔を上げたレイの元にサキが駆け寄ってくる。
「見つかった? 」
「いや……」
レイはガックリと肩を落とした。
「でもね、それに似てる物を持ってる人を見かけたって人が何人か居たの」
「本当⁉︎ 」
落ちた肩がスッと元に戻り、レイは詰め寄った。
「うん。腕にバンダナを巻いた男が銀色のアクセサリーを手に持っていたって。形が同じかどうかまでは、よく分からなかったけど……」
サキが言い切る前にレイは駆け出した。乱闘の時ぶつかったあの人だ。あの人が僕が落としたお守りを拾ってくれたのだ。
「あ! ちょっと! どこ行くのよー! 」
急いで見つけてお礼を言わなくてはいけない。きっと彼も落とし主を探して困っているだろう、早く会わなくてはいけない。
「今はあんまりウロウロしない方がいいわよー! もう。聞いてないし……」
サキを尻目に、レイは人の波に消えていった。
「いないなあ……」
広大な街並みから一人の男を見つけ出すのは、想像以上に骨が折れた。
昼間ほどの混雑ぶりではないとはいえ、通りには人がまだまだいる。夕暮れ時は街にも影が落ち始め顔は認識しづらくなり、また大柄な男の多いこの国では目的の男は目立ちづらい。腕に巻いたバンダナだけが頼りだったが、そのバンダナの色は夕焼け空と同じ橙色だ。目を凝らさないと見落としてしまう。
レイは男を探しながら手当たり次第にバンダナの男を見たかと聞いたが、あまり有力な情報は得られなかった。
レイは大通りを逸れ、裏路地へ向かおうとした。
そして、路地を曲がろうとしたところで、むんずと肩を掴まれ引き止められた。振り返って見ると、小綺麗な身なりの青年達が難しい顔をして立っていた。
「お、おいおい!聞いてないのか?今はそっち行かない方がいい!」
「えっ、何故ですか? 」
青年の一人が声を潜めて言った。
「なんでもな、そっちの暗がりの方で出たらしいんだよ……」
「出た……とは? 何がですか? 」
幽霊だろうか? それともアニマだろうか。キョトンとするレイに青年は続けた。
「死神だよ……!あの有名な都市伝説の。王国で出るって噂だったんだが、ここにも出たらしい」
当然知っているだろう? といった調子で青年は言ったが、レイにとっては全くの初耳で、黙って首をかしげるしかなかった。
別の青年が付け加えた。
「知らなくても無理はない。王国で有名な噂でさ。暗闇から現れて、人を殺しちまうっていう恐ろしい奴がいるっていうんだよ。アニマの仕業だとか、ビビった奴が見た幻だとか、色々言われてたんだけどさ。さっきそこで見たっていう奴がいてよ」
「絶対酔っ払いが適当言っただけだろ! せっかく楽しい祭りにわざわざ遠くから来たのに、水差されちゃたまんないよなあ」
「でもよ、噂って言っても実際に王国では死人が出てるんだぜ? 」
青年たちは口々に言うだけ言って、夕飯を何にするか話し合いながら行ってしまった。
そうしている間にも、日は西へ西へと傾いていく。その時、一羽の鳥がレイの前を横切って飛んでいった。アニマだろうか、篝火の明かりを受けて揺らめく長い尾を持った鳥は、真っ暗な裏路地へと消えていく。
「あれは……? 」
あの時、村で見たアニマと似ている。そう思った時には、レイの足は既に裏路地の奥へと向かっていた。
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「どこにいっちゃったんだろう……」
人気のない通りを抜け、いくつか分かれ道を曲がった先は、薄暗く開けた空き地になっていた。建物の隙間から夕日が差し込み、レイが入ってきた通路とその周辺のみを照らしている。雑草や、風で飛んできたであろうゴミがそのままになっているところを見ると、普段からここを訪れる人などいないのだろう。
しかし今は違った。先客が居たのだ。
「はぁ……はぁ……げほっ……」
レイの目が逆光に慣れた時、そこにいたのは少年だった。レイと同じくらいの歳だろうか。夕闇の中でもはっきりと見える白い肌、大きな目と艶やかな黒髪を持つ少年は、息を荒げて壁にもたれ、座り込んでいた。前髪は乱れ汗で張り付き、上着のブレザーは着崩れて華奢な肩からずり落ちている。そこから見える白いシャツには、血が滲んでいるように見えた。きっちりと結んでいたであろうネクタイは緩んで曲がり、中性的な彼の容姿とは到底不釣り合いな様相を呈していた。
「だ、大丈夫⁉︎ 何があったの⁉︎ 」
レイは慌てて少年に駆け寄っていく。少年は横目でチラリとレイを見て、再び目を伏せた。
「……」
「誰かと喧嘩でもしたの? それとも……」
心配そうに顔を覗き込むレイを無視し、少年はゆっくりと立ち上がった。軽く息を吐き、身なりと呼吸を整え、レイに背を向けて歩き出す。慌ててレイは手を掴んだ。掴んだその手は、ひどく冷たかった。
「ボクに近づくな……キミには関係ない」
少年はレイの手を振り払い、また歩き始めた。レイの来た通路とは逆の、影になっている真っ暗な裏路地へ進んでいく。ゴォと風が吹き始め、ゴミを吹き転がした。日は更に傾き、影が色濃く伸びて、彼の黒いブレザーを飲み込んでいく。
「関係ないなんて、あるもんか! 」
レイの言葉に、少年がピクリと足を止める。
「だって君、怪我してるじゃないか。目の前に傷ついてる人がいて、関係ないわけがないよ! 」
レイはそう言って、半ば強引に少年を引き戻した。日の当たる場所に引きずり出し、近くで見ると、やはり血でシャツが汚れている。レイは上着のボタンを外し、あっという間に脱がせた。
「あ、ちょっと……」
「出血だけでも止めなきゃ! 」
レイは背負った袋を開け、着替えのシャツを取り出した。縫い目の部分を口で咥え、手で引き裂く。布切れになったそれを、手際よく腕に巻きつけ、きつく縛った。
「ふう……じっとしていればこれで大丈夫なはず」
レイは下ろした袋を背負い直し、少年に向き直った。少年は困惑している様子で、腕をジッと眺めた後、を羽織った。日は今にも落ちようとしている。わずかに日が差していたこの空き地も、じきに向こう側に見える通路のように真っ暗になるだろう。
「とりあえず、ここを出よう。もう暗くなるし、こっちに危ない人がいるらしいって聞いたんだ」
レイは少年の返事を聞く前に、怪我をしていない方の手を引いて歩き出す。背後に迫り来る影をすり抜け、レイは少年と賑やかな表通りに戻って来た。
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「はい、これ」
二人は大通りの先の小さな噴水のある広場に居た。
少年の手があまりにも冷たかったので、レイは少年をベンチに座らせ、温かいスープを二つ買ってきた。二日前、屋根を修理して得た小遣いは、このスープでちょうど使い切った。
「あ……」
少年は口を開いて何かを言いかけ、やめた。代わりに手にしたカップをぎゅっと握る。それを見たレイは、先に一口啜った。
「あちっ。ここの料理は美味しいね。ちょっと味濃いけど」
「……キミは、なんなんだ。なんでこんな事をする……」
少年は目を合わせないまま、ボソボソと話し始めた。
「だって君の手、冷たかったから。寒いのかなって。それに、怪我もしてたから……なんだか放っておけなかったんだ」
レイはニコニコと笑ってもう一度スープに口をつけた。
「……お人好し」
「よく言われる。そんなつもりはないんだけどね」
レイはクルリと少年の方を向いた。相変わらず少年の視線は手元のカップへと落ちたままだ。
「そういえば名前を聞いていなかった。僕はレイ。君は? 」
「ボクは……」
少年は口を開きかけ、また閉じた。レイがそのまま見ていると、少年は再びゆっくりと口を開いた。
「……クロ。ボクは、クロだ」
レイは満足げに頷き、手を差し出した。
「わかった、よろしくね。クロ」
クロはその手を一瞥し、再び視線を落としポツリと呟いた。
「キミは……悲しんでいるな。そして……焦っている」
レイはその言葉を聞き、悲しげに笑って手を引っ込めた。
「そんなに分かりやすいかな、僕」
「……」
クロは何も答えない。持っていたカップを逆の手へと持ち替えただけだ。
「実はね、大切なお守りを落としちゃったみたいなんだ。村のみんなに貰った、大切なものなんだけど。ドジだよね」
レイは頭を掻きながら座り直した。ふと顔を上げると、空には星が輝いているのが見えた。ホムル村で見ていたのと同じ、明るい星だ。
「でも、オレンジ色のバンダナを巻いた人が、拾ってくれたかもしれないっていう話を聞いたんだ。だから会ってお礼を言って、返してもらいたいんだけど、中々見つからなくてさ」
「それは……」
クロが少しだけ顔を上げた。
「ん?」
「いや……なんでも」
大きな目は再び下を向いた。黙ってそのまま一口スープを啜る。
「バンダナは……」
クロが再び口を開いたので、レイは気になってクロの方を向いて耳を傾けた。クロは逃げるように顔を逸らす。
「……王国では、流行っているらしい。……バンダナ。もしかしたら、王国の人……かも」
そういってもう一口スープを啜った。
レイは飛び上がって喜びの色を露わにしクロの前に立った。
「本当⁉︎ じゃあもしかしたら、その人は落とし主が見つからないから王国へ帰っちゃったのかな? 教えてくれてありがとう! よかった、手がかりが見つかった! 」
まるでもうお守りが見つかったかのように小躍りするレイの前で、クロが顔をしかめてスープカップから口を離す。
「あ、ごめん。うるさかったね。それともまだスープ熱かった? 」
「…………いや」
屈んで覗き込むレイから目を背け、クロは一言だけ発した。表情は、前髪でよくわからなかった。
「あ、おーい! 昼間の人ー! 昼間の人っすよね! 」
その時、突然広場に大きな声が響いた。レイが何事かと振り向いて見ると、背の高い少年がこちらに手を振って歩いてくるところだった。昼に、レイと一戦交えた少年だ。
「あ、君はあの時の……」
レイが声をかけようとすると、低く噴き上がっていた噴水が水勢を強めた。一気に高く噴き上がった水が灯火を反射し、広場の明るみと影の境目が曖昧になる。レイの座っていた暗がりのベンチも光を受けた。
「やっぱりあの宙返りの人だ! いやー、後でお話ししたいなーと思ってたんすよ。おひとりですか? 」
少年は歩み寄ってきてひょいと首を伸ばして辺りを見回す。
「いや、彼と話していたんだ」
そういって振り返ったレイの背後のベンチには、飲みかけのスープカップだけが、ポツンと取り残されていた。
みなさんこんにちは。ミルクとポテトのポテトです。
クライ・セイヴァー、読んで頂きありがとうございます。今回のお話、いかがでしたか?フォロワーさんも増えて、様々な方に読んで頂けているようで感動です。これからもよろしくお願いいたします。
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