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あたたかく、そしてあつい4

「さあさあ! ほらほら押すなよ! 腕に自信のある奴はどんどんこい! 上がって上がってほら! 」


 レイとサキが着いたのは先ほどとは違う広場。中央部が盛り上がっており広場中からよく見えるようになっている。その上で陽気そうな色黒の男が声を張り上げている。なにやら人を集めているようだ。


「あ、はいはい! アタシもアタシも! 」


 サキは人ごみをかき分けその集団へと入って行く。レイははぐれないように慌てて後を追った。


「すいません、通ります……。ねえサキ、これは? 」

「ああ、恒例の力試し大会よ。ルールは、まあ見てたら分かると思う。ね、レイも出ようよ 」

「ええっいや、僕は良いよ」

「あんたこの間結構いい動きしてたし、センスあるからいいとこ行けるって! 食後の運動も兼ねて、ね? 」


 そう言って、サキはレイの手を引いて男たちに混ざり奥へ進んでいく。


「もちろん誰でも大歓迎だよー! ほらそこのおにいさん! どこから来たの? そう、王国! はるばるどうも、楽しんでる? 記念に一回出てみない? 」


 陽気な男は明るい声で次々と声をかけていく。笑って首を振るものや、仲間に背を突かれて笑い合うもの、人々の反応は様々だが壇上の青年はどの相手にもニコニコと愛想を振りまいている。


 そうこうしているうちに舞台上に参加者が十数人出て来た。女性はサキだけだ。隣には先ほどの肉屋の店主もいる。どの参加者もサキよりも体格が良く、まず勝負にならないと思うだろう。案の定レイの耳には観光客達の会話が飛び込んで来た。


「おいおい、あの女の子大丈夫か? 」

「よくいるちょっと習ってる子とかでしょ。終わったら拍手してあげないとな」


 レイは、サキに聞こえていないことを祈った。


「さあ今年も出揃いました! 風鳴きの宴恒例の力試しの時間だ! この地区の担当はおなじみこの俺ボッズがやらせていただきます! よろしく! ありがとう! 惜しみのない声援ありがとう! 」


 ボッズはひょうきんな動きと威勢の良い挨拶で場の空気を和ませた。


「ほんじゃま時間もないのでささっと軽く説明して抽選しちゃうよ! ルールは簡単、背中かお腹を地面につけて10カウント組み伏せられたら1本! ギブアップしても1本! 2本先取の勝ち抜き戦だよ!打撃は禁止だからね! 怪我しそうな関節技も止めるからね! はいじゃあ抽選! じゃかじゃかじゃん! 2番と7番! はい前出て来て! 残りの人は下がってそこで見ててね! 」


  2番の人は、背の高い青年だ。細身だが、いい身体をしている。7番は、サキだった。

  レイはサキを呼び止め声を掛けた。


「サキ、怪我しないでね」

「分かってるわよー」


 そう言ったサキの顔はほんの少し不機嫌に見えた。ちょうど墜落して煤まみれになっていた、あの時と似ている。

 そういえば赤目のアニマと戦った時、手加減が苦手だとサキは言っていた。本当に大丈夫だろうか。レイはサキへの心配もそこそこに、相手の心配をし始めた。


「おっ、早速あの子だ」

「頑張れー! お嬢ちゃん! 」

「サキか! やっちまえやっちまえ! 」


 地元民、観光者の双方からサキに声援が飛ぶ。サキは準備体操をしながらヒラヒラと観衆に手を振った。


「やれやれ、参ったな…。これじゃあ完全に俺が悪役じゃないか」


 対する青年は大げさに首を振って手を広げた。


「鉱山仕事で鍛えた屈強な男との力くらべが楽しみだったのにな。まあいいや、お嬢ちゃん! どこからでもかかっておいで」


 男は両手を広げてサキと正対した。サキもまた準備体操を終え正面を向き、軽く数回ジャンプして、半身で構える。ボッズが手を挙げ構えた。


「あ、もういい? 早いね! さあいくよ! 一回戦、始め! 」


 ドン、と鈍い音がした。勝負は一瞬だった。

 サキの鋭いタックルを腰に受けた青年は、ぐぇ、と変な声を上げて吹っ飛んだ。もちろんサキは彼を放さない。


「8、9、10。次は口閉じてた方がいいわ。舌、噛むわよ」


 抵抗らしい抵抗もないまま、あっという間に10カウントがたった。どっと会場がわく。


「わはは! 見ろ! あいつ驚いて立てねえぞ! 」

「笑いこらえるの辛かったわ! もう名物だもんなぁこれ! 見ろよ王国の奴ら顎外れてら! 」


 爆笑している観客は国民だろう。おそらく去年やそれ以前も似たような事があったのだ。

 サキの強さを知っているものはニヤニヤして待っていたに違いない。


(よかった、ちゃんと加減しているみたい)


 レイは控えの席でホッ、と安堵した。確かに凄まじい速度のタックルだったが、それでもレイがあの時見た速度の比では無かった。


「にいちゃん、確かサキちゃんの知り合いだったよな」


 隣に座っていた肉屋の店主が、レイに話しかけてきた。ちゃんと覚えていてくれてようだ。


「ああ……はい、そうです」

「あいつは、あんまり怒らせない方がいいぞ」

「それは、はい。もちろんです……」


 それはレイの心からの言葉だった。


「お前、見えたか……」

「いや……」


 一方、初めて見たであろう観光者は度肝を抜かれていた。もちろんそれは対戦相手も例外ではない。


「な、な……」

「用意は出来たかー?始めちゃうよ? 」

「ちょ、ちょっと待て!おかしいだろ! 」


 ボッズは手を掲げる。

「おかしくなぁい! よーい、どん! 」

「く……! 」


 青年は正面から掴みかかっていった。破れかぶれだ。どちらが優勢か、レイにも分かった。


「この! 」

「よっ」


 青年のふりかざした右手を、サキは一歩避け右腕でいなす。サキにとって、態勢の崩れた青年の右手を掴むのは容易かった。


「えっと、こうだっけ、な! 」


 そのまま両手を添え、手首を返しながら一気に手を落とす。すると手首の関節を極められた青年は勢いよく仰向けに地面に投げ倒されてしまった。

 瞬く間に青年はうつ伏せに転がされ後ろ手に組み伏せられる。10秒たっても青年はこの小柄な少女の腕をついに振りほどけなかった。


「ごめんね。アタシ、ナメられるのは嫌いなの」

「はい! 勝者は7番のサキちゃんでーす! みなさん拍手! 」


 どっと歓声が上がった。皆口々に賞賛の声を少女へと投げかける。サキはヒラヒラと手を振り控えの席へ戻っていった。少し遠回りをして、試合前サキを侮る声が聞こえた辺りを通ったのは、きっと偶然ではないだろう。


「おかえり、サキ。なんか今の凄かったね」

「お疲れさん、サキちゃん。さっきの投げ方は、あのクールなにいちゃんから教わったのかい? 」


 戻ってきたサキに、肉屋とレイが声を掛けた。

「ありがと、レイ。ゴードンさん。ザジのを見よう見まねでやってみたけど、案外簡単に決まるものね。でももう使わないかな。まどろっこしいのは性に合わなくて」

「ははは、ちげえねえ。今年は出ねえのか、あいつは。確か去年はあいつが優勝したんだよな」

「丁度仕事と被っちゃってね、今出てるのよ。帰って来るまでもう少しかかるかな」

「そんな強い人が居るの?」


 先ほどの客の反応を見るに、サキは去年もこの力試しに出たはずだ。サキを負かすような人物がいるとは、レイには信じ難かった。


「ザジは……そうねー、かなり強いわ。次は負けるつもりないけどね」


 ふふ、とサキは笑ったあと、レイの耳に顔を近づけて小声で付け足した。


「そいつもアタシたちの仲間。あんたもいずれ会う事になるわ」


 そうか、とレイはハッとした。サキは僕を誘う時アタシ達、と言った。サキの他にもあの不思議な力……ステラを持った人がこの国にはいるのだ。

 ザジなる人物について、レイが更に言及しようとしたところを陽気な声がかき消した。ボッズだ。


「えー! はい、そろそろ次行こうかな! 次の組み合わせは……じゃん! まずは9番! 」

「お、俺か。よし、行くかぁ! 」


 番号を呼ばれて立ち上がったのはレイの横に座っていた肉屋、ゴードンだ。立ち上がると一層大きい。レイと背丈は大差ないが、体格は倍近い差があった。


「そして対する相手は〜! じゃかじゃん! 6番! 」


 ボッズの指差した先、6番の札を持っていたのはレイだった。


「ぼ、僕か」


 サキに押されるまま入れられてしまったが、正直まだ覚悟が決まったわけではない。先の試合のような事なんて出来ないし、ましてや相手はゴードン、正面から戦って勝ち目はない。しかし……


「そういや名前を聞いてなかったな。俺は、まあもう分かってるだろうが、肉屋のゴードン」

「僕は、レイです。ホムル村の、レイ」


 レイは、まっすぐ目を見て答えた。怖くはなかった。先ほどの会話からも、向かい合った今感じる雰囲気からも、彼は優しいと分かった。


「レイか。いい名前じゃねえか。それに……いい目だな」


 二人は握手を交わした。せっかく強くなりに来たのだ。胸を借りるつもりで、全力で挑もう。レイは覚悟を決めた。

 ゴードンは首をすくめ、両手を顔のすぐ前に構えた。レイは脱力して構えた。村の子供と追いかけっこをする時の構えだ。これが一番速く動き出せる。


「さあ正々堂々と勝負だ! 二人とも準備はいいな? オーディエンスも、最高の声援を頼むぜ! レディーッ……!」


 最初は右に回り込もうか、きっと僕の方が速いはずだ。

 ボッズが会場を盛り上げている間、レイの頭はフル回転していた。そしてボッズの腕が振り下ろされようかという瞬間。


「ギャアアアアア!!!!!!! 」

「うおっ⁉︎ 」


 熊のようなゴードンの体が、何かに突き飛ばされる様に吹き飛んだ。

 レイは一瞬呆気に取られたものの、すぐに彼の元に飛んでいった。


「大丈夫ですか! 」

「おお……、ああ、大丈夫だ。なんとか反応出来たぜ……。よし、すぐに立て、レイ 」

「何を……」


 レイを遮ってゴードンが指を指す。レイが振り向くと、そこには二本足で立つ毛むくじゃらの生き物がいた。腕は長く垂れ、足は力強く大地を踏みしめる。口は牙を剥き出しにして唸り声を上げ、目はまっすぐこちらを見据えている。


「ガアアア……!」


 何よりゆらゆらと陽炎のように揺らめくシルエットから、それの正体は明白だった。


「あ……アニマ……⁉︎」

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