008 三文芝居
オッサンの指示で町の衛兵たちは引きずった後を追う。お粗末にも消えた子供は空の樽の中で意識を失って放り込まれていた。運良く傷一つ無く子供は無事だ。
発見の手掛かりを刺した俺達に両親は泣きながら何度も頭を下げて来たよ
「お手柄じゃったの」
「戯言は良いからそっちの結果はどうだった?」
「コッチもお主が睨んだ通りじゃ。カップルに一組が捜索願を出ておる。どうやら男の方が大店の息子の様じゃな」
「身代金目当てか。で、もう一つの方は?」
意識を取り戻した子供は何も知らなかった。犯人は勘違いした様だ。お蔭で罠を見抜かれる形となった。奴らは自分で自分の首に縄を掛けた事に成る。
「出身の確認が取れなかったのは、もう一組のカップルの男女と部屋に籠って居った商人風の男それとお主じゃな」
「うるせぇよ!俺を疑うんなら最初から疑えて話だ」
「フッ!誰も疑ってるとは申してないぞ。出身が不明だと言って居るだけだ」
「旦那様は記お「ルル!これ以上のお話は禁止だ」……はい。判りました」
子供捜索に幾人もの人手が出ていた。問題のカップルも二人で町の散策をしていたらしい。但し子供が居た場所とは違って明後日の方角を探していたと聞く。
「確かカップルは捜索に参加してたよな?」
「そうじゃ」
「出身が不明の割に町へは二人とも詳しいって事か……」
「男の名はニブル。女はジョワールと乗客名簿には書いてるが偽名っぽいぞ」
「馬車に乗るだけなのに偽名とは変ですね」
「だな。問題は何時行動を起こすかだけど……」
「なんじゃ数は気に成らんのか?」
「烏合の衆が幾ら集まってもな」
「若いのに豪胆な奴じゃの」
「それだけルルが頼りになるって事だ」
「嘘です!旦那様の方が私の数十倍もお強いんですよ!!」
「「シィー!」」
「声が大きい。気付かれるぞ」
「ごめんなさい……」
「段取りは此処までだ、後はオッサンの方で手を打ってくれ」
「肝心な所はお主に任せて良いんじゃな」
「大げさに動けばバレるんだろ!?なら仕方が無いさ。報奨金でもガッツリ頂くとするよ」
「それは任せろ!ワシが責任を持って払わせてやる」
行方不明騒ぎのお蔭で俺はルルとイチャイチャ出来なかった。いつの間にかイライラが治まっていたから俺のムラムラも湧いては来なかったが……この憂さ晴らしをオッサンにでは無く犯人に向ける事が少し悔しい。
ドサクサに紛れてオッサンに一発魔法でもぶつけたやろうか……。
楽しみにしてた夕食は騒ぎで簡素なモノに変わってしまった。救いだったのは、オッサンは衛兵たちと打ち合わせの為に夕食を同席しなかった事だ。今夜はそれでヨシとしておこう。それにしても衛兵がペコペコとオッサンに頭を下げている。並のオッサンとは思って無かったが、俺が思う以上の大物らしい。
「皆さん昨日は御騒がせてスミマセンでした。息子も無事で見つかりホッとしました。僅かばかりですが、昼食のお弁当は私達の気持ちです」
子供の父親が馬車が出る前に俺達に頭を下げる。どうやら寸志とばかりに昼の弁当を豪勢にしたらしい。味わって食べる機会が在ると良いな。
騒ぎが収まり馬車は定刻通り出発した。町を出発してやや平坦な道のりを一昼夜走り続ける予定だ。峠の頂きに差し掛かるのが朝日が昇る前。頂きに少し開けた場所が在り、其処を抜ければ、後は下るのみだ。仕掛けるとしたら、今日走る平坦な場所の何処かか、その頂だろう。それまで俺達は英気を養う事にする。
陽が沈み空に星が輝きだす。既に道のりは平たんな場所を過ぎている。仕掛けは無いと睨んで俺も寝る事にした。
朝日が昇り始めた。乗客の殆どはまだ、眠っている。ルルも俺の隣で可愛い寝顔で寝ている。オッサンは後ろで高いびきを掻いて居やがった。
『バーン』
『キャァア!!』
『どうした!?』
『判りません!頂きまで目の前です。此処で止まれませので頂きで停車します』
御者はそう言って地竜に鞭を入れる。『ガタゴト』と揺れが激しく音も大きい。だが、登坂の途中で馬車を止めるのは愚策だ。彼の判断は正しい。
「コレは……ダメですね」
「狼煙を上げても修理の者が来るのは明日の昼以降です」
激しい揺れと大きな音の原因は馬車の要である軸棒の破損だった。軸棒が壊れた事で車輪が車体に大きく傾き激しい摩耗に犯されていたのだ。直ぐに狼煙を上げますと御者が準備に取り掛かろうとした時だ。
「ヤァ!ハァー!」
と掛け声とともに盗賊達が馬に跨って現れた。
「キャア!」
「コッチに隠れるんだおいで!」
騒ぎ出す乗客。彼等は一難去ってまた一難と自分達の不運を呪って居るだろう。
「大人しくしろ!指示に従えば、金品だけで命までは取らない!判ったか!」
馬に跨る大男がそう叫んでいる。どうやらコイツが盗賊のお頭っぽい。
「おい!ニブ……麻黒の男。お前が皆の金品を集めろ」
ありゃりゃ。名前を知ってるって黒確定だね。
「そっちの優男!(大店の息子)お前が集めた金品を持ってこい」
そう言われてニブルが震えるフリをしながら、先ずはオッサンから金の入った袋を取り上げた。次に俺の腰に下がってる剣に手を掛けようとする。
「私は嫌よ!一生懸命貯めたお金なの貴方達に渡すもんですか!」
おいおいジョワールさん。台詞を言うには早くないか?初仕事なのか?それともテンパってるのか?段取りを間違えるジョワールだったが、騒ぎながらルルの所へ近づいてきた。お頭と呼ばれた大男がルルの顔を確認すると汚い顔でニヤニヤと笑みを浮かべていた
「こりゃツイてやがる。その女二人も一緒に連れて来い」
「冗談じゃないわ!お金ばかりか私まで攫うツモリなの?お願い許して……」
ジョワールはお頭の一言で態度を一変させる。だが、女の手は何故かルルの右腕をしっかり握って居た……何処の三文芝居だよ。見るに堪えられないお粗末さだ。
俺は俺の剣を奪ったニブルの腕を掴み、高々と掲げて叫んだ。
「芝居は其処までだ。お前達がグルなのは知っている。大人しく捕まれ」
俺の台詞に一瞬皆が固まった。そして盗賊たちが笑い出す。
「グハハハッ。坊主!剣も持って居ないお前がどうやって俺達を捕まえる気だ?」
俺を坊主と思って油断する盗賊達。お頭を含めて盗賊達は皆馬に跨ったままだ。
「コンバート!」
俺が叫ぶと馬車を中心に、ドーナツ状に頂きの一部が沼池へと一瞬で変化する。盗賊達は馬諸共、あっ!と言う間に沼に飲み込まれていく。
『うぉぉぉお!』『なんだこりゃ~』『ヒィィーン』
序に、ニブルからオッサンの金と俺の剣を奪い返し、奴の体を仲間が溺れている沼地へ蹴り飛ばしてやった。ジョワールはルルが同じく沼地へ放り投げている。
盗賊のお頭は……一番苦しそうに暴れてやがる。アイツってカナヅチかもね。
今回は盗賊全員捕縛が目的だ。後は身動きが取れなくなった盗賊を衛兵が来るまで監視するだけで良い。。
「これまた圧勝じゃな」
「でしょう!旦那様は私の何十倍もお強いですから」
「良いからサッサと衛兵を呼んでくれ」
「むむっ。そうじゃったな」
オッサンが胸元から不思議な機械を取り出し空に掲げれば、一筋の光が走る。何処からともなく『ドドドッ』と馬の足音が響き渡り、三十人程の鎧姿の騎士達がこちらへと向かって居る姿が見えた。後は、のんびりと騎士が到着するのを待てば良いだけだ。