007 旅は道連れ世は情け
そもそも迷宮とは生き物と言われているが定かでは無い。判って居る事は周囲の瘴気を吸い上げ魔物を輩出する事だ。天にまで届く迷宮の塔となれば、その威力も凄まじい。だからこの一帯でねえミーモンスターは湧かない。全部塔の中に発生して居る故に冒険者が集まるのだ。冒険者が集えば職人と商人が寄って来る。当然管理する役人も増える。またそれらの家族も共に暮らし始める。人が増えれば商いが栄え、やがて娯楽にも飢えるだろう。そうなれば、金が動き利権が生まれる。そして貴族でさえ金の匂いに釣られて近づいてくる。
迷宮とは、人が人を呼び、金が金を生む場所だ。グレイソンはまさにその尤も最たる場所なのだ。
「と言う事で、グレイソンは冒険ばかりが目立つが観光でも有名な場所なんだよ」
「へぇ~そうだったんですか。私はてっきり怖い町とばかり思ってました」
「ガハハハッ。ホレ!同乗してる者達も冒険者は居らんじゃろ」
俺を無視し続けオッサンはルルに軽快にガイドを買って出ていた。確かにオッサンの言う通り同乗者にハンターや冒険者っぽい人影は無い事に不思議に感じてはいたんだよな。三人組の親子連れ。二組のカップル。そして商人風の男達が二人。俺達三人を加えて満席の十二人でいっぱいの馬車は、一路グレイソンに向け爆走中だ。
「そろそろ最初の停泊地に着く頃だよ」
「もうですか?意外と早いんですね」
「一泊して二日間走り続けて、もう一泊するのさ。峠を一つ越えるんだ。峠の麓に町が其々在るって訳じゃよ」
最も危険な場所が峠であり、そんなトコにワザワザ人が住む訳も無い。正確に言えば小さな村は有るが地竜が泊まれる程の規模は無いって事だ。
「提携してる宿が在るから乗客は無条件で皆そこに泊まるのさ。今夜は共に飯を喰おう!久々に美味い夕食に成るぞ!」
「はい。おじ様」
勝手に話が進んでる。誰が夕飯時までオッサンと居るんだ!?クソ!俺の気持ちも解からないなんてルルは一体どうしちまった???
予定通り馬車は停車場に着いた。俺達乗客はゾロゾロと馬車を降り腰を伸ばす。親子連れは楽しそうに。カップルは余所余所しく。商人風の男達は手慣れた感じで宿へと向かって行った。
「お疲れに成りましたか旦那様?」
「否、気分が悪いだけだ」
「それは困りました。早くお部屋でお休みして下さい」
「ルルはどうするんだ?」
「グレイドさんが町の案内をして下さるそうです」
「グレイド?」
「おじ様の御名前です。聞いてなかったのですか?」
いつの間に!?オッサンの癖して手が早いのか?否!おっさんだから早いんだ。
俺がシッカリ見張ってないとルルが危険に晒させる!?
「ガハハッ。小僧は体力が無いのぉ!お嬢さんだけでも名所を案内してやろう」
「結構だ!ルルにはこれからの相談が在る。悪いが観光案内は辞退しよう」
「旦那様……」
「フンッ了見が狭いの。案内は今度にしよう。疲れを十分に取っておくんじゃぞ」
意外とあっさり身を引いたオッサン。少し肩透しの気分だが、それで良い。俺達も他の乗客達に倣って宿へ入ろう。
乗客が皆宿へと消えた後で、一つの影が誰も乗って居ない馬車へと近づく。誰にも気づかれず、影がゴソゴソと何かをして何時の間にか消えていた。
「部屋もベッドも少し狭い感じだな」
「そうですか?でもその分、旦那様と寄り添えますね」
相変わらずルルが恥ずかしい事を平気で言う。俺を揶揄ってる?寄り添い合うのって嫌いじゃないけどね。
部屋にはベランダも無く小さな窓が一つあるだけだ。テーブルセットも無いので必然的に俺達はベッドの淵に座るしか無い。
「……ルル」
「……旦那様……ダメですよ」
ルルの甘い香りが俺の鼻をくすぐる。移動中イライラしてた俺の心がムラムラへと変わっても不思議はない。だって俺若いモン!
抵抗も少なくルルを優しくベッドに押し倒す。彼女の唇と俺の唇が重なり掛けたその瞬間『ドンドン』と戸を叩く音が部屋に響いた。
……絶対アイツだ!俺が町の案内を断ったから腹いせに乗り込んだのに違いない。
今度は何の嫌がらせだ!?と怒り心頭で俺は鳴り響く戸を勢いよく開けた。
「大変です!子供が一人行方不明です見掛けませんでしたか?」
そこに居たのはチェックインの時に居た宿の店員だ。
「子供?俺達と一緒に乗ってた子か!?」
「そうです。気が付いたら居ないと親御さんが騒ぎだして、乗客皆さん一階にお集り頂いています」
「旦那様!私達も行きましょう」
えぇ~!!行くけどさ。そんなに急がなくたって……強制じゃないんだし、俺達が行っても情報も無いんだしさ……チューする時間位遅れても良くない!?
俺の気持ちも知らず、ルルは知らせに来た宿の店員と共に部屋を出て行く。トボトボと俺も付いて行くしか道は無かったよ。
少し遅れて俺が到着すれば、幾つか頭数が足りない。カップルが一組と商人風の男が一人居ない様だ。
「乗客の数が足りないな」
「あの方々は見ていないから知らないと……関係ないからと言われて部屋にいらっしゃいます」
まぁ~正論だよな。誰彼集まって心配しても進展は無いさ。一応町は塀で囲まれてるんだ。門番も居るから町の外へ行った可能性は低いだろう。
「どうか!どうか息子を探して下さい!息子を見たって情報でも良いんです!何方か息子を助けて下さい」
「先ずは、状況を衛兵に報告してからじゃ。町を知らぬものが探しに出ても足を引っ張るだけじゃ。情報を持たず町に不慣れな者はこのまま宿に留まるが良かろう」
オッサンの癖に真面な事を言うじゃん。俺もその意見に一票入れるぞ。
暫くして衛兵が宿へ来た。両親は子どもの気ている服とか人相を伝え、最後に見た場所を伝えている。門は既に監視の目が光って居り、この時間に出発する馬車は無い。つまり生きてるとしたらこの町の何処かに必ず子供は居るって事だ。
「お嬢ちゃん達はワシと共に捜索するぞ」
「はい!?さっき自分で言ってただろ。町に不慣れなモノは邪魔だって!」
「だからワシが同行する。それなら迷う事も無かろう」
言ってる事が無茶苦茶だ。何で俺達が!?と思ったが、ルルの顔を見れば、既に彼女は臨戦態勢を取って居る。この状態では俺が無いを言ってもルルは聞かない。抑々口論で彼女に勝てるとは思っても居ないからね。
「あぁ面倒くさいな!判ったよ。で、最後に消えた子を見かけた場所は何処だ?」
「馬車の停車場付近らしい」
「じゃ~先ずはソコからだ!何か手掛かりが在るかもしれないぞ」
「成程!判った。コッチじゃ」
「……」
「旦那様コレって」
「あぁ~何かを引きずった跡だな。この先に小さな足跡が在る。つまり消えた子は此処から引きずられた可能性が高い。それも相手は女か非力な男だろう」
「どうして解かるのですか?」
「人攫いは迅速さがモノを言う。見られたらそれだけで計画はパァーだ。だけど、コレは引きずられている。つまり子供を抱えるだけの力が無い奴だって事だ」
「では、この後を追えば犯人に辿り着くと?」
「う~ん。単独犯化は不明だから途中で消えるかもしれないぞ。それより、どうして、その危険を犯したかだ。元々子供の誘拐は計画に無かった……だから非力な奴が咄嗟的に行動に出たって線もある」
「坊主、お主頭の回転が速いの」
「オッサンが遅いだけじゃん。引きづった後は英へに任せて俺達はこの辺りももっと詳しく調べよう」
オッサンが俺の意見を受け入れ、衛兵に指示を出す。その間俺とルルは停車場を中心に他の手掛かりが無いか探す事にした。