第三話【語り月】
第三話【語り月】
―凌駕side―
―――今日は何だかいたたまれない一日だった。
神奈は普段、滅多にあらわにしない感情を剥き出して、ずっと泣きじゃくっていて。
俺等は、そんな神奈を優しく宥めていた訳だけど……。
その後、神奈は泣き疲れたのか、龍也にしがみ付いたまま、寝てしまっていた。
まだ、帰る時間では無かったが………仕方無いから、帰って来たんだけど………。
次いでに言えば、元々、俺等には家は無い。
月遶神奈に拾われた犬なんだ。
だから、どちらにせよ帰る場所は同じで。
一先ず、俺等は龍也の部屋に集まった。
寝てる神奈を一先ずベッドに寝かせて、俺等はそのベッドの横に座る。
その瞬間、何処と無い安心感が俺の心を満たした。
それは龍也も同じだと思える。
「………なぁ…」
幾分の沈黙を破るように龍也が重そうな口を開いた。
俺は、龍也の方を向いて話を聞こうと、身を乗り出し。
龍也は深く溜息を吐いて、溜息と共に吐き出すように言った。
―――が、龍也の口から発っせられたその言葉は予想外のものだった。
「……あの二人、殴っていい?」「…は?」
普段、天然ボケ系な龍也は殴るとか暴力とかそういう方向の奴では無い。
だから俺は唖然と龍也を見ていた。
龍也はその視線に気付くと深く溜息を吐き俺を忽然と見つめていた。
………その瞳は普段の龍也からは感じられない程の殺意が篭った瞳でいて。
正直、一瞬垣間見た龍也は龍也では無い……他の奴かと思った。
「………あいつを泣かしたんだ」「………」
―――そうだ。
あの二人はあいつを泣かしたんだ。龍也が怒るのは当然。
だけど………
龍也のその怒りはきっと………
こいつがあいつの事を好きだからじゃないのか?
でも、こいつは多分自分の気持ちに気付いては無い。
何故なら、こいつも俺も……同じだからだ。
………確定的じゃないけど、何と無く……判る気がする。
俺はあいつが好き、なのかも知れない事。
………いつか確定的な事が判る時が来るだろうけど。
「………なぁ、一つ聞いていいか?」
「……何?」
龍也は突然質問をして来た俺を、訝し気な目で見た。
答えは返って来ないと思うけど…こいつの気持ちを知りたい。
俺はそう思いながら尋ねた。
「………神奈の事、どう思ってる?」
―龍也side―
「………神奈の事、どう思ってる?」
凌駕の真剣な声が室内に響く。
………正直、わからない。
俺は神奈の事をどう思ってる?
―――…。
今はわからない。
そんな事、考えもしなかった。
「………わからない」
「…やっぱりな。でも、俺等のお姫様を守りたいんだろ?」
ニコッ、と微笑んで凌駕が続ける。
「守護者としてじゃなく……一人の男として。さっきの尋常じゃない怒りはこの感情から出たやつだと思う」
………一人の男として…あいつを守りたい…?
………そうかも知れない。
だけど、まだわからないんだ。
でも一つだけ言える事は、
………とても大切なんだ。と言う事で。
―――と、その瞬間。
隣で寝ていた神奈が起きた。
「………んぅ……?」
目を擦り俺等をじっと見詰めてぽけー、と口を少しだけ開けて。
「………神奈、大丈夫?」
俺は彼女の髪を撫でる。
「………大丈夫…」
そう言った神奈の顔はとても不満そうな顔をして。
………それは当然だな。
あんな事、神奈にとっては初めてで。神奈が泣く事なんて、滅多に無いし。
………それ程、だったんだよな。「………もぅ…、ヤダぁ…」
それにまた泣き出して…。
「………大丈夫だから。ね?」
神奈の髪を梳くように撫でてやる。
さらさらな神奈の髪はするっ、と俺の指を通り。瞬く間に神奈は安心して寝て。
………外は既に夜を過ぎて、深夜とも言える時間帯になっていた。
神奈は先程寝たままの状態。
「……356…3、57ッ…」
その隣静かに神奈を起こさないように凌駕はスクワットを幾度も繰り返してやっている。
どうせなら外でやればいいのに。………そういえば凌駕は組織内でも運動神経だけはずば抜けていて、組織内の女からは異様に人気が高い。
……全員が凌駕の所に行けば楽なんだけど。
何故だかは知らないけど、組織は俺派と凌駕派で別れている。………いや、学校でも、か。
だから、女は嫌いだ。
きゃーきゃー、奇声上げるし。
………でも、神奈は別。
神奈は何故か嫌いではない。
寧ろ………嫌いの逆。
奇声上げないからか?
―――いや、違うな。
幼い頃からの仲でもあり、神奈だけは心の底から許せる。
それに、守りたい。
……内心、理由は分かってる。
………でも、きっとその気持ちには気付いてはいけない。
気付いた時、傷つくのは自分自身………。
「………なぁ、龍也…」
「……何?」
スクワットの休憩か、凌駕はスクワットを止めて俺に話掛けて来た。
「……本当、久しぶりの泣き顔だよな……」
………そう言えば、前はよく泣いたりして甘えん坊だった。
いつ頃だろうか、突然神奈が泣かなくなったのは…。
――そうだ『あの時』から…。
景色は白銀の抱擁を受け、白い雪が舞う頃……。
俺等が組織に、神奈に拾われて数年。
俺達はまだ、正式な社員とは認められていない9歳頃の冬。
「………寒いょぅ…」
長い漆黒の髪を揺らして歩く一人の少女。
「……寒いに決まってるだろ?ほら、これでも羽織れ」
こんな寒い中、半袖の服を来ている少年は少女に温かい防寒着を着させる。
少年は少女より断然、背が高く、ぱっと見15、6と言った所だろうか。「……ありがとう……郁斗お兄ちゃんっ」
少女は満面の笑みを郁斗という少年に見せる。
そう…少女の名は月遶神奈。
そしてこの少年は月遶郁斗。
神奈には優しいお兄さんがいた。―――でも、過去形だ。
郁斗さんは、当時…月遶カンパニーの正当後継者だった。
―――が、その為に奴等に命を奪われてしまった。
郁斗さんの死を報された神奈は、当分部屋に篭りっきりの状態で、部屋から出て来たころには、心だけ違う世界に行ってしまったようだった。その時、部屋に閉じこもり一人、声を殺して泣いていたのは俺だけが知っている。
………
「………まぁ、そういう事」
「………やっぱり…」
大低、この時くらいだと言うのは理解出来るだろう。
「………俺は郁斗さんの代わりじゃなく……一人の男としてこいつを守る」
ぼそっ、と自分の口から出た言葉に耳が熱くなる。
「………良いんじゃん。あ、後忠告。龍也は神奈の事を守りたいんだろ?一人の男として」
凌駕は一旦、言葉を切り俺を見た。そして続けた。
「………俺も一人の男として守るからな」
「…凌駕、」
その言葉が意味している事は理解出来た。
「………多分、俺等は同じなんだよ。まぁ、神奈を譲る気は無いけど」
凌駕は微笑しながら宣戦布告。
………凌駕は神奈が好き。
―――俺は……。
きっと、好きなんだ。
いや、きっとじゃない…。
―――俺は神奈が好き。
認めてしまったからには、もう後戻りは出来ない。
「………まぁ、俺も譲る気はないから」
「おぅ!」
凌駕は元気よく、俺の言葉に応じた。
………親友との戦い。
親友だけど神奈を譲るのは出来ない。
―――でも、今のままで良いと思う自分が心の奥底に居た。
でも、俺は神奈が好きなんだ。
その気持ちに嘘は無かった。