湿度80%
「朝から小声で何の話っ」
突然肩に重みを感じ振り向くと、真横に男性の顔が。
「きゃ!」
思わず叫んで後ずさる。
あ、あやうくチュウしちゃうところだったじゃないか。
「やべ~今、アヤカちゃんとチュウしちゃいそうだった」
ニカッと笑顔を浮かべるのは、まだ学生のようにも見える若い男性。
営業マンの青木くんだ。
今度は万優さんの肩にうなだれかかっている。
「近い暑いウザい」
万優さんに一喝されバシッと叩かれたにもかかわらず、懲りずにさらに擦り寄っている。
青木くん、Mだわ。
「何、所長ネタ?」
キラキラした瞳が楽しげで危険。
青木くんはいつも明るく、所内のムードメーカー的存在だ。
万優さんが、さらに擦り寄る彼の肩を小突く。
「周りに余計な事言わないようにね」
言わない、言わない、と手を広げる青木くん。
そうこうしているうちに営業所に到着し、私達は事務所へ続く階段をあがった。
素早く制服に着替え、すれ違う人々に挨拶しながら席に向かう。
自席に辿り着く前に、席正面の男性と目があった。
「郡司さん、おは」
「おい、アヤカ」
私の挨拶など無視した唸り声。
薄いフチなし眼鏡の奥から鋭い眼光を容赦なく放ち、完全に威嚇モード。
はいこれ日課。
業務主任の郡司さん。
早速なにやら怒ってらっしゃる?
「は、はい」
この状況で着席する訳にもいかず、私はその場に立ったまま、恐る恐る彼に視線を向けた。
「お前昨日プリンターの電源消し忘れてったな」
ひっ。
「プリンター出力の最終チェックも忘れただろ」
あわわ。
「す、すみませ」
私の謝罪は完全無視され、彼の言葉はさらに続く。
「お前は全くチェックが甘い! 注意力散漫! 弛んでいる証拠だ!」
以後気をつけます、としょぼくれる私の背後から、優しいトーンの声が。
「おいおい郡司、朝から眉間にシワ寄りすぎだぞ」
営業1課の遠野係長が立っていた。