湿度80%
◇◇◇
駅を出たとたん、唸る程の蒸し暑さが襲い掛かる。
「すご……」
(会社つく前に体力なくなりそう)
小さく呟き、ハンカチで額の汗を拭った。
駅に向かう人波と駅から出てくる人波に、150センチの私はあっという間に飲み込まれ。
その波の中を必死で泳ぎ、やっとの思いで大通りまでたどり着くと、大きく息を吐いた。
夏までにもう少し体力つけないと、乗り切れそうもない。
乱れた髪と服を軽く直し、貧弱な自分の腕に視線を落とす。
小柄、といえば聞こえはいいが、元々太らない体質のせいかこの時期特にバテやすく、放っておくとみるみる痩せてしまう。
綾香ミツル
25歳 彼氏ナシ。
3ヶ月前に転職したばかり。
梅雨の蒸し暑さに負けてる場合ではないのだ。
(でも負けそ……)
駅から職場までは徒歩5分程。
立地条件が良いのも入社した理由の1つ。
(今晩はカロリーの高い食事にしよう)
そんな事を考えながら歩き始めた時、背後から名前を呼ばれ足を止めた。
「アヤカちゃん、おはよ!」
艶のある、明るい声。
振り返ると、白い腕を上げ手を振りながら歩いて来る笑顔の女性。
「万優さん、おはようございます」
人混みの中でも目を引く程の美しさ。
歩く姿も美しい。
「この蒸し暑さ、どうにかならないもんかしらね」
眉間にシワを寄せても美しいって、羨ましい事この上ない。
追いついた彼女の隣に並び、再び歩きだす。
「アヤカちゃん、もう3ヶ月たつんじゃない? どう、職場にはすっかり慣れた?」
「毎日失敗ばかりで、ほんと申し訳ないです」
そんなことないよと笑ってくれる万優さんは、優しくて頼りになる先輩。
サバサバしていて営業さん達とも仲良しだ。
『アヤカちゃん』という呼び方も万優さんから始まり、今や皆様が呼んでくれるようになった。
私はミツルという名前があまり好きではないので、ありがたく思っている。