盲点
修理の終わった刀を受け取って、カエデ荘へ戻る。後ろについてきているコドセルは、呆けたようにその建物を見上げていた。いつ頃建てられたのかもわからない、古風な外壁を持つ四階建ての建物。見上げたくなるのも無理はないかもしれない。
「それホンマか? ホンマにシラギとシオンは手ぇ繋いどったんやな?」
ドアを開けると、そんな声が聞こえてきた。共同ホールには先ほどの声の主であるハルヒサと、アクエリアス、そしてもう一人、別の少女が腰掛けている。
「うん、そうだよ~。私、この目で見たもの」
朗らかに笑って、アクエリアスは答える。いったい何の話だ。俺は思わず眉間にしわを寄せた。
「……何の話をしているんだ」
俺が声をかけると、三人は一斉にこちらを向いた。
「いやいや、なんでもあらへんよ」
ハルヒサがにこやかにそう答える。アクエリアスも茶髪の少女もそれに同意した。
「うん、聞かなくても大丈夫だよ~」
「そうそう、シオンさんとシラギさんって仲いいよねって言ってただけだよ!」
屈託のない笑顔で少女、リョクは答える。その言葉に、ハルヒサの黄色い瞳に一瞬だけ焦りが見えた。
「なんでそれを言ってまうんや」
「あれ? ダメだった?」
ハルヒサがリョクの脇腹を小突く。リョクはきょとんと緑色の瞳を瞬かせていた。アクエリアスはそんな二人を見て苦笑している。本当に何の話をしていたのやら。俺は軽くため息を吐いた。
「シラギ殿、先ほどから気になっていたのだが――あれは何だ?」
後ろから声をかけられて、俺は振り向いた。コドセルは怪訝そうな顔でアクエリアスを指さしている。そこでようやくコドセルの存在に気付いたのか、アクエリアスはさっとハルヒサの後ろに隠れてしまった。
「彼女はアクエリアス。妖精だ」
「よ、妖精!?」
「ああ。この建物に昔から住んでいたらしい」
驚く彼に、俺は簡潔に答える。といっても、俺も妖精とは何なのかなどの詳しい話はよくわからない。彼女は人間より小さくて羽があるという、見た目の違いくらいしか説明できないのだ。
「で、そっちの人は誰や?」
ハルヒサが俺の後ろにいるコドセルを見て尋ねた。俺は見えるようにすこし横に移動してから、コドセルを紹介した。
「彼はコドセル。行く当てがないと聞いたから、ここに入居させようと思って連れてきたんだ」
「ふつつか者ではあるが、よろしく頼む」
俺が軽い紹介を終えると、コドセルはぺこりと一礼した。ハルヒサはおお、と目を輝かせる。リョクはにこにこと笑っており、アクエリアスは隠れながらこちらの様子をうかがっている。俺はコドセルの方を向いた。
「向かって右の、袖で手首を隠している方がハルヒサ、左にいるスカートをはいている方がリョクだ。リョクはここの住民じゃないけどな」
順番に紹介すると、二人はひらひらと手を振ってそれに応えた。ちなみに、リョクはカエデ荘の住民ではないが、ハルヒサの友人で、彼女のもとへよく遊びに来る。こうしてホールで談話していることも珍しくない。
とりあえず紹介が終わったところで、俺はホールから見える一室を指さした。
「あの部屋が管理人室だ。入居の手続きはそこでしてくれる」
「む、そうか。では行ってくるとしよう」
そう言って、コドセルは俺が指さしていた部屋へと入っていった。彼が行ってしまってから、ハルヒサが思い出したように手をぽんと叩いた。
「せや、シラギに聞きたいことがあったんや」
「聞きたいこと?」
俺が眉をひそめると、ハルヒサは頷いて続けた。
「昨日の事件で一つ、腑に落ちひんところがあるんや。魔物が出てきて被害もえらい大きかったっちゅーのに、なんでそこのペットショップの人は無事だったんやろな?」
その言葉に、俺は思わず目を見開いた。主旨がわかっていないらしいリョクは首を傾げる。
「え? どういうこと?」
「だって魔物が入った檻を開けたのはそのペットショップの人やろ? 一番魔物に襲われそうなのに、なんで無事やったのかなって」
リョクの問いにハルヒサは答える。完全に盲点だった。少し考えればわかりそうなことだが、誰も彼女の言った点について質問していない。俺やシオンは後から現場に行ったし、カンナやワラだって初めからいた訳ではないだろう。あのケータという男性が戦闘慣れしていれば対処できたと見ていいが、とてもそうは見えなかった。カンナはこの事実に気付いているのだろうか?
俺はいても立ってもいられなくて、外に飛び出した。向かうは、ペットショップ・ケモリヴ。驚いた声が後ろから聞こえた気がしたが、俺は止まらなかった。
「わからない!?」
俺は思わずうわずった声を上げてしまった。目の前にいる男性――ケータは申し訳なさげに頷く。
「はい。あの黒い箱を開けて魔物が飛び出したとき、どういうわけか魔物はおれを避けていったんです。おかげで怪我はしなかったんですけど……」
困惑したように、彼は答える。俺は眉間にしわを寄せた。
「そのとき何か魔物を退ける物を持っていたりはしなかったのか?」
「さあ、特には……」
俺の問いに、ケータは困り顔で答えた。念のため、そのときに持っていたというカバンの中身を見せてもらう。が、やはり魔物や野剣が避けていきそうなアイテムは見当たらなかった。ますます訳がわからない。俺は腕を組んで思考をめぐらせる。
彼が嘘をついている可能性もある。本当は真相を知っていて、あえて誤魔化しているという可能性が。だが確証はない。疑わしいのは事実だが、それでは決まらないのだ。第一、嘘をつくならもう少し疑われないように言うのではないだろうか?
そう考えていたところで、カチャリと店のドアが開く音がした。振り向けば、黒髪の少女が二人、店に入ってくるのが見える。
「いらっしゃいませ」
どこかほっとしたように、ケータが出迎える。入ってきた少女のうち、一人は青と緑のオッドアイの少女、クロ。もう一人は黒目の少女、ユズだ。
「あれ、シラギ?」
わずかに目を見開いて、クロが俺を見る。俺は短く返事して顔を上げた。
「クロはどうしてこの店に?」
「ユズにこの店の話をしたら、是非見に行きたいって言ったから連れてきたの」
ね、と後ろにいるユズに笑いかけて、クロは答える。ユズは答えるようにはにかんだ。
「シラギこそ、どうしてここにいるの?」
「俺は昨日の事件でちょっと確認したいことがあったから」
クロの問いに、俺は簡潔に答えた。もっとも、確認はできていないのだが。そんなやり取りをかわす俺たちをよそに、わあっと声が上がった。
「見て見て、クロ。この子すっごく可愛いよ」
そう言いながらユズが指さしていたのは、ケージに入れられたウサギの赤ちゃんだった。白の毛並みに薄茶色の毛が混じり、長い耳はぴょこりと立っている。もぐもぐと動かす口元を含め、確かに可愛い。
「そうだろう? せっかくだし、撫でてみるかい?」
ケータが優しくほほえみかける。ユズの顔がぱあっと輝いた。ケータはウサギをそっと抱きかかえ、二人の前に見せる。どう撫でればいいかを教えてから、ユズに触らせていた。ユズはおそるおそる手を出し、言われたように子ウサギの額を撫でる。嫌がらないのを見て、さらに手を動かす。彼女の顔はとても穏やかなものになる。ふわりと微笑んだその顔が、何故か頭から離れなかった。
今回のキャラは
リョク → 清風緑さん(@ryoku6110)
でした。
キャラを出しつつ伏線を張りつつ、まったり更新予定です