武器職人と流れ者
次の日、俺は街の南区へ来ていた。南区は職人町とも呼ばれており、鍛冶屋や陶芸家、変わったところでは機械工もいる。その中で俺が用があるのは、武器屋だ。
「いらっしゃいませ~」
店に入ると、奇妙なソプラノ声で黒髪の青年に出迎えられた。カウンターでなにやら書いている彼は、眼鏡をすこし直してこちらを向いた。
「ああ、シラギさん。お久しぶり」
「久しぶりだな、とらさん。確か、前に来たのは――」
俺が笑いかけると、とらさん、もといトトラはパラパラと手元の帳簿をめくった。
「ん~、だいたい一ヶ月くらい前だね。で、なんかあったの?」
「ああ、こいつを研ぎ直してもらおうと思って」
トトラに答えながら、俺は腰に下げている刀を差しだした。トトラはそれを受け取り、鞘から抜いて刃を見る。
「うーん、刃こぼれがあるね……荒っぽい使い方でもした?」
トトラは眉間にしわを寄せていた。俺は苦々しく頷いて肯定する。
「ああ、このところ乱戦続きだったからな」
俺が言うと、トトラはなにか思い出したように顔を上げた。
「一昨日に続き、昨日の騒動だからねえ……大変そうだ」
はあ、とトトラはため息を吐いてみせる。俺はそんな彼に苦笑した。
「そういう訳だ。頼む、とらさん」
「はいよ」
トトラは刃をしまい、帳簿にすらすらと書き込んだ。ちなみに、彼は武器職人見習いであり、この店の主であるスエヒトに師事して修行中である。だからまだ商品を扱うことはなく、いくらか雑用を任されているらしい。
「いつ頃終わりそうだ?」
「そうだね……。今日中には研ぎ直ってるはずだから、夕方頃取りに来てくれればいいんじゃないかな」
客のリストを見ながらトトラは答える。夕方か。なら明日は通常通り動けると言うことか。早めに終わってくれるならその方がいい。
俺は彼に挨拶してから店を出た。修理の間、どこで時間をつぶそうか。ぶらぶらと歩いて、工芸品の並ぶ街並みを眺める。それらに詳しいとは言えないが、手間をかけたのであろうことがうかがえる。そういった、手間のかかった作品を見るのは好きだ。
裏路地にさしかかったとき、物音に思わず目を向けてしまった。薄暗く狭い道で、何人かの男達が集まっている。そして、彼らの足下には異国の服を着た黒髪の男性がいた。彼はどういうわけか男達に殴られており、痛々しい音が辺りに響く。俺はそれを見過ごすことはできなかった。
「何やってる」
暴力を振るう男達に近づいて睨み付ける。彼らは振り向き、そのうちの一人が不機嫌そうな顔をこちらに向けた。
「お前には関係ねーよ」
どこかへ行けと言わんばかりに顎で後ろを指している。だが、俺も引き下がるつもりはなかった。
「通りがかったんだ、関係あるな。……もう一度聞く。何やってる?」
ギロリと強く睨み付ければ、男達は寸の間ひるんだように見えた。だがすぐに表情を戻した。
「こいつがよそ者のくせに金を払おうとしねえから、仕置きしてやってるんだよ」
「何を言う! 言いがかりをつけたのはそっちだろう!」
男の言葉に、殴られていた男性がすぐさま反論する。見れば、男達の腕にはとあるならず者集団の紋章があった。喝上げと見て間違いないだろう。
「そういうことか。さっさと立ち去れ。そうすれば危害は加えない」
静かな声で男達に言う。だがもちろん従ってくれるはずもなく、彼らは敵意をあらわにした。
「うるせえんだよ!」
一人が腕を振り上げた。俺はそれを受け流し、勢いを生かして壁にぶつける。それだけで男は痛みに膝をついた。憤った他の男が殴りかかる。俺は一人の腕を受け止め、横から来た拳への盾にする。さらに別の男に肘打ちを喰らわし、よろけたところに手刀をたたき込む。後ろからの一撃をしゃがんで躱し、下から顎を突き上げる。ものの数秒で何人かの男達は完全に伸びてしまった。ゆらりと構え直すと、立っていた男達はおびえてどこかへ逃げていった。それを見届けて、軽く息を吐く。
「立てるか?」
黒髪の男性に問いかけると、彼は頷いて自力で立ち上がった。口元の血をぬぐい、服の砂を払っている。軽く息を吐いてから、彼はこちらに向き直った。
「助かった、ありがとう」
そう言って、男性は頭を下げてお礼の言葉を述べた。
「俺はコドセル。よければそちらの名前を教えて欲しい」
「シラギだ」
俺が答えると、コドセルと名乗った男性はふっと微笑んだ。
「シラギ、か。覚えておこう」
そう言って再び頭を下げると、ジャリッと音がした。見れば、彼は背中に武器らしき物を背負っていた。それは棒状の物で、革袋に包まれた部分が膨らんでいる。
「ああ、これはスコーピオン・テイル。俺の武器だ」
俺の視線に気付いたのか、コドセルはそう説明してくれた。スコーピオン・テイルといえば、棒の先にトゲのある鉄球が鎖で結びつけられた、フレイルの一種だ。
「武器があったのに、反撃しなかったのか」
俺が疑問を投げかけると、コドセルは頭を掻いた。
「いやあ、こいつで殴れば致命傷になるだろう。向こうも武器を持っていない限りは必要ないと思ったのだ。それに、このように狭い場所ではコントロールしづらい」
なるほど、道理をよくわきまえているなと俺は思った。と、コドセルは思い出したように口を開く。
「しかし、助けてもらったというのに、あいにくお礼になるような物を持っておらんのだが……」
彼は深々とため息を吐いた。俺が気にするなと声をかけても、考え込んでしまっていて顔を上げない。
「ああっ、放浪中の根無し草にできる恩返しとはなんなのだ…?」
「放浪中?」
怪訝に思って尋ねると、コドセルは弾かれたように顔を上げた。
「恥ずかしい話だが、今は当てもなく……落ち着けるところさえないのだ」
彼は申し訳なさそうに顔を歪める。これまでのことから考えて、どこか別の街から来たところ、先ほどのならず者に絡まれてしまっていたのだろう。俺はしばし逡巡した。
「なら、カエデ荘に来るか?」
「カエデ荘?」
俺の提案に、コドセルはきょとんとして目を瞬かせた。俺は頷いて、言葉を続ける。
「俺が暮らしている共同住宅だ。まあ、いろんな奴がいてうるさいが――嫌じゃなかったらくるといい。管理人さんも、追い払ったりしないだろうし」
俺はそう言って肩をすくめて見せた。しかし、コドセルはまだ複雑な顔をしている。
「しかし、そこまでしてもらう訳には――」
もごもごと彼は言う。俺はそんな彼に笑いかけた。
「大丈夫だ。それに、もし恩返ししたいというなら、落ち着いてからでいいから」
コドセルは、黙っていた。誘いに乗るべきか断るべきか、考えあぐねているのだろう。とはいえ俺が勝手に決めていいことではないのだ。あくまでも、彼自身が決めるべきこと。やがて心の整理がついたのか、コドセルは俺を真っ直ぐ見た。
「ふつつか者ながら、よろしく頼む、シラギ殿」
「ああ、こちらこそ」
軽くお辞儀した彼に、俺はそう微笑んだ。
さっさと話を進めるためにも早めに更新していきたいと思います。
ちなみに今回のキャラは
トトラ → とらさん(@projectYa42)
コドセル → 蠱毒成長中さん(@KodokuGrouing)
でした。