妖精と研究員
翌日。自分の部屋で朝食をとってから、俺は1階へと降りた。ホールを過ぎ、とある一室の扉を開ける。柔らかな光が入り込むその部屋は、すこし埃っぽかった。
「やぁ、久しぶりだね、シラギ」
そう言って、目の前にいた彼女がこちらを見上げてくる。腰まである長い緑髪をした彼女は、日の当たる机の上にちょこんと座っていた。
「ああ、久しぶりかもな」
俺はそう言って笑いかける。彼女の名前はアクエリアス。人型をしているが人間ではなく、妖精と呼ばれる生き物だ。それが証拠に、背中からは羽毛のある羽が生えている。
「アクエリアス、魔物についての良い資料がどこにあるか知ってるか?」
「ああ、魔物大辞典のこと? あるよ。こっちきて~」
俺が尋ねると、アクエリアスは背中の羽でふわりと浮かび上がった。そのまま本棚へと案内してくれる。並べられていた分厚い本を手に取り、目的のページを探す。
「それにしても珍しいね、シラギが調べ物に来るなんて。いつもならカンナがくると思っていたんだけど――カンナはどうしたの?」
ふわふわ浮きながら、アクエリアスはそう訊いてくる。俺は活字から顔を上げて、彼女に向き直った。
「ああ、カンナはまだあたってないところに行って情報収集するんだそうだ」
*****
カラランと来客を知らせるベルが鳴って、ドアが開く。焦げ茶色の髪の毛を肩まで伸ばした女性がその小さな店に入ってきた。
「いらっしゃいませー」
白衣を着た黒髪の女性が愛想良く出迎える。彼女は入ってきた客の姿を認めると、わずかに目を見開いた。
「あ……。こんにちは、カンナ」
「こんにちは、ソピア。元気にしてた?」
白衣の女性――ソピアに、カンナは楽しげな声で話しかける。もちろん、とソピアは笑った。
「で、今日は何を買ってく?」
ソピアが訊くと、カンナは首を横に振った。
「買い物もあるんだけど、今日は聞きたいことがあって――昨日の騒ぎ、知ってる?」
「昨日の――ってもしかして、いろんなところで魔物が押し寄せたっていうあれ?」
カンナの言葉に、ソピアは首を傾げて尋ね返す。カンナは頷いて続けた。
「そう。あちこちに穢土烏の羽が散らばってたみたいで……。ねえ、怪しい人物とか見かけなかった?」
そう言って、両手を顔の前で合わせる仕草をする。ソピアは顎に手を当ててしばらく考えていた。
「うーん、この辺りは大きな影響はなかったし、ワタシの店には特には……」
と、ソピアは思い出しながら答える。彼女の答えに、カンナはため息を吐いた。そんな彼女を見て、ソピアはでも、と続けた。
「ここ最近、魔法薬の需要が一気に増した、って話は聞いたよ」
「需要が一気に増した? ……なんだかくさいわね」
もたらされた情報にカンナは眉をひそめる。ソピアはさらに続けた。
「あと、穢土烏の捕獲に使えそうな道具も買い手がいたんだって」
あくまで噂だけどね、と付け加えて、ソピアは軽く肩をすくめた。そんな彼女に、カンナは微笑む。
「ううん、貴重な情報ありがとう」
そう言って、カンナはふらりと商品棚を見つめるのだった。
*****
ガタンと大きな音を立てて、書庫の扉が乱暴に開けられた。同時に、シオンが書庫に駆け込んでくる。
「ここにいたのか、シラギ」
「シオンじゃないか。どうかしたのか?」
いくらか慌てたような彼の様子に、俺は眉をひそめた。だがシオンは答えるのも惜しいといった様子で俺の手首を掴む。
「いいから来い! 緊急事態だ!」
切羽詰まった様子に、俺はすぐさま立ち上がり、彼に連れられて外へ飛び出す。
「二人とも、頑張ってね~」
アクエリアスに見送られ、俺たちは街へと飛び出した。
今回登場した二人もフォロワーさんのキャラ化になります。
アクエリアス → あくえりちゃん(@kisaragi_ak)
ソピア → 石鹸さん(@karoku_diethyle)
次回は、波乱の予感…?