気になること
ユズの家で夕食を食べてからカエデ荘に帰ると、皆が共同ホールに集まってなにやらのぞき込んでいるのが目に入った。
「おかえり、二人とも。ちょうどよかったね」
こちらに気付いたカンナが笑顔を向ける。俺とクロは彼女らのそばに寄った。
「みんなで集まって……どうかしたのか?」
「言ったでしょ、気になることがあるから調べるって。とりあえずわかったことを伝えようと思ってたところ」
俺の問いに、カンナは明るく答える。すると、今まで見ていただけのシオンがぐいと身を乗り出した。
「で、何があったんだ?」
シオンは興味津々でそう尋ねる。別件で出掛けていた彼は知らないのが当然だし、カンナがわざわざ人を集めるからには面白いことが聞けると思っているのだろう。俺が座ったのを見計らい、カンナは口を開いた。
「穢土烏の羽をとある少女が拾っちゃって、それが原因で“影”に狙われる事件が起きたの」
“穢土烏”という単語に、シオンは眉をひそめた。カンナは話を続ける。
「それ自体はシラギとで解決したんだけど、問題は、どうして穢土烏の羽なんか拾ったのかってこと。拾ったと思われる付近を調べてみたけど、穢土烏の巣なんてなかった」
言いながら、カンナはばさっと地図を広げる。
「で、さらにわかったのは、穢土烏の羽だけがぽつぽつと落ちてたみたいなんだよね」
広げた地図にはいくつかの地点に×印が記されていた。穢土烏の羽が落ちていたと思われる場所を示しているらしい。カンナは見つけた限りで焼却したと言った。
「穢土烏の羽に関わったのは、俺だけじゃなかったのか」
神妙な顔つきでシオンが言う。それを聞いて、クロが眉をひそめた。
「どういうこと?」
「今日はただの警備要請だったんだが、付近に穢土烏の羽が落ちていたせいで夕方以降は魔物が押し寄せた。全部退治したし、羽も処分したが、まさか他の場所でも似たようなことが起きてるなんてな」
シオンがそう答えると、カンナが聞き返した。
「ね、それって落ちてたのは一枚だけ?」
「ああ。それに捨てられていた雑誌の下にあった。おかげですぐに見つからずに苦労したんだが」
「なんやそれ。まるで誰かが隠したみたいやんか」
ハルヒサが横から口を挟む。彼女の言うとおり、穢土烏が飛んでいるときにたまたま羽が抜け落ちた、というには不自然だ。何か作為的なものを感じる。
「誰かが、って……いったい誰が、何のために?」
「わからへんよ。愉快犯やない?」
ワラが赤い瞳を細めて尋ねれば、ハルヒサは肩をすくめた。みんなの憶測を聞いていたカンナは顎に手を当てて考えている。
「愉快犯、ね……だったらいいんだけど」
「まだ何か気になってるの?」
カンナの言葉に、クロは顔を上げた。カンナは腕を組み、眉根を寄せていた。
「穢土烏の羽は魔物を呼び寄せる。簡単そうに見えて、所持しているのは難しいはずだよ。巣だって本来人気のない場所にあるはずだから、簡単には見つからないし」
「つまり……どういうことだよ?」
何となくまとまりがないと感じたのだろう、ワラがそう尋ねた。
「愉快犯にしては、ずいぶん危険を冒してるなと思っただけ」
落とすようにカンナは言う。俺は眉をひそめた。確かに穢土烏の羽を使えば、街を魔物に襲わせることはできる。だが、その羽を自分で持っている間は自分が狙われるのだ。それでも実行しようとしたのなら、何か目的があるはずだ――カンナはそう考えているという。俺にはそうまでして街を襲わせたい理由がわからなかった。
「ああ、もう! めんどくせえ!」
ダン、とシオンが足を踏みならす。大きな音に皆の視線が彼に集まった。
「今からそんなぐちぐち考えてたってどうしようもないだろ! 情報も少ないのに、何ができるってんだよ? どうせ巻き込まれるときは巻き込まれるんだから」
イライラと紡がれる彼の言葉に、カンナはそうだねと笑った。シオンはやや乱暴に立ち上がり、共同ホールから出て自分の部屋へ帰った。
「大きな騒ぎになったし、警備隊も動いたんやろ? はよ犯人見つかるとええなぁ」
「だな。これ以上大事にはなって欲しくないや」
ハルヒサもワラも立ち上がって部屋へと帰っていく。残された俺たちはそんな彼らを黙って見送った。ふと、思い出したようにクロが口を開く。
「ねえ、カンナ。まだそのことについて調べるつもり?」
「え? うん、まあね。まだ当たってないところに行って詳しい情報を集めようと思ってる」
カンナが問いに答えると、クロは短く息を吐いた。
「そっか。じゃあ私も、できる限り協力するよ」
それから二人はなにやらわいわいと話し始めた。俺は楽しそうに話している彼女らを背にして、自分の部屋へと戻っていった。
次回からは追加キャラが続々と登場予定です。