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隣の彼方  作者: 風白狼
1章 共同住宅カエデ荘
3/13

出会い

 街は夕暮れに染まっていた。特に依頼もなく、非番となっていた俺はぶらぶらと通りを歩く。刀を帯びていると言うこともあって、俺はなるべく左に寄って歩いていた。

 この街は、平穏だ。いや、平穏に見えると言った方がいいのかもしれない。本当に平和で穏やかだというのであれば、俺が刀を持ち続ける意味もないだろう。俺はぼんやりとそんなことを思う。考えても詮無きことだとはわかっていたが、どうしても思考はそちらに向かってしまうのだ。


 十字路にさしかかったところで、ばたばたと駆け込んでくる人影が見えた。その二人のうち一人は見慣れた顔だった。

「クロ! どうかしたのか?」

 彼女もこちらに気付いたらしく、顔を上げて異色の双眸を向けてくる。

「シラギ! ちょうど良かった!」

 息を切らせて、もう一人の少女を引っ張って俺の後ろに回り込む。俺は事態の異常さに勘づいた。

「どうした。何があった?」

「なんかヘンな奴らに追われてるの!」

 彼女が言い切らないうちに、数人の男たちがゆらゆらと近寄ってくるのが目に入る。彼らの纏う異様な気配に俺は眉をひそめた。

「…人間じゃ、ねえみたいだな」

 俺は刀に手を掛けた。同時に、ポケットの中に仕込んだ発信器を軽く叩く。そして一歩前に進み出て、そのまま相手の出方をうかがう。彼らはゆったりとした足どりで近づいてきた。見たところは普通の人間と変わりがない。が、その瞳は何の光も宿していなかった。無表情のまま迫ってくる。俺は(こい)(ぐち)を切り、いつでも抜けるよう構える。

 突如一人が踏み込み、飛び込んできた。相手が間合いに入ると同時に抜刀し、居合い切りを食らわす。よろめいた隙に踏み込み、返す刀で切り込んだ。“それ”は耳障りな悲鳴を上げ、地面に倒れ伏した。突然人が斬られ、辺りが騒然となったのを感じる。だが、それの傷口から血は流れず、闇の気配があふれるばかり。そして人でない何かは夕闇に溶けて霧散してしまった。

「やはり、“影”か…!」

 人の姿をしているが、彼らは人ならざる化け物だ。俺は刀を構え直した。一体がやられたことで敵と認識したのだろう、他の“影”たちも一斉に襲いかかってくる。動きを見切り、刀で切り込んだ。斬られたところから闇が洩れ、それらは跡形もなく消えていく。容赦など、できない。彼らは意思もなく暴れるだけの存在。のさばられれば、この街の平穏はない。

 だがかなり斬ったはずなのに、彼らは減る気配を見せない。むしろ、初めより増えているような気さえする。そう考えていたのが、隙となったらしい。一体が俺の横を通り抜けて背後にいた二人に襲いかかった。最悪を直感し、目の前の相手を切りつけて刀を返そうとする。わずかに間に合わない。そう思った刹那、人外の背中から切っ先が飛び出した。的確に心臓を貫いたそれが引き抜かれると、“影”は声もなく崩れ落ちて霧散する。

「シラギ、こっちは大丈夫!」

 聞き慣れた声に俺は寸の間安堵し、集まってくる物の怪たちに刀を向ける。カンナはそれを確認すると、二人の少女に向き直った。

「さ、ここは離れましょう」

 彼女の言葉に二人は無言で頷く。巻き添えにならないようにと道ばたへ駆け出した。

 すると、今までこちらに向かってきたはずの彼らが、急に逃げ始めた彼女らへと狙いを変えた。飛びかかろうとした彼らに俺は横から突きを食らわせ、彼女らを隠すように立ちふさがる。俺もカンナも、一瞬の変化に疑問を抱いていた。

「クロ、それにあなた、何か魔物を引きつけるような物持ってるんじゃない?」

 険しい表情でカンナは問う。クロは首を横に振った。

「いいえ。そう言う類の物を持たないよう、教わっているから」

「はい。特にヘンな物は持ってないです…」

 彼女らの答えに、カンナは押し黙った。疑うつもりはないが、納得できない。そんな表情だ。ふと、カンナの焦げ茶色の瞳が細められる。

「それは…?」

 彼女が見ていたのは、もう一人の少女のカバンからわずかに覗いていた、黒い鳥の羽だった。どうしてそんなことを、という顔をしながらも、彼女は素直に答える。

「これは、帰りに見つけて……綺麗だから拾ったんです」

 答えを聞きながら、彼女は羽を見つめてわずかに逡巡した。

「これ、借りていい?」

「え? い、いいですけど…?」

 答えを聞く間も惜しいと思ったのか、カンナは黒い羽をひっつかんで駆け出した。と、“影”たちの注意が一斉にカンナに向けられた。覚えず不敵な笑みが浮かぶ。俺もカンナも、その挙動を見るだけで十分だった。俺は刀を構えたまま、彼らの動きに警戒を払う。カンナは懐から小瓶を取りだし、その中に羽を入れた。互いに目配せし、確認し合う。

「そんなに欲しいならあげるよ!」

 言うやいなや、羽の入った小瓶を人の居ない方へと投げつけた。人ならざる者達は我先にとそれに飛びつく。刹那、まばゆい光が放たれた。遅れて轟音と爆風が巻き起こる。それが収まったときには、人外の者達は跡形もなく消え失せていた。俺は後ろへかばっていた二人へ向き直る。

「大丈夫だったか?」

 俺が尋ねると、二人とも頷いてくれる。と、クロと一緒に居た少女がおずおずと口を開いた。

「あの、さっきの羽は一体…?」

 ただの羽に“影”たちが群がるのは奇妙だと感じたのだろう。俺は刀を納めて答えた。

「あれは()()(からす)の羽だ。それ自体は大したことのない雑魚だが、その羽は他の魔物をおびき寄せるから厄介なんだ」

 俺の説明を聞いて、少女の顔は強張った。大人しい黒い瞳が恐怖に揺れているのが見える。少し、語気が強かっただろうか。おびえる姿に、ちりと心が痛む。

「あー、心配するな。今回は大事にならずに済んだんだ。気を落とすなって」

 慰めようと口を開くも、少女は睫毛を下ろしてきゅっと唇を引き結んでいる。そんな彼女を、そばでクロが優しくなだめていた。つくづく、自分の不器用さが嫌になる。ため息を吐きかけたところで、背後から名を呼ばれた。

「シラギ、その子たちを家に送って先に帰っててくれない?」

 真剣な声でカンナが言う。俺は表情を引き締めて彼女に向き直った。

「お前はどうするんだ?」

「ちょっと、調べたいことがあるから」

 明言しなかったが、彼女の言う“調べたいこと”が何か、俺にはだいたい察しがついた。俺は頷き、駆け出したカンナを見送る。そして、改めて二人を見やった。

「もう日も暮れる。また何かあると困るから、家まで送っていこう」

 俺がそう言うと、少女は目を見開いた。しかし彼女が何か言う前に、クロが左右で色の違う瞳を輝かせた。

「本当? 私も今お願いしようと思ってたんだ」

 そう言って、クロは困惑する少女を半ば強引に帰路へと押しやった。





 街道は既に夕闇に包まれ、ランプの淡い光がぽつぽつと道に落ちている。たわいもない会話をしている二人の後ろをゆったりと歩く。二人を視界に入れておくようにしながらも、俺は辺りへ注意を払っていた。ふと、クロと一緒にいた黒髪黒目の少女――ユズがちらりとこちらに視線を向けてくる。

「本当に良かったの? えっと――」

「シラギのこと? 気にしないで。普段からボディーガードとかやってる人だから」

 自分のことが話題に上って、俺は二人を見やった。こちらを向いていたユズと目が合ってしまう。彼女は慌てたようにすぐ目をそらした。まるで小動物のようだ、と思う。カエデ荘の女性陣は強気な性格の方が多いから、おどおどとおびえる態度というのは逆に新鮮だ。



 そんなことを考えているうちに、彼女の家へたどり着いた。豪華とは言えないまでもそこそこ立派な一軒家で、恵まれて育ったと言うことがうかがえる。ユズはこちらを振り返り、ぺこりとお辞儀した。

「ありがとうございました、シラギさん。クロもありがと」

「ううん、気にしないで」

 クロは笑顔で答え、俺は軽く肩をすくめた。礼儀正しいものだ。ユズはドアを開け、家の中に入ろうとする。

「ユズ! ああよかった。街の方が騒がしかったから、心配したのよ」

 母親とおぼしき人物がまくし立てるように言った。彼女の声色は心底安心した、という風であった。

「うん。この人が助けてくれたの」

 ユズはそう言って、俺を指さした。そこで始めてこちらの存在に気付いたのか、母親は目を見開いた。が、やがて破顔して玄関から出てくる。

「娘がお世話になったみたいで、ありがとうございました。お礼と言っては何ですが、夕食でも召し上がってくださいな」

 思いがけない提案に、今度は俺が目を見開く番だった。

「いえ、そこまでしていただくのは……」

 俺は断ろうとしたが、向こうはすぐに引き下がろうとしない。

「ね、クロ、あなたも一緒に晩ご飯食べない?」

「いいの? ありがとう、ユズ」

 女子二人は楽しそうに笑ってさっさと上がり込んでしまう。俺はしばらく黙り込んで、ふっと息を吐いた。

「それじゃ、お言葉に甘えます」

 こうして俺は、ユズの家の夕食にお呼ばれしたのだった。

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