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隣の彼方  作者: 風白狼
2章 戦いと日常
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新たな住民

 明るい日差しが中庭に降り注ぐ。木陰に入れば、涼しい風に頬を撫でられる。俺は胡座(あぐら)をかき、鞘の付いたままの刀を膝に置いた。そっと目を閉じ、瞑想に入る。頭の中だけで敵と自分をイメージし、戦闘を思い描く。暇なときに行う、イメージトレーニングだ。いつもならこの後素振りなど稽古をするが――今日は違った。

 玄関から聞こえた呼び鈴の音に、意識が現実に戻ってくる。客人だろうか。俺は中庭からロビーを見た。今は誰もおらず、呼び鈴が聞こえなかったのか誰かが降りてくる気配もない。俺はそっと息をついて立ち上がった。刀を腰に戻し、玄関の大扉に手を掛ける。外に立っていたのは、黒い大きめのサングラスをかけた金髪の青年だった。年は二十歳前後といったところだろうか。シャツの上に薄いベストを羽織っただけのラフな格好をし、旅にでも出掛けるのかと疑いたくなるほど大きなリュックサックを背負っている。

「すみません、ここが『カエデ荘』で合ってます?」

 青年は朗らかに笑って尋ねた。俺は頷いて答える。

「ええ。何かご用ですか?」

 依頼だろうかと思って聞いたのだが、相手はそれに答えなかった。代わりにほっとしたように笑う。

「そうですか。いや~、よかった! この辺り詳しくないんで少し迷っちゃいまして」

「……あんたは?」

 なかなか話が進まないことに苛立って、俺は眉を寄せた。それに気付いたのか、青年はサングラスを外して茶色の瞳を覗かせた。

「どうも~。今日からここに住むことになった、カギシロです~。そういう訳なんで、よろしくです、シラギさん」

 カギシロと名乗る青年はサングラスを胸ポケットにしまって手を差し出した。名を呼ばれたことに、俺はわずかに目を見開く。

「どうして、俺の名を?」

「そりゃあ、カエデ荘の名とともに有名ですから。映像放送でしたけど、貴方たちの活躍、見ましたよ~」

 当然だとカギシロは言う。事実、皇太子殿下の護衛で俺たちやカエデ荘の名前が有名になった。皇太子殿下の視察の様子を取材しようとした民営放送が、襲撃者を追い払う映像を偶然撮影していたことも大きいらしい。

「活躍を見て、興味がわいちゃいまして。それで問い合わせたら、空きがあるっていうんで来ました」

 カギシロはそう言って、ごそごそと書類を取り出した。それは入居を認める契約書だった。印鑑やサイン、必要な事がきちんと書かれている。入居者があるという話は聞いていなかったが、管理人さんも忙しかったのかもしれない。俺は書類を返し、彼をロビーに招き入れる。ソファの辺りまで来たちょうどそのとき、カラランと軽やかな鐘の音が聞こえてきた。

「はあ、疲れたでぇ…」

 ため息混じりにハルヒサが入ってくる。彼女はこちらに気付くとすぐに姿勢を正した。

「お帰り、ハルヒサ」

「ただいま。そっちにいるのは誰や?」

 怪訝そうにカギシロを見やる。俺は見えるように少し横にずれた。

「彼はカギシロ。今日からここに住むことになったらしい」

「どもども、よろしく~」

 カギシロはいつの間にかサングラスをかけ直しており、陽気に手を差し出した。しかしハルヒサはその手を取ろうとはせず、探るような眼差しを向けるだけ。

「けったいなやっちゃなあ……」

 用心深い一言に、カギシロは不服だとばかりに口を尖らせる。何か言い返そうとして、階段を降りる音に振り向いた。

「騒がしいな……何かあったのか?」

 藍色の髪の毛をガシガシと掻きながら、シオンが降りてくる。その後から、様子が気になったらしいクロも顔を覗かせていた。

「ああ、新しい入居者が来たんだ」

 俺がそう説明すると、二人ともサングラスの青年を見つめた。カギシロはそれに手を振って応えている。彼の元にクロが歩み寄った。

「初めまして。私はクロ。あなたは?」

「俺はカギシロです。よろしく~」

 カギシロの差し出した手をクロが取り、二人はしっかりと握手を交わした。続いてカギシロはシオンの方を向く。

「そちらはシオンさんですよね? 例の活躍、かっこよかったですよ~」

 彼の言葉に、シオンはあからさまに顔をしかめた。俺は付け足すように彼に耳打ちする。

「皇太子殿下の護衛の件で、俺たちに興味を持ったらしい」

 俺がそう説明すると、シオンも一応納得したらしい。苦虫をかみつぶしたような顔のまま、カギシロを見据える。

「あれから依頼は増えたが、まさかここに住もうと考える奴がいたなんてなぁ。……何を探りに来た?」

「いやだなあ、俺はただ皆さんみたいに強くなりたいと思って来ただけですよ」

 カギシロはおどけて肩をすくめ、両手を上げた。サングラスの奥にある表情は、やはりよくわからない。カギシロのへらりとした態度に苛立ったのか、隣からシオンの小さな舌打ちが聞こえた。

「強くなるって……あなた戦えるの?」

 そう尋ねるクロの声には驚きが混じっていた。カギシロはよくぞ聞いてくれたと胸を張る。

「まあね~。敵が来たらこのカタールでズバーっとやるつもりです」

 カギシロは腰に付けていた一組の武器を取り出した。小刀程度の刃渡りで、刺突に特化した先の鋭いつくりをしている。何より特徴的なのは、柄が刃の向きに垂直についているところだ。つまり、握ると拳の延長線上に刃がくる構造なのだ。それを両手に一つずつ持ち、カギシロは構えの姿勢を取る。使う人も多くはない珍しい武器だが、何となく違和感を感じた。柄の部分に別の突起が付いているのだ。

「その武器、改造でもしたのか?」

 俺が尋ねると、カギシロはちょっと驚いたようだった。気になった点について細かく説明すれば、納得したように笑う。

「確かに、使いやすいように改良しました。でも、どう違うのかは秘密です」

 彼は結局、明かそうとはしなかった。少し見せびらかしただけでカタールを腰に戻してしまう。他言したくない秘密兵器のつもりかもしれない。


 そんな風に盛り上がっていると、またドアに付けられた鐘が鳴った。見れば、ワラとコドセルが入ってくるところだった。

「ただいまー」

「ああ、おかえり。……珍しい組み合わせだな」

 何があったのかと尋ねると、コドセルはいや、と首を振る。

「ワラ殿とは先程入り口で鉢合わせてな、たまたま一緒になっただけだ」

 そこまで言って、二人は見慣れない存在に気付いた。視線に気付いたカギシロはにこやかに笑う。

「いやいや、コドセルさんとワラさんじゃないですか~! 皇太子殿下ご視察の際の活躍、映像放送でしたが見ましたよ~」

 調子のいい言葉に二人はどう反応するのかと見たが、どちらも衝撃を受けたように立ち尽くしていた。

「オ、オレ、有名になってるんだ…!」

「よもや、かようにして俺の名が知られる日が来ようとは……」

 驚いてはいたが、両者の声には喜びが混じっている。特にコドセルは感極まったと言うようにカギシロの手を取った。

「このコドセル、名を覚えてくださった貴殿に感謝する!」

「いえいえ~。あと、俺はカギシロっていいます。これからよろしくです~」

「こちらこそよろしくお頼み申す、カギシロ殿」

 カギシロはサングラスのままにこにこし、コドセルは少し頭を下げた。普通は逆じゃなかろうかと思いながらも、俺は奇妙な光景を見つめる。さらに騒がしくなりそうだと、そんな予感がした。

今回のキャラ

カギシロ → 白カギさん(@white_key1217)

 気付いたらなんかうさんくさいキャラになってしまいました…!

いや、本人をうさんくさいと思っている訳ではないです。ちとキャラが暴走しました。

 何度も言いますが、キャラ化は私の偏見から生まれています。モデルとなった人にどれだけ合致するかはわかりません


 なお、カギシロの武器・カタールは正しくは「ジャマダハル」という名前です。

カタールは「短剣」を意味するインド辺りの武器で、ジャマダハルは本文中に出てきたような形状をした武器です。しかし多くの創作において「カタール」と呼ばれることが多いため、イメージしやすいように今後もカタールと呼びます。あらかじめご了承くださいm(_ _)m

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