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隣の彼方  作者: 風白狼
1章 共同住宅カエデ荘
11/13

護衛(前編)

 俺はソファに座る温厚そうな男性の姿に驚いていた。アリバス・セノ。俺やカンナ、シオンが軍隊に所属していた頃の小隊長だ。

「どうして隊長が…?」

 彼がそこにいるのが信じられず、俺はつい尋ねてしまう。隊長は気にした様子もなく朗らかに笑った。

「おお、シラギか。実は、君たちに頼みたいことがあってここに来たんだ」

 そう言ってから、改まった口調で話し始める。

「近々、皇太子殿下が視察のためにこの(さか)(かり)(まち)へいらっしゃるそうだ」

「皇太子――アマノジ様ですか?」

 カンナの問いに、隊長はそうだと頷く。

「君たちには殿下の護衛を頼みたい。引き受けてくれるか? もちろん、報酬は払うつもりだ」

「隊長の頼みとあれば受けましょう。……しかし、何故俺たちに?」

 俺が尋ねると、セノ隊長はばつが悪そうに鼻の頭を掻いた。

「恥ずかしい話、なかなか人員が集まらなくてね。言っちゃ悪いが、ここは国境付近の辺境の地だろう? 募集をかけても行きたがる人がいないんだ。かといって国境の軍隊から引っ張ってくる訳にもいかないし……」

 つまり軍から出せる人員がなく困っていたところ、国家組織でない戦力である俺たちの存在を思い出してここに来たのだという。人柄を知っているが故に信頼も置けるのだと体調は言った。そういうわけで、俺たちは皇太子護衛の任につくことになった。



 ガタガタと小気味よく列車が揺れる。向かうのは(さか)(かり)(まち)の隣にある諏見町(しゅうけんちょう)だ。カンナ、シオン、ワラ、コドセル、そして俺の五人はそこで皇太子殿下と合流することになっている。俺は窓枠の向こうを眺めてぼんやりとしていた。

「で、こいつまで連れてくる必要はあったのか?」

「失礼な。オレだって護衛の役に立てるって」

 向かい合わせの席でシオンがワラを見て言う。ワラはその態度にむっとして彼を睨み付けた。そんな二人を眺めて、カンナが笑う。

「今回は皇太子様の護衛だし、戦力は多い方がいいでしょ? それにセノ隊長から、『人員はなるべく多く』って頼まれちゃったからね」

「隊長の頼みじゃ仕方ないか」

 シオンはそう言って頭を掻いた。

「って、オレはオマケ扱いですか?」

 不機嫌そうにワラが頬を膨らませる。この中では最年少だから仕方ないのだが、足手まといに思われるのがやはり嫌らしい。

「何か戦績を上げたら“戦友”に格上げしてやるよ」

 シオンがワラの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。ワラが反撃しようとしたところで、カンナが二人の間に割って入った。

「シオン、からかうのはそこまで」

 カンナにたしなめられ、シオンは手を引っ込める。ふくれっ面をしていたワラも、渋々引き下がった。ガタン、と車体が軽く揺れた。

「そういえば、皆はその皇太子殿下……と面識があるのか?」

 今まで話を聞いていただけのコドセルが言う。俺は彼の方を向いて口を開いた。

「さすがに直接お会いしたことはないな。軍属だったときも末端の隊だったから」

「映像放送や新聞なんかだと、時々話題に上るんだけどね」

 俺の言葉にワラが付け足す。龍朝国民としてアマノジ皇太子殿下のお顔などはわかるが、それはワラが言うように画像などを目にしたことがあるだけで、面識があるとは言えない。

「それに、殿下が本格的に軍部に関わったのはつい最近だろう?」

「少なくとも、私達が軍を抜けた後だね」

 シオンが腕を組んで答え、カンナが続いた。殿下は今回のように視察なさることもあるが、既に俺たちとは関係のない場所になってしまっている。

「そうであったか」

 俺たちの答えに、コドセルは落胆に似たため息を吐いた。護衛に当たって、皇太子殿下の人となりを知っておきたかったのかもしれない。俺はそんな彼を見やる。

「問題は無いだろう。少なくとも、悪い噂は聞いたことがないからな」

 俺はそう言って、また窓の外を眺めた。


 そうこうしている間に、目的地である諏見町にたどり着いた。列車を降り、指示された場所へと向かう。そこは瑠璃色をした艶やかな建物で、柵や塀で厳重に守られている。その入り口、花で彩られた門の辺りに、何人かの兵隊に囲まれた青年が立っていた。俺たちは彼の前に進み出て、恭しく頭を下げた。

「不肖、シラギ以下我ら五名、殿下護衛の任を受け、お迎えに参りました」

 そう言ってから顔を上げ、手渡されていた命令書を見せる。朝廷公認の印があるそれを確認し、空色の髪をした青年は顔を輝かせた。

「ああ、君たちが今回の護衛だね? 坂狩街で腕の立つ戦士と聞いているよ」

「恐縮です」

「よい。そう畏まらないでくれ」

 俺が頭を下げると、青年――アマノジ皇太子殿下は朗らかにおっしゃった。勉学に秀で、公務の腕前も上がってきているという。現天皇も安心して後を任せられるだろうとまで言われる人物。けれど噂に聞いたように堅苦しい印象はなく、むしろ好青年に見えた。それは他の皆も同じ気持ちだったようで、表情が和らぎ、明るくなっていた。

 彼の周りに立って進み、車に乗り込む。エンジンが回っても、行きのように余計な話はしなかった。時折殿下がおっしゃることに答えるくらいだ。特に、シオンやコドセルがよく答えていた。殿下の呟きにも相づちを打ち、時には掘り下げた話題までこなしてみせる。俺には何がなにやらわからない話もあったから、二人の教養の高さには驚くばかりだ。殿下はそのこともかなりお気に召したご様子だった。

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