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隣の彼方  作者: 風白狼
1章 共同住宅カエデ荘
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共同住宅

 ゆっくりと意識が戻ってくる感覚。まどろむまぶたを上げると、窓から注ぐ朝日が見えた。ぼうっと寝転んでいたい誘惑を振り切り、もぞもぞと起き上がる。あくびをしながらベッドから降り、ぐっと伸び上がった。一息ついてからタンスを開ける。着替えを取り出し、寝間着を脱ぐ。テキパキと服を着て腰紐を締めた。最後に髪の毛を後ろで結い上げる。身だしなみが整っていることを確認し、愛用の刀を差して自室を出た。

 階段を降り、二階のキッチンに向かう。そこでは既にカンナが鍋と向き合っていた。

「おはよう、シラギ。夕べはよく眠れた?」

「ああ、それなりにはな。おはよう、カンナ」

 昨晩はシオンとコドセルと飲んでいたが、朝食作りの当番になっていたため先に帰ったのだ。おかげで悪酔いせず目覚めもいい。が、少々寝坊したようだ。

「何か手伝うことはあるか?」

 袖をまくりながらカンナに尋ねる。彼女は少し考えるそぶりをしてから、流し台に置かれた野菜を指さした。

「じゃあ、そこの野菜を切ってお吸い物に入れてくれる? ()()はもう取ってあるから」

「わかった」

 俺は言われたとおり野菜を洗い、火が通るように切っていく。トントンという包丁の音が小気味よい。

「シラギって、切ることに関しては才能あるのにね」

「……ほっとけ」

 俺の手元を見たカンナにからかわれる。事実、俺はそこまで料理ができる訳ではない。塩加減が変だったり、火加減を誤って焦がしてしまうこともしょっちゅうだ。包丁の扱いを間違えないというのがせめてもの救いだろうか。

 気を取り直し、鍋を火にかける。煮えにくい具材から順番に出汁の中へ落とす。吹きこぼれないよう気をつけながら、お吸い物を作る。ふとカンナの様子をうかがうと、彼女は燻製にした肉を人数分に切り分けていた。新しく来たコドセルを入れて、七人分。それを熱した鉄板の上に載せていく。じゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いが広がった。ほどよく焼き色づいたところで、サラダを添えてお皿に盛りつける。なんとも手際がいい。盛りつけも整っている。

 俺は鍋に視線を戻した。玉じゃくしでかき混ぜ、火が通っていることを確認する。具材は既にしなりと半透明になっていた。俺は火を止め、よそうためのお椀を取り出す。

「おはようございます」

 しゃんとした声が入ってくる。振り向くと、ダイニングにクロが立っていた。彼女の姿を認め、カンナがにこりと微笑む。

「ちょうど良かった。クロ、テーブルを拭いてくれる?」

「もちろん」

 クロは頷いて台ふきを受け取る。酒場で働いていることもあってか、彼女は大きな机を丁寧に拭いていく。その間に、どやどやと上から足音が降りてきた。人が入ってくる声を聞きながら、俺はお椀にお吸い物を注いでいく。温かい湯気が立つそれをゆっくりと運び、テーブルに並べた。誰かが指示した訳でもなく、来た人から準備に参加していく。七人分の食事も、あっという間にテーブルにそろってしまった。準備ができてしまうと、それぞれが自分の席に座る。全員が座ったところで、皆前を向いて軽く頭を下げた。

「「いただきます」」

 挨拶の声が重なる。頭を上げ、箸を手に取った。雑穀米を頬張り、お吸い物をすする。

「いつもこのような感じなのか?」

 食事の光景を眺めながら、コドセルがそう尋ねた。俺はそれに頷いて答える。

「キッチンとダイニングがここにしかないから、必然的にこうなるんだ」

 カエデ荘には個室もあるが、せいぜい個人的な荷物を置いたり寝床があったりする程度だ。それよりは共有スペースの方が多い。台所や食堂、トイレや風呂場なども共同で使っている。もちろん、後の二つは男女で分かれているのだが。

「だから当番を決めて、交代でみんなの朝食を作ることになってるの」

 会話を聞いていたらしいクロがそう付け加えた。思い出したように、カンナが声を上げる。

「そういえば、コドセルの当番は考えてなかったね」

「来たばかりやし、慣れるまではええんちゃう?」

 ハルヒサがカンナの言葉に反応する。曰く、まだ勝手もわからないから酷だろうとのことだった。

「コドセルさんは料理はできるのか?」

 コトリとお椀を置いて、ワラが尋ねる。コドセルはばつが悪そうに頬を掻いた。

「恥ずかしながら、俺はあまり料理ができないのだ」

「とすると、誰と組ませるか、十分考えないといけないな」

 ぺろりと口元を舐めながらシオンが口を挟んだ。そこからわいわいと議論が始まる。誰がどのくらいできるのか、どうすれば困らない組み合わせか。時には関係のない茶々も入る。

 その騒がしさは、まるで家族のようにも思える。元はそれぞれ違う事情を抱えてやってきた他人同士だ。だが共に食事し、打ち解けて同じ時を共有している。それがこのカエデ荘の居心地の良さなのだろうと、俺は独りごちた。



 食事が終わると、皆各自のすべきことをするべく席を立っていく。俺とカンナは使った食器を洗っていた。話すこともないので、お互いに無言。水の流れる音と皿のぶつかり合う音だけがその場に響く。いくつかの皿をすすいだところで、背後に人の立つ気配があった。

「カンナ、シラギ、お客さんが来てるよ」

 振り向くと、クロがちょいちょいと手招きしていた。一体誰だろうと、カンナと顔を見合わせる。しばし視線だけで意思を伝える。カチャリ、とカンナは手を止めた。

「見てくる」

「ああ、終わったら俺も行く」

 それだけ言って、下に降りていく彼女たちを見送った。俺は視線を洗面台に戻し、洗い物を続行する。下の階で、カンナの声が高くなった。知り合いでも来たのだろうか。最後の一枚に付いた泡を流し、水を切る。濡れた手を拭いて、俺も一階のロビーに急いだ。二人と向き合うようにして座るひげ面の男性を認め、思わず目を見開いた。

「セノ隊長!?」

 そこにいたのは、かつてカンナやシオンといた軍隊の、小隊長だった。

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