94・☆アレスタからの手紙
「よくきたなロン! 見てくれ、ついにシリウスから手紙が届いたんだぞ!!」
ルークは尋ねてきたロンを自室に招きいれ、挨拶するのももどかしげに、誇らしげに手紙を掲げて見せた。
「ほら見ろよ! この封筒に書かれた宛名のかわいらしい文字!」
「そ、そうだね。早く開けて読んでみたら?」
正直、かわいらしい文字なのかどうかロンには良くわからなかったが、素直に同意しておいた。
大喜びで開けはじめると思ったのだが、ルークは手紙を両手のひらで大事に包み込んだまま開かない。
そもそも、ロンが来るまで開けずに待っていたのが不思議だった。
「……開けないのかい」
「だってお前、開けたら読んでしまうじゃないか」
「そりゃあ、開けたら読むよね。手紙だし」
待ち焦がれていた手紙をたちまち読み終えてしまうのが惜しいらしい。
けれどロンがペーパーナイフを渡すと、若干ためらいながらも意を決したように封を開けた。
丁寧に折りたたまれた数枚の紙を広げ、最初の一行を声に出して読んだ。
「――親愛なる兄上、ぼくはアレスタで毎日元気に学んでいます――」
文字を目で追ううち、ルークの表情が、シリウスを前にしたときのようなやさしい笑顔になっていく。
それを見てロンも口元をほころばせた。
シリウスが留学に行ってしまってから、ルークは以前よりずっとピリピリしていたからだ。
いつもあせっていて余裕がない。
弟のことを一日中心配しているようだった。
しかしいま、弟王子の手紙を受け取って、急激に以前の、のんびりした表情を取り戻しつつある。
ずっとにこやかに手紙を読み進めていたルークだったが、不意に目を見開いた。
手紙を握っている指先に力がこもり紙に皺が入る。
「……!」
「……!? ……?!?!」
最後にガタンと椅子を倒して立ち上がったルークは呼吸も荒い。
「ど、どうかしたかい」
「今すぐアレスタにいく……!」
「は?」
「一時間後に出るから、ついてくるなら準備ができたらもう一度登城してくれ! 私も支度しないと……!」
「一時間後って、なに言ってるんだ。行けるわけないだろう。明日は新設した騎士団の拝命式典だし、三日後は改装した病院のオープニングセレモニーで挨拶が……」
「全部キャンセルする。私じゃなくてもどうにでもなるものばかりだ。とにかく一度シリウスの無事を確かめに行く」
「無事って……、シリウス殿下に何かあったのかい?」
そのわりにルークが音読してくれた、手紙の書き出し部分はのんびりしていた。
ルークはどこからか巨大なカバンをひっぱり出し、着替えや本を詰めこみながら答える。
「剣で襲われて顔と手首に怪我をしたと書いてあった! すごく怖かったと……」
ルークは弟を抱くように、手紙を胸に当てた。
弟が誰かに襲われたなんて、想像しただけで息が止まりそうで平静でいられない。
怪我に驚いたアルファがウェスタリアに帰りましょう、と騒動をおこした事も記載されていた。
それだけ大きな出来事だったのだ。
ルークの言葉にロンも驚いて机の上の手紙を手に取った。
もし本当なら国際問題になりかねない大事件だ。
「僕も読んでいいかな」
「ああ。衝撃的だぞ」
ロンは落ち着くために深呼吸して椅子に座った。
手紙を広げて読み進める。
「……」
「……」
「…………」
手紙には、確かに事件が起きたと書いてあった。
書いてはあったが、ルークの発言とは、かなりの違いがある気がする。
「ルーク、授業中の事故だったって書いてあるみたいだけど」
「事故でもなんでも、襲われたのは事実だ!」
「襲われたのとは違うんじゃないかい? それに相手の子とも仲直りしたって書いてあるよ?」
「私を安心させるために書いたのだろう。かわいそうにシリウス……。怪我をさせられるなんて、どれだけ恐ろしかっただろう」
ルークは普段シリウスに読んでやっていた本もカバンに詰めていく。
「カイルが兄上の代わりに本を読んでくれた」というくだりが悔しかったからだ。
本当に必要なときにそばにいてやれなかった。
弟が感じた恐怖や寂しさを想うと、かわいそうで涙が出そうになる。
手を止めて苦しそうな表情のルークを見て、ロンは覚悟を決めた。
「ルーク」
「とめても無駄だぞ」
「それはわかったから止めないよ。でもせめてあと何日かは待ってくれ。すべての予定に代役を手配する。もともと行く予定だったのを前倒しするだけだから、正式に手順を踏んでもなんとか調整がきくはずだ。それに、ルークにはシリウス殿下のように竜人の方々がついているわけじゃないんだから、護衛も必要だよ。最小限にするとしても、騎士たちのスケジュールも手直ししてあげないと」
「でも私はすぐに……」
「本当に今すぐに行くつもりなら、僕との友情はここまでになると覚悟して行くことだね」
「……」
黙ってしまったルークの隣に立って、ロンはシリウスの手紙を畳んで渡した。
「手配は僕がやる。出発までは徹夜になると思うけど……。でも君も今ある書類仕事は全部終わらせることが条件だ。終わらないと出発させないよ」
「では私も徹夜だ……」
ため息をついて、ルークはロンから渡された手紙をそっと握り締めた。
手紙には、怪我はもうほとんど治ったと書いてあったけれど、もしあの子のかわいらしい頬に傷が残ってしまったら。
学校の方針で治癒魔法は使わないとも記載してあった。
普段のルークだったら、ここまでうろたえることはなかったのかもしれないけれど、留学に行っているシリウスをずっと心配していたせいで、手紙の思わぬ内容に動揺してしまったのだった。
落ち着いて冷静に、自分の身に置き換えてみれば、自分が子供のころはしょっちゅう怪我をしていた事を思い出す。
実を言うと、ロンとだって、とっくみあいの喧嘩をしたことがある。
痣だらけになり、双方の親に叱られたのだった。
剣や馬術の稽古では、転んで膝をすりむいたり、落馬で捻挫したり、大きな切り傷が出来た事もあった。
自分のことならどうという事のない子供の怪我なのだけれど、もっとずっと程度が軽いはずのシリウスの怪我が心配で仕方がない。
黙ったまま動かなくなってしまったルークの肩をロンは励ますようにたたいた。
「シリウス殿下には竜人の方々が一緒にいるんだから大丈夫」
「……そう……そうだよな……。ありがとう、ロナルド」
ルークは立ち上がって大きく深呼吸をした。
笑みを浮かべてロンを見下ろす。
「よし、とにかく書類を片付ける! 終わりしだいシリウスに会いに行くぞ!」
「ようするに、君は早く弟君に会いたいだけだよね」
苦笑交じりに言ったが、やるべきことが明確になったので、ロンも覚悟を決めた。
王太子だけではなく、自分や他の騎士たちのスケジュールの調整もしなければならないことを考えると恐ろしかったけれど、こうなってはもう止めようがないのだった。
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ルークが気勢をあげているころ、バナードもシリウスからの手紙を受け取っていた。
士官学校は実家からでも通える場所にあったけれど、バナードは寮に入ることを選び、入学から一度も自宅には戻っていない。
気軽に家に帰ってしまうと、厳しい訓練や授業にくじけてしまう気がしたのだ。
寮の部屋はとても狭く、同じく平民出身の少年、ニックとの同室だった。
二段ベッドの下側が、バナードのプライベード空間。
ベッドのほかに、二人分の机と椅子、ベッドの下の空きスペースには、着替えを入れるための箱が収まっていて、これも二人分。
これで家具はすべてだった。というか、他に置くスペースがない。
学年があがれば部屋も少しずつ大きくなり、生徒会の役員は個室がもらえるのだが、入学したての生徒は、身分の高低には一切関係なく、等しく同じ広さの二人部屋だった。
同室のニックは平民出身とはいえ、海洋関係の取引を行う商人の家の次男で、バナードの家の何倍も金持ちだった。
領地の狭い田舎貴族よりも金持ちだろう。
家を継ぐ兄とは違い、騎士を目指し、剣も馬術も、平民ながら小さいころからそれなりに学んでいるという。
幸いにもニックは非常に気さくな少年で、同じく平民の出であるバナードとすぐに仲良くなってくれた。
それというのも、ほとんどの生徒、貴族の家の子供たちは、みな一様に平民の子と関わろうとしなかったからだ。
あからさまに馬鹿にしたりはしないけれど、自然と派閥が割れる。
平民出身の子供たちは、全体の二割に届かず、だからこちらはこちらでつい集まってしまうのだった。
同じ教室で授業を受けていても、まるで別世界の二つのグループのようになってしまう。
そうやって貴族の子供たち、裕福な家庭の平民の子供たちを、日々身近で観察する機会を得たバナードは、いかにシリウスが特殊だったのかを思い知らされた。
階級にも、身分にも、一切頓着せず、ただバナードを友達だと言ってくれる。
他の誰とも違う、金の髪と、紫の瞳。
裏のない無邪気な笑みと、高貴なオーラ。
大国、ウェスタリアの人口は約3000万人ほどだったが、その中で「貴族」の身分を得ているものは40万人程度しかいない。
もちろんその中には、地方貴族のような、首都の商人よりも貧しい生活をしているものも含まれていたけれど、シリウスはその頂点である王の息子なのだ。
個人商店経営者の息子でしかない自分とは、本来まったく接点のないはずの人間。
士官学校で、別世界の住人のような貴族の子供たちと接するようになり、今まで親しくしていたシリウスが、急にはるかに遠い存在に思えてきたのだった。
対立するでもなく、同じ教室の中、別々の世界で授業を受ける二つの派閥の生徒たちを、教師は気にしていないようだった。
バナードの担任は40代の軍曹だったけれど、地方に魔物の討伐に出かけることもあり、いまでも現役の軍人だ。
その軍曹は、悩むバナードに向け、一度だけアドバイスをくれたことがある。
「まだ学校は始まったばかりだからな。これからもっと対立は深まる。あからさまに馬鹿にされるようなことも出てくるだろうが、毎年のことだから気にするな」
いつもそうなることがわかっているのに、対策はしないのですか、とつい非難めいた発言をしてしまったバナードを軍曹は笑った。
「お前らも、あいつらも、同じ目標を持った人間だ。別に貴族の子らが悪人なわけじゃないし、平民出の子も同じだろ。お互いに知らない世界の人間だから理解しあうのが難しいってだけなのさ。精一杯努力して実力をつければ、いつかは認め合えるもんだ。それが出来ないヤツは騎士に向いていない。ま、結局お前たち次第だな」
軍曹の言葉にバナードはうなずいた。
確かに、貴族の子供がみんな悪人なわけはない。
なにしろシリウスという例が身近にある。
もっともシリウスは貴族ではなく王族だったけれど、その兄であるルーク王子も、ルークの友人であるロンも、みんな良い人だ。
いつかは打ち溶け合える。
そう考えれば、多少いやなことがあっても、これから先がんばれる気がした。
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バナードに届いたシリウスからの手紙は、上質な真っ白い紙を使った封筒に、赤い蝋で封印がされていた。
蝋には王家の紋章が押印されていたため、届けてくれた寮の管理人が興味深そうな顔をしていたが、バナードは笑ってごまかし受け取った。
手紙の内容は、アレスタでの生活をシリウスらしい素直な表現で伝えてくるもので、身分を知られていない場所で、シリウスが時には悩みながらも、楽しく生活している様子が伺えた。
他の生徒に怪我をさせられたというようなことも書かれていたが、ウェスタリアでは絶対に体験できないことだろうし、その相手とも仲直りしたと書かれていたので、バナードは手紙を読んで笑顔になった。
竜人たちはさぞかし心配したことだろう。
その様子が目に浮かぶようだ。
バナードは、アレスタの学生たちがうらやましかった。
シリウスと、身分の差なく、一緒に授業を受け、遊び、喧嘩するなんて、ウェスタリアでは不可能だ。
その状態に少しでも近づくためにも、バナードは騎士になりたかった。
三度手紙を読み返してから、手紙を机の中にしまう。
それから教科書を取り出し、明日のための予習をはじめた。
へこんだり、やる気を失っている場合ではない。
少しでも前に、目指す場所へ向け、進んでおきたかった。




