88・☆留学生マグナス、休日の朝2
(マグナスside)
赤い狼を見て僕は思わずのけぞった。
なんか違うのが混じってる!
そしてカイル青年は不在だ。
僕はまだ夢をみているのかもしれないと己の目をごしごし擦ったが、目の前の光景は変化しなかった。
「あ、おはようございます、マイルズさん」
シリウス君は僕の動揺に気づかず、いつもとまったく変わらない様子で、愛想よく声をかけてくれる。
これだけ綺麗だと、普通に愛想の良いことが普通ではなく思えるから不思議だ。
僕は子供が苦手だけれど、シリウスくんは大丈夫。
騒いだりしないし、僕や大人たちと話すときも落ち着いていて、しっかりした教育をうけているんだろうなあってわかる。
「お、おはようシリウス君、それにジーン先生も」
「ちょっと出かけてきます。エリカさんたちに、お夕飯までには帰りますって伝えておいてもらえますか」
この下宿では、朝食はみんな食べる時間がバラバラなので勝手に好きなものを食べる。
パンやベーコン、卵やチーズは常備されているから、それらを組み合わせて自由に食べていいことになっていた。
大家の三人は全員が超のつく大食いだったから、食べ物だけは絶対に切らすことがない。
お昼はみんな職場や学校で食べる。
でも夕飯はみんながそろって食卓を囲むことになっていた。
「店子は家族とおんなじ」というのが、ここの大家たちの主義だったから。
基本的に夕飯は大家の三人が作った。
彼らは大食いなだけでなく、それぞれがなかなかの料理人でもあった。
もともと孤児院の出身で、子供のころから料理をしていたせいだと言っていたけれど、貧乏学生の僕にはとてもありがたい。
意外にも筋肉質の大男、ロックさんが一番料理上手で、女性であるエリカさんが一番おおざっぱだ。
レイさんの料理は薄味、しかし量が半端ではない。
僕は毎晩の夕食が楽しみだった。
ときどき食べ過ぎてヒドイ目にあったりするけれど、それだって僕にはかなり贅沢なできごとなのだ。
同じように貧乏している同級生たちに、うまいものの食べすぎで具合が悪くなる、なんて聞かせたら絶対恨まれるので、僕はジーン先生のことと同じく、食事に関することも友人たちには内緒にしていた。
「夕飯には帰る、だね。わかった。伝えておくけれど、今日カイルさんはいないのかい?」
シリウス君は一瞬、目を見開いたけれど、すぐにうなずいた。
「カイルはちょっと出かけてて。でもカイルも夕ご飯には戻ります」
「その赤い狼は?」
もしかして、このさき狼は二頭になるのだろうか。
蒼と赤の狼は、シリウス君の左右をぴったりとガードしている。
二頭とも非常に満足そうだったけれど、特に赤いほうは、ふさふさのしっぽがずっとゆっくり揺れていてうれしそうだった。
しっぽが箒の役目を果たし、床がきれいになっていくのが面白い。
もしかして、こっちの温和そうな狼なら僕にも触らせてくれるだろうかと、勇気を出して手を伸ばしてみたのだけれど、赤い狼はピタリと尻尾の動きを止め、遠慮深く、しかし断固として身を引いた。
おいすがろうと身を乗り出したらシリウス君に近づきすぎたらしく、今度は狼たちではなく、ジーン先生が咳払いをする。
ジーン先生には、出会った初日に厳重な警告、というか、脅しを受けていたので、僕はすばやく手を引っ込め一歩下がった。
でもシリウス君はそんな僕に極上の笑みを向けてくれた。
「この子はこれから時々ここにくると思います。かわいいでしょ?」
そう言ってしゃがむと、二頭の狼を両腕で抱きしめる。
僕にはまったく触らせてくれない狼たちだけれど、シリウス君に抱きしめられると両方ともすごくうれしそうだった。
けれど、犬のように主人の鼻をなめまくったりはしない。
極端な愛情表現がないのに、なんというか、もっと深い信頼を感じる。
行ってきます、と僕に手を振って出て行く美しい少年を見送って、僕は朝食の準備をはじめた。
いつか、あのシリウス君一行の散歩に同行させてもらいたい。
あの見るからに普通じゃない人たちと出かけたら、絶対普通じゃない出来事を体験できる気がするんだ。
今日はこれから友人の家にいく予定があったのでお願いしなかったけれど、今度機会があったら言ってみよう。
友達には妹がいて、同じ学園の小等部に通っている。
妹さんの通う小等部に赤竜公がきて、なにやらものすごく興味深い話をしていったらしい。
大学の方でも話題になっていたけど、どうにも信じがたい話ばかりで要領を得ない。
なので実際に赤竜公の話を聞いた子供に聞いてみたかったんだ。
実は、この前シリウス君にも同じ話題をふったんだけれど、どうもあまり竜人に興味がないらしく、詳しい話は聞けなかった。
なにしろ、
「ごめんなさい。難しいお話だったから、あんまり覚えてなくて……」
という驚愕の返答だったんだから。
なんという! もったいないことを……!
それでも僕はくじけず、もう少し詳細を聞き出そうとがんばったのだけれど、横で聞いていたジーン先生に睨まれ、それ以上話題を続けることは不可能だった。
竜人が大勢に向けて語ってくれるなんて、歴史的に見ても貴重で希少な出来事だ。
そんなものすごい企画は、もっと話の通じる大学のほうでこそ開催してほしい。
なんで小等部だったんだろう?
竜人を間近でみられるなんて、普通は一生縁のない幸運なのに、その幸運をいまいち理解できない子供たちに与えるなんてもったいないし、なによりうらやましい。
僕はためいきをつき、まだ見ぬ竜人の、神々しく立派な姿を脳裏に描いた。
赤竜公は、炎のように赤い髪と真紅の瞳をしていると聞いた。
うちの下宿のカイル青年と同じだけれど、赤い髪はまだしも、赤い瞳は珍しい。
魔力が極端に炎属性に偏った人にはまれにあることだけれど、カイル青年のおかげで、赤竜公のお姿を想像するのは簡単だ。
いつか大学のほうにもきてくれないかなあ。
一生に一度でいいから、本物の竜人をこの目で見てみたい。




