7・進路相談 (ジャンside)
カイルの親友、ジャン君の目線で、今回の騒動をUPします。
完全に巻き込まれた形で気の毒なジャン。
ジャンの初期設定での名前は「ウェスカー」という、ちょっとかっこよさげなバイオ○ザード的名前だったのですが、
「ウェスタリア」というあとからつけたメインの国名とかぶるので、なんか普通の「ジャン」という名前に変更になってしまいました。
貴族の五男だし、きっと親も適当に名づけたに違いないと。
ジャン君には色々と申し訳ない。
カイルはオレの幼馴染で親友だ。
竜人であり、有力貴族の長男でもあるカイルと、平凡な貴族の、それも五男のオレとじゃ本来かなり身分に差があるが、あいつはそんなこと気にしないし、オレもわりと鷹揚なほうなので気が合った。
士官学校も一緒だったし、今回のウェスタリア訪問の話も「早ければウェスタリア到着当日のうちに仕事は終わる」と言われて、観光気分で気軽についてきた。
仕事が早く終わるようなら、視察と言う名の、……うん、まあ、せっかくの異国の街だし、多少は遊びにくりだしてもいいと思ったんだ。
それなのに、カイルのやつは一人で「極秘の依頼」とやらを果たしに行って、行ったっきりなかなか帰ってこなかった。
ようやく戻ってきたと思ったら、夢でも見ているような顔で、しばらく帰れなくなったとか言い出す。
じゃあいつまでいるんだと問いただしたら、急に真面目な表情になって、
「我が命、尽きるまで」
とか言いやがったので、オレはベッドから転がり落ちそうになった。
カイルの顔を見たら、あいつはいままで見せたことないようなキラキラした目でオレに頷いて、もう一度、
「死ぬまでここにいる」
と、幸せそうにつぶやいた。
秀麗な顔に微笑が浮かんでいる。
普通の女なら一発でノックアウトされちまいそうな、たまらない微笑だった。
だがオレは幸いなことにこいつの美形は見慣れている。
ノックアウトされないかわりに呆れ返った。
……何言ってるんだこいつ……頭大丈夫か?!
一人で出て行ってた間に何があったんだ?!
どっかの貴族の娘に一目ぼれでもしたのか?!
そもそも、カイルは最初からこの隣国訪問とやらに気乗りしていないようすがありありだった。
送られてきた手紙を読んではため息をつき、憂鬱そうな顔をしていたくせに。
「おいカイルお前、死ぬまでここに残るとか、さすがにそれはナイだろ」
「ナイかな」
カイルらしからぬとぼけた答えに、その場の全員が「ナイナイ」と心中で深く頷いている。
「とにかく事情を話してみろ。話せる範囲でいいからよ」
オレはベッドから降りて代わりにカイルを座らせ、その正面に椅子を引きずってきて腰掛けた。
するとカイルはおとなしく首肯して話し始めたのだ。
「私は出会ってしまったんだ」
やはり女か?!
カイルはルビーのような瞳をかすかに潤ませているように見える。
なにか薬でも盛られたんじゃないか……?
オレの中でどんどん不信感が増していく。
「なあカイル、竜人が妻帯した話は聞かないが、好きな娘でもできたんだったら連れて帰ればいいじゃないか」
「……っ!」
とたんにカイルは頬を赤くし、ぶんぶんと首を振る。
やや癖のあるさらさらの赤い髪が、キラキラ光りながら炎ように激しく揺れた。
ち、ちがうのか?
「じゃあ、何と出会ったんだよ……」
オレはなんだか疲れてきたが、カイルはいたって元気いっぱいに
「私の主となるべき人物と!」
まさに至上の喜び! という表情でキッパリ宣言したのだ。
これには部屋にいた全員が仰天した。
カイルは竜人だ、俺たちとは根本が違う。
竜人は本能からして自分の上に誰かを置いたりしない。
決して、しない。
これは子供でも知っている創生の時代から変わらない絶対のことわりだ。
もしこれが破られたら世界は大混乱になるだろう。
竜人の力は絶大、強大にすぎる。
救いは竜人たちが私欲で力を使うことが決してなかった事だ。
竜人がどこの国家にも個人にも従わない事で、世の中の均衡は保たれていると断言していい。
その竜人カイルが主人を見つけたと言い放ったのだからこれは歴史を揺さぶる大事件だ。
言葉もないオレたちの様子に気づいたのだろう、カイルは俺たちに対して少々申し訳なさそうな顔をした。
「黒竜公……。アルファ・ジーンもここに残る」
「……まさか……?!」
「ああ、彼もいっしょにお仕えする。我が君に……」
もし本当にそんなことになったら、ウェスタリアは世界を支配下に置くことも可能だろう。
「アホ!」
オレはつい立ち上がって本音を叫んでしまった。
勢いというものは恐ろしい。
「カイルよく考えろ! 何がどうなってそんな風になっちまったのかはわからないが、そんなことになったら他の国も竜人も黙っていないぞ! つーか薬でも盛られているんじゃないのか?!」
「おい、私は正気だぞ。それに……」
カイルも立ち上がって、俺の肩に手を置く。
「お前が心配しているようなことはなにもない。私が忠誠を誓ったのは私と同じ竜人だ。……たぶん」
カイルは安心させようとそう言ったのかもしれないが、オレたちはますます混乱していた。
竜人?!?! あと、たぶんってなんだよ!
ありえない。
「お前、本当に大丈夫か?! 竜人は世界に四人しか存在しないはずだ」
「うん……」
カイルも少々とまどったような顔をしている。……と思ったら、
「きっと、本来は五人なんだ。主が一人と、その僕が四人……」
なんていい出す始末。
カイル以外の人間は全員唖然としたまま顔を見合わせた。
なんだこれ、夢でも見ているのだろうか。
夢だったら早く覚めて欲しいんだが、同じように思ったのだろう部下の一人が、自分の頬を思い切りひねって悲鳴をあげていたから、残念なことに現実のようだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
オレはどうにも正気とは思えないカイルを質問攻めにした。
ありとあらゆる重要な疑問に答えが必要だったからだ。
いくらオレがお気楽極楽で有名な貴族の五男坊であったとしても、看過できないものってのは存在する。
話し合いは平行線で、ここに残る、いやそうはいかないだろ、の応酬だ。
一通り話し合ったあと、疲れ果てたオレは、おそらくいままでの人生で最大のため息をついた。
「……それで、お前は意地でもここに残ると言い張るが、国やお前の両親への事情の説明やらなにやらは、ぜーんぶオレらに任せるつもりなのか?」
「いや、それは……」
「おれたち、さぞかし叱られるだろうなあ、懲罰はもちろんだろうし、ヘタすると騎士団もクビかも」
おおげさに言ってみたつもりだったんだが、よく考えてみたら、大げさでもなんでもないな。
もし本当に、カイルをおいてこのまま国に帰ったら、オレたち国賊ものじゃね?
数日遅れて帰国するっていうのならともかく、恐ろしいことにカイルはもう一生帰らないと言い切ってる。
実際には国賊級の罰をうけなかったとしても、国民にとっては十分に国賊に値する罪人に見えるはずだ。
竜人ってのは、個人であると同時に、国家にとって絶大な戦力でもある。
そこにいるってだけで、超重要な抑止力でもあるんだ。
戦争している国は世界中にごまんとあるが、竜人が在籍している場所では戦争が起きない。
それはなぜかと言えば、国中の兵士を集めても、竜人一人にかなわないのが現実だからだ。
オレ自身は、竜人のすごさってのを物語や伝説でしか知らないし、カイルが「絶大な力」ってのをふるっているところも、それどころか竜になっているところも見たことがない。
もちろん、カイルはそこにいるだけで只者じゃない雰囲気ありありなので、多少の誇張はあったとしても、こいつが本気を出せばかなりの事ができるはずだとは思う。
一国の軍勢が、竜人一人にかなわないってのは、まあさすがに大げさなんじゃないかと個人的には思っているけれど、信心深い兵士たちはバッチリ信じている。
赤竜公がオレたちの国にいてくれる。
それがどんなにどんなに救いになっているか。
そのカイルが、なんでもない親善の用事で隣国に出かけていったと思ったら、それっきり帰らないなんて事態になったら……。
その上、カイルの望みどおりにオレたちだけホイホイ帰ったとしたら……。
……うーん、かなりヤバイ。
想像しただけで鳥肌ものだ。オレも帰りたくなくなってきた。
まあそういうことを抜きにしても、オレはカイルの友人だ。
多少うぬぼれてもいいのなら、親友といってもいいだろう。
オレがそういう方面をつきつつ話を進めたら、カイルは深刻な顔でうなだれていたが、ひとつ頷くと顔をあげてオレを見た。
「わかった……」
おお、そうか、わかったか! そうだよな。さすがになあ。
「とりあえず、一週間滞在したら一度帰る。それならギリギリ許容範囲だろ?」
「……一度、って、またここに戻るのか?」
「当然だ」
当然ときたか。
「本当はいっときもここを離れたくない……」
「おいおい……」
でもまあさっきまでの展開よりもずっとマシだ。
一週間の間に説得できるし、オレらが説得できなかったとしても、一旦帰るなら、そのときこいつ自身で各方面にいろいろ説明するだろう。
そのときに説得役をやるのはオレじゃない。
国賊になっちまうのははなんとかまぬがれられそうだ。
とりあえず今日はこれ以上の説得は無理と見て、オレは部下たちを解散させて、カイルと二人で部屋に残った。
用意してもらったワインをあけて、グラスに注いで差し出してやる。
「ほれ」
「いや、いい、仮眠をとったらまたシリウス様のもとに戻るから」
「マジかよスゲエな……。……まあいいから一杯だけ付き合え」
オレがマジメな顔で言うと、カイルは苦笑しつつも受け取った。
いつものカイルだ。
「すまない、ジャン」
「まったくだ。本当に、どうかしてるぞ」
カイルの赤い髪、炎のように複雑な色。
いつもつい見とれたりしちまってたが、今日はいつもよりも鮮烈に輝いているようにも見える。
おそらくそれは気のせいではなくて、カイルが心の底から充足している証拠なんだろう。
「……お前、みんなを説得できると思っているのか?」
カイルの両親である侯爵夫妻に、カイルの親戚であり、親しくもしている国王一家。
騎士団のお偉方や政治家の面々。
誰一人、カイルの引越しを許可しないだろう。
「他の人間なんかどうでもいい。ジャン、お前はどうなんだ。お前も私を許さないのか?」
「オレは……」
オレは年代ものの高級ワインを、味わいもせずにあおる。
「……カイルが本気なのは十分わかった。だからお前がそうしたいなら国を出る手伝いをしたっていい」
くそ、この発言だけで反逆罪に問われるかもしれない。
オレが苦虫を噛み潰したような顔をしたのと対極的に、カイルはフワリと笑った。
なんつー顔してるんだ。
「ジャン、私はその言葉だけで十分だ。だから手伝いは無用」
「でもカイル、きっと誰もお前が国を出る許可を出したりしないと思うぞ……」
「許可などいらない」
カイルはキッパリと言うと、さっきまでのやわらかな笑みではなく、不敵な笑みを浮かべて目を細めた。
「お前は忘れているかもしれないが、私は竜人なんだ」
「いや、忘れちゃいないが……」
「どこにだっていける。なんだって出来る。誰も私の意志を妨げられない。……出来るとしたらそれは我が主君、シリウス様だけだ」
目が据わってる。こいつマジだ。
「なあ、ジャン、お前、竜人に関する伝説や物語は、どこまで本物だと思う?」
据わったままの目でそんな事を問うてくる。
赤々と燃える目が宝石のように光った。
俺は答えられずにつばを飲み込んだ。
ワインをグラスに一杯だけ飲むと、カイルは仮眠のため自室にと割り当てられた部屋に戻った。
結局オレはカイルに答えられなかったが、あいつは部屋を出る前にこう言った。
「……伝説を事実にするのは簡単だ。その機会がないだけで」
扉をあけて、振り向かない。
「アレスタは私の故郷だ。愛しいと思っているし、感謝もしている。だが、私は自分の生きる道を見つけた。……誰にも妨げさせない」
俺は空になったワイングラスを手に持ったまま、カイルが出て行った扉を見つめているしかなかった。
浴びるほど飲んでしまいたい気分だったが、同時に、これ以上一滴も酒を飲みたくないとも思った。
「竜人が妻帯した話は聞かない」というのは事実です。
彼らは誰か一人に特別な執着を抱かない生き物でした。
忠誠を誓わない、というのは、主人にだけでなく、恋人や家族も含まれています。
友情や家族への愛情はあっても、それ以上ではなかったのです。
もし彼らが恋愛感情を持っていたら、恋に関するいざこざで、世界が滅びかねない事態が起きていたかもしれません。
なのでジャンの危惧は大げさではなく、シリウスという特別な人を見出してしまった彼らが、世界に対して脅威になっていることは間違いではありません。
竜人に関する伝説や物語は、どこまで本物か。
それは今後書いていこうと思います。
ですが、彼ら竜人がどんなに力を振るおうと、彼らは常に本気になどなっていないのです。
人々が伝説と呼ぶ恐るべき力は、竜人にとってほんの力の一旦にすぎず、
彼らは世界にとって本当の意味で脅威そのものなのです。