82・☆子供たち2
シリウスは芝生の上に座ったまま、皮袋の口をひろげて短剣の破片を見た。
みごとなまでに粉々だ。
あらためてフォウルの恐ろしいほどの力を実感する。
見た限り、破片はもとの短剣の部品にまるで足りていなかった。
もともとあった魔法の力も分散していて、集中すると芝生のあちこちに砕け散った魔力の断片を感じた。
元の形を作り直すのに、それらの破片は必要なかったのだけれど、そのままにしておくのも危険だし、ワグナーにとっては、どんなに小さな破片もすべて宝物だろう。
目を閉じて、ゆっくりと呼吸する。
砕けた破片が、芝生の上で蛍のように輝き始めると、驚いたワグナーが立ち上がった。
金色の輝きが地面から湧き上がって広がり、ワグナーを励ますようにほほをやさしくなでる。
シリウスは慎重に、短剣だった組織だけを分類し拾い上げた。
選別された光の蛍は旋回しながらシリウスの周囲に集まり、皮袋の中にあった破片と合流していく。
シリウスの手の中に完成した短剣は、すべてが黄金に輝いていたが、徐々に光を鈍くしていき、やがて昨日までの銀鋼色の刀身を取り戻した。
「ど、どうやったんだ!?」
まばたきすることも忘れて、ワグナーが立ち尽くしている。
妬んでいた相手の手の中にあるのは、確かに昨日砕け散った大切な護身刀だ。
「ワグナー、お願いがあるんだ」
顔を上げたシリウスは、紫の瞳をまっすぐにワグナーに向け、小さくためいきをついた。
「ぼくが君の短剣を直したこと、みんなには内緒にして」
「なんでだよ、こんなことできるなんて、すごいじゃないか!」
興奮気味に言って、ワグナーは肩で息をしていた。
けれどシリウスは沈んだ表情。
「ほんとは誰にも見せちゃいけない魔法なんだ。なんでも直せるって知られたら、大変なことになるから。みんなに知られたら、ぼくはウェスタリアに帰らなきゃいけなくなる」
差し伸べられた短剣を受け取って、ワグナーはシリウスの隣にペタリと座った。
子供でも高位の貴族として、さまざまな利権争いをみてきているワグナーは、この魔法の重要さがよくわかった。
シリウスは詳しいことを言わなかったが、利用されるとしたら、まずは戦場だ。
平和的に利用されるとしても、ほかに誰も使い手のない、世界で唯一の完璧な修復魔法なら、その価値は計り知れない。
実際のシリウスの魔法は、修復どころかすべてを創造する恐るべきものだったが、その一部を目にしただけのワグナーにも、シリウスの魔法の希少性が重く実感された。
「……わかった。誰にも言わない。父の名にかけて誓う」
ワグナーは受け取った短剣を持ってきていた鞘に収め、見えないように上着の内側にしまった。
「言わないし、この短剣は俺の命に危険が及ばない限り、二度と誰にも見せない。約束する」
真剣な表情でキッパリ言うと立ち上がり、教室とは反対の、出口のほうに向かって歩き去ってしまった。
芝生の上で泣いていたときと、別人のように凛々しい表情だった。
ワグナーを見送ってシリウスも立ち上がると、いつのまにか傍にいた蒼い狼が身を寄せてきた。
「……魔法、つかっちゃった。ごめんね、フォウル……」
狼は、クウン、とないて、シリウスの手のひらに鼻を押し付ける。
「なぜ、あんなやつに?」
「ワグナーはひとりぼっちだ。家族も家も失って、……ぼくだったら耐えられない」
「あなたはひとりじゃない。絶対にひとりにしたりしない」
「そうだね。ぼくは本当にめぐまれてる。だから、ワグナーの剣を直したんだ。もしワグナーがぼくの事を誰かに話しちゃっても後悔したりしないよ」
シリウスはフォウルの体を抱きしめて、ふかふかの鬣に顔を埋め、常にそばにいて自分を守ってくれる優しい暖かさをしみじみと実感していた。
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放課後、シリウスはいつものように門のところで待っていてくれたアルファとフォウルの元に駆け寄った。
「おまたせ二人とも!」
シリウスが走りよれば、いつも満面の笑みで迎えてくれる両名が、今日はシリウスの背後にするどい視線をなげかけている。
どうしたのかと振り向くと、少し離れたあとをワグナーがついてきていた。
アルファはワグナーを知らないはずだったが、おそらくフォウルに聞いたのだろう。
その視線は普段アルファが子供に向けるおだやかなものではない。
全員の視線を受け、ワグナーは緊張の面持ちになったが、それでもゆっくり近づいてくる。
フォウルがすかさず低くうなり、背中の毛を逆立てると、そこで初めてひるんだように歩みを止めた。
「フォウル、やめて」
シリウスの言葉に、狼はうなることだけはやめたが、それでも体を低くしていつでも襲いかかれる体勢はくずさない。
アルファもシリウスの腕をやんわり引いて傍に寄せると背後にかばった。
ワグナーはゴクリとつばを飲み込んでから、意を決したように再び近づいてきた。
肩がわずかに震えている。
昨日フォウルに襲われたばかりなのだから、大変な勇気だ。
「シ、シリウス」
声をかけられ、自分を背後にかばうアルファの後ろから顔をだし、シリウスはうなずいた。
ワグナーはまっすぐにシリウスの瞳を見つめている。
「言い忘れていた。…………さっきは……ありがとう」
シリウスは数回まばたきしてから微笑んだ。
「ううん、いいんだ。わざわざそれを言いにきてくれたの?」
ワグナーはうなずいてから、覚悟を決めたように顔を上げた。
「……それから、昨日は悪かった。怪我をさせるつもりじゃなかったんだ」
深く息を吸ってから、まっすぐにシリウスを見つめる。
「ありがとう。悪かった。あとでご家族にもちゃんと謝罪に伺う。……約束したからじゃないぞ」
「わかってる」
シリウスはアルファの背後から抜け出して、ワグナーの手を握った。
「こんど遊びにきてね」
「本当にいいのか? 俺はクラスの嫌われ者だぞ」
「言ったでしょ、ぼく友達少ないんだ」
シリウスが笑うと、ワグナーもはじめてほっとしたようにわずかに笑った。
「俺も友達は少ないな」
子供たちが仲直りしたのを見た竜人二名は複雑な様子だったが、とりあえず邪魔はせずにいてくれた。
後日の訪問を約束して、ワグナーはアルファと狼のフォウルにも律儀に礼をすると、迎えに来た家政につれられて自宅へと戻っていった。
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「ふむ、さすがは我らの主じゃな」
子供らしい喧嘩をし、子供らしいこだわりのない仲直りをしたシリウスの様子を、はるか上空で見守っている人物がいた。
雪のように白く輝く髪とアイスブルーの瞳を持つ少女、シャオは、自らの姿を地上からは見えないよう反射魔法を用いて隠遁し、上空に浮かんでいた。
シリウスが怪我をしたのを腕輪を通して察したシャオは、同時に怪我が軽傷であることにも気づいていた。
二年前にシャオが主人に送った腕輪は、普段はなんでもない普通の腕輪だけれど、シリウスが大きく動揺した時などは周囲の状況を大まかに伝えてくれる。
事態が収束したこともすぐにわかったけれど、主人が心配でいてもたってもいられず、シャオはその日のうちにウェスタリアを発ち、竜となって雲の上を飛びアレスタへ到着したのだった。
部屋の中で泣いていたシリウスの元へ、カイルがあと数秒遅れていたら、シャオは窓から訪ねていただろう。
けれど赤竜が入ってきたので思い留まった。
ウェスアタリアを守護しているはずの白竜が、軽症を負ったというだけで自分を慰めにきたと知ったら、喜んではくれても同時にひどく落ち込んでしまうだろうと思ったのだ。
同級生と仲直りし、腕輪から伝わってくる暖かな感情を確認したあとで、シャオは学園の上空を離れる。
近くにいると我慢できずに降りていってしまいそうだったからだ。
ウェスタリアに戻る前に、シャオは街外れの路地に降りるとそこに植わっている街路樹の枝をいく本か折り取った。
枝には小さなサクランボのような実がたくさん生っている。
それから地面に手を当てる。
「ふむ、ごく薄くはあるが、やはり魔が根を広げておるのう」
ふう、と息を地面に吹きかけると、石畳の街路の表面が白く凍り付いていく。
チリチリと音を立て、霜が付近の建物を覆った。
地上はわずかに表面が凍った程度だったが、目に見えない地下はシャオの手のひらを中心に深く凍り付き、そこに根を張っていた「何か」が、静かに息絶えていく。
同時に初夏に映える緑の街路樹も、ハラハラと葉を落とし始めた。
このまま街全部の地下をすべて凍土に変えることもできたが、それはあまりにも生態系に影響を与えすぎる。
シャオは立ち上がり、枯れてしまった街路樹に謝罪した。
「巻き込んでしまってすまぬ。だがどちらにしろ、地下のあれはそなたらの得るべき栄養をすべて奪い。いずれそなたらを枯らしていたじゃろう。当面はこれ以上街の外に根を伸ばせぬようダメージを与えておいたが、魔人どもの動き次第じゃな……」
さきほど折り取った手のひらの中の枝に視線を下ろし、たくさんの実をつけたその枝をそっとポケットにしまう。
「半分はそなたらと同じく人々の目に留まり癒しを与えあえる場所に。もう半分は、自由に枝を伸ばせる自然の中に植える。必ず立派に育てると約束しよう」
シャオは立ち枯れた街路樹に誓うと、再び上空に浮かび上がり、シリウスの逗留している下宿の方角をいとしい視線で長く見つめてから、想いを断ち切るようにウェスアタリアへむけ飛び去った。
今日からはじまった、アルファポリスのファンタジー大賞に参加しています。
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次回は、黒い竜とシリウス。
息抜きさせてあげたいアルファ。




