81・☆子供たち
翌日シリウスは、今日ぐらい休んだほうがいいのではと主張する護衛の三人に首をふって、いつもと同じように登校した。
ワグナーと顔を合わせたら何を言ったらいいだろうかと悩んだのだけれど、結局答えは出なかった。
なにしろシリウスは誰かと喧嘩をしたことなど一度もないのだ。
同級生と仲たがいして、その後どんな態度をとればいいのかさっぱりわからない。
そもそもシリウスには同年代の友人が一人しかいなかった。
こんなとき、バナードだったらアドバイスをくれるかもしれないのに、と、二才年上の友人の顔を思い浮かべる。
そんな風にどきどきしながら入ったのに、ワグナーは教室にいなかった。
「シリウス、昨日お前の狼すごかったな! ワグナーのあの剣、シリウスが転校してくるまえから、いつも自慢してたんだぜ。どんな魔物も一撃で倒せるって。なのにあっさり噛み砕いちゃったじゃん」
教室に入るなり興奮気味に話しかけてきたのは後ろの席のマイクだ。
クラス中の注目が集まっていたが、シリウスは気にせず腰掛けた。
普段あまり親しく話しかけてこない子供たちまで怪我を心配して声をかけてくれたので、緊張が緩み、暖かな気持ちになってくる。
一時間目は算数で、ショーン先生はいつもと同じように授業を終えた後、シリウスを呼んだ。
「昨日あのあと大丈夫だったかい? 次の時間は自習にするから、保健室で怪我のあとを確認していいかな。心細かったら、君の狼を連れてきてもいいよ」
そう言われ、けれどシリウスはフォウルには声をかけず、一人で保健室に行った。
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保健室には昨日と同じ、校長先生と、保険医、それにショーン先生がいて、校長先生はシリウスを見ると灰色の瞳を細めて微笑み、椅子を勧めてくれた。
初老の校長は、微笑むとみんなのおばあちゃんのように温和な顔になる。
「怪我はどう? 昨日、しかられたりしなかった?」
「だいじょうぶです」
もちろんシリウスが竜人たちに叱られたりなどするわけがないのであった。
代わりにとんでもなく心配されたけれど。
シリウスが笑顔を見せると、大人三人も釣られて笑顔になる。
「手首の捻挫、治療の魔法を使うかどうか、話し合った? あんまり痛むようだったら、医療用の痛み止め麻酔魔法もありますからね」
シリウスはまばたきした。
そういえば、話し合うように言われていたのだった。
すっかり忘れていた。
けれど答えは決まっている。
「魔法はいいです。無理に動かさなければ痛くないし、平気です」
ほかの子供と同じように扱ってもらいたいのだから、怪我をした事情はどうあれ、特別扱いはごめんだった。
「そう、シリウス君は強い子ですね。あとであらためて、保護者の方にお詫びに伺います。できたらワグナー君も一緒に」
「……は、はい。でも本当に大丈夫ですから、気にしないでください」
本当を言うと、あんまり竜人たちを刺激しないでほしかった。
どんなに誠意をこめて謝罪しても、竜人たちはシリウスを傷つけたワグナーを許さないだろう。
そもそもワグナーが謝ってくれるとは思えなかった。
万が一ワグナーが家に来て、いつものように不遜な態度をとったりしたら、ますますややこしくこじれることは明白だ。
カイルも大人しく隠れていてくれるかどうかあやしいのだった。
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保険医が包帯と湿布を換えてくれて、シリウスは解放された。
二時間目がすでにはじまっていたが、ショーン先生は校長先生と少し話をしてから戻ると言うので、シリウスは一人で教室に戻ることになった。
中庭を回りこむ廊下を歩いていると、昨日授業を行った中庭で、覚えのある金茶の髪の少年が芝生の上にかがみこんでいるのが見えて足をとめる。
「ワグナー?」
シリウスは回廊を曲がって、芝生の上に膝をついて何かを探している様子のワグナーに近づいた。
授業中だったので、ほかの生徒は誰もいない。
いつも付き従っている小太りの手下、レイブンもいなかった。
「何してるの?」
声をかけると、夢中になっていたワグナーは驚いてその場に飛び上がった。
「な、なんでもない! 向こうに行け!」
すかさず手に持っている何かを背後に隠したが、シリウスにはそれが何かわかった。
「短剣の破片を集めてるの?」
「うるさいな! お前に関係ないだろ!」
ワグナーの瞳には光るものがあり、引き結んだ唇が震えている。
シリウスは、ワグナーの短剣が、さらわれた父からの贈り物だったことを思い出した。
きっと大事なものだったのだろう。
ワグナーはシリウスに向けするどい視線を投げかけた後、再び芝生の上の破片を集め始めた。
立ち去らないシリウスを無視することにしたようだ。
破片を集めたときに怪我をしたのか、ワグナーの指先にはいくつも細かな傷があった。
「ねえ、ワグナー」
「……」
当然のように返事が返ってこなかったので、シリウスはワグナーの隣に座って勝手にしゃべることにした。
一緒に破片を集めようかとも思ったのだけれど、きっと彼は望まないだろう。
「ぼくの知り合いに、壊れたものを直すのが得意な人がいるんだ。砕けた窓も、魔法で直しちゃうんだよ」
知り合いというか、自分のことだったが、そういうことにした。
「だから、よかったら、その破片を預けてくれないかな。きっと元通りに直せる」
「……!」
ワグナーは一瞬期待のこもった目でシリウスを見たが、すぐに視線をはずす。
「うそつくな。そんな魔法、どこにもない。俺は昨日調べたんだからな」
「ウェスタリアにはあるんだ。ほんとだよ」
そのあとは、どれだけ待ってもワグナーはシリウスに返事をしなかった。
シリウスがあきらめて立ち上がったとき、
「……おい」
はじめてワグナーから声をかけられた。
振り向くと、ワグナーがうつむいたまま破片の入った皮袋を握り締めていた。
「……本当に、直せるのか?」
「直せる」
そこでまた沈黙が広がったので、シリウスはもう一度ワグナーの隣にしゃがんだ。
いつも強気な少年は、下を向いたまま決して顔をあげようとしない。
シリウスを見たらそこでなにかがくじけてしまうとでも言うように。
「……父上に、もらった短剣だったんだ」
「うん、レイブンに聞いた」
「それだけじゃない。本当は父上が母上に贈った剣だったんだ。母上が亡くなって、この剣はお前が持っているべきだって、そう言って授けてくださった。大事な形見なのに、俺は……」
ワグナーはきらめく破片を見つめ、唇をかみ締めた。
「我が家秘伝の魔法石が使われているから誰にも触らせるなと言われてる。たとえ直すためでも誰かに預けるなんてありえない」
芝生の上に、パタパタとしずくが落ちた。
それをグイとぬぐって顔をあげ、シリウスにするどい視線をよこした。
「どうせ、もう直らない! それに、破片もぜんぜん足りてない。大きな破片は先生が集めてくれていたけど、細かいのはぜんぜん見つからない! だからお前に預けたって無駄だ。そんな魔法、ありえない。世界中の魔法が記された本を調べたんだからな!」
いつも自信たっぷりで、プライドの高いワグナーのあからさまな涙を見て、シリウスは心を決めた。
昨日、シリウス自身、家族と離れていることが寂しくてつらかったからだ。
自分で望み異国に来て、傍に竜人たちもいるのに、それでもまだ寂しく感じるのだから、父の安否もわからず、自宅すら失ってしまったワグナーの不安を思うと、荒れるのもよくわかる気がしたのだ。
「じゃあ、預けてくれなくてもいい。いま、ほんの少しだけぼくに見せて。それでもし短剣が直ったら、今度ぼくの住んでる下宿に遊びにきてくれる?」
「なんでお前の家なんかにいかなきゃならないんだよ」
「ぼく友達少ないんだ。このままじゃ誰もうちに来てくれないうちに留学期間が終わっちゃう。どうせ直らないと思うなら、いいでしょ」
「……」
ワグナーはそれでもまだためらっていた。
シリウスの言葉を信じられなかったのだろうし、失われてしまった宝の破片を渡すことも怖かったのだろう。
けれど結局、躊躇しながらもワグナーはシリウスに破片の入った皮袋を渡した。




