78・☆剣術授業にて2
シリウスとワグナーはお互いに模造刀を構え向き合った。
身長も体重もわずかにワグナーのほうが勝っていたが、それほど大きな差ではない。
シリウスは王宮で学んだ剣術の構えではなく、たった今ショーン先生に教えてもらった基本の構えで合図を待つ。
たとえどんなに強い相手だったとしても、ここで自分の知っている構えをとったら、アレスタで学んでいる意味がないと思ったのだ。
ショーンは片手に赤い手旗を持ち、それを大きく打ち振った。
「はじめ!」
生徒たちがいっせいに「お願いします」と頭を下げ、打ち合いを始める。
始まったとたん、ワグナーは模造刀をすばやく腰に挿し、かわりに上着の内側から自分の短剣を鞘に入れたまま取り出して構え肩をすくめた。
「俺はこっちの剣を使う。使い慣れているからな。木剣じゃ軽すぎて練習にならない。お前は黙って普通に相手をすればいいんだ」
シリウスは目を丸くしたが、告げ口したり文句を言ったりはしなかった。
実際ワグナーの剣は鞘に収まったままだったし、大げさに騒げばかえって面倒なことになりそうだったからだ。
それに意地もある。
シリウスが何も言わないのを確認したワグナーは、馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らすと腰を低く構えて襲い掛かってきた。
魔法剣士を目指して毎日訓練しているという少年は、自慢するだけあって動きに無駄がなく、シリウスを一瞬も休ませない。
さっきワグナーの取り巻きであるレイブンがシリウスに耳打ちしたとおり、確かに剣の技術に長けているようだった。
それでもシリウスは相手からの攻撃を何合か受け流した。
「逃げるのが上手じゃないか。5合以上俺の攻撃をよけられるやつはめったにいないぜ」
ワグナー自慢の短剣は、鞘にもかなりの強化がなされており、授業で使う木剣が粉砕せずにいるだけでも奇跡といってよかった。
それはシリウスがウェスタリアで基本の型と、剣による防御を徹底的に学んだ成果だったのだが、防御だけしか教えてもらっていないシリウスには、幼いころから剣術を叩き込まれているワグナーに攻撃で勝ることは不可能だった。
ワグナーは余裕たっぷりだったが、シリウスのほうは基本を維持するだけでもせいいっぱいだ。
上段から猛スピードで振り下ろされた攻撃を受けた瞬間、シリウスの持っていた古い木剣がついに中ほどから砕けた。
衝撃で手がしびれ、体勢を崩したとき、流れるような動作で続けざまに繰り出された袈裟懸けをよけられず、はじめて胴に打撃を受ける。
もちろん皮の防具をつけていたし、ワグナーの剣は鞘に納まったままだったから出血したりはしなかったが、殴られたような痛みを感じ、シリウスは反射的に数歩下がった。
下がったシリウスをワグナーは容赦なく追い詰めた。
剣以外での攻撃は禁止されていたのに、死角を利用してシリウスの脛を蹴り上げ、防具をつけた肩に鞘を打ちつける。
宝石で飾られた鞘が掠めて、シリウスの白い頬にかすり傷を負わせた。
半分以下になってしまった木剣ではまともに攻撃を受けられない。
シリウスは腰に下げたアルファの短剣を使うべきか迷った。
視線の動きで察したのか、それを見抜いたようにワグナーが嘲笑する。
「お前も自分の剣を使えよ。どうせ木剣と同じで粉々になる運命だろうけど、今持ってる切れっぱしよりはマシだろ」
「使わないよ。この剣は練習用じゃないんだ」
「ふうん、お飾りの剣ってことか。石だけは立派みたいだったけど、見栄えだけじゃあな。せめて俺が魔法石の使い方を教えてやるよ」
しゃべりながらもワグナーは攻撃の手を休めない。
ほとんど柄の部分だけになってしまった木剣でなんとか受けたが、それもついに粉砕されて木屑になってしまった。
続いて繰り出された攻撃を腕の防具で受け、衝撃で数歩よろめく。
自分の優位を確信したワグナーは口の中で小さく呪文を詠唱した。
短剣に施された魔法石のひとつが輝く。
静電気ほどの小さな雷撃だったが、バランスを崩したシリウスを転ばせるのには十分だった。
ショーン先生が、そこまで! と、声をかけたが、勢いのついていたワグナーは止まらなかった。
剣を思い切り振りかぶり鞘が吹き飛ぶ。
ワグナーは自分の武器がむきだしになっていることに気づかずそのままシリウスに襲い掛かった。
剣は鋭い輝きを放ちながら、まっすぐにシリウスの胸をめがけてつきこまれていく。
シリウスには、ワグナーの剣が太陽の光線を受けてまぶしく輝き、ゆっくりと自分に向かってくる様子がよく見えた。
美しく鋭利な刃物は一点の曇りもなく磨き抜かれている。
よけられないし、受けられない。
防具をつけていても大怪我は避けられないと察したとき、一番に思い浮かんだのは、竜人たちの悲しむ顔だった。
きっとみんなひどくショックを受けるだろう。
ワグナーが模造刀ではなく自分の短剣を使い、さらにはその剣の鞘が抜けてしまっている事に気づいたショーンはあわてて止めに入った。
だがどう考えても間に合わない。
一部始終を見ていた生徒たちが蒼白になったその瞬間、蒼い稲妻がシリウスとワグナーの間に飛び込んできた。
「フォウル!」
芝生の上に転んでいたシリウスが上半身を起こし、自分を守ってくれた狼の名前を叫んだ。
狼の蒼いタテガミがするどく逆立ち、獅子のように巨大に見える。
蒼い狼は両の前足でワグナーを組み敷き、巨大な顎で短剣を奪い取った。
魔物ですら簡単に貫く魔法剣が、卵の殻のようにあっさり噛み砕かれる。
高価な剣と魔法石の残骸がキラキラと輝きながら芝生の上に散った。
フォウルが恐ろしいうなり声をあげて牙をむく。
「フォウルだめだ!」
すかさずシリウスがフォウルに抱きついたが、狼はビクともせず、ワグナーを開放しない。
前足の筋肉が怒りに震えている。
「フォウル! ぼくは大丈夫だから!」
狼の喉から殺気の篭った低い地鳴りのような音が漏れ、ワグナーの心臓を凍りつかせた。
前足の爪が、高級な防具を紙のように切り裂いている。
白く輝く牙はワグナーの目の前にあり、怒りに満ちた蒼い瞳は、お前を絶対に許さないと伝えていた。
たった今、粉々になった短剣と同じように、一瞬で殺されてしまうのだと察したとき、涙と鼻水があふれ出た。
見ていた生徒も、誰一人動けない。
ワグナーを直接助けることはもちろん、助けを呼びに走ることも、魔法や道具を使って狼を遠ざけることもできなかった。
毎日のように目にしていた、おとなしく従順な獣。
クラスの生徒のほとんどがこの狼に触ったことがあったし、脅威を感じることなど一度もなかった。
けれど今、この場にいる全員が、目の前にいる狼の普通ではない戦闘力に本能で気づき、凍りついたように動けなくなっていた。
それでも担任であるショーンは震える膝を叱咤して、生徒を救出するべく勇気を奮い起こし一歩前に出たが、教師の無謀に気づいたシリウスがすかさず静止した。
「先生、動かないで!」
厳しい声で警告され、ショーンが足を止めた。
すかさずシリウスは狼とワグナーの間に自分の体を無理やり割り込ませる。
凶暴な獣と化した蒼い狼がどんなに恐ろしいうなり声をあげていても、当然だがシリウスはまったく怖くなかったのだ。
そうしてあらためて狼の首に腕を回す。
「ぼくは大丈夫。だからもう許してあげて!」
それでも、大地を震わせるような唸りは静まらない。
「フォウル……、お願い……」
逆立っていた蒼い鬣が徐々に収まり、中庭に響いていた狼の怒声も静まってきたころ、シリウスはようやく息をついた。
フォウルはまだまだ怒り心頭な様子だったけれど、とりあえず今すぐ殺そうとする強い気配は薄れていた。
シリウスはなだめるようにふかふかの鬣に顔をうめ、いまだに震えている前足をなでた。
下敷きにしていたワグナーは気を失っていた。




