77・☆剣術授業にて1
聖エドアルド学園では、座学の他に、剣術や魔術、護身術なども教えていた。
アレスタでもウェスタリアでも、それらの科目は一般的であったけれど、国によって学ぶ魔法や剣術の型には大きな違いがあった。
のんびりした気質のウェスタリアでは、直接的な攻撃よりも防御を重視したものが多く、受け手に回って迎え撃つ戦略が主だった。
だがアレスタでは逆に先手を打つための戦略がメインで、積極的な攻撃が特徴だ。
シリウスも王宮でそれなりに剣や魔法を習っていたけれど、卵から出てきて二年しか経っていないため、まだどちらもほんの初歩段階しか教えてもらえていない。
城の教師はシリウスを才能のある優秀な生徒だとほめてくれたけれど、なにしろ学んで日が浅いし、内容も小さな子供向けのものばかりだった。
すでに何年も学校で授業を受けている子供たちと同じように授業を受けるのは、物怖じしないシリウスも、さすがに少し不安だ。
魔法の授業に関してはそれほど苦労なく切り抜けられた。
魔力の量だけでいうなら、シリウスは同級生の誰とも比較にならない実力があったし、事前に念入りな予習をしていたためだ。
シリウスの大事な護衛兼友人たちは、シリウスが魔法を練習したいと言えば大喜びで手伝ってくれる。
授業では魔法を実行することよりも、むしろ魔力を暴走させないため、慎重に加減を行うほうに神経を使った。
自分の部屋の窓を割ってしまったときのように、教室の窓を割ってしまっては大変だ。
もちろんシリウスは割れた窓など簡単に直せたが、アレスタ滞在中に創造の魔法を誰かに見せることは竜人たちに固く止められていた。
そんな風に魔法の授業はなんとかなったが、しかし剣術の授業のほうは問題だった。
入学の時に、剣術の授業では多少の怪我をすることがあるかもしれません、と校長に言われていたせいで、竜人たちはシリウスが授業を受けることそのものに反対だったからだ。
しかも、実際に怪我をした場合でも、縫合が必要な大怪我や骨折などでもないかぎり、治癒の魔法は使わず、子供の自然な回復力にまかせると言われたことがかなりの衝撃だったようだ。
授業が行われる日が明日に迫ると、竜人たちは、かわるがわる彼らの小さな主人へ訴えはじめた。
なんとか授業を回避してもらえないかと真剣なのだった。
竜人たちのことが家族のように大好きなシリウスも、彼らが時折ありえないほど過保護なので、本当に時々だけれど、心の中で少しだけうんざりすることもある。
そしていまがその『うんざり』しているときだ。
「怪我すると決まったわけじゃないし、もしも怪我したってちょっとぐらい平気だよ……。剣術があぶないからって授業を休む生徒なんかいない」
「しかし……」
普段もっとも平静を保っているアルファが、一番難色を示した。
アルファは以前、シリウスが頭部に怪我をして血を流している姿を目撃している。
相当な衝撃だったようだ。
「だってアルファ、剣術を学ばなかったら、もっと危なくなると思わない? もし魔法が使えないような状況になっちゃったら、自分の身も守れないよ」
「それでかまいません。我々がお守りします。どうしても剣術を学ぶ必要があるなら、怪我をしてもすぐに魔法で治癒させられる場所でお学びになれば良いではないですか。ウェスタリアに戻ってからでも十分間に合います」
懇願するように訴えるアルファに、カイルもフォウルも同意したが、シリウスは引かなかった。
そもそもアルファはシリウスに護身用の短剣をくれたことがあるのだ。
シリウスはまだ一度も構えたことすらないその宝物を、ちゃんと使えるようになりたかった。
実際に使う機会があるかどうかはわからないけれど、使えなければ意味がない。
「だって、良く考えてみて。学園の子供たち全員が剣術の授業を受けているんだよ。ぼくより小さい子もやってるんだ。少しぐらいの怪我なんて魔法を使わなくても治るし、ちょっとぐらいならあとが残ったってみんな気にしない。ぼくだけ大丈夫じゃないって思うなんて、三人はぼくがそんなに軟弱だって思ってる?」
「傷あとが残るですって……?!」
絶句したのはカイルだった。
グラリとよろめき眩暈をこらえるように額を押さえた。
アルファもフォウルも蒼白になっていて、世界最強の生き物とは思えないありさまだ。
けれど竜人たちを気絶寸前まで追い込んだシリウスはケロリとしている。
「ぼくの後ろの席のマイクなんか、膝とか腕に、ちいさい怪我のあとがいっぱいあるよ」
「我が君と、その「後ろの席のマイク」とやらは違います」
アルファがすかさず言うと、残りの二人も激しくうなずいている。
シリウスの脳裏に、歯を見せて満足げに笑うマイクのヤンチャな顔が浮かんだ。
マイクはいつでも体のどこかに怪我をしていて、昨日も自分の家の階段ではしゃいで転んだせいでできた青あざを自慢していた。
マイクの両親は階段から転がり落ちたマイクの後頭部をひっぱたき、罰として兄弟たちと一緒に階段の拭き掃除を命じたそうだ。
話を聞いたときは、豪快すぎるご両親だな、と苦笑したけれど、今はその豪快さが少しうらやましい。
マイクの保護者と、自分の保護者を、ためしに一日交換してみてほしいぐらいだ。
ただ剣術の授業を受けるというだけでこんな大騒ぎになるなんて、なんだかもう馬鹿馬鹿しくなってくるのだが、竜人たちは本気だ。
こんなとき、一番年長の竜人、白竜シャオがいてくれたら、おそらくもう少し理解を示してくれるんじゃないかな、と、シリウスはため息をついた。
それに、あまりにも過保護なほかの竜人たちを叱ってもくれるだろう。
けれど彼女は今、ウェスタリアに残ってシリウスの留守を守ってくれている。
「三人がなんと言おうと授業は受けるよ。絶対やすまない」
きっぱり宣言したとたん、情けない顔になった三人を軽くにらむ。
「なるべく怪我しないように気をつける。みんな何か誤解してるのかもしれないけど、ぼくだって怪我したくて授業を受けるわけじゃないんだからね?!」
何も反論できなくなってしまった竜人たちを置いて、シリウスはさっさと自室に戻ってしまった。
ほかの授業と同じように、シリウスは剣術の授業が楽しみだったのだ。
王宮で教えてくれる剣術の教師は腕の立つ剣士だったけれど、シリウスに甘く、決して痛い思いをさせたりしなかった。
それどころか、息が上がるようなことすら避けていた。
もっというと、木剣の素振りと、基本の型、受身と防御以外はさせてもらったことがなかった。
しかも、両親や兄、竜人たちも、その教え方にまったく文句がないようで、厳しく教えてほしいと思っているのはシリウスだけのようだったのだ。
彼らはみな、シリウス本人にはそれほど剣の技術の上達を期待しておらず、いざというときは竜人に守ってもらえばいいと考えているらしかった。
そうでなくとも、まだ幼いのだから、剣術はもう少し成長してからでいいと思っているふしがあった。
本人は知らなかったが、シリウスの保護者たちは、一時は卵の中で死んでしまったのではないかと心配させた次男坊を、とにかくどんな些細なことでも危険から遠ざけようと必死だったのだ。
そんな風に、体育会系の生活とは遠かったシリウスだが、自分の境遇には大いに不満があった。
守られるしかない立場はつらい。
魔法には自信があったから、剣術で誰よりも強くなる必要がないのはわかっていたけれど、誰よりも弱いのでは困る。
だからできる範囲で自分を守れるようになりたかった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
そしてついにその「剣術の授業」のある日がやってきた。
授業は中庭で行われる予定だったけれど、シリウスはフォウルにも絶対に中庭に近づかないよう厳重に言い渡していた。
打ち合いなどがあった場合、危険を感じたフォウルに相手の子供が襲われることを危惧したからだ。
同じく、こっそり忍び込みそうな、アルファやカイルにも、中庭に、というか、小等部の敷地内に入らないようにと厳命した。
担任教師のショーンは中庭に自分の生徒を整列させた。
「よーし、じゃあ、みんな自分の木剣を持って」
生徒が一斉に腰の皮ベルトから木剣を抜く中、シリウスだけが手ぶらで取り残されたのを見てショーンはようやく気づいた。
「あ、そういえば、シリウスはまだ木剣を持ってないのか」
「はい」
「来週には届くはずだから、今日は学園にある予備の木剣を借りるといい。ちょっと古いけど使えるはずだよ」
それを聞いた貴族の少年、ワグナーがすかさず手を上げた。
「先生、俺は護身用の短剣も持ってます。だから俺の木剣をシリウスに貸しますよ。予備のやつより新しいから。俺は自分の短剣を鞘に入れたまま使います」
そう言って、木剣を片手に持ったまま、もう片方の手で上着の下に差していた見事な短剣を鞘ごと抜いた。
周囲の生徒が感嘆と羨望の声をあげる。
短剣の鞘には派手派手しい大小の宝石が連なり、中庭で太陽の光を浴びてきらめいた。
魔力のこめられた石特有の、虹のように複雑な輝き。
「ううーん、ワグナーは親切だなあ! 留学生のシリウスに優しくしてくれて先生もうれしいけど、鞘から抜かなくても万一のことがあるかもしれないから、やっぱり短剣は使わないほうがいいかな。それに鞘に傷がついちゃうぞ」
ショーン先生はワグナーの申し出を褒めたが、短剣を使う許可は出さなかった。
だがワグナーもなかなか引かない。
「万一なんてないですよ。抜こうとしなければ絶対抜けません。我が家の護身刀は鞘まで完璧ですから、木剣ごときじゃ傷もつかないし」
一方のシリウスは黙って事の成り行きを見守っていたのだけれど、木剣を勝手に振り回していたマイクがいつもの大きな声で叫ぶように言った。
「護身用の剣ならシリウスも持ってるよな!」
「えっ?! なんで知ってるの?」
マイクに思わぬことを言われたシリウスは驚いた。
確かに護身用の短剣は持っていたけれど、常に上着の下にしまっていたし、誰かに教えたこともなかったからだ。
「だって俺、シリウスの後ろの席なんだぜ? シリウスが椅子に座るとき、いつも短剣が椅子にぶつかって座りにくそうだなって思ってたんだー」
得意げに話して頭の後ろで腕を組む。
シリウスの方は、別に護身用の剣を持っていることを隠していたわけではないのだけれど、いかにも貴族の子供のように思われそうで、なるべく知られないでいたかった。
けれどワグナーはシリウスが短剣を持っていると聞いて口の端を上げた。
自分が持っている見事な品よりもすばらしい剣など、誰も持っていないと確信していたからだ。
「ふうん、じゃあシリウスも鞘に入れたまま自分の短剣を使うといい。木剣がないんだし。ああ、でも、安物だと打ち合ったとき鞘が痛んでしまうかな? みせてごらんよ」
断りたかったシリウスだったが、クラスみんなの注目が集まっていたし、ショーン先生も興味深そうな様子だったので、仕方なく上着の内側から自分の剣を取り出した。
シリウスの短剣は、世界中のどこを探しても同じ代物のない、漆黒の剣だ。
剣本体はもちろん、柄も、鞘も、すべてがつややかな黒。
鞘のふちには白銀に輝く芥子粒のように小さな金剛石が円を描いて並び、周囲には紅玉石や瑠璃、翠玉などが美しく不思議な模様を形作っている。
石は小さいが、そのひとつひとつに、圧縮された純度の高い恐るべき魔法がこめられていた。
アルファがシリウスの誕生日に贈った黒竜の角で作った短剣だ。
柄の根元には透き通る紫のスターサファイアが埋まっている。
こちらはカイルの贈り物だ。
鞘に収まったままだったが、それでも強力な力を持つ異様な色形の短剣を見た生徒たちが目を丸くしている中、シリウスは少し考えて短剣を再び上着の中にしまった。
「ショーン先生、やっぱりぼくの剣は練習には使えません。本当のことをいうと、まだ一回も鞘から抜いて使ったことがないんです。ぼくはあんまり剣が得意じゃないし……」
「そうだね。それに鞘に入れたままでも本物の剣を使うのはまだ早いかな。ちゃんと使えるようになるためにも模造刀で練習しよう。ワグナーも自分の剣はしまって。それと、シリウス、あとでさっきの剣を先生にもう一度見せてくれるかい?」
ショーン先生はやっぱり珍しいものに目がないようで、シリウスの短剣にも興味津々のようだった。
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そんなわけで結局シリウスは、ショーン先生から授業用の予備の木剣を借りた。
柔らかな木が素材で、本物の剣よりずっと軽い。
個人個人が所有している木剣と違い、学校所有の予備だったので古かったし傷もあったけれど十分だ。
準備運動をして、毎回授業のはじめにやるひととおりの型を終えると、今度は皮の防具が支給される。
ここでもワグナーは自分専用の防具を用意していた。
子供用に軽く、しかし頑丈に加工され、いくつもの防御魔法がほどこされた高級品だ。
全員が防具を身につけると、二人一組で向かい合っての実技になった。
シリウスは同級生の中でも、とくに親しいリッケルトかマイクに打ち合いのパートナーを頼もうとしたのだけれど、ワグナーがすかさずシリウスの相手に立候補した。
ワグナーの手下のレイブンはニヤニヤ笑ってシリウスに耳打ちする。
「ワグナーは剣の達人だぜ? 将来は魔法剣士を目指しているし、もう初段の認可ももらってる。屋敷にいたころは毎日本物の騎士に厳しく稽古をつけてもらっていたんだ。お前なんかじゃ逆立ちしたって勝てないぞ」
シリウスとしても、剣でワグナーに勝てるとは思っていなかったけれど、こんな風に嫌がらせのように言われるのは不満だった。
とはいえ、模造刀同士の、基本の型を中心とした打ち合いなのだから、試合とは違う。
それほどはっきりと勝敗が出るとも思っていなかった。
紫の瞳をしっかりワグナーに向け、シリウスは木剣を正眼に構えた。




