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75・☆赤竜の講演

 

 

 

 赤竜公の演説は講堂で行われるということなので、小等部の生徒全員がそこに集合していた。

生徒どころか教師までもが頬を高潮させそわそわと落ち着かない様子だ。

そこへ校長先生が現れてカイルを紹介すると、講堂の中が一気に興奮に包まれあちこちで小さく悲鳴のような歓声が上がった。

壇上の右端からカイルが歩み入り、今度は部屋の中が水を打ったように静まり返る。


 カイルは気負った様子もなく、いつもの服装、いつもの髪型、いつもの歩き方だった。

人々からの注目に慣れきっているせいで緊張したり興奮したりすることもない。

シリウスにとっては当たり前に毎日見ているカイルだ。


 けれどシリウスは不思議な気分で自分の護衛兼友人を見つめていた。

この講堂の中にいる数百名の生徒、教師、すべての人々が、みんなカイルに憧れと尊敬の視線を注いでいる。

興味のない、あるいは敵意のある人物は一人もいないようだった。

人々の発するプラスのオーラがすべてカイルに向けられていて、その中心にいるカイル本人を輝かせて見せた。

いつもと同じカイルなのに、別人のようだ。


 シリウスは、カイルのちょっと癖のある灼熱色の髪が好きだったけれど、周囲の人たちは「好き」どころではなく、心の底からカイルの髪に、いや、カイルのすべてに魅了されている。

それがなんとなく不愉快に感じられてシリウスは頬を膨らませた。

なぜ嫌な気分になるのか自分でもわからなかったけれど、ただ漠然と面白くなかった。



 全員の注目を浴びているカイルは、教壇に立った後すぐに話し始めはしなかった。

シリウスの目からはカイルがキョロキョロと若干落ち着きがないようにも見えたのだが、魅了されている生徒たちはもちろんそんなこと、一切気づいていない。

少しの間、一段高い舞台の上から生徒たちを見渡していたカイルだったが、ようやく目当ての人物、自分の主人を見つけると、輝く笑顔を浮かべた。

途端に女生徒たちや女性教師たちの間から、切ないため息が響く。

「こっちみて笑った」

「違う、こっちよ」

などと、小声で話し合う声も聞こえる。


 カイルはシリウスから視線を離さず、子供のように無邪気で幸せそうな笑顔のままだ。

紅玉石のような瞳が喜びで輝き、まさしく宝石のようだった。

ほかの人々には見ているだけで眩暈がするような、この上なく魅力的な笑顔だったが、シリウスにはカイルから子犬のような耳と尻尾が生えて、激しく尾を振る幻が見えた。


「おいシリウス、赤竜公さま、こっち見てらっしゃるよな」


 マイクがこそこそと興奮したように話しかけてきたので、


「ワグナーを見てるんじゃない? 話した事があるんでしょ?」


 と、若干ぶっきらぼうな口調で返し、壇上のカイルから視線を反らす。





 

 シリウスが不機嫌な様子だと、カイルは壇上からでもすぐに察することができた。

たちまち心配になり、いったい何事があったせいなのか知りたくなったが、生徒と教師が全員集まっているここで話しかけるわけには行かない。

もしそんなことをしたら、さぞかし叱られるだろう。


挿絵(By みてみん)


 いつまで経っても話を始めない赤竜公に、さすがに生徒たちも「?」という表情になりはじめた。

カイルは仕方なく気を取り直すように、ひとつ咳払いをした。

不機嫌の理由は気になるが、とりあえずちゃんと講演を終わらせなければ。

無様をさらして主人を失望させるわけにはいかない。

誇ってもらえる臣下でありたかった。


 「聖エドアルド学園小等部のみなさん、はじめまして、私はカイル・ディーン・モーガンです」


 まったくごく普通の挨拶だったのだが、講堂の空気が一瞬で変わる。

カイルは気にせず続けた。


 「アレスタの未来を担う皆さんに話をする機会を頂き光栄です。今日は……」


 カイルは一度言葉を切り、再びシリウスを見つめた。


「私にとっての生きる意味について少し話をしたいと思います」


 シリウスはカイルが何を話そうとしているのか察し、思わずため息とともに目を閉じた。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 「――ですから、私にとってあの方との出会いは、それまでの人生のすべてを覆す大いなる喜びと衝撃で……」


 「あの方のためであれば、どんな労苦も幸せに変わり……」


 「みなさんも、生きる意味を見出せる方と出会えればきっと……」


 シリウスの予想通り、カイルは滔々(とうとう)と、シリウスとの出会いと喜び、自分の生きる意味について語った。

もちろん、話の中の「あの方」がシリウスのことだとは言わなかったが、いつうっかり名前を出してしまうかと、シリウスはハラハラしどうしだ。


 演説を聴いている生徒も教師も、最初、みんなカイルの話を冗談か、あるいは例え話か何かだと思ったようだ。

首脳会議での出来事はごく一部の上層部の人間にしか知らされておらず、ほとんどの一般の人々は、竜人は誰にも忠誠を誓わない生き物だと未だに強く信じていた。

だが世界の常識を根底から覆しながら語る赤竜公は、人々の反応などおかまいなしだ。

聴いていた生徒も教師も、カイルが本気で語っているのだとようやく悟ると、みんなポカンとあっけに取られたような表情に変わった。



 「私はこれからも、己の命あるかぎり、あの方のために生きる。――あの方のお傍にいられて、私は今、日々をこの上ない充実感とともに過ごしています。若い皆さんにもいつかきっと、生きる目的を見出せる日がくるでしょう。その日のために、師の教えを守って楽しく学びながら、有意義な学園生活を送ってください」


 満足げに言葉をしめると、静まり返った講堂の様子も気にせず、カイルは背筋を伸ばして礼をした。

シリウスに向けて。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 教員たちに促され教室に戻るまで、生徒たちは誰も一言も口を聞かなかった。

けれど一旦教室に戻ると、学生たちはいっせいに今の信じがたい出来事について話し始める。

シリウスに近い席の三人も、もちろん大困惑の上、大興奮だ。

教室が、というか、学校中が大騒ぎだったので、昂ぶる人々の雰囲気に主人が心配になったのか、フォウルが窓からスルリと飛び込んできて、シリウスの足元に座ったが、誰もそのことを気に留めないほど興奮している。

ちなみにフォウルは講堂の外壁から洩れ聞こえるカイルの話を聞いていた。

カイルの話に共感し満足しているせいか、見事な尾がふさふさと揺れている。


「なあ、今の、なんだったんだ?」


マイクが大声で叫ぶように聞くと、リッケルトもかわいらしいポワポワした眉をしかめてつぶやいた。


「竜人が誰かに仕えるなんてありえない。もしかして、赤竜公の偽者だったんじゃないかなって、僕は思ったんだけど」


オリエがすかさず口をはさむ。


「ううん、間違いなく赤竜公さまだった。すごくきれいでかっこよくて、あの真紅の髪も、私が見たままだったもの」


「なあおい、シリウスはどう思う?」


「えっ?! ぼく?!」


 話をふられてシリウスは自分を指差す。

なるべく会話に参加せずじっとしているつもりだったのだ。


 シリウスは少しの間、目を閉じて考えをまとめた。


 よくわからない、と言ってしまうのは簡単だ。

けれど、さっきのカイルの演説は、かなりのところ本気であり、言葉のひとつひとつに気持ちがこめられていた。

いくら今カイルが聞いていないとはいえ適当に答えてしまうのはためらわれる。

心をこめて、シリウスも聞いていることも判っている上で、一生懸命語ってくれたのだから。


 困ったことを話し出しちゃったな、とは思っていたけれど、同時にとても嬉しくもあったのだ。

足元のフォウルを見ると、自分を見上げる忠実な狼と視線が合った。

その狼のふかふかした頭を撫でる。


「赤竜公がどうしてあんな話をしたのかはわからないけれど、話の中の「あの方」って、すごく幸せだよ。あんなに大事に思ってもらえて」


 シリウスは、撫でている狼にも伝えるつもりで心をこめてそういった。


「赤竜公は毎日幸せで充実してるって言ってたけど、相手の人もきっと同じように考えてる」


 しみじみと言ったのだが、それを聞いたマイクはシリウスの背中を勢いよく叩いた


「バッカ! お前、そういうことじゃないんだよ!」


 途端、フォウルがすかさず立ち上がったが、シリウスがあわてて首筋に抱きついてとめる。

マイクは、たった今、自身の命がほんのりと危険だったことにも気づかず続けた。


「「あの方の幸せ」とか、どうでもいいんだよ! 竜人が誰かに従うなんてありえねえ。赤竜公を独り占めしてるんだぜ?! ずるい!! 贅沢すぎる! 竜人は個人のものじゃなくて世界の宝だろ!」


「贅沢とか、そういう問題の以前に、世界条例に違反してるよ」


 リッケルトが冷静につぶやいて、シリウスは首脳会議を思い出して少しだけ嫌な気分になった。

思わずフォウルのたてがみに顔を埋めると、狼はシリウスを慰めるようにクウンと鳴く。

心配そうなフォウルの声を聞いて、シリウスは顔をあげた。


「でも、赤竜公は自分の生き方を自分で決めたんだ。他の人には許されていることが竜人に許されないなんて、そんなのおかしい。ずっと大事な人の傍にいたい、守ってあげたいってだけなんだ。ぼくだって家族や友達が大事だもの。竜人だってそうだよ」


 静かに語るシリウスの言葉には不思議な力があり、さっきまで興奮して騒がしかったクラス中の生徒がいつのまにかみんな黙って聴いていた。

誰も反論せず、顔を見合わせている。


「ふん、所詮、竜人のいない国からきた人間には俺たちの気持ちなんかわからない」


 ただ一人、吐き捨てるように言ったのは、貴族の少年、ワグナーだった。


「アレスタのことも赤竜公閣下のことも、何も知らないくせに、知った風な口を聞くな」


 狼の蒼毛の鬣が逆立ち低いうなり声が教室に響いた。

ワグナーは一瞬ひるんだ様子を見せたが、シリウスがすかさずフォウルを抑えた。


「そうだね。でも何も知らないのは君も同じだよ」


 シリウスにしては珍しく、声の中に怒りを感じさせる口調だった。

せっかくカイルが心をこめて語ってくれたのに、ワグナーには何も伝わっていなようだったし、伝わっていても理解したくない様子が見えて、カイルの想いを否定されたようで悔しかったのだ。

だがワグナーのほうも引かなかった。


「父上は魔物に誘拐される前に世界中の人が集まる会議に出席したんだ。帰ってきた父上は、赤竜公はウェスタリアにおられると言っていた。ウェスタリアの人間が赤竜公をアレスタから奪ったんだ! そのウェスタリアからきたお前に何がわかる!」


「ワグナー……」


 シリウスは、ワグナーの言葉に反論したかった。

奪ってなんかいない、自分の意思で自分のいるべき場所を見つけただけなんだ、と。

けれど気位の高い少年の目に光るものを見て、何も言えなくなってしまった。


 静まり返り、なんとなく不穏な空気になった教室に、遅れてやってきた担任教師のショーンが扉を開いて入ってきた。


「おや? 意外と静かだな……。みんな、今日はすごい人のすごい話を聞けて大感動だっただろ? 先生たちもさっきまで職員室で話題にしてたけど、みんな興奮してたよ。次の時間は今の感動を忘れてしまわないうちに感想文を書いてもらうぞー」


 のんびりと言われ、生徒たちにも一気に日常が戻ってきたが、ただ一人、ワグナーだけは、いつまでも不満げにシリウスを睨んでいた。





ワグナーは父を魔物に攫われ、生まれ育った屋敷も壊され、転校を余儀なくされているので、赤竜公さえずっとアレスタにいてくれていたら結果も違ったはず、という想いが強いようです。

赤竜公を奪った人物が許せないもよう。


次回は、閑話ラストです。

挿絵(By みてみん)

いつのまにか背後にいるフォウルにびびるカイル。

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