74・☆温度差
いつもご訪問ありがとうございます!
今回から三話分は、のんびり閑話になります。
事件の前の日常パートを、まったり楽しんでいただけると幸いです。
カイルが学園で生徒たちに講演する日を翌日に控え、シリウスはカイル当人と打ち合わせをしていた。
行き当たりばったりだと、絶対に何か問題が起きると思ったからだ。
魔物の調査から戻ってきたカイルは見るからに機嫌がよく、それまで落ち込んでいた彼が嬉しそうだったのでシリウスはホッとしていた。
一回目の魔物調査の結果を報告してもらい、シリウスとしてはジャンの誘いを受け、明日も調査してほしかったのだが、それはさすがにカイルがかわいそうだったので言わなかった。
けれど、カイルの希望通り一緒に登校するのはむずかしい。
自分と赤竜公が友人だと、クラスメイトたちに気づかれてしまうわけにはいかないからだ。
誰にも正体を知られず学校に通っている今の状態を、できるだけ維持したかった。
「それでねカイル、登校する時のことなんだけど……」
シリウスは言いにくそうにカイルの顔を下から上目遣いで見上げた。
「一緒には行けないから、時間をずらさないと」
「変装してご同行してはだめですか」
カイルは信望する人々が見たらさぞかしガッカリするような情けない表情になっている。
変装というのは、もちろん先日カイルが着込んでいた怪しい変装セットのこと。
ロングコートにマスク、頭を覆う布。
普段のままでいるのとは違う意味で目立って仕方がない。
シリウスだって、目的地が同じなのだから本当は一緒に行きたかったけれど、無理なものは無理だ。
それにとにかくカイルは大げさすぎる。
一緒に登校できないだけで、家では一緒にいるんだし、そんなに嘆かなくてもいいではないかと思うのだ。
「……やっぱり一緒はだめ!」
うなだれてしまったカイルに、シリウスはごめんね、と、謝った。
もっといい方法が見つかればいいのだけれど、少なくとも今日は何も思いつかなかったから。
「では帰りだけでも……」
「帰りもダメ!」
ごめんね、と思いつつも、わりと容赦なく、きっぱりお断りしたのだった。
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「アルファ、私は今日ほど自分の境遇を恨んだことはない。なぜ私はアレスタに生まれてしまったのか」
カイルはアルファの部屋で机につっぷし、もうかれこれ半刻以上泣き言を言っていた。
「帰宅もご一緒できないどころか、一旦実家に立ち寄って、それから目立たぬようこっそり戻るように言われたのだぞ」
「仕方あるまい。もし誰かに後をつけられたら、我が君とそなたが同じ建物に居住していることが露見する」
「それはそうだが!」
ガバッと顔をあげ、
「わかっている。だが、私は……」
ううう、と、うめいて、再び机に突っ伏した。
アルファはため息をついて、だが文句を言わずに作業を続けながら、カイルの愚痴を聞き流していた。
もしもこれがアレスタではなく、自分の事が広く知れ渡っている北方の国のどこかであったら、カイルと自分の立場は逆だったかもしれないと思っていたからだ。
彼の無念がよくわかる。
「そなたが辛いのはわかるが、そなたが嘆けば嘆くほど我が君がお悩みになる。今回の事とて何度も謝罪しておられたではないか。その事を忘れるな」
ハッとなって顔を上げたカイルの目を見てアルファは続ける。
「それともまた家で留守番がいいか」
「いや、行く! 一歩でも二歩でも、お傍にいたい!」
アルファは頷いて、
「それなら、俺も手伝ってやらないでもない。そなたにも多少の努力が必要になるが」
そう言って、書き付けていた羊皮紙を差し出す。
紙にはびっしりと図形や数式が記されていた。
「これは?」
「そなたの属性は炎だろう。形を変える変身術との相性は悪くないはずだ。複雑な術式になるし、慣れないうちは長持ちせぬかもしれぬが、あのあやしげな変装で我が君の周囲をうろつくよりははるかにましだ」
「!」
「術式は途中まで俺が組み立てた。基本に忠実にな。そなたが正しく理解し、最後まで組み立て、詠唱できるようになれば、登校も下校も、誰にもそなただと知られずに共に歩けるようになるだろう」
震える手でカイルは羊皮紙を受け取った。
見たことのない模様が並び、おそろしく複雑な計算式が延々続いている。
最後に書かれた詠唱するべき古代文字だけは、最近自主的に魔法を勉強していたおかげで理解できた。
ムタティオ イナ ファシエム ヴォス
望む姿に変わる、という意味だった。
精霊たちに命じる呪文ではなく、自分自身に命じる呪文。
「ありがとう……」
「礼はいい。俺がそなただったら、何をどうやっても、我が君のお傍にいられるよう努力するだろうと思ったからだ。だが少しでも俺に恩を感じるのなら、術式の解読は自分の部屋でやれ」
かくして、カイルはアルファの部屋を追い出されたが、同時に活路を見出すためのアイテムを手に入れた。
実際に使いこなすにはかなりの努力が必要そうではあったけれど、これができるようになれば留守番から開放されるのだ。
希望に満ちた夢のような話だった。
部屋に戻ったカイルは、さっそく室内のランプを灯し、延々続く不可解な数式に向き合ったのだった。
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アレスタに来てわずか数日のうちに色々なことがあったが、学園に通い始めてから三日が経過し、シリウスはクラスの生徒の名前も覚え、授業にも慣れてきた。
一般教科である算数や理科などのほかに、魔法や武術の授業もある。
魔法はまだどれも座学の段階で、掛け算九九のように呪文を丸暗記するところからだったけれど。
呪文は大抵どれも古代の言葉を元にしていて、城で魔法や古代語の基礎を勉強していたシリウスはそれなりに理解できたが、ここでは意味よりも、まず文章を暗記することが優先のようだ。
もう少ししたら実際に魔法を使う授業をやるよ、とショーン先生が言っていたのでシリウスは楽しみだった。
動物が好きだったので、特に召喚魔法を早くやってみたい。
ウェスタリアで召喚魔法はあまり使われていなかったけれど、アレスタでは子供から大人まで、使用者のレベルに応じて使える魔法なので、比較的好まれているようだった。
席の近い三人とは普通に会話できるようになっていた。
しかしシリウスに近寄ってこない子供も多い。
そういう子供はシリウスが話しかけても緊張したように硬直してしまったり、逃げるように去って行く。
「シリウスってさ、自覚が全然ないけど、ちょっと近寄りがたい雰囲気があるんだよ」
休み時間に、つんつん頭の元気な少年、マイクが遠慮なくそんなことを言う。
「でも、マイクは平気でしょ」
シリウスは反論したが、マイクは肩をすくめた。
「いや、本当いうと、最初に話しかけるのはちょっぴり勇気がいったよ。話してみたら思ったより気さくだったから平気になったけどさ」
マイクの言葉に、黒髪の少女オリエと、ふわふわした少年リッケルも頷く。
「私も緊張した。だってシリウスって、普通じゃないもん。隣の席だから話しかけたけど」
「僕は、マイクが話しかけなかったらずっと話しかけなかったと思う」
散々な言われようにため息をつきたい気分だったシリウスだけれど、そんな中でも普通に話せるクラスメイトができて運が良かったと思い直すことにした。
それよりもオリエの一言が気になる。
「ぼくが普通じゃないなんて、そんなことないよ。フツーだよ」
けれど三人は全員首を振り、誰も同意してくれない
「……」
どうにも受け入れがたいけれど、1対3では分が悪い。
あんまり考えたくはないが、そういえば故郷で同年代の友人はバナードしかいなかった。
それはもしかして、自分が「フツーじゃない」せいなのだろうか。
ずっと前、カイルに向けて、カイルってフツーじゃないの? と聞いてしまったことを反省する。
「普通」の定義がなんなのかは難しいけれど、実際に言われてしまうとこれは予想以上にショックだ。
「でもぼくは……」
それでも反論しようとシリウスが口を開きかけたときチャイムが鳴った。
扉が開いてショーン先生が入ってくる。
入室してきた先生は心なしか頬が高潮し、右手と右足を同時に出す不思議な歩き方でつまずきながら教卓に立った。
出席簿を置いて、目を輝かせ、生徒たちを見渡した。
「みんな! 今日はすごいことがおきたぞ!」
耳まで赤くして、先生は興奮している。
「素晴らしい方が、小等部のみんなに講義してくれる事になったんだ」
教室がざわつきはじめる。
ショーン先生はしみじみと目を閉じて、深く息をついた。
「みんな、驚くなよ、今日講堂に来てくださるのは、赤竜公、カイル・ディーン・モーガン様だ!」
途端、教室のあちこちで悲鳴に似た叫びが起きた。
みんながいっせいに騒ぎ出し、信じられない、うそみたい、夢じゃないの? と、口々に言い合っている。
「おい、シリウス! お前ラッキーだな、入学したとたん、こんなすごいことが起きるなんて!」
ツンツン頭のマイクは興奮のあまり、普段から大きな声が叫び声のようになって、すぐ前にいるシリウスは鼓膜にダメージを受けた。
横を見るとオリエは泣いている。
「ええーっ?! だ、大丈夫? オリエ」
シリウスが話しかけると、涙と鼻水をハンカチで拭い、オリエは首を振った。
オリエの後ろのリッケルトが解説してくれる。
「オリエのお父さんのお兄さん……本家の人は、赤竜公のご実家で庭師をしてたことがあるんだ。オリエは昔一度だけ、庭を歩く赤竜公を遠くから見たことがあるんだよ」
「そ、それって、すごいの?」
マイクがすかさず、「超すっげーことだ!」と叫んだので、シリウスの耳はますますダメージを受けた。
「で、でも、赤竜公って、カイル……様でしょ? 見ただけで泣いちゃうような人……?」
「竜人って伝説の中の生き物なんだぜ、世界に四人しかいないんだ。国の軍隊よりも強いんだぜ! 見ろよ、あのわがままワグナーも震えてる」
シリウスがこっそり目線をやると、確かに貴族の少年、ワグナーは体を震わせ感動しているように見えた。
「ワグナーって、確か赤竜公に会ったことがあるはずだぜ。どっかのパーティだかなんだかで声をかけてもらったことがあるって自慢してた」
「す、すごいね」
「だよなー! 炎のような赤い髪、紅玉石の瞳、赤竜公はそりゃあ美しい方だって話だぜ。もしかしたらシリウスより綺麗なんじゃねえか?! ワグナーの自慢はムカつくけど、赤竜公のことだけは正直うらやましいぜ。話したことがあるなんて俺らには夢だもんな。」
「そ、そうだね……」
少年らしい憧れの表情でうっとりと言われ、その赤竜公カイルと、毎日毎日一緒にいるシリウスはどう返答していいのかわからない。
教室のみんなの反応にシリウスはおおいに戸惑っていた。
シリウスにとってのカイルは、涙もろくて、一生懸命で、いつでもどんなときでも、常にシリウスのことばっかり見ている、ちょっと困った、けれども大事な、家族のように思っている友人だ。
数日前にはシリウスを玄関先で迎えるために、正体がばれないようあやしい変装をしていた。
そして夕べは、別々に登下校するようにお願いしたらものすごくへこんでしまって、シリウスは慰めるのに四苦八苦したのだった。
そんな風に、面白くてちょっと変わってるけど、普通の人とそんなに違わないカイルが来るというだけで大騒ぎになっている事がよくわからない。
それに竜人は世界に四人しかいないと言われても、そのうち三人と一緒に住んでいるし、もう一人とも頻繁に会っている。
シリウスにとっては日常だ。
竜人たちが傍にいない時間の方こそよっぽど非日常と言える。
歩いている姿を遠くから見ただけで泣いてしまうなんて、みんなちょっと勘違いしているのではないだろうか。
少なくとも、ウェスタリアの城の中の人たちはカイルを見かけたからって泣いたりしない。
首脳会議のとき、世界中の人がカイルとアルファと自分とを引き離そうとしていたけれど、それは単純に彼らがとっても強いせいだと思っていた。
もしかしてそれだけじゃなかったのだろうか。
「ええと、みんな赤竜公に会えるのがうれしいんだよね?」
もしかして嫌で泣いてるとか、叫んでいるとか、そんな事はないだろうかと聞いてみたのだが、
「当たり前だろ! 夢みたいなことだぜ?! お前うれしくないのかよ!?」
と、ものすごい剣幕でマイクに突っ込まれ、シリウスはむりに笑顔を作った。
「う、うれしいけど、そこまでじゃないっていうか、……ううん、すごく嬉しい。わ、わーい」
クラスメイトをごまかしながら、シリウスは、夕べ心を鬼にして、一緒の登下校を断って本当に良かったと、心の底から思っていた。




