73・☆赤竜公
魔物の調査をするとシリウスに約束したカイルは、翌朝学校に行く三人を見送ってから行動を開始した。
まずは自宅が襲われたという、シリウスのクラスメイト、貴族の少年ワグナーの家を目指す。
昨日は置いて行かれた事がひたすらに寂しくて辛かったのだが、今日は離れていても役に立てていることで自分を慰めているせいか、昨日よりは元気だ。
歩きながら、大事な主人が今頃どこを歩いているだろうかと考える。
そろそろ学校につくころだろうか、それともまだアルファたちと会話しながらのんびり歩いているのだろうか。
想像していると、自分だけ傍についていられないことがまた辛くなってきた。
吹っ切るように早足で歩くカイルを時折人々が振り返って見ていた。
カイルが美しい青年だから振り返る人もいれば、赤竜公の姿を見知っていて驚愕している人もいる。
その、赤竜公を知っている人物の一人が、すごい勢いで自分を追い抜いていったカイルに気づいて驚きの声をあげた。
「カイル!?」
呼び声にカイルは立ち止まって振り返る。
その声に覚えがあった。
「ジャンか?」
カイルの幼馴染の青年騎士ジャンは、数名の部下を連れて、魔物襲撃事件の調査のため、事件現場に向かっているところだった。
「本当にカイルか? なんでここにいるんだ。アレスタに戻ってきたのか?」
常軌を逸した方法で国を出たきり帰らなかったカイルが、ついに正気に戻ったのかとジャンは少々期待したのだが、
「いや、シリウス様の付き添いで一時戻っているだけだ」
という、予想通りではあるけれど、期待はずれの答えが返ってくる。
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目的地が同じであると知ったジャンとカイルは情報を交換し合いながら件の屋敷に向かった。
「ふうん、留学ねえ」
「私はお止めしたのだが、どうしてもアレスタに留学したいとおっしゃられて。――事件を知って心を痛めておられるので、学校に同行できない私が調査を」
「まあ、同行はできないよな。他の国ならともかくここはアレスタだ。お前を知ってる人もいるだろうしな。たまの自由を楽しめばいい」
ははは、と、気軽に笑ったジャンだったが、カイルの表情は思いがけずかなり深刻だ。
「昨日、私はシリウス様と離れて過ごし、その辛さに改めて気づかされた。もう何時間かシリウス様のご帰宅が遅かったら頭がおかしくなっていたかもしれない」
すでに十分おかしくなっているぞ、とはさすがに言えず、ジャンは乾いた笑みをはりつけた。
ジャンの部下たちはカイルが何を言おうと耳に入っていない様子だ。
伝説の存在、竜人の、思いがけない登場に頬を紅潮させ、みな興奮を隠せていない。
「ほら、あそこだ」
ジャンが指さした先には半壊した屋敷があった。
手入れの行き届いていただろう庭や、巨大な門扉こそ無傷だが、肝心の建物が崩壊している。
シリウスのクラスメイトの話では、修理したあと住人が戻ってくるというような説明だったらしいが、これはもう修理するより残った部分もすべて片付けて、いちから建て直すしかないように見える。
「ふむ、これでは人は住めないな」
閉まったままの門扉の上に助走もつけず飛び乗り、カイルは改めて周囲を見渡した。
初夏の風が炎の色の髪をなびかせる。
見ていた騎士たちは、カイルの常人とは違う一挙手一投足に心を奪われ、美しい灼熱の髪に見とれていた。
そんな騎士たちの羨望の視線はまったく気にせずカイルは屋敷をチェックする。
ざっと見る限り、家財道具を回収したらやはり完全に取り壊す以外にしようがないように思えた。
そこかしこに千切れた太い蔦や、みたことのない形状の葉も散らばっている。
みな干からびて茶色くなっているが、おそらくあれらは魔物の一部だ。
ジャンは持参していたらしい鍵を使って門を開け、やれやれとため息をついた。
「本当のことを言うと、ここは散々調べた後なんだ。いまだに浚われた住人が見つからないから最後にもう一度調査することになった」
「最後?」
「ああ。明日には調査を打ち切り瓦礫の片づけを開始する」
歩きながら話し、崩れている屋敷の扉があった場所から中に入る。
カイルもそのあとに続いた。
ガランとした玄関ホールには、穴の開いた床以外には何もなかった。
穴は大人三名が手をつないで輪を作ったぐらいの大きさで、中は真っ暗だ。
「金目のものはもう運び出したあとなんだ。お前、建物全部燃やしてやったら?」
ジャンは冗談で言ったのだが、カイルはあっさり頷いた。
「かまわないが、この石壁は溶解させても消え去らないな。もっと熱を加えれば蒸発させることもできなくはないが、岩石蒸気は高温すぎて付近一帯にも影響を出す。影響を与えず跡形もなく消滅させたいのなら、アルファの方が適任だ。――もっとも、あいつがシリウス様の頼み以外で動くとは思えないけれど」
カイルは足元に落ちていた石壁の破片を拾う。
たちまち手のひらの中で石はまぶしく輝き、灼熱の溶岩へと姿を変えカイルの手から流れ落ちた。
「おい、危ないだろ」
ジャンは嫌な顔をしたが、同行の騎士たちは奇跡を目にした子供のように目を輝かせている。
カイルは友人の文句には気を止めず床の穴へと歩み寄った。
「ずいぶんな大穴だな」
「そこから魔物が進入してきたそうだ。蔦の集合体で、そこから伸びて家中を破壊した」
「そして住人を浚ったのか」
覗き込むと、地下深くに続く暗い穴は途中で折れ曲がり、上からではどこまで続いているのかわからない。
「中の調査は?」
「途中で完全に埋まっているから追跡は……」
ジャンの言葉が終わらないうちに、カイルは穴の中に飛び込んでいた。
「おいおい……」
カイルの足元に小さな炎がいくつも灯り、壁にも間接照明のように白い炎が生じゆれている。
たちまち穴の上からでも地下がよく見えるようになった。
薄暗い屋敷の中より、穴の中のほうがよっぽと明るいぐらいだ。
ジャンは持参した梯子ロープを部下に降ろさせ、危機感ゼロの友人のあとを追った。
実際カイルには植物の魔物など、どんなに巨大だろうがどんなに大量だろうが、まったく脅威ではないのだろう。
プラント系の魔物は火に弱く、炎の竜人であるカイルにとってはハエを追い払うようなものだ。
久しぶりに出会った友人の頼もしさに、ジャンは不意に目頭が熱くなった。
以前この穴を調べたとき、自分を含めて五人で穴に入ったが、魔物が潜んでいたという暗く湿った穴に不安を感じたものだった。
今襲われたら全滅するかもしれないと。
しかし今は、不安も恐怖もまったく感じない。
カイルがアレスタを去る日が来るかもしれないなんて、ウェスタリアを訪問してカイルの告白を聞いたあの瞬間まで考えてもいなかった。
ずっとこの誇らしい友人の傍らで、一生のんびりと国を守っていくものだと信じていたのだ。
地下通路をしばらく進んだ先で、カイルが立ち止まった。
「埋まっている」
「ああ。助かった住人の話だと、蔦の魔物はこの穴から現れ、この穴から去った。浚った人間ごとな。去った後は追われないように穴を埋めていく」
「他の現場も同じか?」
「まったく同じだ。他の現場を見たいなら、明日もう一箇所回る予定だが、一緒にどうだ?」
乗ってくるかと思ったのだが、カイルは首を振ってキッパリと言った。
「明日はシリウス様の学校に行ける日だ」
「学校は明後日でもいいんじゃねーの?」
「だめだ。私が明日という日をどれほど心待ちにしていたか。あの方の傍らにいられない私には何の価値もない」
「大げさだな」
ジャンは穴の行き止まりに手を当て、隣に立つ美しい青年を見つめた。
灼熱色の髪、ルビーのような瞳、薄い腰やスラリと伸びた手足も、ジャンの知っているカイルそのものだったが、以前のカイルはもっと表情にとぼしく、物事に対しても興味が薄かったように思う。
めったに会えなくなってしまったせいで、記憶のほうが間違っているのだろうかとも考えた。
偶然とはいえせっかく再会できたのだから、今、言いたいことを言わなければ、次の機会は遠いだろう。
つばを飲み込んで、意を決したように話す。
「何の価値もないなんて、そんな事を言うな。お前はいつだって価値ある存在だよ。他の何者にも代えがたい、貴重な存在だ。ウェスタリアの王子殿下の傍じゃなくたって、今みたいに俺たちの傍でだって……。殿下には黒竜公もおられるのだろう? 護衛は十分じゃないか。そろそろ一時帰国を考えてもいいんじゃないか?」
言いたくても言えなかったことを、言ってしまった。
ジャンの言葉に、カイルは一瞬だけ目を見開いたが、少しの沈黙の後、
「お前を信頼しているから言う。絶対に他言しないと誓え」
真剣な声でそう言った。
「お前が誓えというなら誓う」
カイルはそれを確認して頷くと、ジャンの予想とは違いうれしそうに微笑んだ。
「我ら竜人は、シリウス様のためだけに存在している生き物だ。あの方が生まれるより前からそのためだけに。だから唯一の主人が存在しない間は誰にも忠誠を誓わない生き物だと誤解された。黒竜だけじゃない。今は他の国の軋轢を避けるために公にしていないが、白竜も、蒼竜も傍にいる」
「……!」
「あの方を守る。心も、体も。そのためだけに私は存在している。そうじゃない私に生きる価値はない。――人はみな生きる意味を見つけようとあがくものだ。我々は見つけた。それがどれほどの幸福か、想像もつかないだろう」
本当に幸せそうに、カイルは灼熱色の瞳を細め、胸元に手を当てた。
その下にはシリウスからもらった金の羽があったが、もちろんジャンに知る由もない。
「つまり、殿下に関わる用件がなによりも優先ってことだな」
「うん」
あっさり答えるやさしい微笑みがまぶしかった。




