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5・☆未知なる力

今回から幼少期編です。

シリウスの力に少しずつふれつつ、竜人たちをとりまく世界の強欲さなども書いていこうと思います。

基本はほのぼのとしております。


よろしくお願いします。

 

 

 

 シリウスはベッドに起き上がって、窓から差し込む光を興味深げに眺めた。

いつも卵の中から見ていた、ぼんやりとした景色はこれだったんだと理解する。

殻の内側の白い世界に、まぶしく切り取られる四角い光。

ときおりその光のなかをサッとなにかがかすめていたけれど、今はそれが小鳥たちの影だったのだとわかる。

ゆらゆらと揺れていたのは薄手のカーテンだ。


 シリウスは窓辺に歩み寄り陽光の温度や色を確かめる。

卵の中にいるときも熱や光は感じられはしたけれど、殻を通さず皮膚や目に直接届くものとはまるで違っていた。


 なにもかもが鮮烈に、明瞭に見える世界。

殻の中はすべてのものがぼんやりしていた。

音も、色も、光も、影も、全部が。


 シリウスは卵の中にいた五年の間、兄が読んでくれる本や、父や母が語りかけてくれた言葉のおかげで、卵から孵化したときすでに日常会話に困らない程度にはしゃべることができた。


 地面を覆っているふさふさしたものは、きっと「草」なのだろう。

「草」は「緑色」だと知っていたから、地面一面の、あの色が緑に違いない。

ああ、そういえば、春の草は「青い」とも兄の読んでくれた本に書いてあった気がする。

今見える草が「緑」なのか「青」なのかシリウスにはわからなかった。


「あとで誰かに聞いてみよう」


 シリウスが誰に質問しても、みんな喜んで答えてくれたので、誰かに何かを聞くのは楽しみだった。

もっと近くにいければ「草のにおい」や「草の感触」も感じられるんじゃないだろうか。

 草よりも大きなあれは、きっと「木」という植物。

あとでそのことも誰かに聞いて確かめてみよう。


 そんな風に、自分の中の知識と、目に入るさまざまなものを興味の赴くまま次々と照らし合わせてみる。

とても楽しかったしワクワクしたけれど、ほとんどのものの名前は予想はできても確定できない。


 ふと、窓のガラスを通してではなく、直に景色を見てみたいという衝動に駆られた。

せっかく卵の外に出たのだから、何にも閉じ込められていない世界が見てみたい。

背伸びをして窓を押してみたが、巨大なガラス製の窓は押しても引いても開かない。


「うーん……」


力いっぱいやってみてもやっぱりだめ。


 シリウスはふっくりとした唇を少し尖らせて一歩下がった。

窓全体を眺めてみる。

ここからでも開ける方法があるはずで、自分にはそれができると確信していた。

窓の中ほどにある鍵を見る。

あれを少し動かせば、きっと窓が開くのだろうけれど、鍵は高い位置にあって届かない。

けれど「手」を使わなくてもきっと窓はあけられる。


 誰に教わらなくても手や足が自分の意思で動かせる事を本能が知っているように、それとは別の力が自分にあることもシリウスは生まれながらに知っていた。

シリウスはじっと意識を集中する。


 シリウスが紫の瞳を閉じた瞬間、室内の空気が一斉に跳ね上がるように動いた。

体中がじんわりと熱を帯びていく。

その熱をどうにか手のひらに移動させようとするが、なかなかうまくいかない。

産まれて初めて声を出そうとしたときに少し似ていた。

体中から魔力が漏れ出て空気が渦を巻き始める。


「……これぐらいでいいかなあ……」


どれぐらいがちょうどいいのか全然わからないけれど、と、つぶやいて、シリウスは窓の鍵の部分に手の平を向けた。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 窓の割れるけたたましい音に、部屋の外で扉を守り毛布にくるまって眠っていたカイルはその場に飛び上がった。

寝室の扉前の護衛を深夜にアルファと交代し、朝まではカイルがついていたからだ。


「シリウス様!」


 カイルはノックもせずに扉を破壊する勢いでシリウスの寝室に突入した。

部屋に入ってすぐ、主と定めた少年が部屋の中央に無事立っているのが視界に入り、カイルはとりあえずホッと息をついた。


「シリウス様、なにごとですか」


「まど、こわしちゃった……」


 見れば大きな観音開きの窓が粉々に粉砕している。

内側から外に向けて割れたせいか、室内に破片はあまりなかったが、それでも多少のガラス片が落ちている。


「お怪我は……」


「だいじょうぶ」


「あ、動かれてはいけません!」


カイルは駆け寄ると裸足のシリウスを抱き上げてベッドに座らせた。




挿絵(By みてみん)




 そこへ窓の割れる音を聞きつけたアルファも蒼白になって飛び込んできた。


「我が君!」


 アルファは、なにごとですか、と、シリウスに駆け寄り、目線を合わせてしゃがむ。

主人が無事でひとまずは安心したアルファだったが、へたすれば大怪我をした可能性だってあった。

そんな事態を想像するだけでアルファの心臓が誰かに握りつぶされたように痛む。


 「我が君、ご無事で本当にようございましたが、何があったのかこのアルファめにお話しいただけましょうか」


「……まどをあけたかったんだ」


 シリウスはアルファを上目遣いに見た。

アルファは隣に立つカイルと顔を見合わせる。


「なるほど、ですが、窓は粉々になってございますよ」


「うん……。ごめんなさい」


素直に謝罪して、アルファに抱きつく。


「こわしちゃうつもりじゃなかったんだ……。かぎをうごかそうとおもって……」


 きれいな窓だったのに。あんなふうにしてしまうつもりじゃなかったのに。

アルファのたくましい肩に頭をコテンと寄せて、シリウスは生まれて初めての涙を流した。


「……もうなおらない?」


 アルファは、はじめて失敗を犯して泣いている幼い少年を抱きしめて、なんと慰めるべきか悩んでいた。


 当然と言うかなんというか、アルファには子供を抱きしめたことも、子供を慰めたことも、どちらも今までの長い人生で一度もなかったからだ。

真実をありのまま「もう直りません」と伝えるべきか、今日中にガラス職人を呼んで、前よりももっといい窓を入れますよと慰めるべきかもわからない。

当惑したまま、ただただできる限りの愛情を伝えるつもりで、やさしく背を撫でながら揺らしてやった。


「お泣き下さるな」


「ごめんなさい。そとをちょくせつみたかったんだ……」


「大丈夫ですよ、誰も怒ってなどおりませんとも」


「でも……」


「大丈夫、大丈夫」


 無能者のように繰り返すことしかできなくて、アルファは我が事ながら苦笑した。

普段どんな無理難題も片手で解決できると自負していたというのに。


 ようやく主がおちつき、どうやら泣きつかれて眠ってしまいそうだと知って、アルファはシリウスをベッドにそっと横たわらせた。

額に落ちかかる長い金の髪を撫でてやり、涙のあとも拭ってやる。


「……アルファ」


 そのとき、ずっと黙ったまま二人を見守っていたカイルがアルファに声をかけた。


「なんだ、静かにしろ」


カイルを振り向いたアルファは硬直した。


 振り向いた先、床に散乱していたガラス片はひとかけらも残っていなかった。

見上げれば、観音開きの美しい窓が何事もなかったかのように、かすかなひび割れも、わずかなくもりもなく、新品の様相で元通り輝いていた。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




(カイルside)




 アルファが、


「なぜ窓が直る様子を観察してなかったのだ!」


と、理不尽な怒りを私にぶつけてきた。

そんなことを言ったって、窓を割ってしまって泣いているシリウス様が心配だったから、目を離せなかったのだ。


「アルファだって私が教えてやるまで気づかなかったじゃないか!」


「俺は我が君をおなぐさめもうしあげていたのだから当然だ」


「だいいちそれが気に入らない。私のほうが先に部屋に入ったのに」


「順番の問題ではない」


 これらの会話は、シリウス様の寝室のすみっこで、可能な限りの小声で行われていた。

主を起こしてしまっては元も子もないからだ。


「問題は、我が君がどのようなお力で窓を破壊し、さらには修繕したもうたのか、だ」


「破壊したのはおそらく単純に魔力を放っただけだと思う。私が室内に入ったとき、あふれた魔力がまだ室内に残っていたから」


 そう、シリウス様は自身の力をまだコントロールしきれていないのだろう。

私だって子供の頃はまるで自分の力を扱いきれていなかったし、そもそも物心つくまでは何もできない普通の子供とかわらなかった。

生まれてすぐに力をお使いになったシリウス様はやはりただものではない。

アルファは彫りの深い顔の眉をよせ、眉間にも深い皺を刻んだ。


「だが割れた窓を瞬時に直すなどと……、そのような魔法も精霊も存在しない……」


 こわれた道具を修理してくれる、というような精霊は確かにいたが、粉々に粉砕した窓を割れた形跡もなく修理できる精霊などいないだろう。

そもそも、壊れた破片の多くは外に散らばりはるか階下に落下したのだから、それらは手の届く範囲にすらなかった。


 魔法のほう、これは時間をかければこわれた品を元に戻すこともできなくはない。

だが物質を分子からあやつるかなり高度な魔法であり、時間も技術も半端なく必要だ。

世界中を捜し歩いても使える人間は数人いるかいないかと言うところだろう。


 魔法というものは単純な破壊には向いているが修繕には向かないのだ。

無機物が相手では、人を治癒する魔法のように、自らの治癒能力を高め促し回復させるというわけにも行かない。


 直すことのできる魔法を使える人間でも、長い詠唱と精密な魔方陣が必要だろうし、そもそもこんなに完璧にこわれてしまったガラスは複雑にすぎて、どんなに高度な魔法でも修繕できない気がする。


 私とアルファはそれぞれ強大な魔力を有していたが、私は炎、アルファは闇魔法に特化していて、他の属性魔法は通常の魔導師程度にしか使えない。


 私はアルファと顔を見合わせた。

我々の主人はやはりとんでもない力を持っている。

それがどんな種類のものなのかまだわからなかったが、このような事態を含め、我々が全力で援護し、お守りしなければならない。


 眠っているシリウス様の涙の痕跡を見ると、そう、あらためて強く感じた。

シリウス様のおそばを離れたくない。二度とこんな風に悲しませたくないのだ。


 そのためにはまず、私が私自身の問題を解決しなければならないだろう。

とりあえず、私と共にウェスタリアに入ったジャンや部下たちに話をしなければ。

やっかいな事柄だが避けては通れない。


……我が祖国、アレスタには、もう帰らないつもりなのだから。







直っていた窓。

どうやってなおしたのかはシリウス本人にもわかりません。

カイルとアルファは単なる親馬鹿になりつつあります。


カイルは、アルファには闇魔法以外はそんなに使えないよと言っておりますが、これはカイルが知らないだけで、アルファは個人的に魔法を研究し、雷と風の属性魔法についてはかなり使えます。

詳しくは「人物紹介と世界観」に書いてありますが「闇魔法」を使うと、使われた相手は例外なく消滅してしまうため、加減もへったくれもなく、非常に使い勝手が悪く不便だったからです。


カイルの引越し問題は徐々に大変な事態へ発展していきます。

本人たちはのんびりしているのでシリアスにはならないのですが、

次回から少しずつ触れていこうと思います。



誤字、脱字、設定の矛盾などは極力気をつけておりますが、発見したらお教えいただけると嬉しいです。

直せる範囲で修正させていただきます。

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