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4・たまごのなかで

誕生編の最後です。 卵の中にいたころのシリウスのキモチ。

言葉を覚えた経緯など。


次回から、ようやく話が動き始める感じです。

竜の姿になったカイルは比較的早めに出てくると思います。

彼はわりとうっかりものなので。


お気に入りの登録なども、ありがとうございます!

うれしいです。がんばります。

 

 

 

 楕円形の器の中、兄によって「シリウス」と名づけられた生命体は、自分に与えられた狭い空間にすっかり満足していた。

白い壁を通して見える影のような風景、かたりかけてくれる声、あかるくなり、くらくなり、また、あかるくなる、非常に平和でゆっくりとした時間。

ちゃんと目は見えていたし、耳も聞こえていた。

壁に触れてくる手が、みんな愛情にあふれていることも、気づいていた。


 毎日だれかがやってきて、必ず一度は語りかけ、触れていく。

特に壁の向こうが暗くなってくると、必ずやってきて長い時間一緒にいてくれる影を、シリウスは楽しみにしていた。


「やあ、シリウス、兄上だぞ、今日はどの本がいい?」


シリウスも、壁の中から「兄上」をじっと見る。


「そうだなあ、野生のオオカミと仲良くなった森の中に住む男の子の話にしようか」


「兄上」が近くに座って、本を開く音。


 そうやって毎日毎日、本を聞かせてもらううち、シリウスは自然と言葉を覚えた。

それまでは単なる音にすぎなかった人々の声が、シリウスにちゃんとした意味を持って届く。


 朝には壁の外側を、そっと拭ってくれる女性の声。


「さあ、乳母やが今日もきれいにしてさしあげますよ」


 そうささやきながら、丁寧に触れる。

この人が毎日触ってくれるから、壁の向こうがいつでもちゃんと見えるんだと、シリウスは知っていた。


 外の光がだんだんとまぶしくなってくると、朝とは違う女の人がやってくる。


「シリウス、まだ出てこないの? お母様も、お父様も、早くあなたに会いたいわ」


そう言いながら、やさしく、愛情のこもった手で抱きしめてくれる。


 「兄上」が帰ったあと、毎日ではないけれど、数日に一度、男の人もやってきた。

その人はあまり話しかけたりはしてこないけれど、いつも壁の表面をごしごしと撫でた。

力強いけれど、決して傷つけようとはしない。

時々、ノックするように軽く叩かれることもあった。


「おい、ねぼすけ、ちゃんと元気か?」


そういって少しの間返事を待った後、そっと部屋を出て行く。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 毎日毎日彼らに話しかけられるうち、シリウスは彼らに直接会いたくなってきた。

もう言葉もすっかりわかるし、彼らが何を望んでいるのかも知っている。

ここから出たら、きっとみんな喜んでくれるはずなのに、内側からどんな風にしても壁を壊すことができない。


 せめて同じように声を返せたら、と思っていたけれど、液体の満たされた壁の中ではどうやっても声はだせなかった。

どうやら外からは壁を壊す気がないらしい。

思い切って壊してくれてかまわないのに。


 そう考えても気持ちは全然伝わらず、外側の人々は辛抱強くシリウスが出てくるのをひたすら待つつもりのようだ。

シリウス自身は自分が壁を壊せない理由をなんとなくわかっていた。


(ぼくをまもってくれるひとがそばにいないとだめなんだ)


 それは、父上でも母上でも、大好きな兄上でもなく、もっと、特別な、もっとつよい人。


(はやくこないかなあ……)


 器の中で膝を抱えて、シリウスはちいさく丸まった。


 そうやってじれったい気持ちを抱えながら毎日をすごしていたある日の朝、その日はいつもよりも念入りに壁の外側を拭かれた。


「今日はお客様がいらっしゃいますよ、きれいにおしゃれしましょうね」


「おしゃれ」の意味がよくわからないけれど、いつもとは違う誰かが来るらしいことはわかった。


 もちあげられて、どうやら器の下に敷いてあったフカフカのものも変えてくれたようだ。

「兄上」や「母上」「父上」がこない時間は、毎日とても退屈だったので他の誰かが来てくれるのはうれしい。

わくわくしながら待っていると、部屋の外が騒がしくなり、誰かが入ってくる気配がした。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―



 話をしてくれるのかと思っていたけれど、


「……カイルおぬし、どう思う」

「わからない、けれどこれはただごとじゃない」


 彼らはそんな事を言い合いながら、なかなか近づいてこない。

シリウスは彼らが他の人々と何か違っていることに気づいた。

今まで壁の向こうの人々は、ぼんやりとした影にしか見えなかったのに、今は白い壁の内側から、二人の姿がハッキリと見える。


(あれが、て、あれが、あし。いちばんうえがあたまで、あたまにはかお)


 今まで実際に見たことがなかったので、言葉は知っていてもどういうものなのかは知らなかった。

だから今はっきりと見える彼らの姿にシリウスは喜びを隠し切れない。

自分の顔に触って、彼らのそれと照らし合わせた。


(めと、くちと、はな。……いろもわかったらいいのに)


 色の種類はしっていたけれど、たとえば「赤」がどんな色なのかはわからない。


 話の調子から、二人とも少し不安そうにしているように思えた。


(あれが「ふあん」なかお……)


同じような顔を真似てみる。


(もうすこし、ちかくにきてくれたらいいのに)


 じれったい気持ちで待っていると、背の高い方の人物が恐る恐る近づいてきた。

そして手を伸ばしてそっと触れる。


(……!)


「心配無用だ。この城の人間が毎日拭いてやっているのだろう。ホコリも一切かぶっていないし、当然だがひび割れもない。触れても安全だ」

「安全なのはわかっている! わかっているけれど……!」


 彼らの言葉よりも、シリウスは卵に伝わってきた、指先からの力に驚いていた。

触れられた瞬間すぐにわかった。


(ぼくをまもってくれるひとだ……!)


 嬉しくて思わず手を伸ばす。

壁の内側に手のひらを当ててじっと待った。

その、シリウスが手のひらを当てたまさにその箇所に、今度はもう一人の人物が手を伸ばしてきた。


(さわって、ぼくを、ここからだして……)


体にピリリ、と、何かが走る。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―





 カイルは確かめるようにおそるおそる指先で卵の表面に触れる、と、

ピシリ

「っ……!?」

かすかな破裂音とともにカイルが触れた場所に亀裂が走った。

「何をしている!」

アルファが血相をかえ、慌ててヒビの入った箇所を押さえると、今度は亀裂が水平方向に大きく広がった。


「黒竜公どの……」

「……だまれ」

「どうするつもりですか、これを……」

「最初に割ったのはそなただ」

「私は割ったんじゃない、ちょっとひびが入ったところを黒竜公どのが……」


 などと竜人にはあるまじき焦りを含んだ言い争いを行っている間にも、卵の亀裂はみるみる広がっていく。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 「っくしゅ!」


 壁の外側はシリウスが思っていたよりもずっと寒かった。

二人が肩に布を巻いてくれて、それでずっと心地よくなる。

二人の名前も、彼らの会話からちゃんとわかっていた。

だから傍にいる人物の名前を呼んでみた。


「……かいる?」


少しかすれたけれど、思っていたよりはちゃんと音が出た。


「……はい……」


その人は、目の部分から水を流した。


(あ、あれがきっと「なみだ」だ)


 目から出るのは涙だと、本を読んでもらって知っている。

嬉しいときか、悲しいときか、どちらかに出る。

カイルからは、すごく幸せそうなエネルギーがシリウスに伝わってきていた。

だから彼が嬉しくて泣いているのだとわかってほっとする。


「これからはずっとおそばにおります。……我が君……」


 これからきっと、楽しいことやうれしい事が沢山ある。

この人たちがいれば大丈夫。

シリウスは安心してカイルに体をすりよせた。





卵から出たかったシリウス。カイルとアルファを待っていました。

兄上であるルークは色々とお手柄です。

名付け親ですし。


誤字、脱字、設定の矛盾などは極力気をつけておりますが、発見したらお教えいただけると嬉しいです。

直せる範囲で修正させていただきます。

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