56・☆港の竜人
街の中は散々な有様だったが、人々はさほど打ちひしがれていなかった。
竜人たちが片づけを手伝ってくれていたし、たまたま自国の王であるルーファウスも滞在していて、迅速に対処してくれている。
一生に一度見られればかなりの幸運と言われている竜。
強く、賢く、人々を守護するという強大な魔力を持つ神の姿。
驚くべきことに、数日うちに三頭もの竜を街じゅうの人間が見たのだ。
寝たきりだったじいちゃんが立ちあがっただの、見えなかった目が見えるようになっただの、なくしていた金庫の鍵が転がり出てきただの、嘘なのか本当なのか、たちまち噂が広まっていった。
本当なら街ごと滅びていてもおかしくない状況だったのに、とりあえずみんな助かった。
命さえ残っていれば、自分にも素晴らしい幸運が待っているかもしれないではないか。
多少街が崩壊しても、自国の王をはじめ、世界中の援助が望める今の状況は、すでに結構幸運だと、市民たちはかなりポジティブだ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
瓦礫除去の手伝いをしていたアルファは、逗留していた旅館から主人が出てきたのを見逃さなかった。
「我が君!」
すかさず駆け寄り膝をつく。
「街路は瓦礫が多く危険な箇所もございます。壊れた建物には近づかれませんよう」
「うん、気をつける。アルファは大丈夫?」
問いかけると、信頼する友人は立ち上がって頼もしく頷いた。
「はい。このあたりはある程度処理を終えました。完全に不要な瓦礫が分別されたらもう一度魔法を使います」
「じゃあ今はぼくたちと一緒に来てくれる?」
無論です、と優しい笑顔を返す。
竜人三名、正確には二名と、オオカミの姿をして正体を隠しているもう一名、それにウェスタリアの要人一行は会議場の付近をゆっくりと歩いた。
人々は特にアルファに対して非常に友好的で、姿を見ると駆け寄ってきて深々と礼をしたり、丁寧に謝辞を述べたりしてくる。
竜の姿で飛び回っていたカイルはほとんど正体を気づかれていないが、人の姿のままで戦ったアルファはすっかり有名人だ。
シリウスは常にフォウルの腕の中に守られて上空にいたし、遠くに避難していた人々からは姿が見えなかっただろうから、そのまま内緒にしてしまおうと、みんなで相談して決めた。
蒼竜までが忠誠を誓っていると、なるべくなら知られないほうがいい。
「ねえ、アルファ」
街を歩きながら、シリウスは長身の護衛に向け、こっそり声をかけた。
「ぼく、ここも全部直せると思うんだけど、本当にやらなくていいのかな……」
「我が君がお力を使わずとも、人間たちは自分でなんとかするでしょう」
これも話し合って決めたことだった。
確かにシリウスがその気になれば、街全体の瓦礫を元通りの美しい建物に戻すことができるかもしれない。
しかしここには会議のために逗留していたアレスタの首脳陣も集まっていたし、かつてないほど迅速に修復作業が進んでいる。
事件に巻き込まれる形になった各国も、内心はどうあれ援助を惜しまないだろう。
命に関わる事柄ならともかく、よほどのことがないかぎり、ウェスタリアからは人員と金銭の援助だけにとどめようと言う事にしたのだった。
ウェスタリア陣営としては、シリウスの能力を可能な限り隠しておきたかったのだ。
先頭を歩いていたフォウルがみなの注意を引くために、クォンと小さく鳴いた。
オオカミの視線の先にはアレスタの騎士たちが怪我人たちを集めて世話をしているテントがある。
怪我の重い市民から優先的に、治癒魔法を施しているようだ。
さすがに老齢のルーファウスはいなかったが、軍人であるカイルの父、ガーラントの姿があった。
ウェスタリアの重要人物たちが近づいてくるのに気づいてその場に膝をつこうとしたが、ライオネルが慌てて静止し握手を交わした。
「このような場で堅苦しい挨拶は不要です。街の被害の方はどうですか」
「――恐れ入りますライオネル陛下。建物の崩壊がひどいものの、状況から考えたら人的被害は皆無と言っていいほどです」
頬に瓦礫から出た汚れをつけていたものの、ガーラントはイキイキと闊達に話した。
貴族とはいえ軍人の家系であり、有事の際には本来の有能さが遺憾なく発揮され、生気に満ちた姿は実際の年齢よりかなり若く見える。
キビキビとした口調は、やはりどこかカイルに似ていた。
「三名もの竜人が街を救ってくれるなど、こんな幸運はめったにありません。黒竜公閣下にも心から感謝を」
アルファに向け頭を下げると、まだ言葉を交わしていない息子を見る。
「――カイルも、ありがとう」
カイルは真紅の睫を伏せて頷いた。
助けに行くのを散々渋った後の救出劇だったので、少々気まずい。
「私の意志ではありません。シリウス様のご命令があったからお助けしたまで。感謝はすべてシリウス様に」
「……そうか、そうだったな……。シリウス殿下、本当に、ありがとうございました」
ガーラントに頭を下げられて、シリウスは首を振った。
「いいえ、ぼくは何もしていません」
そうして破壊されつくした建物の残骸を悲しげに見る。
「本当に、何も……」
傍らに寄り添うオオカミの蒼銀色の毛並みを撫でて、シリウスは忙しく働く人々を複雑な想いで見つめたのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
海岸の近くまで来ていた一行は、留守を守っていた騎士の一人から、今回の事件の対応について会議が行われることになったという連絡を受け、ライオネルとは別行動をとることになった。
ルークは最初、弟について行くと主張して引かなかったが、会議に隣国の王太子が行かないのは立場上あまりよくないとロンに説得され、しぶしぶ父王について行くこととなった。
「本当は、黒竜公か赤竜公のどちらかも来てくれたほうがきっと助かるんだけど……」
ロンはカイルとアルファ、ついでにフォウルが変化しているオオカミを見たが、彼らはまったく動こうとしなかった。
それでもなんとかお願いできないかと、そのうちの一人、アルファに懇願してみたが、
「我が君が室内に避難してくださっているのならともかく、今のこの状況で俺が我が君から離れるなどありえない」
と、一刀両断に断られた。
カイルに視線をやれば、
「今朝はシリウス様のご命令で御身のお傍を離れたが、よほどの事がない限りもう二度とごめんだ」
こちらは意地でも引かない様子。
蒼竜にいたっては、シリウスの足元にぴったりと体を寄せ、他の誰かの言葉などまったく意に介していない。
ロンはため息をつきたい気分なのをこらえた。
兄の友人が困惑しているのを察したシリウスが竜人たちに助け舟を出す。
「今朝ぼくが三人に無理をさせたせいなんだ。それにぼくも今は三人と一緒にいたいな……」
そう言って、カイル、アルファ、フォウルの三人と視線を交わす。
「ごめんね、ロン」
「い、いえ、とんでもございません。お三方はあくまでシリウス殿下のご友人であって、ウェスタリアの臣下ではないのですから」
慌てて言って、ルークを見ると、親友はあきらめたように苦笑していた。
父や兄たちと別れ、シリウスは護衛の三人を連れて、先日屋台を楽しんだ広場付近まで戻ってきていた。
このあたりはアルファが守っていたせいか、瓦礫も少なく被害はそれほどでもないように見える。
けれどシリウスは、なんとなく違和感を感じていた。
瓦礫がないのはいいのだが、それにしてもやけにさっぱりとしていて遠くまで見渡せる。
「ここって、こんなに広かったっけ?」
首をかしげて友人を見上げると、アルファはそっぽを向いた。
普通の人が見たらいつもの無表情な黒竜公だが、シリウスにはアルファの焦りがはっきり見えた。
「?」
続いてカイルを見上げると、こちらはあからさまに動揺したように視線をそらす。
なんだかとっても怪しい。
「ぼくの記憶だと、ここの奥にも大きな建物が二つあったような気がするんだ」
竜人たちは答えない。
代わりに蒼銀色のオオカミが、シリウスの手のひらに鼻を押し付けて、周囲に聞こえないよう小声で答えた。
「確か、あそこに旅館と食堂がありました」
「魔物がやったにしては綺麗さっぱり消えちゃってるよね」
チラリと再びアルファを見上げる。
アルファはひとつ咳払いをしたあと、
「カイルががやたらと人間を積んでつれてきたので場所が足りなくなり、彼の提案で仕方がなく建物をどかしたのです」
『どかした』というより『消滅させた』という言い方のほうが正しいのだけれど、よりマイルドな言葉を選んだようだ。
アルファがあからさまにカイルに責任を押し付けたので、カイルの方は慌てて反論した。
「ち、違います! 他に安全な場所がなかったんです。アルファが最初からもっと広い場所を確保してくれていれば……」
シリウスは必死な二人を手をあげて制した。
「ぼくは別に怒ってないよ」
楽しげに言われて、カイルもアルファも息をつく。
「二人が消しちゃった建物だけでも直せたらいいんだけど、はっきりとは形を覚えていないし……」
すっぽりと建物が消えてガランとしてしまった空間を眺める。
ミノタウロスが破壊した他の建造物はともかく、自分たちが壊してしまった分だけでも直してあげたかったのだ。
「あとでぼくが謝りに行って来る」
「そんな!」
「我々の勝手でやったことです。我が君が謝罪などしなくともよろしいのですよ」
「ううん。二人にお願いしたのはぼくだもの。それに……」
カイルとアルファは必死だったが、シリウスは首を振って顔を上げた。
「これからは、カイルも、アルファも、それにフォウルも、ここにはいないけれどシャオのことも、4人がすることは全部ぼくの責任だと思うことにしたんだ」
ぴったりと傍らによりそったオオカミが、切なく鼻を鳴らして耳を伏せた。
カイルもアルファも絶句していた。
「いいことも、わるいことも、きっとみんなは、ぼくがお願いすればなんでもしてくれる。ぼくが軽々しく頼んだことで、大変な事になる場合もあるかもしれない」
フォウルのふかふかした毛並みを撫で、それからカイルとアルファに紫の瞳を向ける。
「だから、みんなのすることは全部ぼくの責任なんだ。誰に聞いても、そう言うと思う」
「シリウス様……」
「我が君……」
「そんなに困った顔をしないで」
シリウスは笑うと、再び街を歩き出す。
「みんなは今までどおりでいいんだよ。フォウルもいてくれることになったんだし大丈夫。ぼく、すごく嬉しいんだ」
先を歩く主人を、アルファは複雑な想いで見つめていた。
確かに、どんな願いであっても、真実それがシリウスの願いであれば、たとえ世界を滅ぼせと言われても従うつもりだ。
しかしアルファの主人は決してそんなことを願ったりしない人物でもある。
もしも何か問題が生じるとしたら、今回のように、自分たちの方でいつのまにか何かをやりすぎてしまい、主人に負担をかける可能性のほうが断然高い。
シリウスの決意は体が震えるほど嬉しかったが、できればそんな風に思いつめないで欲しいのだった。
自分のやることで主人が責任を負うのであれば、これからは今までと違い、もっと慎重に行動したほうがいい。
隣を見れば、もう二年以上の付き合いになる赤竜カイルも深刻な顔をしていたので、おそらく同じように考えているのだろう。
数歩先を歩く少年の、金色の髪を見つめる。
光をはじいて揺れ、まぶしい金の絹糸のようだ。
もしも本当にツヴァイに告げられた過去の悲劇が真実ならば、自分たちは一度、取り返しのつかない失敗を犯していることになる。
なぜそんな事になったのか、どうしたら二度と繰り返さずにすむのか、アルファは今回の件が落ち着いたら、内密にフォウルを呼び出し問い詰めるつもりだった。
「かならずお守りします」
魂に刻み込むようにつぶやいて、アルファはシリウスのあとを歩き出した。




