表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/176

54・☆港町騒乱

 

 

 

 街の人々は混乱しきっていたが、上空を舞いながらどうやら人々を拾ってまわってる様子の赤竜と、魔物を蹴散らしている雷の光に気づきはじめていていた。

雷鳴はいまや恐怖の対象ではなく、人々を守護する頼もしい輝きに変わっていた。


 街の中を逃げ惑っていた人々は、まがまがしい魔物に追われながらも雷光の着地地点を目指して移動し、黒衣の青年の守護を得ようと集まって行く。

アルファもそのほうが楽だった。

屋台村、先日アルファが主君らと一緒に食事をした広場の椅子や机をなぎ払い、集まってくる人々を一箇所に寄せ、追って来る魔物は出てくる端から消し去って行く。

街の中を走り回らなくてすむようになっていたし、助けを求める人々も集まりやすい。


 戦えるものたちは、戦えない人々を中央に集め、アルファを補佐するように人々を挟んで黒衣の青年の対角線に立ち、路地裏から突如現れる魔物に対処している。

会議に出席していた人々は当然アルファの顔を知っていた。


「黒竜公閣下、西側路地はわれらが対処します! そちらを掃討したのち、場所を入れ替えて霧を排除していただけますか!」


 声を上げたのは異国の騎士団の長だ。

アルファはうなずき、牛鬼の群れを稲妻がなぎ払う。

秩序立って対処できるようになったおかげで余裕が生まれ、アルファは上空を見上げた。


「フォウルか」


 透き通る蒼天を、歓喜に満ちた叫びを上げながら、サファイアのような鱗を輝かせた蒼い竜が、街の中央に向かって飛び去っていった。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 地上の人々が畏怖の声を上げながら上空を見上げる中、空を行くフォウルは喜びのあまり己の正気がおかしくなったのではないかと自分を疑っていた。

腕の中に命よりも大事な人を抱いている。

どれほどこの時を待っていただろう。

――最後に見た光景だけを脳裏に焼き付けて。

いつかかならずもう一度、そう信じていたけれど、同時にもう二度と会えないのではないかと恐れてもいた。

もしかして、願いが濃くなりすぎたせいで正気を失い、都合のよい夢を見ているのではないかと疑っていたのだ。

けれど手のひらの中の輝きは確かにフォウルの切望していた存在だった。

嬉しくて、幸せで、体の奥底からエネルギーが湧き出してくるようだった。


挿絵(By みてみん)


 フォウルの手の中に守られているシリウスの方は、最初、竜になったフォウルの背に乗せてもらうつもりだった。

けれどフォウル自身がそれを許さなかったため、このような形になった。

もし万が一、大事な主人が背から滑り落ちでもしたらと危惧したのだった。

そういえば、以前カイルと一緒に戦ったときも同じような状況だったことを思い出してシリウスは苦笑した。


「ぼくは大丈夫なのに、みんな心配性だよね」


 そうつぶやいて、恐ろしく鋭利にカーブした蒼竜の爪に頬を押し付ける。

魔物を切り裂く巨大な凶器は決してシリウスを傷つけず、最大限の愛情を持ってやさしく包み込んでいた。




 アレスタに滞在していた竜人三人のうち最後の一人、カイルは、シリウスの命令に従って不本意ながら主人から離れて行動していた。

竜になって、救助した人々を街の外まで運び出すつもりだったのだけれど、どうやらアルファが良い方法を見つけたようだと察し、集めた人々を屋台村の広場近くへ下ろして行く。

郊外まで避難させるよりも、シリウスの傍をそれほど離れずに留まっていられるではないか。


「カイル! やたらと人数を増やすな! この場所にこれ以上は無理だ!」


 アルファの不満に満ちた叫びを聞いて、カイルは上空から広場を見渡した。

なるほど人が密集しすぎているように見える。

カイルの両親やアレスタの国王であるルーファウス、それに途中で救助してまわった各国の要人たちも、市井の人々に混じってもみくちゃだ。


「狭いなら広げてくれ。建物をいくつかどかして場所をつくればいい。私はもう一度市内を回ってくる」


「建物をどかせばいい」などと、平然とわけのわからない提案を述べて、あっさり飛び去った赤竜に人々は仰天したが、答えた人物はその場の全員と意見が違っていたようだ。


「ふむ、なるほど」


 アルファが納得したように首肯すると、広場の上空に会議場に現れたのと同じ闇色の球が出現した。


「人間だけ避けるのはなかなか手間だが仕方あるまい……」


たちまち広場の左右の建物が砂のように変じて闇の球へと吸い込まれていく。




 街の中央では、いまや完全に巨大なミノタウロスの姿を現した霧が、のどをそらせて夜空に響き渡る不気味な咆哮をあげていた。

口腔から牛特有の粘着質の飛まつが泡となって飛び散る。

おぞましく光る黄色の瞳は死体のように白く濁っていた。

人々が逃げ惑い、付近は恐慌状態だ。


 港町を守っている騎士たちも駆けつけ応戦しようとしていたが、弓を撃っても槍を投げても、巨大な魔物には豆粒を当てたほどのダメージも与えられていないようだ。

唯一、火炎魔法だけは若干ミノタウロスに影響を与えていた。

魔術士が渾身の魔力をこめて放った魔法が牛の体を覆う剛毛の先をほんの少し焦がしたのだ。

もちろん魔物本人は、自分の毛先が多少焦げようがまるで気にしていない。

彼らから少し離れた場所では、魔術師たちが大きな魔法を行使するべく魔法陣を用意しはじめていた。

しかし完成までには時間もかかるだろうし、そもそも魔法で倒せたところで霧の魔物は牛鬼と同じくすぐに復活してしまうかもしれなかった。

絶望感が漂う中、彼らは上空に蒼い竜を見た。



 ミノタウロスの周囲を、蒼く輝く竜がゆっくりと旋回しはじめる。

人目につかないよう竜の手の中に隠されながら守られているシリウスは、身を乗り出してフォウルに声をかけた。


「あの牛も霧でできてるのなら、攻撃しても元に戻っちゃうのかな」


「やってみましょう」


 フォウルの言葉と同時に空中に突如現れたのは、ミノタウロスの背丈ほどもある水の槍。

再び咆哮をあげようと天を仰いだ牛の頭部を、槍はまっすぐに貫いた。

石畳の街路までを突き、巨大な魔物を縫い付ける。

騎士たちの間から歓声があがったが、ミノタウロスは一瞬動きを止めたものの部分的に霧と化し、地面に突き刺さる水の槍をその場に残してすり抜けるように歩き始めた。


 巨大な質量の魔物が歩くたび、建物がゆれ大地が低く音を立てる。

太い腕を振り下ろすと、無人になった建物が乾いた粘土細工のようにあっさり崩壊してしまった。

轟音と共に崩れた瓦礫が石畳の街路を埋めていく。

なすすべのない騎士たちが、声を掛け合いながら1ブロック先まで後退した。


 あの調子で破壊活動を続けられれば、美しい港町は夜までにすべてが瓦礫の山に変わるだろう。

だが今、人々は牛鬼が現れ暴れまわっていた当初よりも恐慌をきたしていなかった。

赤竜が逃げ遅れた人々を拾ってまわり、蒼竜が巨大な化け物と戦ってくれている。

広場に輝く雷鳴が港町の人々を導いて落ち着かせてくれていた。


 「やっぱり物理的な攻撃は効かないんだ。それにもし魔法かなにかで倒せても元に戻っちゃうってことだよね?」


「そのようです。さて……」


どうしましょう、と問う前に、シリウスは、


「アルファに闇魔法で消してもらうのは?」


と、提案してみた。


「上位の魔族は闇魔法を得意としています。闇魔法は広い範囲で発動し、敵味方を区別しない。対象は必ず消滅してしまって加減もできない。だから使いこなせる人間はいないんだ。でも魔族はそんなこと気にしないから……。もし大きな闇魔法同士がぶつかり合ってしまうと対消滅を起こして街ごと消滅するかもしれない。だからお勧めはしません」


 フォウルは薦めないと言ったものの、絶対にやめるべきとは言わなかった。

たとえ街が吹き飛んでも、主人が安泰ならさほど気にしないのだった。

けれどフォウルの主人であるシリウスは、己の安泰だけではなく街の安泰も当然望んでいた。


「じゃあアルファには頼めないね。あの牛、すごく頭が悪そうな顔なのに、魔法も使えるんだ……」


「頭脳のほどはともかく、やつらは本能で魔法を使う。ぼくたちと同じで」


 魔物に対して失礼極まりない会話しているそのそばから、ミノタウロスが不気味な咆哮をあげ、その口の中から闇色の粘液がこぼれた。

黒い蒸気を吹き散らしながら地面に落下すると、集まりかけていた牛鬼までを巻き込み周囲の建物と地面とを吸収していく。

確かに魔法としての特性はアルファが使う闇の球と似通っていたが、見た目はまったく違っていて、アルファの闇の球のように輝く球体ではなく、ぶつぶつと泡を立て不気味にうごめきながら移動する、ヘドロのような物質だ。


「うわぁ……」


シリウスがいやな顔をした。


「あれ、消せないの?」


「許容量の限界を超えれば……」


ミノタウロスの進行方向を遅れながら進むヘドロは、いっかな衰える様子がない。


「でもあの牛をやっつけたら消えるよね」


 シリウスは海の方向を指差した。


「フォウル、海の水をくみ上げられる?」


「できるけど……。どうするのです?」


フォウルの質問に、シリウスは考えながら答えた。


「あのミノタウロスが霧でできているのなら、大量の海の水で攪拌しちゃえば薄まって元に戻れなくなるんじゃないかなと思って」


自分で提案したものの、シリウスは眉をひそめた。


「……毒とかじゃないよね」


「たぶん」




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 今日、サンターナの住人たちは、いままでの人生で目にしたことのないものばかりを次々と見せ付けられたが、海岸からせり上がってきた代物はその中でもばかばかしくとんでもないものだった。


「海が……」


 海岸沿いで魚介料理の店をやっている主人が妻と抱き合ってその光景を見つめていた。

海の水が重力に逆らって持ち上がり、空中に巨大な水滴を作り上げようとしている。

水の球の中を泳ぐ魚たちの銀の鱗が光って見えた。


「魚は逃がしてあげないと……」


「そのつもりでやっているんだけど、どうしても混ざっちゃうな」


 蒼竜がつぶやくと、水球から数匹の魚がはじき出される。

巨大な水の球は徐々に水量を増し、いまやミノタウロスの身長よりも大きかった。


「可能な限り沢山の水で薄めたほうが良いよね」


シリウスの提案により、まだまだ巨大化していく。


 蒼竜とシリウスが相談しながらのんびりと水球を大きくしている間、ミノタウロスはなにか不穏な空気を感じたのか、蒼竜に向け腕を振り回し始めた。

蒼い竜は翼を打ってかわすが迷惑そうな声を出す。


「気が散る……」


「とりあえずもう海水の中に入れちゃって、動けなくしてから水の量をふやしてみようか」


 承知しました、と答え、フォウルは海水の巨大なドームをミノタウロスの真上に移動し、そのままゆっくりと下ろして牛の魔物を飲み込んで行く。


 「暴れてるね……」


 ミノタウロスも、もちろんおとなしく水球に飲まれるままになってはいなかった。

闇色のヘドロを再び吐き出し、海水を消滅させていく。

巨大な滝の近くにいるような轟音と共に、たちまち水球は大きさを縮めた。


「あまり地上世界の水分量が減ると環境に影響があるかもしれません」


 それを聞いたシリウスは、しばし考えてから、ハッと何かに気付いたように顔をあげた。


「魔物を創ったり消したりはできないけど、水なら創れるよ」


言うなり水球が金色の球と化す。


「水の量は少なくても良いから、このまま球の中にミノタウロスを閉じ込めて」


「はい」


 なおも抵抗する巨大な牛を、金色に輝く水の玉が飲み込んだ。

そのまま再び空中へと浮かんで行く。

醜い牛の化け物の頭と足が水球からはみ出しているせいで、ますます激しく抵抗し、さらには不気味な声を上げ、塩辛い海の水が街中に飛び散った。



 「一気に水が増えると思うから、なるべくこぼさないでね」


「ご随意に」


 金の膜に覆われた水球が一気に膨らんだ。

直径がみるみるうちに増し、いまやミノタウロスは完全に全身が水の中に閉じ込められている。

相変わらず暴れているし、黒いヘドロはまだ残っていて水の吸収を続けていたが、減るより増える水のほうがずっと多かった。

海水の球がゆっくりと回転を始める。

水球は上部と下部とで逆方向に回っていた。

ざあ、ざあ、と、最初は不規則な雨のような音だったが、徐々に真夏のスコールのように激しい鳴動が始まり、渦と飛まつとで白く濁った水球は、中にいるミノタウロスの姿をすっかり隠してしまった。

それでも時折、ごぼごぼごうごうと、内部の魔物が吠え立てていると思わしき、恐ろしい低音が街中にひびきわたる。


 フォウルは容赦しなかった。

海水を操り、渦潮のように激しく回転させ、攪拌しながら中の巨大な魔物を引きちぎる。

おぞましい絶叫が水の中から響いたが勢いは衰えない。

最初、水球はところどころがまだらな紫に染まっていたが、それも徐々に均され薄まり消えて行く。

フォウルはさらに念のため、海水を追加しながら攪拌を続けた。

遠心力により上下二つの円盤型に広がり始めた水球は、傘のような形状になって街全体を覆うほどに巨大になりつつある。

分解されつくしたミノタウロスの姿はすっかり消え去り、紫の霧の痕跡もすでに影も形もなかったが、フォウルは上空の円盤をさらにいくつもの小さな水球へと分割した。


 「フォウル、大丈夫? 疲れてない?」


 心配する主人にフォウルは笑みを含んだ唸りを返した。

実際まったく疲れを感じてなどいなかったからだ。

むしろ、まだまだ、もっともっと、シリウスと共に戦いたかった。

腕の中にいる主のぬくもりをいつまでも味わっていたかった。

けれどあまり長く空に留まっていると、主人の小さな体は冷え切ってしまうだろう。

フォウルはサファイアのような瞳を細めて頷く。


「どうということはありません。――仕上げをします。少々うるさいかもしれないから、耳をふさいでいて」


 蒼竜は蒼い鱗をきらめかせ、大きく首をのけぞらせると、声を限りに咆哮をあげた。

喜びに満ちたその叫びは人々に今日の戦闘がもう終わりに近いことを悟らせた。

蒼竜の叫びに応じ、紫の霧を含んだまま分割された水球は、可能な限り別の方向に、可能な限り遠くの海へと吹き飛んで、たちまち人々の視界から消え去ってしまった。


 「片付いたか」


 アルファは当初よりもかなり広くなった、文字通り「広場」で空を見上げた。

黒竜公に守られていた人々も釣られて天を仰ぐ。

港町の蒼穹に、日の光を鱗にまぶしく反射しながら大きく旋回しているのは蒼い竜。

巨大な翼を覆う半透明の青い飛膜が、太陽を透かして虹のように輝いている。

カイルはいつのまにか人身に戻り、アルファの隣で不満げな顔をしていた。






「24話・紫煙」でツヴァイ初登場時のイラストにあるように、ツヴァイとミノタウロスはもともとセットで考えていました。

そのわりに牛さんは早々に退場してしまいましたが。


そして次ポイントは「26話・咆哮」のあとがきにある予告(?)


>サイズ比較用のイラストのはじっこにいる、ワンコ的なものは

>たぶん55話とかそのへんに登場すると思います。


という文章。

以下はそんな次回、55話の予告です。


挿絵(By みてみん)

モフモフ天国

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ