51・☆見守るものたち
シリウスと護衛の二人に父と兄、それにロンも加わった6名は、国王一家用に用意された旅館の一室で朝食後の歓談を楽しんでいた。
昨晩エリカやレイたちとの外食を大いに楽しんで元気を取り戻したシリウスは、留学の件について再び切り出す。
「父上、アレスタの国王陛下とはお話ししてくれましたか?」
「ん? あ、ああ、まあな」
父の反応はいまいちだったが、シリウスはかまわず続けた。
「留学のお話も?」
「もう少しお前が大きくなったらと、話しておいた」
父ライオネルとしては、それで最大限の譲歩のつもりだった。
だめとは言わないが、今はまだ早い。
けれどシリウスはあきらめなかった。
「最初は短い期間でもいいから、すぐに行きたいんです。逗留先の検討もついたから」
「短い期間……? どれぐらいのつもりだ?」
「半年ぐらい」
そのとたん、それまで黙って父と弟の話を聞いていたルークが立ち上がった。
「長すぎだ!」
「ほんとは1年ぐらいがいいかなって思ってたんだよ」
「一週間ぐらいにしておきなさい! それなら兄上もついていくから」
思わずロンがこっそり笑う。
王子二人が一時的にでも同時に国を出て行ってしまったら、国民はさぞかしガッカリするだろう。
光の君として人気のあるシリウスだけではなく、誰にでも身分の別なくやさしく、真面目な王太子も、次の国王として国民たちにとても好かれていた。
特にルークは、まだ幼いシリウスと違い、軍人としても王族としても、さまざまなセレモニーや演習に参加しなければならず、かなり忙しい身だ。
常に傍にいてルークを補佐しているロンは、一週間兄弟が留守になった場合のスケジュールを瞬間的に頭に思い浮かべる。
一週間ぐらいなら調整の具合によってはなんとかなりそうな気もするが、ルークは弟の留学に本気でついていくつもりのようだ。
ライオネルは深々とため息を落とした。
「確かにこの前までは私も、シリウスがカイル殿とアルファ殿を伴って他国を訪問すれば、多少はウェスタリアへの風当たりも弱まるだろうと思っていたが……」
昨晩の懇談会の様子を、ルークもロンも脳裏に思い浮かべていた。
「竜人の方々は親善に向かない性格のようであるしなあ……」
シリウス以外に対してはきわめて態度がよろしくなかった二人だ。
もっとも昨日の件は無礼な態度を取ったナスル将軍に原因があったのだけれど。
シリウスはそのあたりを良くわかっていたので、大事な二人を擁護した。
「相手の人がちゃんと礼儀を守ってくれたら、二人だってあんなふうに怒ったりしないよ」
カイルとアルファはしみじみと頷いている。
頷いている竜人たちを、ルークは軽く睨んだ。
他人事のような顔をしているが、彼らのせいでかなりの面倒ごとをしょいこんでいるのが現状だ。
たしかに彼らは尋常でなく強いけれど、彼らが強力な分、彼らを欲する勢力も強大になっていく。
その上、他国の地位の高い人々に対して、竜人たちはあまり態度がよろしくない。
一緒にいるシリウスがフォローのために苦労する。
もっとも、シリウス本人は苦労を苦労と思っていないようだったけれど、近くで見ている大人はハラハラせずにいられない。
竜人たちは、実際にウェスタリアを守って戦ってくれたし、シリウスの護衛として役に立ってはいるが、それでも留学騒ぎが持ち上がっている今は、かわいい弟を連れ去られるような気がして、マイナス面ばかり気になるルークなのだった。
シリウスは父の手を握ってじっと紫の目を向けた。
きらきらと宝石のように濁りのない、まっすぐな視線から、国王は思わず眼を背ける。
「父上」
「う、うん」
「半年でもだめだったら、じゃあ、どれぐらいだったらいいですか?」
「……い、一週間ぐらい?」
思わずルークの提案を反復してしまったライオネルだが、それを聞いたシリウスが瞳を潤ませたので大いにひるんだ。
「父上、そんな短い期間じゃ何の意味もありません。往復するより短いよ」
「じゃあ、二週間ではどうだ?」
「4ヶ月!」
「一ヶ月!」
「三ヶ月! これ以下だったら短すぎるよ!」
「二ヶ月だ!」
市場の値切り合戦のような様相を呈してきた二人を、全員が呆れたように見ていたが、国王が勢いにまかせて二ヶ月だ、と叫んだ後、シリウスが微笑んだ。
「わかりました、二ヶ月で我慢する」
「~~っ!」
「父上! 子供に乗せられてどうするのですか! シリウス、今のはナシだ!」
ルークが必死に割り込んだが遅かった。
「ううん、しっかり聞いた。ね、アルファ、カイル」
「はい」
問いかけられた一人は静かに頷き、一人はしぶしぶと言った様子で頷いた。
ライオネルはあきらめたように苦笑すると、果物の皿を引き寄せる。
「……仮に二ヶ月留学するとしたら、カイル殿とアルファ殿は止めたところで同行されるだろうからいいとして、他に身の回りの世話をする人間をつけないとな」
「父上、本当に、シリウスを留学させるつもりなのですか!?」
もうなんだか涙目なルークにライオネルは苦笑を深くする。
どうにもこの長男は、何年も待ち焦がれてようやく生まれた弟が、かわいくてかわいくてしかたがないようだった。
ライオネルも自分の息子二人を分け隔てなく愛していたが、シリウスは二人目の子供だったし、弟かわいさのあまりいっぱいいっぱいなルークより、精神的な余裕がある。
「仕方あるまい。二ヶ月だけでもいいというのだから、お前も許してやれ」
「……私は承服しかねます!」
まったく納得できない様子でルークは椅子に座りなおした。
「兄上、ごめんなさい。でもアレスタは近いし、すぐ帰ってくるんだから……。それと父上、逗留予定の宿は騎士の人たちが共同で経営している下宿だから、食事の心配もいらないよ。カイルとアルファだけ一緒に来てくれたらそれでいいんだ」
シリウスは昨晩レイから貰ったメモを渡した。
「相手の方々とも話しました。とってもいい人たちだよ、ね」
ね、と話を振られて、アルファは微妙な顔をしたが、
「性格に難がないわけではないが、悪人ではなかった。逗留するのであれば悪くない相手だと思う」
と、ライオネルに向けて答えてくれた。
「この騎士たちというのは、お前たちの身元を知った上で許可してくれたのか?」
今度はルークが問いかける。
普通の神経をしていたら、竜人二名と隣国の王子という、あらゆる意味でとんでもない組み合わせを、気軽に下宿に引き受けたりしないだろう。
「うーん、レイは最後のころには気がついてたかも。なんだかちょっとあせったように帰って行ったし」
ライオネルは頷いた。
「では、この滞在先とやらに連絡をして、お前たちの身元を明かした上で、それでもこの騎士たちがいいというのであれば、二ヶ月の留学を許そう」
「ほんとう?!」
シリウスは椅子を飛び降りると、父に抱きついた。
「ありがとうございます父上!」
それからルークの前に立ち、紫の瞳を切なく潤ませ兄を見上げた。
「……兄上が、どうしてもダメだというなら、あきらめるよ」
視線を合わせないようにしていたルークだったが、じっと見つめられついに我慢できなくなった。
「わかった、わかったから、そんな目でみるな。おいで」
両手を広げると、シリウスはすかさず兄の腕の中に飛び込んだ。
国王と次期国王が陥落したのを目撃し、ロンは軽く額を押さえたが、どうしても笑みが漏れる。
こんな風にやさしくおだやかな人々が、自分たちの主君で本当によかったと、しみじみ実感したのだ。
ここまでのんびりした気風の国はなかなかないだろう。
ウェスタリアが国という単位でのんびりしているのは、この国王一家の性格によるところが大きい。
大事な主君一家の平和を維持するためになら、ロンはどんなこともする覚悟だった。
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フォウルはサンターナの高級旅館の屋上に一人立ち尽くしていた。
屋上の風にあおられ、無造作に切られた蒼い長髪が絹糸のようになびく。
この建物の中にシリウスがいる。
先日、会議が行われた日、フォウルは黒竜が会議場の上空で怒り狂っていた様子を遠くから見ていた。
なぜそうなったのか、詳しい事情はわからないが、大体の想像はつく。
竜人たちがシリウス個人に尽くす事を是としない連中がいるのだろう。
人間は、竜人を人間全体のために尽くす生き物だと勝手に思い込んでいる。
そうあるべきだという主張もやめない。
フォウルはぎりりと歯を食いしばり拳を握る。
シリウスが悲しい思いをしただろうと思うと胸が痛かった。
傍にいて、たった一人の大事な人を守ってあげたいのに、ままならない自分が許せない。
目を瞑ると、はるかな過去がつい先日の事のようによみがえる。
命よりも大事だと、何があっても守ると、そう誓った人が、逆にフォウルたちを守って死んでしまったあの瞬間が。
今は綺麗なままの手のひら。
あの日、フォウルの手は死に逝く主の血で赤く染まっていた。
黒竜も、赤竜も、白竜も、誰にもどうすることもできなかった。
きつく目を閉じ、フォウルはつぶやいた。
「忘れない……」
あの日のほんの一部を思い出すだけで全身が引き裂かれるように苦しい。
「絶対に……」
どんなに苦しくても、忘れてしまうわけにはいかなかった。
自分以外の他の竜人たちは忘れてしまうのだから、覚えていなければならない。
あの日の苦しみ、悲しみ、慟哭。
忘れてしまったらきっと繰り返すと確信していた。




