46・☆家族会議
カイルがシリウスを追いかけて、アレスタの重鎮たちのいる部屋に押し入ったため、宿を守っていた騎士たちや、騒ぎを聞きつけて集まってきた人々が、興味津々の様子で開けっ放しだった扉の隙間から部屋をのぞいていた。
ガーラントはそれらの人々に向け咳払いをして扉を閉めさせると、ようやく息子に語りかける。
「……カイル」
「!」
そこでカイルは初めて主人以外の人物に気付いたように立ち上がった。
「こ、これは、失礼しました」
ハッとしたように国王と両親に向け慌てて謝罪し、すぐに再び彼の大事な主人に向き直る。
「シリウス様、さあ帰りましょう」
「まだ用事がすんでないんだけど」
「アルファがうろたえきっておりましたよ。ルーク殿もライオネル殿も心配しておいでです」
「そうなるとわかってたから、行き先も書いて、すぐ戻るから迎えはいらないって置手紙をしてきたのに……」
シリウスは二年前、自分がこっそり城を抜け出したせいで大騒ぎになってしまった日のことをいまでも反省していた。
城につめている騎士たちが総出でシリウスを探し回った。
だから今回は、どこに行くか、いつ戻るかもきっちり書いて残してきたのだった。
カイルが迎えに来ることは予想していたけれど、それでも、もう少しの間はバレないと思っていたのだ。
もしかしたら出かけた事が見つかる前に帰れると思っていたのに、やっぱりそうもいかなかったようだ。
不満そうにかわいらしい唇を尖らせ、それでもシリウスは立ち上がった。
「ルーファウス陛下、カイルのお父様、お母様、突然お邪魔してしまって失礼しました。一旦帰ります」
「一旦ってなんですか! また来るおつもりですか!」
「……今日のところは帰ります」
律儀に言い直し、シリウスはカイルを見上げ、次にガーラントと視線をあわせた。
ほらね、ご子息は、こんなにも過保護なのですよ、と、視線で語る。
なにやら不穏な空気を感じたカイルはシリウスの手を握り早々に退出しようとした。
だが彼の主人はそこで簡単に帰らせてくれるような人物ではない。
「あっ、そうだ忘れてた!」
シリウスはカイルの手を振りほどき、すばやく室内に戻る。
ポケットを探り、金色の羽を取り出した。
空を飛んでここに来る途中で、自分の背の翼から一枚抜き取っておいた羽だ。
それを見たカイルが目を見開いた。
「それは……っ!」
「お母様、これを受け取ってもらえませんか?」
ミーナに、金の羽を渡す。
「まあ……」
ミーナが受け取ると、やわらかに見えた羽は思いのほか固く、重量があった。
驚くほど精緻で、一見すると本物の鳥の羽にしか見えないのに、それはまぎれもなく金属でできている。
「……ぼくにはよくわからないのですが、所持していると竜の鱗と同じような効果があるようです。気休め程度かとは思いますが、人の運命線に働きかけて幸運の値をあげてくれます。ぼくがカイルを預かる代償としてはささやかすぎるお礼なのはわかっていますが、ぼくには他に差し上げられるものがないんです。それに、カイルも同じ羽をずっと身に着けてくれているんですよ」
シリウスがふと見ると、ミーナの息子、カイルは非常に不満そうであった。
ルーファウスがすかさずからかう。
「どうしたカイル、むくれて」
「むくれてなどおりませぬ」
そういうのだが、あきらかに不機嫌だ。
シリウスは大事な友人に微笑みかけた。
「ぼくの羽を一番最初にもらったのはカイルなんだから、やきもちをやいたりしなくていいんだよ」
アレスタ側の三人は、カイルがすぐに「やきもち」を否定するかと思ったのだが、カイルはそうしなかった。
素直にうなずくと、ため息をついて訴える。
「ですが、あまり他の者に配ってしまっては寂しいではないですか」
「カイルも含めて世界中でまだ三人しか持ってないのに?」
シリウスは苦笑して、ミーナに、
「カイルは羽を金の鎖に取り付けて、肌身離さず持っていてくれているんです」
と、教えた。
「まあそうなのカイル、ぜひ見せてほしいわ」
カイルはすかさず自分の胸元をぎゅっと押さえた。
衣服の下に、確かにシリウスから貰った羽をペンダントにして身につけていたからだ。
「これは私が賜った物ですゆえ、いかに母上といえど絶対お見せするわけにはいきません」
キッパリ言うのだった。
「アルファなんか、常に見えるところに身に着けてるじゃないか」
アルファは普段黒衣の胸元に、羽をブローチにしてつけている。
「見せびらかして喜んでいるようなあいつと一緒にしないでください。私は誰にも見せずに、私だけの物にしておきたいのです」
「まあいいけれど……。でもね、カイルが大事にしてくれてすごくうれしいんだよ。だからこそ、カイルの母上様に同じものを差し上げたのだし」
そういって笑い、シリウスは背伸びをしてカイルの背に触れる。
本当は頭をなでてあげたかったのだが、届かなかったのだ。
主人にほめられたカイルは嫉妬のことなどすっかり忘れ、頬を紅潮させ嬉しそうだった。
どちらが守護されているのかわからない様子に、ミーナもガーラントもルーファウスも、やや呆然としてしまった。
アレスタにいたころのカイルの、堅苦しくさえあった様子とはまるで違っていたからだ。
三人の知るカイルは、真面目で、クールで、地位も身分もある極端な美形にふさわしく、多少のことで感情を表に出したりしなかった。
大声を出しながら部屋に突入してきたり、宝物を大事に胸元に隠しておいたり、ほめられて赤面したり、そんな行為とはまったく無縁だったのだ。
その後、大丈夫だから一人で窓から帰るというシリウスをカイルが大慌てで捕まえ、やや強引に扉をくぐり部屋から退出していった。
嵐のような二人が出て行った後、残された三名は視線を交わした。
「カイルのやつ、元気そうだったのう」
「……元気すぎにみえましたが……」
ガーラントは眉間を押さえてうめいたが、妻のミーナは笑う。
「でもきっと、あれが本来のカイルの姿なのよ。私たちが知らなかっただけで……。ステキなものが見られて、私はうれしかったわ」
そう言って、うけとった金の羽をしみじみと眺めた。
「シリウス様も、とてもお優しい方でしたし。……カイルは本当に、何よりもあの方が大切なのね」
少し寂しかったが、心配していたカイルが予想以上に幸せそうな様子だったので、三人はとても安心していた。
昼間の会議では、アレスタをはじめ、他の国々の剣幕にあてられ、カイルは非常に不機嫌な様子を隠していなかったから。
ガーラントはミーナの手元の金の羽を見つめながら息をついた。
「あのシリウスという少年は、私たちに元気なカイルを見せたくて、やってきたのかもしれませんな」
「そうじゃのう。 ……ああ、そういえばあの子の留学の件はどう思う?」
忘れかけていた肝心の用件をようやく思い出し、三人はあらためて、相談をはじめたのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「父上、兄上、お話があるんです」
翌朝早く、父と兄とロンとが談笑している部屋に、竜人二名を背後に連れたシリウスが入室してきた。
「僕は遠慮していたほうがいいかな?」
気を利かせたロンに、シリウスが首をふる。
「ううん、いてほしい」
それから背後に控える護衛の二人をちらりとみやり、
「むしろカイルとアルファに出ていて欲しいんだけど、二人とも夕べから離れないんだ」
アルファは無表情のまま頷いた。
「我が君の奔放であらせられること十分承知していたつもりでしたが、アレスタに滞在している間はもう一刻たりとも眼を放しません」
カイルもなにやら必死な表情だ。
「ウェスタリアとは違うのですよ!」
二人とも昨晩シリウスが無断で部屋を抜け出した事で、まだ動揺を引きずっているらしい。
シリウスは苦笑してしまったけれど、それ以上竜人たちを追い出そうとはせず、父たちと同じテーブルにつく。
「あらたまってどうした。昨日の会議のことか?」
おだやかな父に聞かれ、シリウスはかぶりを振った。
「いいえ。厳密には関係していますけれど、べつの話です。……兄上」
そう言って、兄の眼をみつめる。
みつめられたルークはアメジスト色の瞳にうっかりみとれてしまったが、弟の意図ははかりかねていた。
「うん?」
「兄上は、西にあるノラン王国に二ヶ月ほど留学した経験があるよね」
「ああ、12歳のときにな。軍略の発達した国で、色々と勉強になった」
兄の言葉を受けて、今度は父を見る。
「父上、ぼくも、留学したいんです」
「!?」
その場の全員が眼をむいた。
一番驚いたのはカイルで、愚か者のように口をあけたまま呆然としている。
ライオネルは息子の幼さの残る秀麗な顔をじっと見返しため息をついた。
このかわいい次男坊は、見た目は深層の令嬢のように儚げなのに、言うこともやることも、やんちゃだった長男以上に大胆だった。
「だがなシリウス、お前は産まれてからまだ2年しか経っていないのだぞ」
「卵のときから数えたら7年です」
「それでも7歳ではないか」
シリウスの見た目は10才前後の少年であったけれど、実際の年齢は卵の時を含めても7歳にしかなっていなかった。
ルークも頷いて身を乗り出した。
かわいいかわいい弟が、こんなに早くに手を離れてしまうなんて、まったく予想していなかったのだ。
「留学なんて早すぎる! 絶対だめだ!」
「そうですよ、民衆も光の君がいなくなってしまったらさぞかし寂しがるでしょう」
ロンも王太子に助け舟を出した。
けれどシリウスは引かない。
「ずっといなくなるわけじゃないよ。それに……」
背後でうろたえた表情の竜人二人を見上げた。
「どこにいってもきっと二人は一緒に来てくれる。竜人が来てくれたらみんな嬉しいよ。他の国からあまり嫉妬をかわないためにも、ぼくは同じ場所に長くいないほうがいいと思うんだ。あちこち移動してたらウェスタリアだけズルイって言われなくなるんじゃないかな」
「そんな……!」
これにはカイルが悲痛な声を出した。
アルファも深い声でうなる。
「我が君がそんな事を気になさる必要はありません。理解しない連中がすべて悪いのです」
「そうも言っていられないよ。二人がいてくれれば戦争になることはないだろうけれど、外交は戦争だけじゃないんだから。そうでしょう、ロン」
話を振られたロンは複雑な表情だった。
シリウスは、自国で竜をすべる「光の君」として知られており、人気は大変なものだったし、それによる経済効果もかなりのものだった。
けれど確かに他国からの嫉妬による締め付けはすでに始まっていた。
贅沢にも竜人様が二人も国を守ってくださっているのだから、多少のことは譲歩しろ、というわけだ。
シリウスはため息をついて、父を見る。
「でも、それだけじゃないんだ。ぼくは生まれたときからみんなに優しくしてもらって、城の中以外の生活を知らないから……」
城下の人々にも、すでにシリウスの容姿は知れ渡っていて、おしのびなど夢のまた夢だ。
「ぼくのことを知らない人たちと生活してみたい」
そう言って、窓の外に視線をやった。
「バナードの家みたいに、普通の人が暮らす家でいい。カイルとアルファがいてくれたら、他に世話をしてくれるひとなんかいらないよ」
ぴったりと背後にひかえる竜人たちを見上げ、笑った。
ライオネルは腕を組みうなった。
息子の言うことは一理ある。
だがそれは政治的な問題であって、心理的な面では、到底かわいい息子を手放せるものではなかった。
ましてや一般人にまぎれてごくふつうの家に住まわせるなど想像外の外もいいところだ。
考え込んでいる父と兄に、シリウスは畳み掛ける。
「実はもうアレスタの国王様にはお許しを頂いてあります」
「なんだって!」
「なんですって?!」
父と兄と、ついでにカイルまでが同時に叫んだのでシリウスは笑った。
「できれば何ヶ月か留学させてくださいって、お伝えしたんです」
「そ、それで昨晩宿を抜け出したのですか?!」
カイルはもはや涙目だ。
「なんでそんなに興奮しちゃうのかわからないんだけど、ぼくはカイルの国が見てみたいだけだよ。隣国だし、カイルが育った国だもの」
「なんでって、シリウス様……」
どうにも言葉にならないカイルに、アルファが助け舟を出す。
「我が君、われらのためにそのようなご苦労をおかけするわけにはまいりませぬ。他人が文句を言ってくるならばわれらが黙らせますゆえ、今までどおり城でのんびりなさって下さい」
「……」
それがよくないんだけれど、と、内心でシリウスはため息をついて、黙ったままの父を見た。
ライオネルは組んでいた腕をほどき、深く息をつく。
「留学したいというシリウスの気持ちはとりあえず聞いた。だが結論はまだだせぬ。身内だけで決定していい事柄ではないし、アレスタ側との話し合いも必要だ」
「それでかまいません」
「それから、住居や家政の問題もある。お前は一般人が住む居住区でごく普通の家に住み、竜人の方々だけ傍にいてくれればいいと言うが、さすがにそれは不可能だ」
兄のルークとロンも深々と頷いているのでシリウスは不満だったが、今はとりあえず黙っている。
ライオネルは続ける。
「留学は確かにためになるし、竜人の方々たち、とくにカイル殿がアレスタに一時的にでも留まれば、少なくともアレスタからの風当たりが弱くなるだろうことも確かにわかる。わかるが……」
ライオネルは眼を細め、かわいい次男をじっと見つめると、
「いくらなんでもまだ早すぎるではないか」
苦しげにそうつぶやいた。
カイルは家出同然に出てきてしまったので、実家がちょっと苦手なようです。
くわえて、甘やかされて大事にされていた、という状況をシリウスに知られたくなかった。
もうすっかり知られてしまいましたが。
いつも閲覧、ご感想、お気に入りの登録など、本当にありがとうございます。
おかげさまで、のんびりですが、ペースを崩さず更新できています。
ひとえに、応援してくださる皆様のおかげです。
実は、首脳会議の終了の時点までが、連載前に書き溜めていた分でした。
とはいえ、完全に下書きだけでしたし、連載中に途中の話をたくさん挿入したりしたのですけれど。
話の流れはかなり変更がありました。
連載しながらも書き溜めて、下書きのストックは連載前と同じぐらい余裕があるので、精査しながらしっかりと進めて行きたいと思います。
2013年は応援本当にありがとうございました。
2014年もがんばります。
年明けはなるべく早くに更新したいです。
よろしくおねがいします。
そんな新年一回目になる予定の次回予告
↓
アルファの用意したシリウスのお忍び用フード付コート。
いつでも用意周到なアルファはぬかりない。




