42・☆アレスタへ
ご訪問、ありがとうございます。
今回から新章です。
あいかわらず基本ほのぼの、時々シリアスですが、前の章より全員が積極的に動き出し、活動的になるかと思います。
ペースを崩さず続けて行く予定ですので、よろしくお願いします。
シリウスが卵から出てきてから二年の月日が経過していた。
卵から出てきたとき、すでに8歳ほどの見た目だったシリウスだが、相変わらず細身ながらも身長はそれなりに伸び、外見年齢は10才よりも大人びて見えた。
中性的で天使のような容貌も変わっていなかったが、ふっくらとしていた頬が若干だけ鋭角さを増し、護衛の竜人、カイルに言わせれば「少年神のように神々しくさえある」ということだ。
金の髪はあいかわらず誰も切ってくれないので一時は膝裏のあたりまで伸びてしまった。
最近はことあるごとにシリウスが髪を切って欲しいというので、みな怯えている。
もしも王子の願いを聞いて切ってしまったら、さぞかし他の人々に恨まれるだろうし、なによりそんなもったいないことができる人物もいなかったからだ。
結局、隠してあったハサミをシリウスが見つけ出し、
「もう自分で切るよ」
と言って、実際に腰の辺りで髪を一房切ってしまったため大騒ぎになった。
たまたま近くにいた兄、ルークがハサミを取り上げ、それ以上弟が髪を切るのを阻止したのだが、ハサミを入れてしまった箇所を放置するわけにもいかず、城に通う美容師が恨まれ役を引き受けてシリウスの髪を揃えてくれた。
その事件以来、ハサミの置き場所はますます厳重に管理されるようになってしまったのだが、シリウス自身は「もっと上のほうで切ればよかった……」と、激しく後悔していた。
黒鋼色の髪を持つ、黒竜公、アルファは、二年が経過しても、外見も態度もまったくかわらないままだったが、ウェスタリアの城内で彼に頻繁に会う人々は、二年間で彼にかなり慣れた。
親しくなったりは無論できなかったが、ひたすらシリウスに尽くし、ひたすらに甘いアルファが、単なる親馬鹿にしか見えなかったせいもある。
シリウスに対して以外は無関心そのものなアルファだったが、世話をする女官や随従が緊張のあまり多少しくじりをしたとしても、一切気にしなかった。
見た目は恐ろしいほどに精悍で美しいのに、実際は寛大で子供好きな黒竜公、というのが城内でのアルファの評価だ。
漂う雰囲気が尋常ではなく恐ろしいので見誤りがちだが、この評価は実のところかなり的を射ている。
アルファは他人に対してあらゆる意味で無関心に思われがちで、本人もまったくその評価をくつがえそうとはしないけれど、実際は誰に対しても平等で寛容だった。
もう一人、炎の竜人、カイルの方は、二年の間に若干背が伸びた。
いまだ十九才であり、竜人とはいえギリギリ成長の途上である。
カイル自身は一度も祖国に帰ることはなかったが、祖国からは何度か使者がやってきてくれたので、家族や国の様子を知ることができた。
城内の人々のカイルに対する評判はすこぶる良好だ。
話しかければやさしく応答してくれるし、常に穏やかな表情で誰に対しても紳士的だったからだ。
女官が重い荷物を持って困っていればさりげなく助けてくれるし、こだわりのある茶などは自分で淹れた。
見た目がとんでもない美青年でもあったので、評判はうなぎのぼりだ。
いつもシリウスのため健気にがんばっているように見えるのも好評価の理由だろう。
カイルを崇拝しているアレスタの国民だったら「今日も赤竜公が主人のため健気にがんばっている」などと聞いても、一笑に付してまったく信じなかっただろうが、ウェスタリアではそれがカイルの標準評価だ。
そんな風に一見のんびりとした城内だったが、実際は国際首脳会議の開催が迫っていたため、ウェスタリアは国をあげて会議出席の準備に追われていた。
会議に出席する他の国々と違い、竜人を私物化していると糾弾される側であるウェスタリアの立場は非常に苦しいものだったので準備も慎重だ。
会議は結論が出るまで数日に渡って開催される予定だったが、おそらく議題の中心になるであろうカイルとアルファはまるで気負っていないようだった。
二人の竜人の立場は明確で、本人たちが宣言している通り、何があってもシリウスから離れるつもりはないのであった。
――会議でどんな結論がでようとも、だ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
会議へと出立する前の晩、シリウスは大事な友人であるカイルとアルファを自室に呼んだ。
何度もこの件について話し合ってきたけれど、いよいよとなると間近に迫った会議が怖かったからだ。
なにしろ世界中の要人が集まる会議の議題は、なぜか、自分と、自分の大事な友人たちとの関係についてなのだ。
しかもどうやら世界中の人たちは、自分と友人たちを引き離したいらしい。
つい最近までそんなこと夢にも想像していなかったシリウスには驚愕だった。
どうして会った事もない人たちにそんな事を言われるのか理解できないし、生まれたときからずっと一緒の二人と引き離されてしまうかもしれないなんて、考えると不安で寝られない。
けれど当の竜人二人は全く平気な顔をしている。
「二人とも、心配じゃないの?」
「何を心配することがありましょうか」
アルファは黒曜石のような瞳をおだやかに細めた。
そんななにげない表情も、シリウス以外には決して見せないのだから徹底している。
カイルも頷いた。
「シリウス様は何も不安に思われなくてよろしいのですよ。ただ、あのような場ではシリウス様に害をなそうとする不逞の輩がいるかもしれません。会議場内では我々がお傍についていられない事もあるかと存じます。決してお目立ちになりませんよう」
「それは兄上にも父上にも言われた。会議の間はなるべく人目につかない場所にいるようにって」
シリウスはアメジスト色の瞳を忠実な竜人たちに向け、それから金のまつげを伏せた。
「ぼくが二人と一緒にいてはいけないと、会議で決まってしまったらどうしよう……」
「我が君……」
「怖くて寝られないんだ……」
なぐさめようとアルファが膝をつくと、シリウスは黒衣の竜人に抱きついた。
たくましい友人の、生まれたときから知っている香りが、シリウスを落ち着かせてくれる。
黒衣の肩に顔をうずめて、すぐ傍にいる事を実感するために目を閉じた。
「もしそうなったら、二人と一緒にどこか遠くの、誰のものでもない土地にいく」
「!」
カイルとアルファが驚いて目を見開いた。
二人の驚きに気づかないまま、シリウスは続ける。
「法律の本には、いかなる個人も、国家も、竜人の所有権を主張してはいけないって、書いてあるんだって。ぼくはウェスタリアの王子をやめて、三人で誰のものでもない土地に行くんだ。そうしたら国は関係なくなるし、シャオもフォウルもいつでも来られる。みんなウェスタリアをうらやましがったりしなくなるし、ぼくはもちろん、みんなの所有権を主張したりなんかしないよ。――ただ、一緒にいたいだけなんだ」
竜人二人は主人の言葉に絶句してしまった。
幼いと思っていた主がこんなことを考えていたとは。
「ちょっと寂しいけど、家族に会いたいときは自分で飛んで帰る。――それならみんな許してくれるかな」
「そんなことはさせません!」
カイルは思わず声を上げた。
主人の決意が切なくて、胸が苦しい。
「シリウス様は何も心配なさらなくてよろしいのですよ。きっと良い結果になるよう、アルファも私も、シリウス様のご両親やルーク殿も力を尽くしております。手伝ってくれる沢山の近臣たちも、ついているではありませんか」
「うん……」
紫の瞳から透明な涙が盛り上がり、白い頬をするすると伝った。
カイルはシリウスの手を取り、少しでも慰めになればと自分の頬に押し付ける。
細いその手がかすかに震えていて、主人が本当に不安を感じているのだと改めて悟った。
アルファも深いバリトンの声でためらわずに言った。
「天地神明に誓って、このアルファが我が君をお守りします。お体だけのことではありません。我が君が悲しまれるような結果には、絶対にしませぬゆえ」
頭をたれると黒鋼色の前髪が落ちる。
再び顔をあげたとき、アルファは胸元に輝く金の羽に手を当てた。
二年前、シリウスが二人に贈ったシリウス自身の羽だ。
「どうか我らをお信じになって、心安らかにお休みください」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
首脳会議はウェスタリアとアレスタの国境付近、アレスタ側にある港町サンターナの裁判所で行われることになっていた。
ウェスタリアからの出席者は会議の中心人物であるシリウスと、国王でありシリウスの父であるライオネル。シリウスの兄で王太子のルーク、ルークの友人ロンもいる。
他に宰相と数名の政治家、軍人らも同行していた。
アレスタからはカイルの両親と、アレスタの国王ルーファウス。
ルーファウスは今年七十五才になる、白髪白髭の老王だったが、聡明で魔力も豊かな才能あふれる賢王であった。
他に有力貴族らと宰相や大臣らの高官、高級軍人、大勢の騎士。
騎士の中にはカイルの同僚、ジャンや他の友人たちも含まれていた。
アレスタ側のものものしさから、彼らの本気度が伺える。
他に北方の国、アルファとかかわりの深いシャイアの代表と、さらに十カ国以上の代表らが集い、会議場は三百名を超える人々が席を埋めていた。
議長には現職の法王であるグリーノスが就き、議題の中心である竜人、カイルとアルファももちろん参加する。
過去にこれほど大規模な会議は開かれたことがなかった。
それほど竜人たちの急な移動は重大な案件であり、竜人たちがウェスタリアの王子に忠誠を誓った、などという報告は、どの国も認めることなど出来ない大事件であった。
裁判所は十分な広さがあったが、その場にいる全員の真剣さから、緊張感が満ち、人々の作り出す圧迫感で息苦しい有様だった。
そんな中、三百名以上が集う円形の会議場の中心にカイルとアルファがまるで被告人のようにすわり、首脳会議はあわただしく開始された。




