36・☆あなたへ贈る
シリウスが卵から孵って明日で一年が経とうとしていた。
国王の次男であるシリウスの誕生日を、卵が生まれた日にするか、それとも卵から出てきた日にするかという問題は、城内ではわりと重要な議題になっていたのだけれど、結局、卵から出てきた日こそを誕生の日と定めようということになった。
そんなわけで、城の中はなんとなく浮き足だっている。
誕生祝いのパーティを城内で行う予定になっていたし、国民、特に城下町には祝いのワインがふるまわれる予定になっていて、当日は祭りのような状態になることが予想された。
しかし誕生日を迎える当人であるシリウスは若干困惑気味だ。
自分の誕生日を経験するのも初めてだし、この数日、なんとなく城の中のみんながよそよそしいからだ。
その中でも特に、赤い髪の竜人カイルが、誕生日が近づくにつれ、だんだんと姿をみない時間が増えていくことがシリウスは気になっていた。
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誕生日の前日、シリウスは城を訪ねて来てくれていたバナードと、お茶を飲みながら、のんびりした午後をすごしていた。
バナードは最近、シリウスと一緒に勉強したり、遊び相手になるために、週に一度、正式に城に招かれるようになっていた。
最初はバナードも、バナードの両親も、城で王子の遊び相手になるなど恐れ多いと断ったのだが、重ねて請われ断りきれなかった。
実際に通い始めると、城内の人々は思っていたよりもずっと気さくで、学校とは違う勉強の内容も面白かったし、なによりシリウスと会える事が嬉しくて、今ではバナードも城に行く日が楽しみになっていた。
誕生日前日のその日も、すでに予定していた勉強を終えて談笑していたところ、護衛の一人、カイルが、失礼します、と挨拶をしてさりげなく退室してしまったのだった。
アルファはその場に残っていたが、いつもアルファと揃って傍に居るカイルが理由もなくいないと、シリウスは落ち着かない気分になる。
「ねえ、バナード、誕生日って、みんなこんなかんじ?」
バナードはなんともいいがたい微妙な表情だ。
「こんな感じって、どんな感じだよ……」
王族の誕生日がどんなものか、など、想像もできない。
シリウスは少し考えてから、背後に控えているアルファをふりかえった。
「なんとなく、みんなぼくを避けてるっていうか、落ち着かない感じというか……。ねえ、アルファ?」
突然話をふられたアルファは、だが慌てたりしなかった。
表情を変えないまま、
「……避けてなどおりませぬ」
と静かに答える。
「じゃあ、ぼくの勘違い?」
この問いに、アルファは若干間をおいた。
その通り、勘違いです。などと、主人を愛するアルファには、その場のごまかしであっても絶対に言えないのだった。
「……いいえ、みな、我が君の記念すべき日が喜ばしいのです。それで落ち着かないだけですとも」
「じゃ、カイルはどこいっちゃったの?」
「……俺にはわかりかねます」
「……」
主人が沈黙と共に、じっと紫の瞳を向けてきたので、アルファは思わず一歩下がった。
こういうとき、バナードはシリウスという少年のすごさをしみじみと実感する。
黒竜公はたった一人ででも世界中の人間を滅ぼしてしまえるほどの力を持つと言われる、竜人の中でも特に強力な人物だ。
ただ黙って立っているだけで、誰もが恐れ敬い、近づくことさえ躊躇うような迫力がある。
けれど目の前にいる細身の少年にはまったくかなわない。
シリウスは別に怒ったわけでも、問い詰めたわけでもないのに、なんだか黒竜公は追い詰められて見えるのだった。
「アルファもこの前、半日ぐらい、いなかったよね」
ちゃんと知っているよ、と、シリウスは少し頬を膨らませる。
「俺は、その、少々人と約束が」
若干しどろもどろになっているような感じもするが、まだなんとか威厳を保っている。
けれどこれ以上追求されると黒竜公は困ったことになるかもしれないな、と、バナードは心配になってきた。
シリウスの傍を普段絶対に離れない黒竜公と赤竜公が、なぜこの数日だけ大事な主人から離れていたのか、バナードはしっかり察していたからだ。
彼らが何を用意しようとしているのかはわからないけれど、おそらくシリウスの誕生日に贈る品物を探しているせい。
「もっと具体的に外出の理由を教えなさい」などと言われたら、黒竜公は答えてしまうかもしれない。
きっと当日まで知られたくないだろうから、なんとか追求を逃れてほしかった。
けれど幸いにも、バナードが危惧していたような事態にはならずにすんだ。
シリウスがそれ以上アルファを問い詰めようとしなかったからだ。
小さく息をついて、
「本当は、二人がいつどこにいようと、ぼくが文句を言ったりする権利はないんだ」
そうつぶやく。
「ただ、生まれた瞬間から二人とは毎日ずっと一緒で、それが当たり前になってたから、いないとなんとなく不安で……」
椅子から降りると、アルファの腰に抱きつく。
「意地悪言ってごめんね……」
「そ、そんなことは……!」
慌てたのはアルファの方だった。
抱きついてくれている主人に目線をあわせしゃがむと、腕の中に抱き返す。
「我々とて、一刻たりとも我が君のお傍を離れたくなどありませぬ。カイルには、……その、少々事情があるのでしょう。明日のお誕生日にはきっと、あやつも出かけたりせず、お傍におりますとも」
長身のアルファにすっぽりと抱かれてしまうと、バナードからはシリウスの姿が全然見えなくなってしまった。
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シリウスの居室でなにやらほのぼのと真剣な会話が交わされていた頃、カイルの方も、城下の商店街を真剣な面持ちで歩き回っていた。
こうやって外出するのは今日で五度目だ。
最初は簡単に考えていた。
大事な大事な主人のために、喜んでもらえそうな誕生日の贈り物を買ってこようと意気揚々と街に出て、気に入ってくれそうな本や、似合いそうな服、美しい宝石の数々を、シリウスの喜ぶ顔を想像しながら見て回る。
一軒一軒の店を真剣に物色して周り、一番良いものを買おうと思っていた。
けれど店を回れば回るほど、どんどん自信がなくなっていく。
どんなに素晴らしい品物も、どれも何か物足りなく思えて決められない。
――それでも二度目の外出まではまだ余裕があった。
しかし三度目で焦りはじめ、今日の五度目の外出で、カイルはすっかり動揺していた。
明日はもうシリウスの誕生日当日で、今日贈り物を見つけられなかったら何もあげられる物がない。
そんな事態になったら主人に合わせる顔がなかった。
しかも最近、大事な主人が、カイルが頻繁に長時間いなくなってしまうので、寂しげな顔をするのだ。
あせっているうちに、シリウスの兄であるルークが、弟のために本棚ひとつ分の本を贈るつもりだという話を聞き知った。
いつもシリウスに本を読んでやっているルークにふさわしい贈り物といえよう。
しかしこれで、カイルには本を贈るという選択肢がなくなってしまった。
そこでカイルは、もう一人、アルファにも、何を贈るのかと聞いてみた。
もしかして教えてくれないのではないかと思ったが、アルファは、
「俺とそなたとで品物がかぶっても良くないからな」
と、あっさり教えてくれた。
アルファが用意しているのは、自らが竜になった時の角を切り削って作った短剣だということだった。
金剛石よりも固い竜の角は、加工する道具にも同じ竜の角を必要とし、職人にもかなりの技術が要求されるため、アルファはかなり前からその品物を準備していた。
北方の鉱山に住むドワーフの職人たちと交渉し、半年以上をかけてなんとか形になったものを数日前に受け取ったが、呪術的な仕上げがまだ完了していないのだという。
「何があっても、決して持ち主を――我が君を傷つけない、そういう呪いを施している。あと数日で完成するだろう」
アルファの居室の床に、青白く光る精緻な魔方陣が敷かれ、その中央に置かれた黒鋼色に輝く優美な短剣を目にしたとき、カイルは呆然としてしまった。
アルファは「品物がかぶっては良くない」などと言ったが、かぶるなんてありえない代物だ。
そもそも、竜の鱗を加工した品物ならば、数こそ少ないものの、各地に遺物として多少は存在が確認されているが、角を加工した物など、世界のどこにもないはずだった。
城下の町で気軽に買える品を贈ろうとしている自分がなんとも想像力のない愚か者に思える。
アルファが黒竜の角を加工した短剣を贈るのであれば、自分も己の鱗を剥ぎ取って、剣と対になるような小型の盾を作って差し上げてはどうかとも思った。
しかし、そもそも盾を使わなければならないような戦闘にシリウスを参加させるつもりなどまったくない。
日常的に使える護身用の短剣とは違い、盾はいかにも戦闘用だ。
それにこの時点で、誕生日まではすでにあと数日しかなかった。
とても加工など、ほどこしている時間はないし、そしてもちろん、そんなことのできる職人もしらない。
それでもカイルは、もしかして使い道があるかもと、深夜にこっそり中庭で竜に変じて鱗を一枚剥ぎ取った。
虹を封じ込めたように複雑な赤に輝く鱗をじっと見つめ、
「……皿……とか……」
つぶやいて、愚かな考えに落ち込んだ。
大人の顔よりも大きな楕円形の鱗は、今カイルの部屋に放置してある。
思い悩んで剥ぎ取ったはいいが、使い道が思い浮かばなかったのだった――。




