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35・☆湖畔にて2

 

 

 

 シリウスを救ってくれたグレンという青年を、一行は昼食に招くことにした。

昼食といっても、ピクニックのために持参した簡易な食事であったけれど。


 みなが談笑している中、アルファは暴走した馬を立ち木につなぎ、その体を念入りにチェックする。


「どうしたアルファ、何か不審な点でもあるのか?」


カイルも近づいて、シリウスが乗っていた栗毛の馬の首筋に触れた。


「いや……、見たところ怪我もないし、少々バテているが、問題ない」


「シリウス様は、茂みからウサギが飛び出してきて、馬が驚いた、とおっしゃっておられるが」


「そのようだな……」


そのようだ、と言いつつも、アルファはいまひとつ納得のいかない様子だ。


「あのグレンと言う男……」


「彼がどうかしたか?」


「いや……」


 アルファらしくない歯切れの悪い返事だったが、二人の竜人たちが話し合っている場所へ、シリウスがくだんの青年、グレンの手を引いて駆け寄ってきたため二人の会話は中断された。


「カイル、アルファ、グレンはすごく馬に詳しいんだよ。グレンの実家は馬の産地にあるんだって」


にこにこしながら、つながれている自分の馬をグレンに見せる。


「アリスっていうんだよ。普段はとっても大人しい馬だから、あんなふうに走り出すのは初めてで、ぼくも驚いたけど、きっとアリスも自分で驚いていると思う」


 シリウスが馬の首筋をなでてやると、馬はさっきの暴走を反省しているのか、なんとなく申し訳なさそうな表情で、自分の主人である少年に体を摺り寄せた。


「馬は臆病な動物ですから……」


グレンは馬に触れず、静かに答える。




 そんな風に穏やかに会話する二人を、アルファはじっと見つめていた。


 正確にはグレンの様子を観察していたのだが、主の恩人である人物に対し、好意的とは言いがたいアルファの視線に、カイルは不信感を抱いた。

同じくシリウスの恩人であるバナードにはあれほど感謝しているアルファなのに、グレンに対しては、まったくそんな様子がない。


「アルファ、どうした」


カイルがこっそり話しかけると、アルファはグレンから目を離さないまま、


「あの男、我が君を見ている」


そう言って唸った。


「会話しているのだから相手を見るのは当たり前ではないのか?」


 カイルがそう答え、黒髪の同僚を見ると、ただでさえ普段から『不機嫌そう』に見えるアルファの顔が、今は明確に『不機嫌』を表していた。

いくら普段のアルファが『不機嫌そう』でも、彼がはっきりと何かを表情に出すのはとても珍しい事だったので、カイルはますますわけがわからなくなった。


「私は別段あの男を不審に感じないが……」


「馬の事を話しているのに、一度も馬を見ない」


「それは……」


 シリウス様が、特別にかわいらしいからではないか、と、内心大変に偏った思いを抱いたカイルだったが、アルファがひどくグレンを警戒している様子だったので今度は黙っていた。


「だがとにかく、俺にもあの男から特に危険な気配を感じられない。悪意も、害意も」


アルファは自分の言葉が不満なのか、眉を寄せ、ルークとロンが昼食の支度をしている芝生の斜面に向かって歩きはじめる。


「――カイル、お前、茶を淹れるのだろう。とっとと昼食をすませてあの男と別れよう」


「それはかまわないが」


 カイルは、背を向けて歩き始めたアルファと、馬の前で談笑しているシリウスとグレンを交互にみやってから、アルファのあとに続いた。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―





 「グレンはずっと旅をしているの?」


馬の首筋に触れながら、シリウスは背の高い青年を見上げる。


「はい。もうずっと長い間、旅をしております」


「でも騎士なのだから、剣をささげてお仕えしている方がいらっしゃるのだよね?」


 シリウスはグレンがずっと、腰に下げた銀色のロングソードの柄に触れていることに気づいていた。

グレンは二本の剣を下げていたが、ひとつは細く小型の、どこにでもあるようなレイピアで、今、グレンが触れているのは、もう一本、黒皮の鞘に見事な銀の竜が描かれたロングソードだった。

グレンは柄に無意識に触れ、大事なお守りを握るのと同じように、心の頼りにしているように見えた。


 シリウスの問いに、グレンは銀灰色の瞳を伏せ、何かをこらえるように呼吸を止める。


「私のご主君は、私が旅に出る前……、ずっと昔になくなられたのです」


「そう……、悲しいことを聞いてごめんね」


うつむくシリウスを、グレンはやさしい眼差しでじっと見つめた。


「いいえ、再びお会いできると信じておりましたので」


過去形で告げられた言葉にシリウスは首をかしげて、もう一度聞く。


「ええと……、亡くなられたんだよね?」


「それは……」


グレンが何かを答えようとしたときだ、馬を繋いでいる背後の茂みが大きく揺れた。



 森の奥から飛び出してきたのは馬よりふたまわりほど巨大なグリフォン。


挿絵(By みてみん)


 普段あまり人を襲わない、大人しい部類の魔物だったが、グリフォンは瞳を赤く血走らせシリウスをするどく睨んだ。

後ろ足で立ち上がり、肉食の鳥のような前足から、黒々とした巨大な爪が振り上げられる。


「シリウス様!」


 異変に気づいたカイルとアルファがすかさず駆け寄ろうとしたが、誰よりも早く魔物とシリウスとの間に割って入ったのは、グレンだった。


 竜人たちが立ち回る暇もなかった。


 猛り狂った魔物を一刀の元に切り伏せると、グレンは細身の剣を振り血糊をぬぐって鞘に収め、何事もなかったかのようにシリウスに微笑んだ。


「お怪我はございませんか」


「う、うん……」


 シリウスは瞬きして、グレンと、倒れている魔物とを見比べてしまった。

グリフォンはどう軽く見積もっても、グレンの数十倍は体重がありそうだ。

それに加えて、するどい爪とくちばしを持っている。

だがグレンはまったく危なげなく魔物を切って捨てた。


「シリウス!」


ルークがすかさず駆け寄ってきて弟の安否を確認する。


「大丈夫か?!」


「うん。……またグレンに助けてもらっちゃった」


ロンは魔物の死骸を調べ、


「ごく普通の魔物だね。この前のように式神かとも思ったんだけど、違うみたいだ。……それにしても、今まではここに魔物なんて現れたことなかったのに」


 そう言って立ち上がる。

ルークはロンにうなずくと、グレンに改めて礼を述べた。


「二度も弟を助けてもらうとは、感謝の言葉もないな。よかったら城まで同行してもらえないか。正式に礼がしたい」


王太子の申し出を、だがグレンはやんわりと断った。


「ありがたいお言葉なれど、旅の途中ですのでご遠慮させていただきたい。本当にお気になさらず」


そうして再びシリウスを見つめる。


 だが、その視線をさえぎったものがいた。

黒衣の人物が無言で立ちふさがり、グレンを静かに睨みすえたのだ。


「アルファ?」


 アルファはシリウスとグレンの間に立ち、なにやら不穏な空気をかもし出していた。


「どうしたの?」


 主人の問いかけにも答えず、ただじっとグレンを睨む。


「おい、アルファ……」


 カイルも困惑するほど、アルファは常の様子と違っていた。

彼がグレンを敵視しているのは明らかで、まるで魔物から守るようにシリウスを背後にかばっている。


挿絵(By みてみん)


「そなた、本当に旅の騎士か?」


 低い声で、唸るように問いかけると、グレンは苦笑して頷いた。


「無論。――何か私めに不審な点がございましょうか」


「ない」


きっぱりと答え、だがアルファは動かない。


「そなたが我が君を二度も救った恩人であると十分承知の上で言うのだが、このまま去って二度と姿を現さないでもらいたい」


「えっ?!」


これに驚いたのはシリウスだった。


「どうしちゃったのアルファ」


問いかけるシリウスをアルファは無言で抱き上げ、こちらも困惑しているルークとロンに預けた。


「アルファ?」


「離れていてください」


有無を言わさぬ口調で答え、再びグレンと対峙する。


「なぜ私めをそのように敵視なさるのか理解しかねますが、去れとおっしゃるのであれば従いましょう」


 こだわりなく言って、グレンは繋いであった自分の馬の手綱を取るとアルファを恐れることなく視線を交わす。


「――しかし、二度と現れるなというお言葉には従えません」


「なぜだ」


「ウェスタリアには、私のご主君がおられるので」


 少し離れた場所でその言葉を聞いたシリウスは首をかしげた。

グレンの主人は亡くなったと、そう言っていたのに。


 手綱を持ったまま馬を進め、グレンはルークとシリウスに深く礼をした。


「今日のところはこれで失礼いたします」


「グレン、あの黒いやつは少々やっかいだが、無視してもいいんだぞ。せっかく昼食を用意しているのだから」


ルークは引き止めたが、グレンは首を振った。


「またいつか、お目にかかれる日もございましょう」




 シリウスはグレンを引き止めなかった。

アルファを心から信頼していたし、銀髪の青年が、なぜかとても満足げに見えたからだ。


「ごめんねグレン。また会えるよね」


「はい。必ず」


 さわやかに微笑むと、背の高い灰色の馬に優雅な動作でまたがり、未練なく、あっという間にその場から駆け去ってしまった。




「アルファ、なんだったんだ一体」


「シリウスの恩人に失礼ではないか」


カイルとルークに詰め寄られ、去っていくグレンを睨みすえていたアルファは、ようやく緊張した様子を解いた。


「あの男を我が君に近寄らせたくない。――だが特に理由もない。――まあ、勘だ」


「勘で?!」


「理由もなく恩人を追い払ったのか?!」


 カイルとルークは即座に大声をあげたが、ロンはめまいをこらえるように額を押さえてしまっている。

今回はただの旅の騎士だったからまだいいが、これが異国の要人だったりしたら、と考えて頭痛がしたのだ。

黒竜公は、きっと、相手がたとえどこかの国の王であっても、主人の害になるかもしれぬと考えれば躊躇なく同じ行動に出るだろう。

――勘だけで。

考えただけで恐ろしい。できればその現場にいたくないと、切実に願わずにはいられなかったのだ。


 

 慌てふためく周囲を完全に無視しているアルファの代わりに、シリウスがグレンの去っていった方向を見つめながら、


「グレンは剣を使わなかった」


そう言った。


「何を言っているんだシリウス、魔物を剣で倒しただろう?」


兄の言葉に首を振る。


「ううん、グレンは銀色の、すごく立派なロングソードを持ってた。話しているときもずっとその柄を握ってたのに、魔物を切ったのは、もう一本の細い剣の方だった」


 それがどうしたのか、と聞こうとしたルークだったが、シリウスは兄に向けて微笑む。


「でも、悪い人じゃなかった。――なんとなく、アルファやカイルに似てるなって、思ったし」


それからアルファに歩み寄り、その手を握る。


「他にも不思議な事を言ってたけど、また会えるならその時きっとわかるよね」


「恩人に対し無礼を働き、申し訳ありませんでした。――ですがもう一度あいつが現れたら、俺はきっと、また追い出すと思います」


シリウスは苦笑したが、頷いた。


「アルファがそうしなきゃって思うなら、きっとそうする必要があるんだと思う。あの人は、アルファをぜんぜん怖がらなかったし」


 その言葉を聞いて、ルークもロンもハッとなった。

普段、この竜人に慣れている二人でも、アルファに敵意を向けられたら平静でいられる自信がなかったからだ。


 それほどこの人物の威圧感は半端ではなく、普通にしていても近寄りがたいのに、あんなふうに敵意をこめて睨まれたら、普段会話を交わして慣れていても、視線を返せるとは思えない。

 力を隠そうとしていない時のアルファは、まさしく人の形をした竜神で、たとえどんな人物であってもまともに対峙などできないだろう。


――だがグレンはまったくアルファの敵意を意に介していないようだった。

これは尋常の事ではない。




「それより兄上!」


「ど、どうした」


考え込んでいたところを弟に声をかけられ、ルークは一瞬飛び上がってしまった。


「……おなかすいたよ」


弟の、かわいらしくも暢気な言葉にルークは我に返る。


「そ、そうだったな。――カイル、茶を沸かすんだろう? 竜の魔力を用いて主人のために、一杯の紅茶を」


カイルは慌てて頷くと、持参してきたティーセットを準備し始めた。






―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―






 「――おかえりなさいグレン。ウサギとグリフォンのタイミングはどうでした?」


 メガネをかけた青年、ジオは、広間のソファに腰掛けて本を読んでいたが、本から目を離さないまま、室内に入って来たグレンに声をかけた。

グレンはジオの言葉には答えず逆に問いかける。


「フォウルはどこだ」


「彼なら君の命じたとおり、ツヴァイがつれて出ていますよ」


「ならばいい。私があの方に会いに行った事を知られたくない」


そう言うとマントを脱いでジオの向かい側に腰掛けた。




「で、どうでした? やはりまだまだ早いでしょうか」


「ああ。まだ時期ではないな。だが健やかに成長されておられる。何百年も待ったのだ。あと何年か追加で待つぐらい、どうということはない」


 そうですね、と静かに答え、ジオはテーブルに乗った紅茶を飲んだ。

穏やかな雰囲気の漂うジオと違い、グレンは銀灰色の瞳を鋭利に輝かせる。


「竜人どもは、あの方を自分達のものだと勘違いしている。一人ずつでも減らしていければあとが楽になるのだがな」


「あとっていうのは、あの子を殺す時のことですか」


「そうだ。――だが『殺す』のではないだろう。生まれ変わって頂くのだから。今度こそわれわれの元に」


 そう言って、シリウスと会っていたときずっとそうしていたように、銀色に輝く剣の柄を握り締める。




 ジオはグレンが腰に下げた剣に視線をやった。


「今度もその剣をつかうのですね」


「ああ……」


グレンは立ち上がると、再びマントを身に着けた。


「何年か、かかるだろうが、すべての準備が整い次第、すぐに決行する」


「グレンにはできるのですか? 正直、オレは少し自信がないです。――たぶん、アイシャにもツヴァイにもできない。前回の失敗を思うとつらいのです。あの方はオレたちにとっても、世界で唯一、特別な存在だから……。――自分の主人を殺されると気を張っているフォウルには、絶対に悟らせられませんが」


「――私はできる。そうしなければ永遠に手に入らない。以前だって私が……」


「前の時はあの方が自分で選んだ結果です。――竜人たちとこの世界の維持を」


「それは今あの方の魂が『竜人』の肉体の中に囚われているからだ。『魔人』として生まれ変わっていただけば結果も変わる。その為に卵を用意しているのだから」


「オレには器の違いがそれほど重要だとは思えないのです。魔人の主だろうと、竜人の主だろうと、魂は同じなのですから……」


グレンは振り返ってジオを睨んだ。


「――そろそろ城を移動する。あまり長く同じ場所にいると、白竜あたりに悟られるかもしれない」


「それなら了解です」


ジオの返答を受け、グレンは再び城の奥へと歩き出した。






いつもご訪問、ありがとうございます!

今回で幼少編が終わりということで、最後に色々明かしてみました。

ジオの言うとおり、シリウスの能力的には、器がどうだろうと同じです。

すでに本編の中で何度か実行しているように、彼は、創ることも、壊すことも可能で、創造神であると同時に破壊神でもあるのです。が、本人はぜんぜん深く考えていません。


それとは関係ありませんが、アルファは見た目に反してインドア派です。

乗馬もあまり得意じゃありません。

剣も持たずに手ぶらですし、暇なときは室内で魔法の研究をしています。

ステータス的には完全に魔法使いです。

そうは見えませんが……。


次回からは章の合間ののんびりとした閑話になります。

そんなわけで次回予告↓


挿絵(By みてみん)


悩める17歳。

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