30・☆魔人ツヴァイ
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今回から、少しずつ、シリウスと魔人たち、それにフォウルの事情を明らかにしていこうと思います。
シリウスと竜人2名は、バナードたちと分かれた後、先日戦った東西広場に到着していた。
まだ燃え尽きた立ち木の残骸などが散らばり危険なので、一般人の立ち入りは制限されていたが、それでも立ち入り禁止のロープの向こうに人だかりが出来ていて、噂の少年らしき人物と竜人と思わしき二人の登場で色めき立っている。
シリウスは残骸の片づけを指揮している兄を見つけて手を振った。
「兄上!」
「シリウス、早かったな」
ルークは、駆け寄ってきた弟の頭を撫でて、隣に控えているロンを振り返った。
「少し休憩にしよう。兵士たちに通達を」
「わかった」
頷いたロンが兵士たちに休憩を告げているのを確認し、ルークは弟と弟の護衛二名を連れて歩き出す。
「まだ足元には色々危険なものも残っているから、転ばないよう気をつけるんだぞ」
「うん。でも、ワイバーンの死骸はもう残ってないんだね」
あの日、かなりの数の魔物の死骸が転がっていた。
燃え尽き灰になったものも多かったが、引き裂かれて死んでいたおぞましい死骸もかなりの数残っていたはずなのに、今は視界に写る限り、それらの残骸は見あたらない。
弟の言葉にルークは頷いた。
「実は、残っていた死骸はみな片付けて集めてあったんだが、翌朝にはみな千切れた黒い紙になっていた」
「黒い紙……、空から降って来てたやつだね」
「ああ。あんなおぞましい化け物でも、骨や皮は頑丈で役に立つ。武器や道具として再利用する計画だったのだが、本当にわけがわからない」
ルークは整った眉を寄せ、あの日の事を思い出したのか空を見上げた。
「お前たちは何か知っているか?」
シリウスの背後に控えた二名に問うと、アルファの方が頷いた。
「あの紙は東洋に伝わる式神の依り代だろう。紙片になんらかの魂を寄り付かせただけで、肉体は仮のものなのだ。だから依り代の媒体としている肉体が滅び、寄り付かせた『なにか』が去れば、死体はやがて消える」
「式神?」
シリウスに聞かれてアルファは頷いた。
「はい。ただし、普通の人間であれば式は一度に一体使えれば上等なのです。――何百と現れるのは異常すぎる。しかも式とは獣の霊魂のようなもののはずなのに、今回のものは間違いなく魔物の気配を持っていた」
確かに、シリウスはあのワイバーンたちが、この世界のものではない物質で出来ていると感じていた。
この世界の生き物の名残が少しでもあるのなら、きっとそれとわかったはずなのだ。
そんな風に4人で意見を交換しながら塔に向かって歩いていたのだが、燃え尽きた木々が安全のために切り倒され、整然と積み上げられている箇所を通り過ぎた時、シリウスがふと足を止めた。
こんな風に炭になってしまう、そのほんの数時間前に、誇らしげに青々と葉を茂らせる美しい木々を見ていたので、余計に胸が痛かった。
「あの木、元通りに直してあげられると思うんだけど……」
兄を見上げると、ルークは優しく微笑んで弟の頭に手を乗せる。
「そうだな、それもいいかもしれないと父上やロンとも話し合ったんだが、今回はやめておいたほうがいいと思うんだ」
無残な有様になっている丸太の山を見て、シリウスは悲しそうだった。
「どうして? ぼく、できるよ」
「お前の力は素晴らしいし、お前が優しい気持ちでそう言ってくれている事もわかっている」
ルークはその場にしゃがんで目線を合わせ、優しく微笑む。
「でもお前の力はあまりにも万能すぎて、頼ることに慣れてしまったら、きっと私も、国民たちも、すべての事柄をお前に任せきりになってしまうだろう。それこそ、道具を作ることも、作物を作ることも。――金貨や宝石……、なんでも全部を。人は一度頼ることに慣れてしまったら、悪気はなくともつい際限なく頼ってしまう生き物なんだ」
シリウスが竜人達を見上げると、二人も深刻な顔をして頷いている。
ルークは続けた。
「だから、私たちは本当に、自分たちには絶対解決できないような、国の危機にだけ、お前に力を貸してもらおうと決めたんだ。この前シリウスが偽物の月をやっつけてくれたときみたいに。力を知られることも、今後極力避けなければならない。今回は広く国民に見られてしまったけれど、強力な分、めったに使えない魔法なのだと噂を流す予定だ。――お前もそれを良く覚えておきなさい」
「でも……」
「大丈夫。木は燃えても、また植えれば前より立派な木が育つ。育つ過程を見守ることも、とても大事な事なんだよ」
「うん……」
ようやく頷いた弟を愛しげに撫でて、ルークは立ち上がった。
「国民もきっと、若い苗木が成長する姿をみたら勇気付けられる。それに……」
ルークはカイルを軽く睨む。
「木が燃えたのは魔物じゃなくてカイルの仕業だしな」
「!」
うっ、と胸を押さえた竜人を見て、ルークは笑った。
「ははは、冗談だ。カイルとアルファが戦ってくれなかったら、国が滅んでもおかしくない大変な災厄だった。一人の死人も出なかったのは奇跡だよ。あの日は責めるような事を言ってしまったが、私も国民も感謝している」
普段、遠慮なく嫌味を投げかけてくる兄王子が殊勝な事を述べたので、カイルもアルファも一瞬眉を上げたが、口に出しては何も言わなかった。
塔の入り口まで到着すると、無事だと思っていた塔も、木製の扉だけは燃え尽き炭になっていた。
けれどシリウスが魔法で建てた塔だけは、真新しい扉がすでに取り付けられていて、残骸も残っていない。
無骨なだけで、彫刻も金属の飾りもない、重々しいばかりの扉だったが、少しの隙間もなく美しくまっすぐに建て付けられており、職人が心を込めて作ったものだと伝わった。
「塔を建設してた兵士たちが、一番にこの扉を直してくれたんだぞ」
「ヴィルドたち?」
「ああ。今日は西側の片付けに借り出されていていないけれど、会ったらお礼を言いなさい」
「うん」
素直に頷いて、シリウスは重い木製の扉に手を触れた。
目を閉じると兵士達の優しい心が伝わってくるようだ。
いつのまにか、魔法でなんでも作ったり直せたりするのだから、遠慮なくなんでも頼みごとをしてくれたらいいのに、と思っていた。
でもきっと、それは相手のためにも、してはいけないことなのだろう。
手を貸さなくても、みんな自分の力で解決できるのだから。
「ぼくも……」
つぶやいて、兄を振り返る。
「ぼくもいつか、自分で何かを作れるようになりたい。魔法じゃなくて」
「そうだな、でも無理はしなくていいんだぞ。兄上だって、なんにも作れないし」
ははは、と笑う。
「今度、苗木の植林をするとき、一緒に植えような。立派な木になるように」
「うん!」
兄に向かって元気良く返事をする主人を、アルファとカイルが見守っていた。
彼らもまた、大きすぎる力を持ち、その使いどころを見誤らないよう、主人の謙虚な姿を見て、改めて己に言い聞かせていたのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
ルークはシリウスを竜人二名にまかせ、兵士達の指揮へと戻っていった。
休憩も終わりにしなければならなかったし、塔の中は攻撃にさらされていなかったので、危険なものもないだろうと判断したからだ。
扉が燃えたせいで、入り口付近も若干焼け焦げていたが、他は無事なように見える。
「内部はほとんど損傷していないようですね」
カイルはさすがに責任を感じているのか、隅々までを見て回っている。
塔の中は誰もいなかったし、シリウスが来る前に安全を確認してあるため、ところどころに焦げ跡がある以外は前に来たときと変わりない。
あれだけ大規模な戦闘だったのだから、扉が吹き飛んだ塔の中もそれなりに荒れたはずだったが、きっと兵士たちが片付けてくれたのだろう。
「ぼくが直さないといけないような所はひとつもないね」
シリウスはレンガの壁に触れ、確認するように目を閉じた。
「強度もほとんど変わってない。間接的に焦げただけで、カイルが直接火を噴いて燃やしたわけじゃないからかな」
「シリウス様……」
たちまちカイルが情けない顔になる。
シリウスは笑った。
「怒ってるんじゃないよ。カイルはちゃんと加減して戦ってたもん。だって、カイルが本気でやったら、レンガだって燃え尽きちゃうでしょ」
「そ、それはそうですが」
「上まで登ってみようよ」
先に駆け出してかなりの距離をかせいでから、背後の二名に、競争だよ、と声をかけ、シリウスは階段を駆け上がった。
竜人達が追いついたとき、シリウスはすでに屋上に到着していた。
「うわあー……」
胸壁の隙間に身を乗り出して、屋上の風に金の髪をなぶらせる。
広場はたしかにまだまだ荒れているけれど、塔から見下ろす街の家々は、ひとつも傷を負っていなかった。
忙しく働く兵士たちや、立ち入り禁止になっていない広場の端の方で、片づけを手伝っている市民達の姿が見える。
「二人のおかげだね」
シリウスはアルファとカイルを振り返り、まぶしい笑顔を向けた。
「街を守ってくれてありがとう」
「いいえ、我が君がおられなければ、我らには収拾をつけることができなかったでしょう」
アルファはあの日、空に現れた偽物の月のことを思い出していた。
カイルの方はもっと切実だ。
「そうです。それに、私は広場を燃やしてしまったし……」
過去に、カイルは騎士として人の姿のままで何度か魔物と戦ったことがあった。
そのときも周囲をかなり盛大に燃やしたが、同僚たちはいつでも大喜びだったし、人身だったせいか、ここまで被害甚大ではなかった。
カイルの言葉にシリウスは笑った。
「カイルは炎の竜だもの、それでいいんだ。遠慮してたら戦えないし、街の人たちだって守ってあげられない。次があっても気にしちゃダメだよ。みんなもわかってくれてる。それにアルファだって……」
ちらりと黒髪の青年を見上げる。
「すました顔してるけど、広場の木が燃えたのは絶対カイルのせいだけじゃなくて、アルファの雷のせいなのもまじってるもん。全部燃えて真っ黒だから区別がつかないだけで」
「……」
沈黙を守る竜人に、シリウスは笑顔を向けた。
「二人ともすごく強かった。ぼくも強くなりたいな……」
「これ以上強くなられたら、僕たちが困るよ」
突然背後からかけられた声は、その場にもともといた三名のうちの誰のものでもなかった。
カイルとアルファがすかさず振り返る。
そこに立っていたのは赤銅色の癖毛をした、緑の瞳の男だった。
青年は微笑をたたえ、身構えるでもなく腰に手を当てさりげなく立っている。
「何者だ貴様……」
アルファは警戒心をあらわにして男を睨むと、シリウスを腕の中にかばって数歩下がった。
これほど近くに接近されたというのに、まったくその存在に気づかなかった事が信じられない。
アルファがシリウスを守って下がったので、カイルは逆に前に出る。
二人で主人を間に挟む形だ。
緑眼の男、ツヴァイは慇懃に腰を折り、どこか懐かしむような眼差しでシリウスに向け優雅に礼をした。
「はじめまして、光の君」
「あなたは誰……?」
シリウスは、先日の東西広場襲撃の際、この青年が遠くからフォウルと共に広場を見ていたことを思い出した。
「私はツヴァイと申すものです。はるかな昔にあなたの知り合いだった」
「知り合い……?」
「知り合い、と言うか、ありていに言えば敵対勢力だったのです。――私と私の仲間は、あなたがお生まれになる前……、平たく言えば前世にあたるあなた自身を、殺したことがあるんですよ」
「……えっ?!」
さりげなく告げられた言葉にカイルとアルファの顔色が変わった。
たとえ嘘であったとしても看過できようはずのない悪質な言葉であったし、嘘とは思えない深刻な空気がツヴァイの放った言葉には確かにあった。
「シリウス様、お下がり下さい」
前に立つカイルが緊張の面持ちで一歩、歩を進め、後ろにいたアルファはさらに数歩下がる。
「あなたは……、いやそこの竜人達も含めて、決して最強無敵じゃないってことを、仲間たちを代表してお知らせに参ったのです。世界はバランスよくできているんだって事をね」
不適に笑い、殺気を隠そうとしない男たちに向け、ツヴァイは肩をすくめてみせた。




