29・☆あれから一週間 (バナードside)&(カイルside)
いつもご訪問、ありがとうございます。
今回は、久しぶりにのんびりと閑話です。
(バナードside)
学校で食べるパンを紙袋につめて、オレは行ってきますと叫んでから家を出た。
大規模な魔物の襲撃があってから一週間、街の人たちは今でも毎日あの日の事を語りたがる。
一生に一度、体験できるかどうか、っていうような、ものすごい出来事が続けざまに山ほど起きたのだから、当たり前といえば当たり前だよな。
広場で黒竜公様やシリウスと喋ってたオレも、何かとみんなに話しかけられた。
でもオレだって、シリウスたちとは知り合ったばかりで詳しく知ってるわけじゃない。
それに、もしかしたら言っちゃいけない事をしゃべっちゃってるんじゃないかって不安で、結局はあいまいな感じで話すしかないんだ。
クラスのみんなはそんなあいまいな話でも喜んで聞きたがった。
でも大人たちはオレが言葉を濁していることをわかってて、もっともっとと話を掘り下げようとするんだ。
めんどくさいので、最近はさっさと話を打ち切って逃げることにしてる。
シリウスはすっかり有名人になってしまった。
ただでさえ目立つ見た目をしてるのに、みんなの注目を浴びる場所で、みんなの注目を浴びる行動をするからだ。
目立ちたくないとか言ってたのに、もうどうしようもないと思う。
オレだったら、たとえ一回ぐらい話題の中心人物になる事があったって、たぶん一ヶ月もしたらみんなオレの顔なんかわすれる。
でもシリウスは違う。
一回見たら誰だってシリウスのことを忘れない。
それがいい事なのか悪い事なのか判断するのは難しいけれど、シリウス的にはきっとかなりの悪夢だろう。
クラスの目立ちたがり、金持ちでぶりっこのエリーだったら大喜びだろうけれど、あいつとエリーは全然違う。
丘の上からみんなでみたシリウスは、すごく遠くだったのに、それでも本当に綺麗だった。
炎と雷に照らされて、金髪が燃えているみたいにたなびいてた。
『かわいい』なんてのとは違う。
いや、シリウスだってそりゃものすごくかわいいけど、それだけじゃなくて……。――凄絶な空気っていうか、近寄りがたい雰囲気があるんだ。
以前は学校に行くのに裏道を通っていたけれど、オレは二度とあの道を通らないことに決めていた。
ゴロツキどもは全員捕まったってきいたけど、それでももう二度と通らない。
多少遠回りでも、仲間たちに臆病者とバカにされても、大通りを行く。
それがシリウスを巻き込んで怪我させてしまったオレの罰だ。
通りを歩いていたら、同級生のターナーに会った。
ターナーはあの日、広場で出会った友人たちの中の一人だ。
よう、と気軽に手を上げて近づいてきたので、俺も挨拶をかえして一緒に歩く。
こいつは広場で事件があったあの日以来、オレに毎日毎日毎日、話を聞きたがる。
どんなに適当にいなしても、それでもめげない。
「なあ、バナード、もう一回黒竜公の話をきかせてくれよ。かっこいいよなあ、黒くて強くてさあ」
こいつのいう「黒竜公」は、あの日広場の上空で戦ってた竜の姿の黒竜公だ。
ちなみに、男子の間では、赤竜公よりも黒竜公の方が断然人気がある。
真っ黒ってのはやっぱ渋いぜ。
でもオレだって、あんなふうに竜の姿になってる黒竜公を見るのは初めてだったし、そもそもあの人がどんなことができるのか、なんて、全然知らないんだ。
何度もそう言っているのに、こいつはまるで気にしない。
だからこのごろは気にせず同じ話を繰り返してやってる。
「……黒竜公は、見た目もすごくかっこいいけど、怖いようにみえてすごくやさしい人なんだぜ」
「うんうん」
歩きながらも身を乗り出してくるターナーは陽気でいいやつだ。
「強かったよなあ……」
「すごかったよなー」
二人であの日の黒竜公の勇士を思い出してしみじみとなってしまった。
「あとさ、シリウス殿下って、王子様なんだろ、なのにお前仲よさそうだったよな」
「うーん……どうなのかな……」
仲がいいと思いたいけど、シリウスにしてみたら、オレなんてどこにでもいるただの子供なんじゃないか。
オレが真剣に悩んでいる間にターナーはあっさり話題を変えた。
「光の君がうちの国の王子様でよかったよ」
「なんだよ光の君って」
初めて聞いた言葉だったのだけれど、ターナーは驚いた顔でオレを見る。
「お前が知らないなんて思わなかった。みんなそう呼んでるぞ、シリウス殿下のこと。――空を花火みたいに光らせてたし、髪も金色だし。それで」
「なんだそれ……。シリウスは絶対迷惑がると思う」
「あ、ほら、呼び捨てにしたりして、仲良しだ」
まあそうなんだけどさ……。
返答に困っていたときだ。
「バナード!」
良く通るかわいらしい声で名前を呼ばれた。
この声! 一発で誰だかわかる。
「シリウス!?」
振り返ると、大通りを噂の中心人物がかけてくる。
「バナード、久しぶり!」
前に再会したときと同じように、シリウスが俺に飛びついて来たものだから、オレはうしろにひっくりかえりそうになってなんとか踏みとどまった。
すぐあとから、やっぱりというか、黒竜公と赤竜公が近づいてくる。
あいかわらず周囲の視線がばりばりに集まっているけれど、竜人の二人がいると誰も傍までは近寄ってこない。
「シリウス、なんでこんなとこにいるんだ?」
「塔が大丈夫だったかどうか確認に行くんだ。このまえコゲちゃったから。もっと早く行きたかったんだけど、広場の安全が確認されるまで行っちゃだめっていわれて。バナードに会えると思ってなかったからうれしいな」
ニコニコと紫の瞳を細めてオレを見る。
近くで見ると、ほんとうにすごい美形だ。
睫なげー。
「塔、普通に建ってるから無事なのかと思ってた。コゲたのか」
「うん。まあちょっと、カイルがはりきりすぎちゃったっていうか……」
シリウスがチラリと見上げると、赤竜公は慌てて視線を外して咳払いをした。
イケメンの頬がほんのり赤くなっているのはオレの見間違いだと思ってあげることにする。
そんなやりとりの間、オレはようやく隣でターナーが硬直している気配に気づいた。
「あ、シリウス、こいつ、オレの友達のターナーっていうんだ」
せめてと思って紹介してやったのに、ターナーは硬直したまま動かなかい。
シリウスは抱きついていたオレから離れると、躊躇なく手を差し出した。
オレと初めてあったときは握手を知らなかったのに。
「こんにちは、シリウスです」
金色の髪がサラサラ流れてすごく綺麗だった。
ターナーはガチガチに緊張したまま、不自然な動きで手を差し出す。
「お、お、お、おれ、おれ、た、たーなーっていいます!!!」
「よろしくね!」
どもりまくりでセリフも棒読みのターナーを、シリウスは笑ったりしなかった。
「二人はこれからどこにいくの?」
と、聞いてくる。
「学校だよ学校」
「学校?」
もしかして学校を知らないのかと思ったけれど、そうじゃなかった。
「学校って、子供がみんないくところ? 勉強するとこだよね? そこにバナードとターナーはこれからいくの?」
「そ、勉強するとこ。みんな行かされんの」
オレの返事に、シリウスはアメジストみたいな眼を輝かせ、自分の護衛たちをパッとみあげた。
黒竜公と赤竜公は、とたんに、しまった、という顔になる。
「ぼくも行ってみたいな」
「我が君、今日は学校ではなく、広場にいかれるご予定ではないですか」
「そのあとは城で勉強ですよ」
二人に同時に断られ、シリウスは若干頬を膨らませる。
だがオレの知ってるシリウスは、ここであきらめたりしない。
「じゃあ明日は?」
「明日は……」
赤竜公は言葉につまり、助けを求めるように黒竜公を見た。
黒竜公の方は、赤竜公をチラリと睨んでから、
「明日のご予定は未定ですが、我が君は城でお勉強なさっておられるのですから、明日以降も学校にいく必要はありませぬ」
と、なぜかオレを見ながら答えた。
たぶんだけど、シリウスを見てたら、黒竜公はこんな風にきっぱり断ったりできないから、オレの方を見てごまかしているんじゃないかな。
オレはシリウスがあきらめないんじゃないかと思ってた。
見た目と違ってわりと強情で、意見を曲げないやつだったから。
それに、実を言うとオレもシリウスが学校にきてくれたら面白いのになって思ったから、実現してほしかったんだ。
でもシリウスは少し考えるようにうつむいて、それからちょっとだけ悲しそうに「……そうだよね」と笑った。
それを聞いて、なんだかオレは胸が締め付けられるように痛かった。
なんだよ、黒竜公も赤竜公もケチだな!
おもわず二人をちょっとだけ睨みそうになったんだけど、二人を見たら、その二人もオレと同じく苦しそうな顔をしてた。
「シリウス様、学校来ないの?! きっと楽しいですよ! 絶対みんなも喜ぶし!」
この場の空気や、この前シリウスが襲われた事情とか、そういう一切がわかってないターナーが元気よく言った。
ターナーを振り向いたシリウスは、もうさっきまでのように悲しげな顔はしていない。
最初に駆けて来た時のように笑って、
「うん、行きたかったけど、無理みたいだ。でももし学校以外の場所で会ったら、また話を聞かせてね」
そう答えた。
「バナードも、またね」
「いいのか? 学校」
「……うん。いいんだ」
またね、と、手を振って歩いて行くシリウスをオレはただ見守るしかなかった。
隣でターナーがものすごく興奮して喋りまくってる。
この前シリウスが城を抜け出してきてくれたおかげで、オレはあいつと出会えた。
でももしもあのとき、誰にも襲われたりしないでオレもシリウスも普通に帰ってきていたら、もしかして今日の結果も変わっていたのだろうか。
あいつとオレたちとは住む世界が全然違っていて、責任だとかそういうの、オレにはよくわからないけれど、背負っているものが違うんだ。
シリウスもわかってるから、本当はすごく学校に行ってみたくても我慢してるんだろう。
「なあ、バナード、シリウス様って、綺麗だ綺麗だって噂されてたけど、ほんっとーに綺麗だな! それに黒竜公も赤竜公も、すげー迫力!」
大喜びしてるターナーの背中を、オレは思いっきり叩いてやった。
「だよな! 今日は会えてすげーラッキーだったよな!」
「いってー! だ、だよな。学校で自慢しようぜ」
シリウスが辛い顔をターナーに見せないようにしてたから、オレも真似することにした。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
(カイルside)
バナードたちに別れを告げて、塔への道を歩き始めたシリウス様の細い背中を、私は黙って見守るしかなかった。
本当は、きっと今でも「学校」に行ってみたいのだろう。
シリウス様は人が好きだったし、友が欲しいともおっしゃっておられた。
幸いバナードとは友誼が芽生え始めているようだったけれど、バナードとは身分が違いすぎてめったに会うことが出来ない。
せめてルーク殿とロン、私とジャンのように、近い身分のものだったら、もっと頻繁に遠慮なく会えるのだが、城内には子供がいない。
それに、先日の、シリウス様襲撃事件がなかったら、きっともっと奔放にわがままをおっしゃってくださったはずなのだ。
まだこの世界にお生まれになってほんの数ヶ月しか経っていない。
こんなに分別をもっていらっしゃらなくてもかまわないのに。
沢山わがままを言って、沢山困らせてくださっていい……。
お声をかけるべきかと私が迷っていたときだ。
「我が君……」
おそらく私と同じように考えていたのだろう、アルファがついに耐え切れなくなったのか声をかけた。
「……我が君、本当に、よろしかったのですか?」
そうだ、本当に、よかったのだろうか。
我々が間違っているのではないか。
さほど無理をしなくとも、きっとシリウス様の願いはかなうのだ。
学校だろうとどこだろうと、かまわない。
我々が同行すればいい。
アルファは私を見て、私の考えを読んだように頷いた。
「俺とカイルが護衛についてまいります。学校を見てみたいのでしょう?」
「そうです、我々がおつきしますゆえ……」
シリウス様は足をとめ、少しの間そのままだったけれど、すぐに顔をあげて振り向いた。
私とアルファとを見上げると、そのアメジストのような瞳が私たちを射すくめる。
どんな武器も、どんな魔法も、絶対に私たちを傷つけられはしないが、シリウス様はその美しい視線だけで、私とアルファのすべてを奪ってしまう。
今、シリウス様の宝石のような瞳は、少しだけ寂しそうな光を湛えていた。
「さっきは必要ないって止めたのに、二人ともへんなの。――学校に護衛をつれていく子供なんか、きっと誰もいないよ」
「そ、それはそうでしょうけれど」
どうあってもシリウス様お一人では行かせられないのだから仕方がない。
「もしも二人が来なくても、誰かは絶対ついてくるし、そしたらバナードたちに迷惑がかかる」
「迷惑だなどと、誰も思いませぬとも」
アルファは身を乗り出して訴えたが、シリウス様は首を振った。
「ぼくが学校に行きたいと思っても行けないように、学校に行ってる子供たちだって城に来たくても来られない。……だから、ぼくは我慢させられてかわいそうなんかじゃないんだよ。……少し寂しいのは本当だけどね」
シリウス様は突っ立っている私とアルファの手を取り、何かを吹っ切るように笑った。
「それにぼくにはカイルやアルファがついててくれる。二人もすごい友達がいるんだからそれでいいんだ」
私は何も言えなかった。
再び歩き出したシリウス様のあとをついていくしかできない。
涙があふれてこぼれそうになり、慌ててぬぐう。
アルファも、何かをこらえるように、シリウス様から賜った金の羽のブローチを握り締めていた。
これから先、きっとまだまだシリウス様は、他の子供がたやすく手に入れられるものをあきらめなくてはならないだろう。
一人で自由に外をかけまわったり、友人同士で遊びにでかけたり、同級生との喧嘩や、たわいないおしゃべりも。
我々が出来ることはなんだってする。
全身全霊をかけてお守りしてみせる。
――だが、それだけでは足りないのではないか。
「我が君」
振り返るとアルファが立ち止まっていた。
シリウス様も足を止め、首をかしげてアルファを見上げる。
アルファの表情は、まるで生死を分ける重大な発言をするかのように真剣だ。
「毎日は無理でも、バナードを定期的に城にお呼びになってはいかがですか」
「バナードは学校があるし、家の手伝いもしないといけないんだよ?」
「もちろん、様々な事情がありましょうから、それらも考慮したうえで、適切な日程を組みます」
「迷惑じゃないかな……」
アルファはその場に膝をつく。
シリウス様のお手を取り、深刻な顔をしているアルファが、きっと気のせいだろうけれど、なんだか泣くのをこらえているように見えた。
「我らを友と言ってくださったそのお言葉は、俺にとってどんなものにも変えがたい宝です。永遠に忘れません。――ですが、我が君にはもっと気安く心の通じる友が必要です」
アルファの手がかすかに震えている。
「我らだけでは力不足なのです……」
主に対して、たとえどんな事柄であっても、己の力が不足している、などと認めることが、アルファにとってどれだけ苦しいことなのか、想像もつかない。
私自身に置き換えてみても息が出来なくなるぐらい恐ろしいことだ。
しかし私も認めなければならない。
私にとっても、ただ一人の友人、ジャンの存在はかなりの救いだったからだ。
私やアルファは、どんなにシリウス様がそうおっしゃってくださっても「友人」と呼べるものではない。
――あくまでも臣下なのだ。
友のない子供時代を想像するのは辛い。
「アルファ……」
シリウス様は少しの間その場を動かなかったが、アルファに抱きついて、
「そうできたらすごく嬉しいね」
と、私達の気持ちをなぐさめるような優しい笑みを浮かべた。
再び東西広場に向け歩き出し、私も覚悟を決めた。
バナードという少年とシリウス様が、身分の分け隔てなく対等な立場で親しくなさっている姿が羨ましくないといえば嘘になる。
だがそんな狭量な事を言っている場合ではない。
シリウス様に日々を穏やかにすごし、喜んでいただくことが、私にとってなにより大事な使命なのだから。




