25・☆黒竜公、察する
その日、バナードは学校のあと、いつものように父の店を手伝っていた。
最近は足の治った母も店に出てくれるようになったから、店番も前よりずっと楽しい。
夜のデザートにと果物を買いに来る客たちを手際よくさばいていたとき、商店街を歩く主婦たちの会話が耳に入り、バナードは手を止めた。
「この前の突然あらわれた塔、今日ついにてっぺんまで出来上がってたんですって」
「それがやっぱり、この前と同じで金髪の子が魔法で建てたって話よ」
「魔法で?! そんな魔法聞いたことないけれど……」
「王太子のルーク殿下もその場にいらっしゃったとか」
主婦たちの噂話はあいまいながらもかなり正確で、なかなかあなどれないものがあった。
話を聞いていたバナードがすかさず父と母の顔を見ると、二人は息子の気持ちを察して笑った。
「見てきたいんだろ、でも遅くなるなよ。あと裏道はやめとけ」
「わかってるよ!」
エプロンを脱ぎ捨て、バナードは広場に向かって走り出した。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
息を切らせて夕焼けの現場につくと、東西広場にはかなりの人だかりができていて、みんな完成したばかりの塔を見上げ、さっき商店街で聞いたのと同じ内容の噂話をしながら自由に楽しんでいる様子だ。
人が集まっているのに便乗して、多数の屋台まで出現し、小さな祭りのような様相を呈している。
「本当にできあがってら……」
シリウスは、塔のてっぺんを実際に見ないと最後まで作れない、と言っていたから、誰かに形を教わったのだろう。
「オレも誘ってくれたらよかったのに」
そうは言ってみたが、兄王子であるルークもいたという話だから、そんな豪華な場に自分がいるというのはとても想像しにくかった。
「黒竜公様も来てたのかなあ……」
黒竜公と赤竜公はいつもシリウスにつきっきりだと、あの野心家の女医が語っていたから、きっと一緒にいただろう。
シリウスのことは友達のように思っていたけれど、黒竜公はバナードにとってあこがれであり、目標でもあったので、畏れる気持ちと同じぐらいに大好きだった。
「かっこいいよなー」
ぶらぶらと広場を歩きながら塔を見学していると、同じく塔を見に来たらしい同級生の一団と出会った。
どうやら彼らもバラバラに広場にやってきてここで出会ったらしい。
「ようバナード」
気軽に手を上げて挨拶してきた友人たちに、バナードも手を上げて駆け寄る。
「お前らも見学?」
「ああ。でも出来上がってる塔を見たってやっぱりつまんないな。一瞬で建ったんなら、その一瞬を見学しなきゃ意味ないぜ。できあがっちゃったらフツーの塔とおんなじだ」
なかなか鋭い事を言って笑う同級生に、バナードも同意しながら笑った。
「あとほら、こんなのも貰ったんだぜ」
友人がバナードに差し出したのは「号外」と書かれた一枚のチラシ。
その紙には「塔を建てたのは誰だ!?」と大きく見出しがされていて、王太子ルークの肖像画と、塔を建てたと噂されている少年の予想図がえがかれている。
そのイラストの少年が、そこそこシリウスに似ていたのでバナードは笑ってしまった。
ただ、本物のシリウスよりも子供っぽく、ずいぶんとかわいらしい印象の絵だ。
バナードもこのチラシが欲しかったが、もう品切れしてしまったのか、さっきまでいたという号外を配っている人物はいなくなっていた。
バナードの視線を察して、友人は気前良く言った。
「ほしいならお前にやるよ、俺もう一枚貰ったからさ」
「まじで? サンキュー!」
礼を言って、バナードはチラシを大事にしまった。
機会があったらシリウスに見せてやろうと思ったのだ。
そんな風に子供から大人まで塔の見学に来ていたわけだけれど、混雑している人々の一角のなかに妙にすいている箇所があることにバナードは気づいた。
人々がごった返す中、不自然にあいた空間の真ん中に、遠巻きにする人々をまったく気にせず立っている黒髪の人物を見つけて、バナードは思わず声をあげてしまった。
「あっ黒竜公様がいる!」
バナードが叫ぶと同級生たちがギョッとした。
「黒竜公?!」
「竜人がここにいるわけないだろ!」
ぎゃはは、と笑った子供たちだったが、バナードが凝視している黒い髪の人物を見てみんな一斉に黙る。
どんな子供にだってすぐにわかる。
その人物が尋常の人ではないことが。
黒衣の青年は、周囲を威嚇しているわけでも、なにか騒ぎを起こしているわけでもなく、ただ静かに立っているだけなのだが誰も近寄れない。
混雑する中でも人々を近寄らせない威容は非常に迷惑であったが、文句を言える勇者はもちろん現れなかった。
空気を読まないお調子者の子供も、やたらと威勢のいい近所のゴロツキも、他の人々と同じように遠巻きにチラチラ視線をやるのが精一杯。
その尋常ではない人物が、バナードの声を聞いて子供たちのいる方を振り向いた。
「げっ!」
同級生たちがおびえて後じさる中、バナードは喜色を浮かべて手を振り駆け寄る。
「黒竜公様!」
「バナードか。そなたも塔を確認にきたのか?」
落ち着いたバリトンの声を聞いて、バナードは嬉しくなった。
「はい! 黒竜公様は塔を直すときシリウスと一緒に来なかったんですか?」
昼に来ていたのなら今ここにいる理由はないと思ったのだが、アルファは頷いて塔を見上げた。
「もちろんご一緒させていただいた。――確認したいことがあって一人で参ったのだが、人が多すぎてな」
「確認したいこと?」
「瑣末なことだ。気にするな」
実のところアルファは、シリウスが最初に塔を直した際、出来上がった塔の内装にどうみてもその場にあった素材以外の材料が使われていたことが気になっていた。
大理石の床も、ビロードの絨毯も、付近に素材となりそうな物質はない。
アルファは腕を組み思案した。
主人の力は、その場にある材料を組み合わせ作り直し、元通りに復元できる能力なのだと思っていたが、どうやらそんな単純な力ではなかったようだ。
「素晴らしい……」
つぶやいて目を閉じる。
「素晴らしい? あの塔が?」
すぐ隣に少年バナードがいることを失念していたアルファは苦笑した。
「ああ。我が君の成した技に感動していたのだ。……俺が生涯をかけ全身全霊でお守りして差し上げなければな」
黒竜公が全身全霊を尽くしたら、それはそれで大変なことになりそうだと思ったバナードだったが、殊勝にも黙っていた。
代わりに前から言わなければと思っていたことを勇気を出して口にしてみる。
「あの、黒竜公様、オレがもらったお金なんですけど、かあさんの足も治ったし、家族で相談して返そうって決めたんです」
「なぜだ」
本気で不思議そうに聞かれてバナードも困惑してしまった。
「なぜって、あの、だって、もう使わないし」
「足が治ったのなら何にでも好きに使えばいい」
「……」
そう言われると、強硬に使い道がないとは言いにくいのだった。
「で、でも、多すぎるんです」
「しまっておけ。あって困るものじゃないだろう」
「それはそうなんですけど……」
アルファは別に怒っていなかったし不機嫌でもなかったけれど、強く何かを主張できる相手ではなかった。
(お金のことはあとでシリウスに相談してみよう)
ここまで粘っただけでもバナードはかなりの偉業をなしとげたといえる。
「そ、そうだ、黒竜公様、これ、見ました?」
話題を変えようと、バナードは先ほど友人にもらったチラシを差し出した。
「さっきまで号外を配ってたんですって」
いぶかしみながら紙を受け取ったアルファが、チラシに描かれたシリウスの予想図を見て眉を上げた。
「こ、これは……!?」
めずらしく表情のある黒竜公を見てバナードは嬉しくなった。
「ちょっとだけ似てますよね」
「う、うむ」
アルファは、チラシに書かれたシリウスの姿を指でなぞった。
「ふふ、確かに少しだけ、似ている」
威厳に満ちた青年が愛しげに目を細めている様子は、見ているバナードもほんわかと和んでしまうものがあった。
「よかったらそのチラシ差し上げますよ」
「!」
勢い良く振り返った黒竜公にバナードは頷いた。
「どうせシリウスにあげるつもりだったんです」
「……そうか、すまんな。そなたにはまた恩ができた」
「チ、チラシ一枚で大げさですね……」
「いや、よいものを頂いた。ありがとう」
アルファは丁寧に礼を言うと、チラシを大事に懐にしまった。
バナードは、あまり人には見せない黒竜公の優しげな一面が大好きだった。
自分だってまだこの人のことを詳しく知っているわけではなかったけれど、初めて出会った時に、単なる果物屋の息子にすぎない自分に膝をついて礼を言ってくれた事は生涯わすれないだろうと思っていた。
黒竜公が、雰囲気よりもずっとずっと優しい人なのだということを、みんなが知らないのに自分は知っているという事も、なんだかとても誇らしくて嬉しかった。
そんな風に考えながら、あこがれの青年をあらためて見上げると、黒竜公は空を睨みながら眉間に深い溝を刻んでいた。
どうしたのかと聞こうとしたが、さっきまでとはあきらかに様子の違う黒竜公は、彼を知っているバナードでも気軽に声をかけられる様子ではなかった。
アルファは空を見上げたまま低くうなる。
「……バナード、いますぐにここを離れろ」
「えっ?」
問い返しながらバナードも空を見上げた。
特になんの変哲もない夕暮れ間近の赤い空に見える。
ただ、オレンジ色の雲の隙間に、細くするどく、青白い三日月が輝いていた。
その三日月の近くから、何か黒い紙のようなものが舞い降りてくる。
バナードは首をかしげた。
まだはるか上空にある黒い紙片。
わずかな風に翻弄されながら、じれったいほどゆっくりと地面に近づいてくるが、別におかしな所はないように見える。
バナードが再び見つめた先の黒竜公は、漆黒の瞳で空を睨みつけ微動だにしない。
警戒心に満ちたその視線は、己ではなく、己が守るものへの危害を危惧するものだ。
バナードには黒竜公の黒鋼色の髪が、不吉な風を受けて波立ち、黒い真珠のように輝いたように見えた。
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アルファは舞い降りてくる紙片から視線を外さないまま、今度はさっきよりも切迫した声でもう一度きっぱりと言った。
「バナード、友人たちを連れて広場を離れろ。なるべく遠くにだ。――ここは戦場になるぞ」
そう警告して丘の上を指差した。
チラシをもらって、内心すごく嬉しいアルファ。
カイルに自慢してから、躊躇なく自室の壁にはりつけることでしょう。
人物紹介や過去話などもイラストなどの追加で時折更新していますが、最新更新以外の更新のご報告は、今後活動報告の方で行おうと思いますのでよろしくおねがいします。




