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22・☆もう一度街へ

いつも閲覧ありがとうございます。

色々試行錯誤しながら、楽しく更新させていただいています。

今回いつもよりちょっと長めですが、よろしくお願いします。



 

 

 

 馬車の中で、恐ろしい人物であるはずの黒竜公と二人きりにされ、会話も一切ないまま、バナードは気まずい時間をすごしていた。


 悪い人ではないのはわかるし、どうやらシリウスの事をとっても大事にしている様子なのもわかる。

わかってはいるのだけれど、本性は人知を超えた力を持つ竜だという、信じがたい素性のその人が、やっぱり少々怖いのだ。

それに黒竜公は馬車に乗り込んでから一言も言葉を発していない。


 けれども睫を伏せて静かに座っているだけの黒竜公がとても自然な様子だったので、狭い場所に一緒に押し込められて、精神的に影響されつつあるバナードも、しだいに落ち着いてきた。


 目を閉じている黒竜公はバナードの視線に気づいていないようだ。

二度とない機会かもしれないと、青年の顔をしみじみと眺めてみる。

偉大な芸術家が作った古代の彫刻のように、彫りの深い端正な横顔、長い睫。

それに黒竜公のつややかな黒い髪は、よく見ればただの黒ではなく、不思議な色合いの輝きを放っていて、それはとても……、


「あ、あの、黒竜公様の髪はシリウスの髪に似ていますね」


「……」


 つい話しかけてしまい、顔を上げたアルファのするどい視線を受けてひるんだが、もうバナードはこの恐るべき人物が実は怒ってもいないし不機嫌でもないことを察していた。




挿絵(By みてみん)




 アルファは自らの髪に触れ、


「我が君のおぐしは他と比べようもないほどに美しい金だ。俺のようになんの芸もない黒髪とは違う」


「い、いえ、黒竜公様の髪もすごく綺麗です。それに、シリウスの髪と同じで、よく見ると不思議な色をしています」


「ああ……、そういう事か。一般にはあまり知られていないし間近で良く見ないと気づかないが、竜人はみな金属のように複雑な光沢のある髪と目の色をしている」


「へえ……、知りませんでした……って、……ん?」


 一瞬普通に聞き流してしまったが、アルファの言葉の内容の重大さに気づいたバナードは目を見開いた。


「あ、あれ? 竜人はみな……て、じゃあ、あ、あの、シリウスも……?!」


「まだはっきりとはわからぬが、おそらくそうだ。だが、このことは他言無用だぞ」


 かなり重要かつ大変な事を聞いてしまった気がするが、黒竜公は他言無用といいつつも、それ以上念を押しては来ない。


「オレみたいな子供に話しちゃってよかったんですか?」


「人の口に戸は立てられぬ。我が君が成長なされば、数年後には一定の年齢以上年をとらないことがすぐにわかる。隠したって隠し通せるものではないし、大々的に発表せずとも自然に広まるのであればいらぬ騒動を避けられる」


 そんなものか、と思いつつも、黒竜公が秘密を話してくれたことがバナードは嬉しかった。

それにシリウスがやはり特別な子供で、その子と一日だけでも友達でいられたのだから余計にうれしい。


「――黒竜公様」


「なんだ」


「あの、願いがあったら言えっておっしゃってましたよね」


「ああ。決まったか?」


 無表情なりに、興味ありの光を瞳にたたえ、アルファはバナードを見た。


「もし、もしも、許されるのでしたら、オレ、シリウスの友達になりたいんです」


バナードの答えを聞いたとたん、アルファは呆れたように息をつく。


「やっぱり、だめ、ですよね……」


「違う。そうじゃない。我が君はすでにそなたを友人だとおっしゃっておられた。だからその願いは叶えられぬ。――すでに達成されているからな」


「は?」


 ポカンと口をあけたバナードが面白かったのか、アルファはかすかに笑みを浮かべる。


「いつでも城に遊びに来ればいい。他に願いはないか」


「……」


 しばし呆然としていたバナードは、黒竜公がじっと返事を待っているのに気づいて慌てた。

きっと無理だろうと考えていた、もうひとつの願い事をダメ元で提案してみる。


「じゃ、じゃあ、あの、オレの母さんの足を治せませんか」


「ご母堂は足がお悪いのか」


「右足だけだけだから杖があれば自分で歩けるけど、生まれつき足の骨が曲がる病気なんです」


それを聞いてアルファは眉をしかめた。


「生来の病はその人間の標準であり基本だ、その人物本来の姿に戻すことが治癒魔力の本質であるから、後天的なものでないかぎり、魔力をもって治療することは不可能だ。顔の形を望むものにかえられぬのと同じこと。痛みを取り除くことや、外科的な手術の費用であれば援助してやれるが」


「医者には見てもらったんですけれど、治せないって……」


「そうか、では、無理かも知れぬが俺も診てみよう」


 それっきり、再び馬車の中に沈黙がおちたが、バナードはもう気まずいなどとは感じなかった。

代わりに、もうすぐ家に到着してしまうのがひどく残念に思えたのだった。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―





 果物屋のゲイルと、その妻のアティは、家で息子の帰宅を待っていた。

やがてにわかに外が騒がしくなり、馬蹄の音が玄関前に停止したので、夫婦は何事かと顔を見合わせる。

ゲイルが足の悪い妻に手を貸して立ち上がらせ、二人で外を覗いてみた。


「まあ!」


 外に出た夫婦は、逞しい栗毛の馬が二頭、小型だが美しい馬車を引いて玄関先に居座っている様子を目撃した。

普段そんな立派な馬車が来ることのない住宅街だったので、近所の人々も同じように顔を出してざわめいている。

人々の感心を浴びまくっている件の馬車から元気よく飛び出したのは、ひとり息子のバナードだ。


「バナード!」


 夫婦で驚きの声をあげ、続けて降りた黒衣の美丈夫を見て今度は息を呑む。

みるからに只者ではない風情の長身の男が、ゲイルとアティに頭を下げた。


「お騒がせして申し訳ない。ゲイル殿、ならびにアティ殿であられるか。このたび、ご子息が我が主君、シリウス・オヴェリウス・ウェスタリア殿下を心身ともにお助け下さったこと心より礼を申し上げる。ご両親にも感謝と敬意を差し上げるため同行させて頂いた」


「は、はぃ?」


 ややこしい内容を、心地よいバリトンの美声でよどみなく一気に告げられ、ゲイルは声が裏返ってしまったし、アティは言葉もない。


「ご子息、バナード殿は、勇敢で誇り高い男子だ。我が君も、臣下一同も感服している。ご両親におかれてはご子息を心より誇りに思っていい」


「……」


 ゲイルとアティはもちろん、やたらと褒めちぎられているバナードも呆気に取られていた。

一番最初に我に返ったアティが慌てて、


「あ、あの、狭い家ですが、もしよろしかったら、お茶でも……」


 精一杯の誘いだったのだが、アルファはアティにやさしく微笑んでかぶりを振った。


 シリウス以外に向けられた黒竜公のその笑みが、どれほど貴重でどれほど稀有なものだったか、アティには生涯知る機会はなかったが、黒衣の青年の外から見える雰囲気がどれほど恐ろしくとも、心根の内実は優しい人物なのだと察せられるような、頼もしくも穏やかな笑みだった。


「ご好意だけありがたくお受けする。だが我が君の傍をあまり長い時間はなれるわけにはいかぬのでな」


そしてバナードの肩を叩き、


「今日は本当に素晴らしい働きだった。さきほども申したが、いつでも城に来るといい。我が君がお待ちしておられる。それと、そなたの母上の足だが……」


 言葉を切ったので、バナードには聞かずとも結果がわかっていたのだが、アルファの言葉をじっと待つ。


「やはり生来のもので俺にはどうしようもないようだ。力になれずすまない」


そう言って上着の内側から皮の袋を取り出した。


「せめて治療の助けにこれを使え。下世話なものだが役に立つ」


 受け取った皮袋はずっしりと重く、バナードはその予想外の重さによろめいてしまった。

もしかして現金なのかと、慌てて返そうとしたときには、黒衣の青年はすでに馬車に乗り込むところだった。


 アルファは最後に振り向いて、バナードの一家に深々と礼をすると、近所の人々の興味津々な視線を受けながら、振り返ることなく堂々と去って行った。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―





 一人で街を抜け出したあの日以来、シリウスは街に行ってみたいと言わなくなった。

以前はあんなにも外に出たいと言っていたのに。


 カイルとアルファは安心すると同時に主人が不憫で悪党どもへの怒りをあらたにする。

シリウスが本当はもう一度街に行ってみたいと思っていることなど、なにより主人を大事に思っている二人にはもちろんお見通しであったが、それとなく聞いてみるのもなんとなく気が引けるのだ。


 けれど、バナードは元気かなあ、と寂しげにつぶやきながら、じっと窓の外を見つめる主人の様子を目撃するに至って、アルファはついに我慢できなくなった。


 「我が君、我らと共に街へ降りてみませんか?」


カイルもすかさず薦める。


「そうですよ、我々がご一緒であれば、どこへでもお連れします」


 シリウスは一瞬嬉しそうに目を輝かせて二人を見たが、すぐにその笑顔が曇った。


「ううん……。またみんなに迷惑をかけたらいけない。城の中だって二人がいるし、十分楽しいんだから、ここにいるよ」


 竜人二人は、主人の寂しげな様子に心を痛めていた。

あの日、黙って一人城を抜け出したせいで、城じゅうの騎士たちが総出で自分を探し回ったという出来事が相当堪えているらしい。

しかも怪我をして大勢に心配をかけてしまった。


 子供らしいちょっとした好奇心だったはずなのに、みんなに大変な迷惑をかけたと消沈している主人は気の毒で見ていられない。


 カイルはシリウスの前に膝をつき、その手をそっと取った。


「失礼ながらシリウス様はまだほんの子供であられるのですから、もっともっと我々に我侭を言って迷惑をかけてくださらなくては困ります」


きょとんとしているシリウスに、アルファも膝をつき頷いた。


「我々も、我が君と共に街を歩いてみたいのです。――バナードのところへ行って、留守番をする城のみなに旬のくだものを買ってまいりましょう」


 信頼する二人に見つめられ、シリウスはおずおずと口を開いた。


「いいの……?」


「もちろんですとも」


 竜人二人が唱和したので、シリウスは彼らに飛びついた。

シリウスが飛びついたぐらいではビクともしない二名だったので、主人をしっかり受け止める。


「ありがとう二人とも、……大好きだよ」


 うれしい言葉を受け取って、竜人たちは感無量という言葉の意味をしみじみと噛み締めたのだった。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―





 街の人々は再び金髪の少年を目撃した。

一度目は一ヶ月ほど前の事だ。


 あの日は壊れて倒壊していた広場の見張り塔が、一瞬でできあがってしまうという、ありえない現象が起きた日でもあった。

目撃者の話は街じゅうに広まっていて、どうやら塔を修復したのは、商店街を歩いていたあの少年らしいということもわかっていた。

しかもあの日、城の騎士たちが「金髪の少年を見なかったか」と必死な様子で聞き込みをしていたので、街の人々は少年の正体もなんとなく察していた。


 そんな風に、これでもかと色々な印象を残した少年が、いままた街を歩いている。


 今日の少年は、この前よりも一層うれしげに、小鹿のように飛び跳ねながら石畳の街路を歩いていた。

人々はみな、前のようにこの少年を見つめていたかったのだけれど、今回はうまくいかなかった。


 それというもの、赤い髪と黒い髪の青年たちがただならぬ様子で少年を護衛していたからだ。

二人はさりげなさを装うこともなく、あからさまに警戒の視線を周囲に投げかけながら油断なく歩いていた。

ごく一般的な街の住人に対しても、一人ひとり安全な人間かどうかを値踏みするように遠慮なく観察している。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―





 果物屋のゲイルは、その日なんだか街がざわついていることに気づいた。


「おい、バナード、あっちのほう、なんか様子がおかしくないか?」


「はあ?」


息子は気のない返事を返してくる。


 先日息子のバナードは、この世の物とは思えないほど美しい子供と一緒に出かけ、慮外者に襲われた。

そろそろ息子が帰ってくる時間かなあ、などとのんきに店の片づけをしていたとき、立派な身なりの騎士が果物屋を訪ねてきて事情を説明してくれたのだ。


 騎士曰く、美しい少年はこの国の王子でシリウス殿下というお名前なのだが、朝方城を抜け出し一人で遊びに出てしまったという。

息子のバナードと一緒にいるところを、不埒な人攫いに襲われ怪我をしたが、二人ともすでに治癒魔法により完治し、城内で怪我の詳細を確認されているとのことだった。


 治療を終えたバナードを家まで送ってきた黒衣の青年は、夢のなかの人物のように恐ろしく、同時に美しかった。

その青年はバナードに、いつでも城に遊びに来ていい、などと述べていたが、とてもそんなずうずうしい真似はさせられない。


 息子に詳しく事情を聞けば、あの黒衣の人物は竜人だという話だったが、さすがにそれは何かの間違いだろうとゲイルは思っていた。

竜人などと、まさに伝説のなかの生き物ではないか。

実在していることは知っていたが、目の前に姿をあらわすことなど決してない。

なのよりあの青年は去り際にこの世でもっとも現実的なものを置いていった。


――金貨の詰まった皮袋だ。


 ゲイルの年収の数倍にあたる金貨が、袋の中にぎっしりと詰まっていたのだ。

あまりの金額に恐ろしくなって、返さなければとその日のうちに馬車をおいかけてみたものの、もちろん馬には追いつけず、その後も城を訪ねるなんてことは恐れ多くてできず、金貨は手付かずのまま床下に隠してあった。


 それらの事もバナードは気に入らないようだった。

せっかく黒竜公様がかあちゃんにくれたんだから、言われたとおり治療に使えよと言って怒るのだ。


「……ま、時間が解決するだろ」


 と、のんきにかまえていたゲイルだったのだが、あれから一ヶ月がたった今日、なんだかこの空気はあの日に似ているのだった。




シリウスに喜んでもらえて、その主人よりも嬉しい二人。

彼らは常にそういう関係です。


それから、なんとなくバナードに懐かれている様子のアルファ。

連載前に描いたイラストは、やっぱり少し印象が違ってきてしまうので、描き直し中です。



実家が貴族でお金持ちなカイルと違い、アルファはお金を現実的な形で稼いでいます。

北方に鉱山をいくつか所有して、アルファ自身がでっかく切り崩したものを、人をやとって売り物になる形にしています。

押しかけ居候護衛の二人が、ウェスタリアから給料を貰っているのかどうかは不明です。

自主勘当みたいな状況のカイルは、実家からの支援を期待できそうにないので、いざとなったら自分の鱗をひっぱがして売れば、ある程度はお金になるかも、とか思っているかもしれない。


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